第一話「その者、デストロイヤー(起)」
「ふぁあ~」
大きな欠伸を伴って、俺は身体を起こした。
ベッドから降りて、俺は洗面台までふらふらと歩いて行く。
鏡に映るのは、いつもの自分。
スレイだ。
水を顔にかけて、歯を磨く。
なんら変わらないモーニングルーティン。
使わない化粧台の上においたパンを無造作に口に頬張ってから、歯を磨くのが早かったことに気がつく。
……ここまでが一連の流れだ。
パンを貪りながら、俺はテレビを付けた。
「今年は、ファンタジアとの交流が始まって40周年という素晴らしい節目です。来る記念日にはパレードなども行われる予定です」
「へぇ」
真っ先にテレビから流れた話を聞いて思わず声が零れた。
そうかぁ。
もう40年も前なのか、転移門が開いたのは……。
そんな自分が生まれるよりも更に前の時代を思い、なんとも言えない気持ちになる。
この40年間で日本は――いいや、世界は大きく変わった。
主な原因として異世界、ファンタジアという世界との交流が一つ。それと、ダンジョン化現象が一つ。
前者はファンタジアでの科学とも言える魔法という概念を知れたこと。
後者はダンジョンというのが、とにもかくにも儲かるということ。
結果的に発展した科学やら、取り入れた魔法やらはダンジョン攻略だとかダンジョン関連産業につぎ込まれていったというわけだ。
それに加えて、ファンタジアから出稼ぎにくる亜人や異文化(すぎる)人々。
まぁ、色々と様変わりしたというわけだ。
でもまぁ、40年も経てばそれが普通になるわけで……。
仕事着でもあるコートを羽織った俺は、テレビの電源を消して部屋を出た。
相棒を詰め込んだ鞄を肩にかけて。
エレベーターを出れば、見慣れたカフェにたどり着く。
床も壁も机も椅子もその全てが木製の、異国情緒というか異世界情緒が漂うカフェ。
ファンタジアからの流入者でも、違和感なく使用出来るようにと配慮された店内が、純日本人の俺には眩しい。
朝も早い時間だというのに、大変な賑わいを見せていた。
今日も今日とてエルフなりなんなりの、多種多様な人間が集まり。加えて、そのほとんどが剣だとか銃だとか杖だとかを身につけている。
普通なら物々しい雰囲気だが、ここでは見慣れた光景だ。
俺も適当な席に腰を降ろして、備え付けられたタブレットを叩く。
選ぶのは当然コーヒー。
色々なメニューがあるわけだが、朝は絶対コーヒーと決めているのだ。
やがて、猫の獣人がトレイ片手に俺の前へとやって来る。
そこにちょこんと乗せられたコーヒーカップからは白い湯気が立ちこめていた。
「お待たせしましにゃー! モーニングコーヒーですにゃあ」
「ありがとう、相変わらず朝から元気だな」
「当然でーす! 皆さん元気がない朝だからこそ! 私たちが明るくしていかないと、ですからにゃー! スレイっちは今日もダンジョン?」
「ああ、そんなところかな」
ピコピコと耳を動かして、この店の古参従業員であるニャニャはくるりと背を向けた。
文字通りの看板娘だ。(この場合の看板というのは顔役も兼ねている)
もちろん猫の獣人がニャニャなんて名前は安直というか、適当過ぎるがこれはビジネスネームみたいなものだった。
名前は覚えやすい方がいいという彼女なりの気遣いらしい。
「昨日もダンジョン攻略したのに、忙しいにゃあね~。あ、注文! 頑張ってね~!」
スラッとしたボディラインの彼女はニコニコの笑顔で手を振る。
俺もコーヒーカップを片手に応じた。
こうやって、客の名前と行動を覚え的確に雑談をする。彼女の努力には頭が上がらない。
そもそもそんな努力しなくとも、店の繁盛は約束されたものなのになぁ。
「よぉ! 今日も変わらない様子だな」
「……」
朝聞くには辛い大声が、背後から俺を串刺しにした。
振り返ると、一際目立つ鎧が俺を見下している。
天井を回るシーリングファン、そこから放たれる光を鈍く反射する鎧の胴体部には厳ついドクロがあしらわれていた。
頭部は武骨なフルフェイス。
全体としては鈍色の巨躯。
露骨に関わったらダメな雰囲気を醸し出している。
背には巨大な金属の角材みたいなものが。
「オレにはビールを頼むぜ!」
鎧は、店内に響き渡る声で叫ぶ。そして俺の正面に着席した。
歩く音も、腰を降ろすその時でさえうるさすぎる。
ここもカフェというには若干野蛮で、ワイワイガヤガヤと盛り上がっているがそれを一人で押しのける様には感心まで覚えてしまう。
「あのなぁ、そこにタブレットがあるだろ」
「オレは鎧だぞ?」
「脱げよ、それかタッチペンだってある」
「はぁ? じゃあ声で注文した方が楽だろ」
「……」
本当にコイツは……。
呆れて俺は肩を竦めた。口直しのコーヒーを口に含み、店内を眺める。
壁面には巨大なモニターがかけられており、そこにたくさんの依頼書が映し出されていた。
モニターをタッチして、今日受ける依頼を探す人たちも多い。
「はーい、お待たせしましたにゃー。ビールにゃ! 朝からビールとは、セツナっちは相変わらず豪快ねぇ」
「おう! ニャニャちゃんが持ってきてくれるってだけで美味さが増すからなぁ!」
「褒めても何もでにゃーよ!」
なんてやり取りをした後、ニャニャはまた他のテーブルに向かって言った。
流石はニャニャ、セツナの扱いに慣れている。
普通の感性を持ち合わせていたら、セツナに話しかけようなんて誰もしないからな。
「さぁて、朝の一杯やろーかねぇ!」
そう言って、セツナは兜に手をかけた。
フルフェイスの兜は前面が開くようになっている。
パカリと音を立てて兜が開けば、その下にあるのは華奢な顔立ち。
何度見ても慣れない。
いくら頭では理解していても、あのガサツさと厳つい鎧の中にまさか女性が入っているとはやっぱり納得できない。
そう、セツナの性別は女だ。
ごてごてしい鎧と荒々しい口調に、鎧でくぐもった声で男と思われることが多い。しかし、女性である。
ついさっき出されたビールを一気に飲み干した彼女は、乱暴にグラスを机に置いた。
「ぷっはー! ウメェなぁ!」
「……」
「スレイ! お前聞いたぞ、昨日オレに黙ってダンジョン攻略したらしいじゃねぇか! しかも、竜種だって!? お前! お前! なんでオレを呼ばなかったんだよー!」
朝のビールを堪能した彼女は、ギラリと目を光らせて俺を睨んだ。
彼女の性格からは考えられないほどに澄んだ茶色の瞳が、なんともギャップを感じさせる。
「セツナと一緒に行くと、俺はほとんど歩くだけになるだろ」
「はぁ? そんな骨のないダンジョンに竜種が出たって!? もう少しマシな嘘をつきやがれ!」
「いやいや、マジだって。俺だって驚きだったんだから、ただの古民家だぞ?」
「古民家ぁ? そりゃあ、また……アレだなぁ」
ダンジョンというのは往々にして、変質する建築物に難易度が寄っていく。
基本的に変質範囲が広ければ広いほど、ダンジョンとしての難易度も跳ね上がる。
それに付随して、どうしてかダンジョン化現象というのは律儀なところがあって……元々の建築物の特性や性質なんかを我流で再現しようという一面がある。
あの赤龍丸なんていう竜種も、あの古民家に由来するなにかだったのかもしれないな。そう考えなければ、竜種がポッと出てくることの理由が説明できない。
とはいえ、あのダンジョンはもうないわけだし今さらそんなことを考える意味もないのだが。
「今日はオレが直々に依頼を見繕ってきてやった! 喜べよな!」
「あー、何をするんだ?」
「日本三大ダンジョン、大阪地下迷宮・ウメダダンジョンだ!」
「……まじか」
セツナの話を聞いて、俺はただそんな言葉を返すことしかできなかった。
日本に発生したダンジョンの中でも、何十年と攻略されていないものがある。理由は様々だが、どれも共通して単純に難易度が高い。その中でも、特に攻略不可とされているダンジョンこそが、日本三大ダンジョンだ。
セツナの奴め、またとんでもなく面倒臭そうな依頼を見つけてきたものだ。
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