第二話「その者、デストロイヤー(承)」
「行ってらっしゃいですにゃー!」
そんな言葉を背に受けて、俺たちは転移門の上に乗った。
これは、このカフェから目的地を指定してそのままダンジョン内部に転移させられる門であり、ここに乗ってるだけで大阪の目的地までたどり着くという寸法だ。
転移門はそう易々と設置できるものではない。
本来なら、カフェに併設なんてできないし、法的な許可も下りない。
「こういう時ばかりは、転移門があって良かったって思うよなぁ」
「違いない」
セツナの言葉を肯定し、俺たちは光に包まれた。
転移門の個人許可は認められていない。
そりゃそうだ。
こんなものが流行ったのなら、車やら飛行機やらが廃れに廃れてしまう。なんて反発も多かったため、日本政府は転移門の設置に消極的なのだ。
光に包まれた俺たちを浮遊感やら目眩に似た気分の悪さが襲う。
自分の身体や骨自体がねじ曲がっているような不快感。こればっかりは何度転移門を利用しても慣れなかった。
やがて白に染まった視界が安定し、身体の違和感もなくなっていく。
眼前に広がるのは、薄暗く、長い階段。
周辺にはモンスターの姿は見えない。しかし、下からは濃い魔力が漂ってくる。
攻略されないダンジョンはその場に残り続ける。
それは当然で、ダンジョンマスターが倒される以外の方法でダンジョンを消し去ることなど不可能だ。
だからこそ、難易度が高いダンジョンは何十年と残り続ける。
そういったダンジョンは匂いで分かる。
長い年月をかけて、ダンジョンも熟成していく。
ウメダダンジョンは三十年もの。その匂いもとびきりのものだった。
「久しぶりだなぁ、この階段を見るのも」
「帰らずの下り24段だったか?」
「おう! ま、今やただの脅し文句だけどな!」
そう言ってセツナは軽い足取りで階段をおりていく。
彼女の背中に続いて、俺も地下を目指す。
俺やセツナがウメダダンジョンに足を踏み入れるのはこれが初めてではない。
開拓が進んだ今だと、入り口周辺は安全だ。
というか、ウメダダンジョンの入り口近辺は……。
「久しぶりのウメダだ。なんか変わってるかねぇ?」
階段をおりきった先にある扉に手をかけて、セツナはそう話す。
彼女が扉を押し開ければ、階段の薄暗さが嘘みたいな煌びやかさが俺たちを出迎えた。
賑わう人々、行われる商い。
そう、世界三大ダンジョンの一角であるウメダダンジョンは世界有数の観光ダンジョンとしても有名なのだ。
「相変わらず人が多いなぁ?」
「そりゃそうだ。ウメダだぞ」
ぼやくセツナに俺が応じた。
長い長い通路の両端には露店が出されており、その間を探索者や素人が歩き回っている。
驚くべきことに、一定の場所までは素人でも踏み込めるのだ。
どんなに低難易度だと思われるダンジョンでも、素人は一歩でも踏み込むことが許されていないというのに。
「この銃は六英重工業のもんだぞ~! 地上では買えない安さで卸してるよ~!」
「身体能力を引き上げるお薬はいかがかな?」
「ムラマサの刃が大特価中だ!」
道を歩くだけでこの感じである。
天下の台所である大阪の魂を宿しているといえば、そうなのだろうけれど。
どうにもこの賑やかさが俺は慣れなかった。
「で、俺たちは何をすればいいんだ? おい、早速買い食いするな」
「あんがとなおっさん! いいだろ~、タピオカミルクティーだぞ!」
「メニューの問題じゃなくてだなぁ」
ずぞぞーと音を立て、セツナはタピオカミルクティーを堪能している。
本当に自由気ままな奴だ。
「よくある依頼だよ。スカベンジャーの退治」
「よくあって面倒な奴だな」
観光地として有名なダンジョン。
人は多いし、賑やか。
でも光が強ければその影もより濃くなるわけで。
スカベンジャーはそんな影の代表格だった。
「しかも普通のより悪質な奴等だ」
「悪質って?」
奥へ奥へと進む度に、どんどんと賑やかさも人気も少なくなる。
ウメダダンジョンの本質に、より近づいていると言っても過言ではない。
「奴等が漁るのは死体や死にかかってる奴だけじゃねぇ。集団で積極的に探索者を襲う」
「そりゃ退治依頼もでるか。具体的な内容は?」
「集団のリーダー格一人の捕縛だってよ。んで、メンバー一人につき一万円追加」
「そりゃ太っ腹だ、よく取れたな?」
「そこらの雑魚じゃ難易度高くて無理なんだろさ。それに、ただのスカベンジャー共がウメダでずっと活動できるとでも?」
「まぁ、そりゃそうだ」
なんてところまで話して、俺たちは足を止めた。
ここがウメダダンジョンの本当の入り口。
両開きの自動ドアを警備する二人の男性。どちらも分厚い鎧を身にまとっている。
「中に入るぞ~」
「……許可する」
俺たち二人の顔を見て右に立つ男性が簡潔にそう告げた。
愛想の一つもあったものではないが、まぁしかたないだろう。
笑顔を振りまいたって意味のない場所ではあるし。
左の男が手を振り上げると、自動ドアが開いた。
今までの匂いが、マシだと思うくらいにキツイ匂いが扉から溢れ出す。この匂いだけは好きになれない。
「よっしゃー! いくぜ!」
腕をぶんぶんと振り回し、セツナは空になったカップを握りつぶした。
煌びやかさ嘘みたいな薄暗さに、静けさ。
さっきまでのウメダダンジョンとは別世界だった。
コートのポケットに手を突っ込み、懐中電灯を取り出す。そして、胸元に固定し最低限の明かりを確保する。
「ローテクだなぁお前は」
「そりゃ、全身科学兵器のお前に比べりゃな」
彼女が自分の兜を叩けば、兜のライト機能が起動して強い光が前方を照らした。
セツナが身にまとっている鎧はただの鎧ではない。ダンジョンを探索する際に欠かせないものや、過剰なまでの武装が搭載された歩く戦車とでもいえるような奴なのだ。
その頑丈さも尋常ではない。
セツナなら一人でダンジョンに突っ込んでも笑いながら大体の魔物を屠ることができる。
白兵戦の鬼なのだ。
それは丁度、一対一の戦いが得意な俺とは真反対とも言える。(セツナはタイマンでも強いが)
「三日前だっけ? スレイと一緒にダンジョン潜ったのは」
「二日前だ」
「昨日も誘えよなぁ!」
「悪かったって」
なんて会話をしながら歩くわけだ。
会話内容だけ見れば、なんか高校生の遊ぶ約束みたいだが一応は命を賭けた生業である。正直に言って、あんまり緊張感がない。
両端には飲み屋や喫茶店などの飲食店が建ち並んでいた。
もちろん、その中に人は誰一人としていない。チカチカと点滅する電灯に錆びて朽ち果てた店たち。
ダンジョンが持つ退廃的な雰囲気がそこには詰まっていた。
一歩踏み出す度に、地面のタイルから己の足音が帰ってくる。
先を歩くセツナの鎧が軋む音、駆動音。
それら以外に響く音は何一つない。
鼻をつんざくのは強い魔力の香り。
正直、嫌な匂いだ。
頬を風が撫ぜていく。
入り口から離れる度に、非日常に没入していける。
ダンジョンのこういうところが俺は大好きだ。
煩わしい浮世から離れるためにダンジョンに潜っていると言っても過言ではない。
「また道変わったよなぁ?」
「ああ、みたいだな」
周囲を眺めながら、セツナが欠伸をして見せた。
このウメダダンジョンの特徴の一つとして気まぐれにダンジョン内部の構造が変化するという厄介なものがある。
更に厄介なのは、その周期が分からないこと。
数分で変化する時もあれば、数年は同じ時もある。もしダンジョン攻略中にダンジョン内部が変化してしまうと、それだけで脱出が困難になってしまう。
だから、ウメダダンジョンに突入する際には緊急脱出用の道具が必須となっていた。
まぁ、忘れてしまってもそういう必需品を売り歩く商人がいるんだけど……値段はべらぼうに高い。
「で、そのスカベンジャーはどこにいるかは?」
「もちろん、分からん!」
「だよなぁ」
これは長丁場になりそうだと思った時だった。
前方から話し声が聞こえてくる。それにはセツナも当然気がついたらしい。(ちなみに、鎧に補聴機能が備わっている)
ピタリと足を止めて、セツナはその話し声を聞いているようだ。
なんの補助もない俺が聞くには小さすぎる声なので、ヒアリングはセツナに任せるとしよう。
「どうだ?」
「……誰か襲われてるな、やるか?」
「ああ、そうだな」
俺は鞄からバラバラとなった相棒を取り出して即座に組み立てていく。
得物は狙撃銃。
そのままで持つには長すぎるのでいつもは分割して持ち歩くようにしている。
戦闘前に組み立てなければならないのが、若干不便ではあるが……まぁこればっかりはしかたない。
組み上げた相棒にスコープを取り付けて、俺はのぞき込んだ。
ナイトビジョン。
詰まる所、暗視機能を持ったスコープである。
そこに映ったのは五人。
一人を四人が取り囲んでいるらしい。
「前方五人。一人を取り囲むように四人が広がっているな。どうする?」
「距離は?」
「約300mくらいか?」
「よーし! オレが突進した瞬間ヒーラーを撃ち抜いてくれ!」
「はいはい、一番ヒーラーっぽいのを狙うか」
正直、そんなに明確に装備が分かるわけではない。
サーモグラフィーみたいな視界で見えるわけで、細かい装備なんてのは二の次だ。
とはいえヒーラーを叩くのもセオリー通りではある。
いやぁ、こういう直線の構造ばかりならスナイパーも普通に活躍できるんだけどなぁ。
なんて少しスナイパーが不遇に扱われる現状を嘆きながら俺は麻酔針を装填する。
相手は人だ。
殺すわけにはいかない。
俺の弾の装填が終わったあたりで、セツナの方も準備ができたみたいである。
鎧の間接部や、排気口のような場所から白煙が漏れていた。
「よし、じゃあ……行くぜ」
「オーケー」
俺はセツナから離れ、標準をヒーラー(と思われる人影)に合わせた。
瞬間、雷鳴が如き轟音が響く。
間違いなくセツナの突進が行われた音だ。
合わせ、俺も引き金を引く。
ほとんど同時に放たれた麻酔針は、しっかりと標的に命中した。
対象が倒れ込んだのを眺め、俺もスコープを取り外してセツナに続く。
戦いの始まりを告げるには、十分過ぎるほどの轟音だった。
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