第3話

10回目のクリスマスイブ。これが最後の日。体力が限界に近付いてきているのは薄々感じているけど、ここさえ乗り切ればあと3か月間は休んでもお金がもらえる天国が待っている。夢の有給生活のために絶対やり切ってやる。最後の闘志を燃やしてゴールまであと少しって時のマラソン選手もこんな気持ちなのかもしれない。


その日、担当エリア中で一番外れの地域を訪れると、辺りは一面、銀世界だった。粉のような雪が降っている。

 

そして道中、わたしは驚くべき光景を目にした。真っ白な雪景色の真ん中にぽつんと現れたのは、二つ重ねられた雪の玉。雪が溶け始めていて、全体的に下へずれたような形跡があるけれど、その雪の塊には顔がついていた。上の方の玉には石の目玉や人参の鼻がつけられていて、下の方の玉には手に見立てた枝が刺さっている。

 

一体誰がこんなものを。配達員の媒介者が気まぐれで作ったんだろうか。

 

怪しく思いながらその物体に近づくと、雪の塊の周りに消えかけの足跡が残っていることに気がついた。足跡は見えなくなるまで真っ直ぐに先へ続いている。

 

配達員の仕業じゃない。こんな距離をバイクも車も飛行も使わずに徒歩で歩くことなんてない。じゃあこれは一体どういうことなんだろう。


足跡をたどっていくと、雪に覆われて真っ白になった一軒家が見えた。昔ながらの庭付きの家だ。心の中で不安がざわざわと揺れる。鳥肌がたってきたのは、きっと寒さのせいだけじゃない。


何か聞こえる。人の話し声だ。


家に近づいて思わず目を疑った。信じられない光景を目にしたからだ。庭に数人が集まって談笑している。みんなお年寄りだ。隣の人にもたれかかっている人までいる。


なんで。どうしてそんなことができるの?ウイルスに感染して死んでしまうかもしれないのに。何より国際法違反だ。


通報しなくちゃ。混乱しながらも、とっさにそう思った。


免疫を持っていない人間が家の外に出て他人と会うなんて、この世の中では決して許されていないことだ。配達員になるときに最初の研修で、もしも万が一、外の世界で一般人を見かけたときは、即通報するように教えられた。通報された人たちは、まず施設で感染していないか入念に確認された後、数か月から数年の間、隔離された収容所の狭いカプセルに入れられると習った。もちろん、そんなリスクを冒してまで外に出たい人なんていないと思っていたけれど…。

 

急いで通信デバイスを取り出して操作をする。ええっと確か、緊急連絡のアイコンをタップすれば通報できるはず…


「待って!」


鋭い声が飛んできた。しまった。気づかれた。


「通報しようとしてるんでしょう?お願い。待ってちょうだい」


声の主は、毛糸の帽子をかぶったおばあさんだった。すがるようにこちらへ向かってくる。


わたしは困惑して言った。


「どうして外に出てるんですか。国際法違反なのはわかってますよね」


「…わかってるわ。だけどね、年に一度だけ、こうして友だちと会って話して食事をするのがわたしたちの生きがいなの…。お願いよ。見逃してもらえないかしら」


おばあさんは至極真剣に訴えた。


「そんなこと言ったって。もし空気中に紛れているウイルスから感染したらどうするんですか。」


わたしがそう言うと、


「あなたはサンタ一族の人間ではないのよね」


おばあさんが唐突に言った。わたしの赤いサンタクロースの制服を見つめている。


「え…そうですけどそれが何か」


「道理で見ない顔だと思ったわ。今年からサンタクロースの外注を始めたんですってね。わたしの主人はサンタ一族の元サンタクロースでね。ほら、あそこに座っているでしょう」


おばあさんが庭の方を指差す。白い毛糸のマフラーを首に巻いたおじいさんがひらひらと手を振った。


「あの人、現役のころは技術開発担当だったの。今のウルトラ移動術を開発したうちの一人なのよ。」


おばあさんが少し誇らしげに言った。


「引退してサンタ家を出てここに引っ越してきてからも、趣味で開発を続けていてね。外気中のウイルスをシャットアウトする感染防御装置を作ったの。その装置を利用して年に一度クリスマスイブの日にだけ、こうして集まっていたのよ。このことはサンタ一家も承知の上でこれまでは目をつぶってくれていたのだけれど、外の人に世代交代をしてきているというなら、もう潮時なのかしらね」


おばあさんが心底残念そうに言った。


サンタクロースに技術開発担当がいたなんて、そんな話は初めて聞いた。それに、ウイルスの感染を防げる装置が開発されていたなんて。それにしたって、いくら外れの地域でこっそりと忍びながらとはいえ、外の世界を楽しんでいるなんて、そんな身勝手な行動を世の中が許すはずない。


「サンタ一族が許しても世間が許さないと思うけど…」


わたしがそうつぶやくと、白いマフラーを首に巻いたおじいさんが庭から出てきてわたしをじっと見つめた。さっきこちらに手を振ったおばあさんの旦那さんだ。


「きみは、外の世界を媒介者たちだけで独占してしまって良いと思うかい?」


「良いも何も、免疫のない人が外に出たら空気感染で死んじゃう人がまた出ちゃうことになるでしょ。仕方ないよ」


「本当にそう思うかい?」


「え?」


おじいさんが大きく開いてわたしを見つめた。雪をかぶってさらに白くなった白髪の眉毛が上がる。


「私たちが外に出ているのは、何も自分たちだけが外の世界を楽しみたいからではないんだ。どうやらその様子だと納得していないみたいだから、特別に教えてあげよう。」


おじいさんがわたしを家の中に招き入れた。迷ったけれど、暖をとりたかったのと、純粋に強く興味をひかれてお邪魔することした。


おじいさんはわたしをテーブルに案内し、コーヒーを出してくれた。ユピテと名乗った彼は、こう切り出した。


「一度冷静になって考えてみてほしいんだ。この100年で技術は大進歩した。人と直接会わずともまるで隣にいるかのように感じられるようになったし、人が生身で空を飛ぶことだって可能になった。だけど、どうしてウイルスに有効な薬や対処法だけはいっこうに現れないんだろう?」


「言われてみれば…」


これまで考えたこともなかったけど、確かに今の技術水準を考えればウイルス対策なんてとっくにできていてもよい気がしなくもない。


「おかしいだろう?サンタ家に至っては時間軸を自在に操作する方法まで見つけた。そんな技術をもってして、ウイルスの一つも何ともできないなんてそんなことがあると思うかい?もっと言えば、サンタ一族の全員が10万人に一人の確率で生まれてくる媒介者だなんて、遺伝のことを考えたってあまりに不自然じゃないかい?」


「それって…まさかサンタ家には、ウイルスを撃退する方法がもうあるってこと?」


ユピテは深くうなずいた。


「そう、そのまさかだ。じゃあ、どうしてその方法をみんなに知らせずに隠しているんだろう?」


「どうして…」


本当にあるというなら、間違いなく世界を一変させるウイルス撲滅の方法。ユピテは、それをサンタ一族が隠しているといっている。


「人が外にでない方が都合がよい理由があるからだろうね。サンタ家にとって」


「どういうこと?」

「ここからは僕の仮説だけど」とユピテが前置きをして話し出したのは、あまりにも衝撃的な内容だった。


今、外の世界を知ることができるのは世界に数万人いる媒介者たちだけだ。その中でも、全員が媒介者であるサンタ一族は、世界で最も統率のとれた媒介者集団である。そして、毎年世界中の子どもにプレゼントを運んでいる彼らは、世界で最も外の世界の状況を把握している集団でもある。この知見を活かして力をつけ、その優位性を保ちたいというのがサンタ一家の思惑だろう。

年に一度クリスマスイブにだけ働くサンタ一族の人間がどうやって収入を得ているのかというと、政界や研究機関、企業などに外の世界の情報を売って稼いでいるのではないかと思う。外の世界とのパイプ役を名乗り上げ、自分たちに都合の良い情報のみを流し、世界をコントロールしようとしている。外の世界のことを知るためには、サンタ一家を通すしかない。そういう仕組みを作ってしまうことで、世界を牛耳ることのできる権力と地位を確立しているのではないか。


ユピテはそう語った。


「世界中の子どもたちに幸せを届ける仕事だと思ってたのに…そんなのひどすぎる」


拳を握りしめると、震えた声が出た。


「もちろん、そう思って真面目に働いてる人が大半だろうさ。だけど、一部のお偉いさんたちの腹の中は真っ黒だよ。僕がサンタ一族の屋敷を出てここに住んでいるのは、表向きは引退してのんびりしたいからということにしてるけれど、本当は、こんな腐った仕組みをぶち壊すチャンスを窺うためだ。」


彼は力強く、噛みしめるように言った。


「ここにいる僕の妻や友人たちには免疫がない。だから、ウイルスブロッカーという僕が開発した装置を使って外気中のウイルスから守っている。この装置を身に着ければ、半径50メートル内の大気夕のウイルスを排除できる仕組みだ。毎年クリスマスイブに友人たちと集まるという体で、こっそり外気の調査を行ってきた。僕がサンタ家にいた15年前と比べて、大気中のウイルスは少しずつ減ってきているんだ。これなら、免疫力の低いとされる我々のような老人でも装置を使えば問題なく外で生活できるとわかった。…これで通報しないでくれるかい?」


こんなことを聞かされて通報なんてできるわけない。


「もちろん。それで、どうやったらサンタ一族の腐った仕組みを壊せるかわかったの?」


「ああ。サニエルというサンタ一族の青年と協力してこの数年、サンタ家の内部を探ってきた。やるべきことはもう見えているんだ」


サニエルって、ポー王子の前任の配達員だ。育児休暇をとっていると聞いているけど、もしかして、それも現場を離れて内部を探りやすくするために計画して行ったことなんだろうか。


「わたしにも何かできることない?こんなの絶対許せないよ。」


わたしがそう言うと、


「きっとそう言ってくれると思っていたよ。今外部の君が協力してくれるのは非常にありがたい」


ユピテはまるで少年のように目を輝かせて言った。そして続けた。


「勇気ある妻と友人の協力のおかげで、ウイルスブロッカーの有効性は証明できた。だけど、自由に外の世界で生活するためには、世界中の人が免疫を獲得しなきゃいけない。それが可能になるワクチンがサンタ家にはあるはずなんだ。これを見つけてきてほしい。」


ワクチンを見つける。サンタ家の屋敷に忍び込むってことだ。


「でも、それってわざわざわたしが侵入しに行くよりユピテかサニエルが行った方がばれにくいんじゃ」


わたしが疑問を口にすると、ユピテは静かに首を振った。


「きみにしかできないんだ、この任務は」


ユピテがわたしの肩を掴んで訴えるようにいう。


「僕らはサンタ家で生まれて直ぐワクチンを打って免疫を獲得したけれど、もともとは媒介者でもなんでもない。このワクチンは生粋の媒介者でないと立ち入れないように生体認証ロックされた隠し部屋に隠されているんだ。」


なるほど。それは確かにわたしじゃないとだめだ。だけど、そんな厳重に管理されているロックをわたしひとりで突発なんてできるんだろうか。そもそもサンタ一族の家にどうやって潜入すればいいんだろう。


そう思っていたら、わたしの表情を読み取ってユピテは言った。


「サンタ家の屋敷の内部のことは僕とサニエルから教える。きみの進入を悟られないために必要なものは全て僕が開発する。きみは、今日聞いたことは知らないふりをして、引き続きサンタ家と連絡を取り合ってほしい。」


ウルトラ移動術を開発したユピテからしたら、サンタ一族に気づかれずに家に忍び込むことなんてたやすいことなのかもしれない。


「わかった」


わたしは力強くうなずいた。


決行の日は一年後の12月24日と決めた。それまでの1年間は、仲間づくりの準備期間にあてることにした。媒介者で配達員のわたしができる仲間づくりとは、配達先のお客さんとの信頼関係を深めることだと思う。だから、サニエルが1人1人との絆を大切にしていたように、わたしもお客さんに荷物を手渡す際には密にコミュニケーションをとるように心がけた。もちろん、サンタ家直伝のウルトラ移動術を活用して効率よく配達することも忘れなかった。

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