第10話 遅延システム


 「なぁ」

 「なに?」

 冬休み3日目の夜。

 俺と妹は夕食後の時間をリビングでダラダラと過ごしていた。


 「神坂って明日予定とかあるのかな?」

 明日、つまりイブの予定がアルのかナイのか知りたくて神坂と仲の良い妹に聞いてみたのだ。


 「はぁ?」

 スマホ画面を真剣に見つめている妹からの空っぽな返事。


 「そんなの自分で聞けばいいじゃん」

 確かに。

 だがソレが出来るなら最初から聞いたりしないと悟ってほしい。


 それに


 ーー未読のままか・・・

 神坂はとにかく返事が遅い。


 今日も妹の帰宅と同時に『お疲れさま』とメッセージを送ったのだけれど、かれこれ2時間無反応。

 ーー俺から連絡されるの迷惑なのか?


 あの日。

 妹の口車に乗せられ陸上部の部活に顔を出し赤っ恥をかいたあの日。

 俺は神坂と連絡先の交換をする事になった。

 電話番号、メールアドレス。それとメッセージID。


 お互い『よろしくお願いします』と、ぎこちなく始まったやり取りだったけれど、今ではそれなりに打ち解けたやり取りができるようになっている。と思う。


 けれど。

 ーー来ない。


 神坂から返事が来るのは早くても1時間後だったりするので会話っぽいモノが成立しないのだ。


 「あのさ、お兄ちゃん。私達は28日まで地獄の基礎練習なの。家に戻ったら一歩だって出歩きたくないほどクタクタなの。知ってるでしょ!」

 終わったと思っていた妹との会話が唐突に再開された。


 「あぁ、わかってる。わかってるんだけどな・・・」

 少しはお互いの距離が縮まったとは思うのだけど、神坂の反応がのんびりすぎて確信が持てずにいる。


 「お兄ちゃん。神坂先輩、今お風呂だって。私にメッセ来た」

 「・・・・・・」

 妹とはスムーズにやり取りしている事が余計に悲しさを増大させる。


 「俺は2時間待っても返事が来ない」

 女々しいなと自分でも思う。

 だが神坂にも問題がある!と思う、たぶん。


 妹とスムーズにやり取りできているのならば俺とだって可能なはずなのに。

 もしもワザと返事を遅らせているとすれば可能性は1つ。


 ーーやっぱり迷惑なんだろうか。


 「ま、まぁ神坂先輩なりに気を使ってるんじゃない? お兄ちゃん受験生だし」

 「うん、かもな」

 妹から慰めの言葉が飛んでくるけれど、俺の心はまったく晴れない。むしろどんより加減が増してしまう。


 ーーたった一言『ありがとうございます』って返ってくるだけで充分なんだよなぁ。


 「それにほら! 神坂先輩って男子と喋るの苦手だから、お兄ちゃんへの返事とかグルグル考えちゃうんだよ、きっと!」

 「うん。そうかも。だけど未読なんだよなぁ」

 妹からどんなにポジティブな言葉をもらっても俺の心はまったく浮上しない。


 「はぁあああ」

 自然と大きなため息が漏れる。


 ーーどうしちゃったんだよ俺。

 ーー神坂からのメッセージひとつでこんなに浮き沈みするなんて。


 妹に目をやるとネガティヴモードの兄を見捨てて再びスマホと格闘中だった。



 ピロン。スマホから着信音。


 ーー来た!!


 『返信が遅くなってすみません。お風呂に入ってました。練習キツくて大変です。疲れ過ぎて一歩も動きたくないです』


 心待ちにしていたメッセージ。

 うれしくて小躍りしちゃいそう。

 けれど。


 ーーコレはどう返信するのが正解?

 ーー動きたくないって事はメッセ見るのも面倒だって事なのか?

 神坂からのメッセージはいつもこんな感じで、俺からの返信を拒んでいるよう見えるモノが多かった。結果、1日1から2往復のやり取りになる。


 「お兄ちゃん、私もう寝るから。おやすみ」

 俺のネガティヴモード全開の空気が不快だったようで、妹はとっとと自室に戻ってしまった。


 ーーだぁああ!ダメだ。

 ーーこんなんじゃ受験勉強も頭に入らない!


 俺はスマホを放り出し痒くもない頭を両手でガシガシと掻きむしる。妹がいたら『汚いからヤメロ!』と容赦なく罵ってきたに違いない。


 ーー風呂入って寝よ。うん、今日はもうダメだ。

 そう心に決めて立ち上がる。


 ピロン。

 ーー神坂か!?


 放り出したスマホを慌てて手繰り寄せ着信内容を確認する。

 妹からだった。


 「はぁああ」

 と大きく落胆のため息を吐きながら妹からのメッセージを開く。


 『イブは家族で食事なんだって』


 誰の事を言っているのか一目瞭然。

 ーーグッジョブだ!妹よ!


 続けさまに妹からメッセージが届く。


 『今日先輩と一緒に撮った写真』

 簡潔なメッセージと一緒に妹と神坂のツーショット画像が送られてきた。

 妹と神坂がボディービルダーのようなポーズを決めてるバカな画像だった。


 「ハハ、案外面白いヤツなんだな」

 思った事がそのまま口から漏れたけど、どうせ誰も居ないから気にしない。妹が居たら『キモい』って言われて凹んでいただろうが。


 ピロンと妹からのメッセージが続く。

 『先輩の許可がでたので追加』

 今度は神坂単品の画像だった。

 それも制服姿。

 美味しそうに肉まんを頬張る姿だった。


 『兄以外に見せちゃダメって言われてるから他の男子部員に見せたらダメだよ!』

 妹からのメッセージを見て頭の芯が熱くなる。


 ーー俺以外の男に見せるなだなんて!!

 ーーソレってつまり俺は特別!?


 先程までのネガティヴモードが消え去りポジティブモードを突き抜けて一気にヘブンモードへと突入する。笑いたければ笑えばいい。俺は単純だ。

 好きな女子から特別扱いされて嬉しくないはずないだろう。

 

 ーーん?

 ーー好き?


 ピロン。と電子音が響く。


 『ハッスルすんなよ?』

 一気に血の気が引くようなメッセージと共に届いたのは神坂が一人でボディービルダーの真似をしている写真。

 こちらに背を向け全身に力を込める神坂は体中の筋肉を見事なほどに浮かび上がらせてた。


 ランニングパンツにブラジャー姿で。


 ーーハッスルすんな?


 「そんなの無理に決まってんだろおぉおお!」

 それは俺の魂の雄叫びだった。



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