第12話 思い出は肉まん
「お待たせお兄ちゃん! コレ! 荷物よろしく!」
「おぅよ」
12月24日。時刻は夕方5時過ぎ。場所は部室棟前。
冬至前後のこの時期は既に日が沈んでいて空は濃い紫色をしている。
こんな寒くて暗い中わざわざ学校まで来たのには理由がある。
呼び出されたのだ。
妹に。
『ロッカーの荷物を持って帰るから手伝え』との仰せだった。
28日の練習最終日に部室の大掃除がある。ソレまでに余計な荷物を持って帰るのが規則なのだが、『一人で持ち切れないから』だなんて『ふざけんな!』って話である。
だが来てしまった。
下心に負けてしまったのだ。
ひょっとしたら神坂と会えるかも、と。
そしてその願いは見事に聞き届けられた。
「こんばんは三浦先輩」
仲良く妹と腕を組んで現れた神坂を見て俺の身体がカチコチに氷つく。
「お、おぉ。練習お疲れ」
身体だけでなく頭の中まで氷ついた俺は挨拶の言葉すらスムーズに出てきやしない。
「ほら、お兄ちゃん! ちゃんと荷物もって!」
妹がニヤニヤしながら声をかけてくる。
ムカつくけれど助かった。
このぎこちない空気を土足で蹴破る無神経な妹がこの時ばかりは女神に思える。
「んじゃ行こ、神坂先輩」
そう言って妹と神坂が歩き出す。
俺はそんな2人から少しだけ距離をあけて後に続く。
仲良く喋る2人を見つめて歩く、ただそれだけの時間。
その輪の中に入る事は出来ないけれど、楽しそうに笑う神坂の横顔を見てるだけで幸せな気持ちでいっぱいになってしまう。
ーー俺の幸せ、安いな。
「お兄ちゃん、肉まん買ってきて」
飛んできたのはコンビニ前に来て突然振り向いた妹からのお言葉。
「なんで俺が・・・」
お前のパシリをしなきゃなんないんだよ、と続く予定だった台詞は実際には出てこなかった。
カッコ悪いところを見られたくなかったのだ、神坂に。
「私と神坂先輩は肉まんね」
そう言いながら妹が千円札を差し出す。
「今日のお駄賃としてお兄ちゃんも好きなの買っていいよ」
妹から奢られるなんて悪い予感しかしない。
けれどいつものようギャアギャア言い合うなんて真似も恥ずかしい。
「ありがとよ」
ワザとぶっきらぼうな言い方をして店内へ向かう。
注文を済ませ会計待ちをしている間も妹と神坂の事が気になってチラチラと様子を伺う。
神坂がちょっと困ったような顔をしているように見えたのは気のせいなのか。
ーー何を喋ってんだ。
気になってしょうがないけど、焦ってワタワタとしたみっともない姿を見せるわけにはいかない。
なるべく落ち着いて悠然としなくては。
会計を済ませ妹達のところへ戻る。
「ほら」
俺は自分用に購入したチーズピザまんを咥えながら、妹にお釣りと一緒に肉まん二つが入った紙袋を手渡す。
任務完了。
のはずだった。
「お兄ちゃん! ソレ! 何食べてるの!?」
突然妹が俺に噛み付いてきた。
そんな妹の勢いにたじろいでしまう。
「チーズピザまん?」
妹に気圧されて疑問形で答えてしまった。
ーー神坂の前なのにカッコつかねー!!
「ダメ! それは私が食べる。お兄ちゃんは神坂先輩と一緒の肉まんね!」
ワケの解らないキレ方をした妹は俺の歯形のついたチーズピザまんを強引に奪いとると
「へへ」
と満足そうに笑った。
「しょうがねぇなぁ」
そんな無意識のうちに溢れた俺の台詞を聞いて神坂が笑う。
照れ臭さを誤魔化すように俺は突き返された紙袋から肉まんを取り出し神坂に差し出した。
「ん」
今度は単語にもならなくて一文字。
「ありがとう・・・ございます」
そんな俺の対応がマズかったのか神坂の声は小さくて上手く聞き取れない。
微妙にギクシャクとした空気が流れ込む中、空気を読まずひとりチーズピザまんを食べ終えていた妹が俺に次のミッションを突き付ける。
「私、先に帰るから。お兄ちゃんは神坂先輩を送ってあげてね!」
「は!? え? や、うん。けど荷物・・・」
「その荷物、全部神坂先輩のだから!」
一方的にミッション内容を伝え終えた妹は、あっと言う間に俺達の前から姿を消した。
残された俺に出来ることはひとつ。
「帰ろうか」
「はい」
人生初の寄り道デートは肉まんの香りがした。
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