第7話 口車ドライブ


 「なんで来なかったの!」

 怒髪天を衝く。その言葉の意味をご存知だろうか?

 今俺の目の前で我が妹が実演しているので、お時間のある方は是非ともご覧あれ。


 俺は妹に怒られながら、そんなバカなナレーションを脳内再生していた。


 「ちゃんと聞いてるの!」

 「聞いてる、聞いてる」

 妹の怒りの原因は分かっている。

 それは俺が妹の『お願い』を無視したから。


 朝の不幸な出来事のあと、俺は妹からのメッセージを全て無視した。無視したメッセージの中には『今日の部活に顔を出せ』と言うものがあったらしいのだけど、メッセージを全てスルーしていたので当然『部活』に顔など出してはいなかった。


 「明日はちゃんと来てよ!」

 「えー、やだよ面倒くさい」

 面倒というのは半分ウソだ。

 引退した自分が今更後輩達の前に出るという事に抵抗があるだけだ。すでに新体制が敷かれているのに旧体制の人間が顔を出してアドバイスとかされても困るだろう。

 

 それに・・・


 今朝の画像がどういった扱いを受けているのかも詳細不明のまま。

 女子部員の間で『妹に逆らえない兄奴隷』などと笑われている可能性だってある。


 「他の先輩達だって顔出してるんだから、お兄ちゃんも来てくれたっていいじゃん」

 そう言って妹は『ぷー』とほっぺを膨らませて見せる。何としても俺を引き摺り出したいらしい。

 ーーあざといヤツめ。

 

 どう言えば妹が諦めてくれだろうかと考える。

 けれど上手い言葉は浮かんできてくれない。

 だんだんと考えるのが面倒になり俺は思ったままを口にする。


 「俺みたいな大した記録もない先輩からアドバイスされても皆んな返事に困るだけだろ」

 言った後でハッとする。

 口から溢れた言葉は伝えるつもりのなかった本心に近いもの。

 

 ーーカッコ悪い。

 でも手遅れだ。吐き出してしまった言葉は回収出来ない。


 俺はそれ以上何も言わずに無言を貫く。

 妹も返事を寄越さない。

 カチ、コチ。カチ、コチ。

 壁掛け時計の音がやけに大きく聞こえてくる。

 ーーさすがに気まずいな。

 

 『この話はコレでおしまい』そう切り出そうと顔を上げた時、妹が先程とは違う穏やか声で喋りはじめた。

 

 「お兄ちゃんが頑張り屋だって事は皆んなが知ってる。記録が出なくても頑張ってた」

 初めて聞く妹から俺へのプラス評価に動揺してしまう。そんなグラグラしている俺の目を見つめ直して妹は言葉の続きを喋りだす。

 

 「そんな頑張り屋さんからアドバイスされて困る人なんていない。むしろ嬉しいはず。身近な先輩達から見守られてるんだって思えるのは本当に心強いモノなんだよ」

 妹の表情は真剣で目線もまったく離さない。

 

 「そんなお兄ちゃんの言葉があったから頑張ってこれたんだと思う・・・」

 そこまで喋ると妹は再び黙ってしまう。


 正直びっくりだった。

 こんな才能のカケラもない兄からのアドバイスが妹の心の支えになっていたなんて知らなかった。

 こんな俺でも必要としてくれるなら、ちょっと顔を出すのも悪くない。そう思えた。


 「わかったよ。行くよ。明日」

 「本当?」

 またしても俺の負けだった。

 けれど今回の負けはそんなに嫌な気分じゃない。


 「あぁ、本当だ。でも気の利いたアドバイスとか期待すんなよ?」

 「ん。大丈夫。期待してない、コレっぽっちも!」

 ーーん?あれ?照れ隠し?

 ーーわかる、わかるぞ。俺も照れ臭いからな。


 今回の勝負、確かに妹の勝利ではあるけれど兄である俺の存在意義を認めて褒めてくれたのだ。俺もそんな妹に敬意を表して照れ隠しの言葉を返すのが礼儀だろう。


 俺はおどけた調子で中身のない言葉を妹に向けて繰り出す。


 「でもなんか照れるな。知らず知らずとはいえ、俺はちゃんとお前の支えになってたんだな。俺って案外いい先輩なんじゃね?」

 そんな俺の照れ隠しの言葉を聞いた健気で可愛い俺の妹ちゃんはビックリするほどの真顔になって言い放つ。



 「あー。さっきの話、私の事じゃないから」



 あげて落とす。



 ーー高等テクニックすぎんだろ。


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