開幕
魔術研究院附属第一学舎。
延々と広がる木々の中に佇むその建物は、魔物と人間が分け隔てなく通うことの出来る教育機関として世界で初めて設立された学院である。
七年前に創設が決まったものの、教員として着任するはずだった人物の投獄や実験によって自我を得た校舎の逃亡、さらに準備段階で当時徐々に表舞台に姿を現し始めていた魔術師たちの協力が加わって、世界初の公的な魔術の研究所も同時に設立された結果、何故か本来主であったはずの学舎が附属となるなどの紆余曲折あり、実際に開校して生徒を受け入れ始めたのは一年前。あまりにも問題だらけの開校であったが協力した魔術師たちの伝手もあり、開校直後から様々な種類の人物が集まり生徒は少しずつ数を増やした。
開港後も性格どころか習性や生態から異なる生徒たちは、互いに衝突し合い時には共謀し、折に触れて世界に響き渡る事件を起こしたりはしているものの、ひとまず死者は一人も出さず。
無事に今日、設立一周年の式典が開催されようとしていた。
「人がいないな」
そしてマオはフィエスラと共に、門の側にぽつねんと立っていた。
「いませんね……」
フィエスラは呆れた調子で言いつつ、自分に非はないとばかりに続ける。「門の側で案内人を待つように、と確かに知らせには書いてあったのですが」
昔からフィエスラはよく出来た側近である。局長補佐と名称が変わったところで、その能力までもが変化するはずもない。対して魔術研究院、ひいては附属第一学舎に関しては、予定通りに事が進まないのが通常運転であるとすら言っても良かった。どちらかが正しいかは言うまでもない。
「来ないものは仕方ない。どうする? そこに来学者用受付が見えはするが」
「また幻ではないでしょうな。私、踏んだはずの地面が失われた時の衝撃、今でも忘れられないのですが」
「お前は飛べるからいいだろ」
「咄嗟に対応出来るかは別でしょう。私もそろそろ反射速度に陰りが見えて来ましたから、真面目に二度と御免です」
「爺さんぶるくらいならペガサスと飛競争なんかするなよ」
「老いるからこそ修練が欠かせないのですよ」
そんな会話の間も人一人姿を見せない。せめて生徒でも通りかかってくれれば良かったが、式典は午後からのため、午前中は皆授業を受けているのだろう。
「さて。どうする……と」
言いかけた時、人間が門に向かって駆けて来るのが見えた。
「遅くなってしまい、申し訳ございません。統括局局長様方でお間違いないでしょうか」
二人の前で立ち止まった人間は、息を切らす様子もなく悪びれることもなく、涼しい顔で言う。
「間違いありませんが。貴方が案内の方ですか?」
「いや。僕は違います。僕はただの一生徒です。案内と命じられた教員は今、少し手が離せない状態になっておりまして、代理として参りました」
この学院で起こる手が離せない状態は、物理的に手が離せなくなっていそうで不安である。
「大丈夫なのか? その、教員は。命とか、身の安全とか」
「心配には一切及びません。……本当、全く一切。お気遣いありがとうございます」
やや含みのある言い方だったがきちりと頭を下げる真面目そうな生徒に、それ以上の詮索は出来なかった。ともかく式典の会場に辿り着ければそれでいいと考え、二人はその生徒について歩き出す。時々何もないところで「そこは飛び越してください」「あっ。……いえ、大丈夫でした。お気になさらず」などと言われることを除けば特に問題のない道中に思われたが。
不意に生徒が廊下の途中で立ち止まった。
「……すみません、少し、お待ちいただいてもよろしいでしょうか。すぐ済みますので」
「分かった。多少動いても大丈夫か?」
「この辺りには何もありませんので、大丈夫です」
生徒は早足気味に廊下の先へ歩いて行き、突き当りで右に折れた。
「――どこに行ってたんですか、先生。探しました。探して間に合わなかったので、何故か今俺が統括局の局長方の案内をしています。何で? 俺も生徒代表として色々やることあって正直クソ忙しいのであと引き継いでもらっていいですか。と言うか本来アンタの仕事なんだから拒否権ないんですけど。……あ? 緊張するとか知らねぇんで。さっさと出ろって」
小声だが、二人は共々耳が良いのでしっかり聞こえている。
「……悪い気がしちゃうな」
「気持ちは分かりますね。私、あの生徒に同情いたします」
「仕事減らせって言ってる?」
「減るに越したことはありませんが、どちらかと言えば何でも私に言うなという方です」
こそこそ二人で言い合っているうちに生徒が戻って来た。
「失礼しました。本来案内をするはずだった教員の手が空いたようなので――」
振り向いて、そこに誰もいないことに気が付き、無言で戻る。
「出ろつってんだろ。――では、これで。失敬」
真面目な生徒に見えたが、やはり附属第一学舎生徒らしい自由さを見せて生徒は去って行った。
しかし、マオはそれどころではなく。
廊下の先に気まずそうに立つ、記憶と少しも変わらない姿に、言葉を失っていた。
赤の髪飾りで結わえた赤髪。右は赤、左は蛇の如き形を持つ金をした両眼。そして首の辺りをさまよう第三の目。この後の式典のためか細身のドレスに身を包みながらも、上から白衣を羽織っていた。
「少しくらい、恰好いいところを。見せたかったんだけど。――まあいいか」
言いながら微かに目を細める。
「久しぶり。元気そうで、何より」
fin.
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