少しずつ日が短くなり
少しずつ日が短くなり、気温が下がり始める。山には少しずつ葉の落ちる木々が出て来て、洞窟でも寒さに備えた支度が始まる。例年リンネは死なないのをいいことに服と布団だけで耐えていたらしいが、リンネも蛇もあまりに気の毒だったため、内部に炎を閉じ込めることで周囲を温める包火石の導入がマオの独断で決定された。
そうこうしている内に、とうとうマオが洞窟を出て行く日が決まった。
同時に、ますますリンネの姿を見る回数が減っていった。
そしてマオの出発日が近づくと、ふつりと姿を見せなくなった。
「ユウェン、リンネ見てないか……」
「えぇと、今日は見てません……。すみません」
「いや、謝ることはない。こちらこそ仕事の邪魔をして申し訳ない」
ユウェンは慌てて首を振った。
「マオ様御用達ということでこう……下世話な話ですが、客足が増えているので。全くお気になさらず。むしろ僕、マオ様が来たらお相手するようにと言われていますし」
「それは……店にとっては良いかも知れないが、お前個人にとってはいい迷惑だろう」
「いえ全然! あの、違くて。僕個人もマオ様にお会い出来るの、光栄ですし、嬉しいですから!」
しかし申し訳ないので、昼食がてら一品注文していくことにした。二人席に一人でかけて、ユウェンの作った料理を食べていると、空いた席に見知った顔が断りもなく座った。
「マオ、ミシェラには聞かないの?」
「知ってるのか?」
ミシェラはあっさりと首を振った。そうだろう、と思うが言わずにうなずく。リンネはあまり子供が得意ではない。
「マオ、最近ずっと薬師さんのこと探してらっしゃるけど、何で探してるの? また会えるんでしょ?」
「まあ……会えるけど……」
「いいじゃない。お忙しくはなるんでしょうけど、また会いに来れば。お母様言ってた。お別れしたって、生きてる限りは何度でも会えるから、悲しむことはないのよ、って」
「そうなんだが」
このまま別れてしまえば喧嘩別れのようになってしまう。せめて、別れの時くらいは笑顔が見たいし、そのためには話さなければならない。
それにいつ、リンネの師匠が生き返るのかも分からない。明日である可能性だってゼロではない。次にこの市に来た時にリンネがいなければ、会うためには行方を探す所からになる。不可能ではないだろうが、認識阻害を使われればかなりの困難が伴う。
その辺りの事情を正直に話しても良かったけれど、さすがに子供に真面目に相談している絵面は、魔王としてどうなのか。
マオ自身は気にしないけれど、この席に座っていることを知るユウェンには気付かれる。
「……会いたくない、と思われたまま別れたら、次どうなるか分からないから。どうしたらいいと思う? お嬢様」
それでもリンネの姿が見えないことよりマシかと聞いた。
「会いたくないって言われたの?」
「似たようなことを」
「駄目ねぇ」
「うん……」
ミシェラは呆れた顔で細い腕を組む。
「リンネって、前にミシェラのこと助けた、あの赤髪の薬師さんで合ってる?」
「そう」
「ふぅん。……不思議ー。好きそうに見えたけど。マオに見惚れていたでしょ? あぁ好きなんだなって思ったの、ミシェラ」
「……そんな時あったか?」
「あったの。まあミシェラも苦しかった時だから、見間違いかも知れないけど」
何も当てにならない言葉に苦笑いする。人を見る目に関しては確かな子供だが、発作の時であれば見間違いだろう。
「好きなのに、会いたくないなんて。きっと素直じゃない人なのね」
大人びた顔で忠告される。
「素直じゃない人の言うことは、素直に聞いちゃ駄目よ」
言葉は心に留めつつ、思わず問いかけてしまう。
「それもお母様の言葉か?」
「これはミシェラの言葉!」
山でリンネがよく行く採集場所も回ってみたが、姿はなかった。
駄目元で知り合いの細工屋や染色屋などにも聞いて回ってはみたが、全く行方が分からない。
しかし、市では目撃情報だけはちらほらと集まった。その時間や場所を鑑みるに、どうやらリンネは外套を着て、マオと入れ替わるようにして市と山を行き来しているらしい。市で食事は取っているようなので以前のような退廃的な生活にはなっていないのだろうが、それで良いかとなるはずもない。
出発の日は着々と近づいている。
「材料屋も、知らない、と」
この前のことがあったため避けていたが、もう後もなく、恥を忍んで材料屋に聞いてみたものの、収穫はなさそうだった。さすがに寂しくてその場に座り込んでしまい、沈殿した臭気に吐きそうになって立ち上がる。
「……一応先代たちの記憶もさらってはみたけど。お弟子さんが今言った場所以外に、リンネちゃんが行きそうな場所は……」
材料屋はとんとんと頭を突きつつ言う。もうリンネが姿を現しそうな場所を毎日巡回するしかないとマオは諦めて肩を落としていたが、材料屋は続けた。
「あと一箇所くらいかな、って、皆」
「どこ」
「幽境」
聞く度に背筋の凍る名前だった。死者の世界と繋がっている程に深いという谷。死者に呼ばれる谷。
「あぁ……でも、詳しい場所は分からないんだよな」
「うん。そう呼ばれる谷が、お弟子さんたちが住んでる山の近辺にあるってことは、リンネちゃんがそう言ってたから確かなんだろうけど。たぶん普通に歩いているだけじゃ行けない場所なんだと思う。魔法使いが作った場所って話もあるくらいだからね。魔境なんじゃないかな」
「……」
どこに出かけていたのか、リンネが誤魔化した時があった、と思い返す。
「やっぱり、地道に探すしかなさそうだな。幽境も探してみる。ありがとう」
天井から下がる草をかき分けて出入り口に向かう。
「……ねぇ」
振り返ると、勘定台の奥で材料屋が手を合わせていた。
「……この前、一方的に色々言っちゃって、ごめんね?」
一方的なのは毎度のことだったから今更気にしない。それにいくつもの世代の記憶を背負って生きているから、どれだけ言葉を尽くしても言い足りないのだということは分かっている。
「気にするな。それより俺が行った後、リンネのこと、よろしく」
幽境も探してはみたが、やはり見つからなかった。
いよいよ、明後日の朝には、ここを離れる。
この土地でゆっくりと過ごせる最後の一日となった。
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