第6話 夜の魔法と朝の奇跡
「ちょっと盛りすぎだったかな」
兄に向けて送った長文メッセージの内容についての事だ。
嘘は書いてない。神坂先輩の過剰なスキンシップに困っているのは本当の事。
それを説明するために書き始めたメッセージだったのだけど、ついつい調子にのって少しエロっぽいアレンジを加えてしまったのだ。
いや、内容について後悔はない。
我ながら面白く書けたと思っている。
問題なのはソレを読んだ兄の反応だ。
文章をそのまま素直に信じられても困る。
神坂先輩はベタベタしてくるけれど百合百合とはしてこないのだから。
それに神坂先輩が兄に抱く気持ちも知っている。
ハッキリとは言わないけれど女子部員全員が知っている公然の秘密。
兄の方も神坂先輩に好意があるように見えるのだけど…。兄はそういう所で天然をぶちかますタイプなので判断しかねている。
「にしても返信遅すぎない?」
いくら長い文章だって言っても30分もあれば充分のはずだ。
ーーまさかもう寝てるんじゃ?
慌ててメッセージアプリを確認してみると兄に送ったメッセージは未読のまま。
「マジで!?」
怒りに似た何かが込み上げてくるけれど、ソレをぶつける相手が寝ているのではしょうがない。せっかくの力作だったので感想が楽しみ、いや反応を見てみたかったけれど。
ーー仕方ない。
ーー私も寝よう。
明日も朝練があるのだ。
夜更かしは禁物。
けれど。
フツフツと込み上げる気持ちを少しだけ噴出。
「あほ兄メッ!」
ピピッ、ピピッ。
スマホのタイマー音で目が覚める。
「起きたくねー・・・」
朝6時前。
そろそろ兄が日課のランニングから帰ってくる時間。
スマホのメッセージアプリを確認すると兄宛てのメッセージは既読になっていた。
けれど返信はない。
「まぁ寝起きすぐに返信とか面倒だよね」
自分が兄の立場ならと考える。
寝起きすぐに長文のメッセージだなんて私なら絶対に読まない。それどころか送って来た相手に怒りを覚えるかも。
そんな取り留めのない事を考えている間にも朝の貴重な時間はすぎて行く。
ーーとにかく朝練の準備しなきゃ。
鞄に教科書を詰め、部活用の着替えを準備する。
赤い女子部員用のランニングパンツを折り畳んでいる時、ふと昨夜書いたメッセージの内容を思い出してしまう。ノリノリで書いた百合小説のようなメッセージ。
ーーヤバい。メチャクチャ恥ずい!!
夜のテンションは怖い。ソレはよくある話。
朝になれば魔法が解けて後悔するまでがワンセット。
ーーやっちまった・・・
だけど今更どうしようもない。
改めて兄に言い訳の言葉を並べるのも恥ずかしい。いや悔しい。
ならば。
ーー堂々としてればいいか。
相手はあの兄だ。16年も一緒に暮らしている。
恥ずかしい事なんて今更だ。
ジャージの上着のファスナーを首元まで一気に上げて気合いを入れる。
「よしッ!っと」
いつもならコレで気持ちが切り替わる。
けれど今日はイマイチだ。
「あぁ! もう!」
そう言いながらほっぺをペシペシ叩く。
ーー覚悟をきめろ。
ーー送ってしまったモノは仕方ない。
部屋を出て階段を降り玄関先に荷物を置く。
兄のランニングシューズがいつもの位置にあるのが目に入った。
ーーやっぱもう帰ってるかぁ。
ーー鉢合わせたら気まずいな。
そんな事を考えつつスマホのメッセージアプリを確認する。
兄からの返信はない。
「ふぅ」
と息が出る。
自分でもよく分からない溜息に似た何か。
ーーなんで私が緊張しなきゃダメなのよ!
ーーあー、もうムカつく!ムカつく!
とにかく出発前の最終仕上げをするため洗面所へと向かう。そんなわずかな間にも兄と鉢合わせた場合の言い訳が頭の中をグルグルと駆け巡る。
ガチャ。
ーー!!
ドアを開けると兄が居た。
今一番顔を合わせたくないはずの兄だ。
ーー何か言わなきゃ・・・
焦る頭がなんとか言葉を用意する。
「おはよ、お兄ちゃん・・・あの、昨夜のメッセの事なんだけど」
とここまで言って我に帰る。
目の前に居る兄は全裸。
それはそれでレアケースなのだけど、兄の表情のソレは恐怖で埋めつくされているように見えた。
それに・・・
ニヤリ。
事情は察した。
『最悪だ』と思う。
けれどソノ原因を押し付けたのはきっと私。
恥ずかしさは五分と五分。
これを二分八分にする絶好のチャンス。
パシャリ。
「お兄ちゃんのフリチンいただき!」
ーーいいネタを入手できた!
この奇跡のワンショットが私を勝利に導くはず!
兄が何かわめいているけれど、こんな最強のカードを手放すわけには行かない。
「じゃ! 私、朝練いくから!」
入手したお宝を兄に取り上げられる前に家を飛び出す。
顔も洗ってないし、化粧水だってつけてない。
けれどそんなのは学校に着いてから考える。
なんだったら神坂先輩に借りればいい。
「ふははははは」
走りながら変な笑いが込み上げ止まらない。
今なら何もかも全てが私の思い通りになるようなそんな気がした。
「あ、そうだ」
走るのやめてスマホを取り出す。
「ふふ、コレでいいかな」
そう呟きながら送信ボタンを押す。
「ちょろすぎだぜ、お兄ちゃん」
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