第8話 神坂先輩


 「お兄さんと神坂さんって付き合ってんの?」

 私が入部した頃に聞かれた事。

 最初は何の事だか分からなかった。

 

 同じ陸上部と言っても私は短距離組で兄は跳躍組。同じグラウンドに居ても同じ時間を過ごしているわけじゃないのだ。


 気になったので練習の合間にチラチラと兄の様子を盗み見していると、確かに跳躍組の神坂先輩と談笑している場面は多かった。

 2人とも幸せそうでちょっとムカつく。


 6月に兄は引退。

 その日、神坂先輩の目は真っ赤だった。

 

 期末テスト明けの最初の練習日。

 私の方から神坂先輩に声をかけた。

 神坂先輩は兄の話をすると笑ってくれた。

 それからは毎日喋るようになる。


 神坂先輩がスキンシップ過多の甘えたさんだと分かったのは夏季合宿の時。お風呂場で抱きつかれた時は心臓が飛び出すかと思ったりもした。


 筋肉の話をするようになったのもこの頃。

 最初はただの筋肉フェチかと思ったけれど、何度も話を聞くうちにどうもソレとは違うとわかる。

 

 そもそも筋肉を意識するようになったのは兄がきっかけだとも言っていた。

 記録が伸びず悩んでいる時に慰めるのではなく褒められたのだそうだ。

 

 兄曰く

 『神坂さんのフォームは抜群にキレイだ。それはきっと身体に見あったバランスのいい筋肉が付いているから。ジャンプする時、野生の鹿が跳ね回るような無駄のない綺麗なカタチをイメージするといいんじゃないか』

 なんだそうだ。


 神坂先輩の思い出補正がかかっているのはしょうがないけれど、私の中の兄のイメージとは大きく違っている。

 きっと兄は何を言えばいいのか思い付かなくて、その場のノリで適当に喋ったに違いない。

 断言してもいい。

 私にも同じ血が流れているからわかるのだ。

 兄に送ったメッセージがその証拠。

 ノリノリで百合アレンジを加えたのは激しく後悔している。


 脱線した。


 とにかく私は神坂先輩の中から兄への想いが薄れてしまわないように努力している。きっとこの機会を逃せば兄に恋人なんて一生無理だろうから。


 神坂先輩も兄の受験が終わるまで自分からは声をかけないつもりでいるらしい。

 健気と言うのか一途というのか、私に対してはセクハラ上等なのに兄に対しては奥手過ぎる神坂先輩は本当にかわいい。


 兄の裸祭りを思いついたのは10月の事。

 体育祭で上半身裸の男子をたくさん目撃したのがキッカケ。


 ーー兄の裸体を神坂先輩にしっかり焼き付けておけば神坂先輩の気持ちも醒めにくいのでは?

 ーーついでに私へのボディータッチも減ってくれると助かる。


 あと兄は押して押しまくれば落ちると言うのを確かめる意図もあった。

 兄の方の気持ちがいまいち掴めなかったからだ。


 もしも神坂先輩から兄に告白するような事態になった時、兄がヘタレて返事を誤魔化す可能性は十分にある。

 なので押せば落ちると言うデータも神坂先輩にリークしておきたかった。




 「お疲れ、お兄ちゃん。久しぶりに跳んだ感想は?」

 約束通り部活に顔を出した兄。

 別に練習にまで付き合わせるつもりはなかったのだけど、本人がノリノリだったのでよしとする。


 「いや、マジやばい。スゲーなまってる。全然思ったように跳べねえ!」

 ダラダラと不満の言葉を並べるわりには楽しそうな顔をしている。


 「なんだよ、もう撮るなよ。跳ぶところだけって言ってたろ」

 「えー、いいじゃん別に。いい顔してるし」

 兄はスマホでムービーを撮り続ける私に文句を言うけれど、コレも神坂先輩のためなので全て脚下だ。


 「お兄ちゃん。次、神坂先輩が跳ぶよ」

 「お、おぅ・・・」

 神坂先輩の名前を出すと兄の様子がぎこちなくなるのも面白い。


 ーー意識はしてるんだな。

 

 タッタッタッと神坂先輩が地面を蹴る音。

 一拍おいてジャリッと踏み切る音がする。


 「おぉ! 神坂先輩ってキレイに跳ぶよね!」

 神坂先輩のジャンプを見ていて思う。

 兄が先輩を褒めた時、そこにウソはなかったのだろうなと。

 兄は私が思っている以上に神坂先輩を見ていたのかもしれない。


 ジャンプを終えた神坂先輩に小さく手を振る兄の姿も私はしっかりと録画する。


 「本当にキレイだ」


 兄の小っ恥ずかしい呟きとともに。


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