第2話
暑いのは苦手じゃないけれど、夏は嫌いだ。蝉の声がうるさくて太陽も暴力的に世界を照らしていて、自分以外の全てが活気に満ちているみたいに思えるから。
ただベンチに座っているだけでも汗が溢れてくる。背筋を伝う水滴の感触は、焦燥感と共に重力に引っ張られていく。自然と首が落ちて、俺は地面を自由に歩き回るアリの群れを目で追いかけていた。
「また来てるし」
頭上から声が聞こえた。顔を上げると、面倒くさそうな表情がじっと俺を見下ろしている。彼女はいつもここにいるけれど、どこかに行きたくなったりしないのだろうか。
「お姉さんって一人でこの店やってんの?」
「そうだけど」
無視されるかと思っていたけれど、意外にも律義に言葉を返してくれる。面倒くさそうにしていても、会話をする気はあるらしい。
「休みの日とか、なにしてるの?」
「何も」と彼女は短く言ったあと、少しだけ考えて言葉を足した。「休みでも店は開けてるし」
「ふぅん」
「なんだよ」
「せっかくの夏なのに寂しいね」
俺の言葉に、彼女は小さく鼻で笑う。
「寂しさを感じられるだけ幸せなんだよ」
「……ふぅん」
どういう意味なのかと少し考えてみたけれど、彼女の言っていることは正直よく分からなかった。
彼女は細目で俺を見下ろしながら、「お前も大人になったら分かるよ」と言う。
そんなものだろうか。
彼女がまた小さく鼻で笑った。もしかすると、人を小馬鹿にしたようなその仕草が彼女のクセなのかもしれない。
彼女と目が合って、思わず目線を逸らす。ふと、視線の先、店先に小さな看板がかかっているのに気がついた。
「あれってこの店の看板?」
「あ?」
「ミナト煙草店って。お姉さんの名前、ミナトなの?」
「そうだけど、それがどうした?」
彼女が怪訝そうに眉をしかめる。
「名前知らないと呼ぶのに不便でしょ」
「来るなっつってんだろ」
言いながら、彼女は細く長く白い息を吐く。
俺はその煙の行方を目で追う。真っ青な空に煙が完全にかき消えたあと「ミナトさん」と小さく呟くと、
彼女は「……なんだよ」と面倒くさそうに、小さく笑ったみたいだった。
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