第三話「その者、デストロイヤー(転)」

 セツナみたいな科学技術を盛り込んだ鎧に身を包む者をサイバーナイトという。

 サイバーナイトが持つ鎧はとにかく堅牢でギミックも多数盛り込まれている。ファンタジアにいるナイトたちの持った魔法の知識も盛り込まれたスーパーアーマー。


 彼女がとんでもない速度で飛び立っていったのも、鎧に刻まれた魔術式により空気中のマナと使用者のオドを放出する機構によって推進力を得る仕組み……らしい。

 らしいというのは、そういう専門的な話は一探索者である俺にはよく分からないからだ。


 遙か前方で爆音が響く。

 どうやら到着したらしい。数百メートルの距離を一気に詰めることができる鎧の機能には感服してしまう。

 あんなの、個人が持っていいパワーじゃない。

 俺も追いつくために通路をかける。

 数十秒遅れでたどり着けば、既にセツナが背負った鉄塊を三人の不届き者に向けているところだった。


「な、なんだ! お前……」

「か弱い女性を四人でよってたかって――とかは実際どうでもいいんだが、お前等スカベンジャーか、いや、その装いそうだな!」


 フードのような軽装に身を包んだ三人(それと地面に倒れた一人)。

 彼等の特徴は巷で言うところのスカベンジャーのそれとも一致していたし、今まさに誰かを襲おうとしていることから考えても、件のスカベンジャーである可能性が高い。

 普通、ダンジョンの中で人間同士の小競り合いなんて起きないものだ。

 だってそこにいる怪物たちは人間たちが力を合わせてやっとどうにかできるくらいに強い。


 そんな場所で積極的に人間同士の諍いを引き起こす奴等など、そう多くいて堪るものか!


「た、助けてくださいまし!」


 突然の乱入者である俺たち、正直見てくれの悪さだけで言うなら俺たちの方がよっぽど凶悪だ。(特にセツナのせいで)

 それでも俺たちに助けを求めてくるということは、そこにいる三人よりはマシだと思われたらしい。


 声の主に視線を向ければ、およそダンジョンの中にいるには不釣り合いな装いの少女。ふわふわのフリルを身につけて随分と品格のありそうな雰囲気だ。

 その品格が、ダンジョンの中で必要かは別として……。

 あれでは、自分は金持ちですよと声高らかに宣言しているようなものではないか。


「黙れガキ! 俺たちが誰か知っていて、こんなことをしてるのかお前たちは!?」

「しらん!」


 ガンと彼女の得物である鉄塊を地面に叩きつけて、セツナは応じた。

 俺も前方のスカベンジャー集団には見覚えというものを感じない。俺たちが特別そういうのに疎いだけかもしれないが。


「はっ、じゃあ教えてやるよ。俺たちはウメダダンジョンを根城にしているスカベンジャー集団だ。俺たちに手を出したなら、お前たちももう標的だからな!」

「アニキ! あの鎧! ミネラル社のウルツァイトG10じゃないですかぁ!」


 鋭く光る刃を振り上げる兄貴分に、子分Aが嬉しそうにそんなことを話している。

 見た所、中央にいる大剣を持った男が兄貴分。

 左にいる子分Aが魔法使い。

 右にいる子分Bが壁役か。

 どうやら、俺がヒーラーだと睨んで真っ先に倒した奴はヒーラーだったらしい。よかったセツナにドヤされずに済みそうだ。


「ウルツァイトと言えば、最高級品じゃねぇか! ランクAの傑作。はははは! 俺たちはついてるぞ! この女と鎧! これを持ち帰ったとなればボスも俺たちを認めてくださるぞ!」

「モテモテだな、セツナ」

「あぁ、イケメンなら良かったんだがよォ?」


 似たり寄ったりの服装をした三人組は、どうやらしっかりとセツナを標的に定めたらしい。

 さて、あの三人はどの程度戦えるのだろうか。

 俺の分も残っているといいんだが……。


「大人しく鎧を脱いでおいてくってんなら俺の仲間に手を出したことも、俺の邪魔をしたことも見逃してやるが?」

「はァ? こっちの台詞だ、今すぐテメェのボスのとこまでオレを連れてけよ。そうすりゃ、見逃してやるよ」

「じゃあ黙って死ねや!」


 瞬間、子分Aが拳を振り下ろした。

 その拳に合わせ、巨大な火球がセツナに直撃する。

 あの魔法使い、祈り手か……。そのうえで威力も高い。

 事前に祈りを捧げていたとしても、あの威力は目を見張るものがあるな。

 どうやら、スカベンジャーとはいえどもウメダダンジョンを根城にするだけの実力はあるようだ。


 熱風が吹きすさぶ。

 合わせ、兄貴分が大剣の切っ先をセツナに向けた。

 まるで竜が火炎を吐く予備動作かのように、刀身が割れ開く大剣。

 どうやらあの大剣も仕込みありらしい。


「はっ! 喰らえ!」


 割れた刀身の間に光が集まったかと思えば、雷撃が如く放たれるのは蒼い光線。

 火炎に包まれるセツナにそれは直撃し、爆発を巻き起こす。

 また、轟音がダンジョンをつんざいた。


 威力は申し分ない。

 いくらタンクといえでも、大技(と思われる)攻撃を二つもなんの準備もなく受けてしまえば一溜まりもない。

 ……これが、普通のタンクならだが。


 二つの大技によって巻き起こる土煙の中から、金属製の角材が姿を現した。

 長方形のそれが、天井に向けられる。

 あれが、セツナの得物だ。

 金属になった角材。そうとしか表現できないそれだが、彼女はあれを大剣だと宣っている。

 物を斬ることはできない。

 剣としての機能をそもそもとして有していないそれ。


 そんな得物が、前方に振り降ろされた。

 地面にぶつかると爆ぜた。

 己の周りに漂った土煙を爆風によって消し飛ばしたセツナは、お返しと言わんばかりに魔力を放出する。

 数百メートルの距離でさえ一気に詰める推進力を持った突進を、タンクと思われる子分にぶつけた。


 重厚な金属の塊が、高速で突進してくれば相手が普通のタンクなら受けきれないだろうなぁ。

 なんて他人事な感想が頭を過る。

 魔法使いも兄貴分も反応出来ていないところを見るに、完全に勝負が決まったものだと思っていたんだろうな。


「は!?」


 戸惑いの声をあげた時にはもう遅い。

 タンクを弾き飛ばし、己の速度を制動したセツナが得物を振り上げた。

 兄貴分はふり下げられたセツナの得物を受け止めること自体は成功したらしい。

 しかし、それだけでは不足していた。

 また、爆ぜた。


 吹き飛ぶ兄貴分、飲食店のショーケースに激突し中に埋もれていく。

 彼も鎧だったなら、吹き飛ばなかっただろうが軽装であれの相手をするのは少し荷が重い。


「……え」


 魔法使い、もとい子分Aは吹き飛んだ兄貴分を見て硬直している。

 無理もない。

 目の前に立つ鎧の怪物は無傷。そのうえ、正体不明の爆ぜる鉄塊を振り回すとあれば理解が追いつかないのも当然だ。


 彼女が振り回しているのは通称、ナマリ。

 兄貴分が振り回していた大剣と同じようなギミック内蔵型の武器だ。原理は俺もよくわかってないのだが、着弾点で爆ぜる……らしい。

 トンデモ武器だ。

 魔法と科学が合わされば、こんな武器さえ生み出されるといういい例である。


「ま、不味い……っ!」


 子分Aはそういいながら両手を合わせその後、地面に接着させる。

 瞬間、地面に伏したヒーラーとタンクの姿が霧になって失せていった。恐らく、そのアクションを起こした魔法使い自身も胡散していく。

 多分、兄貴分も同じように身を退いていったことだろう。


「ちっ、逃げ足は速い」


 ナマリを背に戻し、セツナは舌打ちをする。

 しまったな。

 セツナに任しとけばなんとかなるだろうという気持ちが強すぎた。

 本当なら、ここで俺が魔法使いを仕留めておくべきだ。


「悪い、油断してた」

「タンクより先に魔法使いをぶっ倒してた方がよかったなァ」

「あ、ありがとうございます?」


 残されたのは品のある少女が一人。

 突然目の前で起きた争いに圧倒されているようだった。


「ちっ、どこに逃げたんだ? 追いかけるぞスレイ!」

「ちょ、ちょっと私がここにいるんですけれど!」


 先を急ごうとするセツナに少女は声を荒げた。

 普通ならここで少女に話しを聞くんだろうけど……セツナは普通じゃないからなぁ。

 しかたないので、俺が少女とセツナの間に立つ。


「俺はスレイ、こっちのデカブツはセツナ。君は?」

「私はフェリス」


 一応の自己紹介をして、俺はフェリスと名乗る少女に改めて視線をやった。

 ドレスみたいな衣服に黄金の髪。白い肌と碧眼からして、ルーツはヨーロッパかなんかの方なんだろうか。


「そうか、フェリスか! お前みたいなガキが来るにはここは危険だからさっさと帰れよ、じゃあな!」


 勢いよく頷いてセツナは先を急ぐ。。

 そんな彼女の鎧を掴み、動きを止めた。(実際は止められないが、俺が掴んだことを察知したセツナ自身が足を止めた)


「なんだよ、早く追いかけよーぜ!」

「一応フェリスの事情を聞いておかないと、だろ?」

「ちっ」


 こう見えて、いやどう見てもセツナは戦闘狂だ。

 依頼を早く解決したいから、敵を追いかけたいわけじゃない。ただ、もっと戦いだけなのだ。

 そのため、一度戦闘を始めると頭に血が上って凄まじく脳筋になってしまうという欠点がある。

 なので、俺が彼女をセーブしてやらないと一人で突っ走ってしまう。

 ……大抵は一人で突っ込んで相手を殲滅してくるんだけど。


 セツナを引き留めたところで、俺はフェリスがどうしてここにいて何故襲われていたのかを聞くことにする。


「フェリスは探索者か?」

「いいえ、違いますわ」

「はァ? じゃあ何しにここに来てんだマジで」

「私はここで成さねばならないことがあるんです!」


 意志の強そうな瞳でフェリスはそう言った。

 とはいえ、探索者でもない人間がダンジョンに足を踏み入れるなんて危険にも程がある。


「つーか、門番はどうやって通過したんだよ」

「交代する瞬間に通り抜けましたわ」

「ザルだなぁ……ここの警備」


 セツナの言う通り、思ってた以上にここの警備はザルだったようだ。

 しかし、その隙を窺って中に入るフェリスの胆力も凄い。

 結果的にフェリスはスカベンジャーに襲われてしまったわけだ。


「で、成さねばならないことって?」

「秘密ですわ。ですが、私もあのスカベンジャーたちに用があるんですの。見たところ貴方たちもそうなんじゃなくて?」


 ふふんと鼻を鳴らしてフェリスは俺たちにピシリと人差し指を向けた。

 俺たちは、跡に来るであろう言葉を待つ。


「貴方たちに依頼をしますわ! あのスカベンジャーたちを倒してくださいまし」


 声高らかにそう宣言するフェリスの声が、ウメダダンジョンに響いたのだった……。

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