第2話
1ヶ月にわたる怒涛の研修生活が始まった。サンタクロース一家が住んでいるという北の国に世界中から集められた媒介者たちはわたしを含めて300人。飛行能力の高い選りすぐり集団てことらしい。
さすがは北の国で、とにもかくにもめちゃくちゃ寒い。ダウンを着ていても歯がガチガチと鳴る。
だけど、そんなことを言っていられたのは1日目の午前中、オリエンテーションの時だけだった。
1日目の午後から始まったのは地獄の訓練。なんだかとっても重たい器具をつけて筋トレをしたり、地上での20キロ走や空中での100キロ飛行走をしたりすることもあれば、山に篭って自足自給の生活を強いられたり、砂漠を3日間歩かされたりすることもあった。
運動がかなり得意なわたしでも、さすがに倒れそう。もう寒さなんて一瞬も感じなかった。
サンタクロース業、スパルタすぎる。
なんでこんなことしなきゃなんないんだと参加者たちがいい加減ボイコットしたくなってきた頃、事務局のおばさんから、「サンタクロースの秘密について教えてあげましょう」と集合がかかった。疲労困憊した一同の視線を受け、赤い服を着たおばさんはこう説明した。
限られた人数で地球中の子供たちにプレゼントを配る。それは、サンタ家秘伝のウルトラ移動術をもって可能になる。時間軸を操作し、何通りもの24日を何度も繰り返す。これには、身体に負担がかかり、体力も消耗するので、充分な訓練が必要になる。この移動術はサンタ家の秘密なので他言しないように。
彼女の話を簡単にまとめると、そういうことだった。ウルトラ移動術の仕組みは難しくてよくわかんなかったけど、ともかく、わたしたち一般の配達員が使っている方法とはまるで異なる方法でプレゼントを運んでいるということらしい。
そんな説明をされたからと言って訓練を続けるモチベーションが上がるわけはなかったけれど、少なくとも訓練をクリアできないとサンタクロースになれないということはわかった。
「ウルトラ移動術を習得し、サンタクロースの仕事を無事終わらせた暁には、みなさまに有給を90日分プレゼントさせていただきます」
おばさんの最後のその一言でわたしたちの心は決まった。3ヶ月間働かなくてもお金がもらえるなんて。
ここまで来たらやりきってやろう。お互いをそう奮い立たせて24日を迎えた。
*
朝日が昇るよりも早く、わたしたち新米サンタクロースの24日は始まった。わたしは今日、1万人の子どもたちにプレゼントを届けなければならない。通常は一日1000人ほどに配達をしているから、それを10回分やらなきゃいけないってことだ。実質10連勤。いや、訓練を含めたら1ヶ月と10日間の連続勤務か。嫌になる。
とっても憂鬱な気持ちで始まったプレゼント配りだったけど、やっていくと案外楽しくなってきた。プレゼントを渡した時の子どもたちの笑顔を見るのは悪い気はしないもん。
普段宅配便を受け取るのは決まって大人たちだから、媒介者のわたしでも生身の子どもに会う機会はあまりない。もともとそこまで子ども好きってわけじゃないわたしでも、小さな子どもたちが全身で喜んでいるのを見たら疲れが吹き飛んで行っちゃう。子どもたちが持っているパワーって絶大だ。
そんなこんなでサンタクロースの仕事にやりがいを感じ始めたわたしは、2回目の24日を迎えていた。その日は、ある王子さまのもとを訪ねることになっていた。
「こんにちはー、サンタクロースです。プレゼントのお届けに参りました。ポーくんはいますか」
映画でしか見たことないような大きなお城がわたしを出迎えている。わたしは恐る恐るその豪華すぎる装飾の呼び鈴を鳴らした。すると、見るからに重たい門が開いた。長い通路を抜けてお城の入口まで歩くと、黄金の扉の隙間から8歳くらいの小さな男の子が姿を現した。質のよさそうなネイビーのニットで身を包んでいる。
「サニエルじゃないの?」
その小さな王子様は、わたしを見上げると一言目にそう言った。
サニエルって誰だろう・・・と一瞬思ったけれど、前任者のことではないかと思い当たり、通信デバイスから過去データを確認すると、やはり前任はサニエルという人のようだった。
「サニエルは今年から育児休暇を取っているみたいだよ。」
そう伝えると、ポー王子は目をふせてつぶやいた。
「そっか・・・今日会えるの1年間楽しみにしてたんだけどな。サニエルは僕のたったひとりの友達だから」
ほかの子たちと同じように、プレゼントを受け取ってはじけるように喜ぶ顔を想定していた私は、彼のさみし気な表情に戸惑ってしまった。
「え…友達?」
「うん。サニエルは、毎年僕のところに来てくれて、いつも楽しい話を聞かせてくれたんだ。外の世界はどうなってるとか、僕と同じくらいの年の子たちはどんな遊びをしているのかとか」
ポー王子は悲しそうに少し笑ってこう言った。
「そんなことを教えてくれる人はほかに誰もいなかったから」
その一言からこの小さな男の子が抱えている孤独を垣間見た気がした。これだけ立派なお城に住んでいても、いや、住んでいるからこそ、強く感じてしまう種類のさみしさなのかもしれない。
「サニエルに伝えておきたいこと、ある?」
思わずそう聞くと、まっすぐな目で彼はこう答えた。
「僕、大きくなったらサニエルに会いに行ける国を作る。クリスマスだけじゃなくて、いつでも好きな時に会える世界にする。それで、サニエルの子どもと一緒に遊ぶんだ。だからそれまで待ってって、そう伝えてくれる?」
「うん、わかった。必ず伝えとくね」
彼とそう約束してお城を後にした。
ポー王子が大人になるころには、世界はどうなっているのかな。さみしい思いを抱える子どもが今よりも減っていてほしいな。人と隔絶された生き方が当たり前になって久しいから、そんな簡単に世界が変わるとは思えないけど、さっきのポー王子のまっすぐな目を見たら、やっぱり未来は明るいんだって信じたくなる。
それにしても、サニエルって人は、いったいどうやって業務を回していたんだろう。私は担当の子どもたちにプレゼントを渡すのだけで精一杯なのに、子どもたちと仲良くなるほど会話までしていたなんて。どこにそんな余裕があるんだろう。信じられない。
*
5日目の24日。さすがに疲れも溜まってきていて、一晩ぐっすり寝ても若干身体が重たい感じがする。ここが折り返し地点だって自分を奮い立たせて勤務を開始した。
夕方、わたしは23日に生まれたばかりの双子の赤ちゃんの家を訪ねた。昨日その2人が生まれてから、わたしは5回目の今日を迎えているってことだ。頭がおかしくなりそう。
白塗りの壁に明るい青の屋根がかわいい小さなおうちのドアをたたくと、20代後半くらいの女性が出てきた。
基本的にプレゼントの受け取りは、子どもたちに直接渡すことになってるけど、自分で歩くことのできない赤ちゃんたちのプレゼントに関しては、代理人の受け取りが認められている。
「昨日の今日でプレゼントがもらえるなんて思ってなかったわ。ありがとう。」
お母さんらしき彼女はプレゼントを受け取ると、ベビーベッドの中で寝ている2人の赤ちゃんに向かって愛おしそうに呼びかけた。
「ほらクク、ルル、良かったねえ、プレゼントよ」
小さい二人は、天使みたいにすやすや寝息を立てている。こんなにちっちゃいけど、ちゃんと生きてるんだ。赤ちゃんを見慣れてないから、ちょっとどきどきしちゃう。
「わー、かわいいですね」
「そうでしょう?ククはパパ似でルルはわたしに似たのよ。…あ、そうだ。わたしあなたに聞きたいことがあったんだわ」
プレゼントを靴箱の上に置きながら、お母さんは思い出したようにそう言った。
「わたしに?」
「ええ。ルルは媒介者だって昨日お医者さんに言われたの。周りに媒介者の人なんていたことがないから、どうやって育てていけば良いのかしらって思って」
そうか。この子は媒介者なのか。本人が望もうとも望まなくとも、たくさんの人に出会うことになる人生をこれから歩いていくんだ。
「そうなんですね。わたしも両親は媒介者ではなかったので、親はけっこう大変だったみたいです。わたしが初めて外に出たのは3歳の時ですけど、その年で親より広い世界を知ってしまうわけですから」
どんどん知らない世界に一人で行っちゃうから親としてはちょっとさみしかったわ、と母に昔言われたことを思い出して言った。
「でも、そんなに心配することないと思いますよ。子どもの見てる世界と自分の知ってる世界が違って不安に思うことももしかしたらあるかもしれないですけど、媒介者本人たちはわりと自分の状況を素直に受け入れてるので。わたしも、なんかすごいくじひいちゃったなーくらいにしか思ってなかったと思います。単に免疫がないってだけで媒介者も普通の人間ですから」
「そっか、そうよね。なんだかちょっと安心したわ。ありがとう」
若いお母さんはそう言ってほっとしたような笑顔を見せた。そして、相変わらず天使のようなククちゃんとルルちゃんに視線を戻す。
わたしも、2人の寝顔を目に焼き付けて、あと5日を乗り切る糧にしようと思う。
この子たちがわたしの年齢になる頃には、もっとたくさんの可能性が媒介者に与えられるようになると良いな。今みたいに、郵便配達員と医療関係者だけじゃなくて、媒介者として生まれた者たちが自由に夢を見られる世の中になってほしい。媒介者であるがゆえに生き方を狭められるなんて釈然としないもん。
そう願いながら双子の赤ちゃんが眠る家を出た。
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