第13話 兄☆妹 Side A☆B


 『今から帰る』

 ピロン。


 神坂家の玄関先でミッション終了の報告を入れる。妹に。


 ピロン。

 『お疲れ様。帰り道に気をつけてね』


 妹から報告受理のメッセージ。

 『気をつけて帰ってね』ではなくて『帰り道に気をつけて』って書いてある事に不安を感じる。

 ーースナイパーにでも狙われてんのか俺?


 そんな馬鹿な事を考えられる程には落ち着いた。

 心拍数もほぼ正常と言って良いだろう。

 心の中は・・・

 ーーまだダメかもしれない。


 そんなに長い時間ではなかったはずだ。

 妹と別れてせいぜい30分ほど。




 「本当に仲良しなんですね」

 歩き出してすぐ沈黙を破ったのは神坂の方。


 「まぁ悪くはない。かな」

 なのに俺が返した言葉はコレ。

 どうやっても話を膨らます事ができないダメ回答。

 ーーやっちまった。


 けれど他に回答のしようがないのもまた事実。

 仲が悪いわけではないし、特別仲良くしているわけでもない。自分的には『普通』としか言いようのないありふれた兄と妹。


 でも。


 「なんか最近やたらと絡んでくるだよなぁ。ホント面倒くさい」

 ここ最近に限れば仲良しと言えなくもない。


 「賑やかで楽しいんじゃないですか?」

 独り言のつもりで呟いた俺の言葉に返事が返ってきた。そんな優しい神坂の期待に応えてるべく必死になって言葉を探す。


 「確かに賑やかなんだけど・・・」

 「なんだけど?」

 途切れた俺の言葉を拾い続きを促してくれる神坂。妹との会話ではありえない新鮮なパターン。


 「神坂も知ってるだろ? 妹の破茶滅茶っぷり。家でもあんな調子だからホント疲れるんだぜ」

 神坂の誘導が上手いからなのか、内容が妹に対する愚痴だからなのか。俺の口は驚くほどスムーズに動き出した。

 

 その後はお互い『妹ネタ』を中心に面白おかしい会話が続き、『もしかしたら迷惑に思われているのかも』という俺の不安が薄れていく。それはとても心地良い時間だった。


 そんな『妹ネタ』にも限界はある。

 俺と神坂の間を行き交う言葉が少なくなって、大きな交差点に差しかかる頃には無言になっていた。

 信号が青になり再び歩きだす俺と神坂。

 無言のまま歩き続けるうちに俺の視線は交互に繰り出される自分のつま先に固定されてしまう。


 ーー何か喋らないと。

 とは思うけれど、気ばかり焦って何ひとつ言葉が浮かんでこない。それでもなんとか捻り出した俺の言葉は本当にどうでもいい事だった。


 「いや、でも良かった。俺、神坂に嫌われてるんじゃないかと思ってたんだよな」

 それはメッセージのやり取りの事。

 待っても待っても返信が来ない事から生じた不安。そんな一方的な気持ちをよりにもよってこのタイミングで吐き出してしまう。


 ーーしまった!!

 と思うけれどもう遅い。


 「なんでそんな・・・」

 神坂は心の底から困ったような顔をしていた。

 その顔を見てさらに焦った俺の言葉はどんどん薄っぺらいモノになる。言い訳のための言い訳。


 「や、だって、ほら!神坂って俺のメッセージをなかなか読んでくれないじゃん。読んでも返事が来るのに時間かかるし」

 責めるつもりなんてサラサラないのに自己弁護の為の言い訳は結果的には神坂を追い詰めるモノになる。そんなつもりはまったく無いというのに。


 「・・・・・・」

 案の定、神坂は黙り込んでしまった。


 ーー何を言ってんだ俺!

 ーーバカじゃねーの?いやバカだろ!

 ーーバカ決定だろ!

 そんな後悔の気持ちに溺れ沈んでいく俺に神坂が優しく手を差し伸べる。



 「先輩の事、嫌いだなんてありえません」

 そう言って神坂は立ち止まる。


 「先輩は覚えてますか?私が新入生の頃のこと」

 胸元で右手をギュと握りしめ、今にも泣き出してしまいそうな震える声で神坂が自分の事を語り始めた。


 中学生の頃に友達に誘われた。

 そんな理由で始めた陸上競技。


 経験者と言う理由だけで入った高校陸上部。


 思い入れもない。

 目標もない。

 記録だって伸びない。


 空っぽな自分。


 何をやっても1番にはなれない。

 努力したって届かない。


 もう辞めよう。

 そう思っていた。


 そんな時に声をかけてくれた人がいる。

 自分のジャンプ姿をキレイだと言ってくれた。


 高さではなくフォーム。

 記録ではなくカタチ。


 競技の世界で記録以外を気にしている人が居るなんて思わなかった。

 目からウロコなんてレベルじゃなく、自分の世界が壊れてしまうほどの衝撃だった。


 それからはソノ人の後を追う日々。

 いかにキレイに跳ぶか。

 そのために必要な身体とはなにか。


 ソノ人は憧れで自分にとって神様だと思っていた。


 たけど。

 今年の6月。

 当たり前の事だけど3年生は引退。


 その時になって、ようやく気付いた自分の想い。



 「先輩、大好きです」

 瞳の下に産まれたばかりの雫を浮かべながら神坂は自分の想いを告白する。


 ーーそんな理由で。

 ほんの一瞬、そんな事を考える。

 けれど自分だって大差ない。

 彼女のジャンプを初めて見た瞬間、その時すでに俺は彼女に魅了されていたのだ。


 いつだって気になっていた。

 いつも目で追っていた。

 なるべく彼女との時間を共有したくて部活の時間は近くにいる事を心掛けていた。

 俺だって神坂の事が大好きだった。

 ただソレを知られたくなくて、心地良い時間を壊したくなくて、自分で自分を欺いていた。


 ならば


 「俺もお前の事が大好きだ」

 いまいち決まらないけれど、俺は俺なりに自分の素直な気持ちを打ち明ける。


 「嬉しい・・・」

 と神坂が小さく呟く。


 神坂の瞳の下に留まっていた雫達は、ついに重力に逆らえなくなり今は紅く染まった彼女の頬の上をゆっくりと通過している。


 そんな神坂の姿を見て抱きしめたい衝動に駆られる。

 まだ少し震えている神坂の小さく薄い唇に触れたくなる。


 だがソレはまだダメだ。

 俺はまだ肝心なことを伝えていない。

 大きく息を吸い込み伝えなければならない言葉をカタチにする。


 「神坂、俺の彼女になってくれ」

 テンパってマトモじゃない今の俺の頭でもコレは『決まった』と思う。コレ以上ないくらい見事に決まったはずだった。


 「ごめんなさい!」

 神坂を抱き寄せるつもりで居た俺はその言葉を聞いてフリーズする。


 「今はまだダメなんです!」

 俺はまだリブートの処理が終わらない。


 「約束なんです。妹さんと。受験が終わるまではおつきあい禁止って」

 再起動後の処理で忙しい俺の頭は彼女の言葉をうまく理解できない。


 「妹が何?」

 単語二つを繋げるのがやっとな俺。


 「告白してもいいけど、付き合うのは今はダメって。もしも受験に失敗したら私のせいだって」

 ようやく状況が解ってきた。


 つまりコレは最初から妹に仕組まれたイベントだったのだと。


 「でも誤解しないで下さい! 大好きなのは本当です! 私も今すぐ先輩の彼女になりたいです! だけどソレで先輩が失敗したら私は私を許せません。だから妹さんの事は責めないで下さい!」

 神坂が一気にまくしたてる。

 その言い分の後半部分はまったく頭に入ってこなかった。

 前半だけで俺の頭がショートしたから。



 コンビニ前で妹と別れて30分。

 この30分で俺の人生は大きく変わった。

 あとは俺が大学受験ってハードルを飛び越えるだけ。


 本当は妹に感謝すべきなのだろうけど直接言葉で伝えるのは癪に障る。


 『なんか買って帰るモノあるか?』

 今日くらい妹に優しくしてもバチは当たらないだろう、そんな気持ちを込めて送信ボタンを押した。




side B


 ピロン。

 『今から帰る』


 兄からのメッセージ。

 普段からそっけないけど、今日は一段とそっけない。

 

 「上手くいったみたい」

 でも、そんなそっけない文字達から伝わる。

 兄の照れ隠し。


 『お疲れ様。帰り道に気をつけてね』

 とメッセージを送り返す。

 兄の事だから『俺、受験が終わったら神坂と交際するんだ』的な死亡フラグを口にしていそうな気がしたので遠回しに注意喚起を促しておく。


 兄と神坂先輩が上手く行くのは当たり前。

 問題はこの間の悪さ。

 コレで受験失敗なんてことになったら神坂先輩は一生気に病む可能性がある。

 それに我が家の家計の問題も無くはない。


 そこで私が知恵を絞ったわけだけど。

 二人一緒に『おあずけ』を食らわせたのだから公平だろうと思う。たぶん。


 兄はこの後、受験まっしぐらなので問題はない。


 けれど。

 年末年始から春にかけて恋する二人の大きなイベントがいくつもあるのに、神坂先輩にソレを全部我慢しろって言うのは酷な話。

 さすがに1月は無理だけど2月のバレンタインは手助けしようと考えている。それ以降の卒業式うんぬんまでは知ったこっちゃない。


 兄は気が付いているだろうか?

 人生初のクリスマスデートと告白イベント二つ同時にプレゼントされた事に。


 もちろん神坂先輩にもプレゼントを用意した。

 既に渡してあるので問題はない。

 ただ兄同様に浮かれまくった先輩が私からのプレゼントを思い出してくれるかどうかは不安に思う。


 プレゼントって言ってもお金はかかってない。

 電気屋さんで1番安いUSBメモリを買ったくらい。

 中身は先日のムービー@フルバージョンと兄の半裸画像の全て。それと家庭内での兄のスナップ写真をいくつか。


 ピロン。

 『なんか買って帰るモノあるか?』

 ーーフフ。上機嫌だ。


 『ケーキ! 私はフルーツタルトでお母さんはモンブラン! お父さんと兄は知らん』

 ピロン。


 イブの夜にクリスマスケーキ以外のケーキをいくつも買わせるという羞恥プレイ。

 私のささやかな意地悪だ。


 きっと兄は気が付かないだろうけど。


 神坂先輩は今夜は家族と食事に行くと言っていたからプレゼントの中身を知るのは夜中になるかも。ソレ以前に舞い上がってしまって他の事は何も考えられないかもしれない。


 残る問題は。

 ーーコレ、どうしようか。


 正直に言えばさっさと手放したい。


 ーーコレで行こう。

 先輩と兄、両方にメッセージを送る。


 一言

 『メリークリスマス』

 とだけ。



 兄のフリチン画像を添えて。




 「フフフ。ミッション終了!!」


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「ハイ☆ジャンプ」 サカシタテツオ @tetsuoSS

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