不遇職業? 遠くから攻撃することしかできない雑魚? そんな偏見全部俺がぶっ壊してやるよ。最強のスナイパーはどんな敵でも一撃で倒します~その男、ワンショット~
雨有 数
プロローグ「その男、ワンショット」
地球で最初のダンジョンが観測されたのは、異世界との転移門が開く一年前だった。
建築物などが異界に浸食され変質していく現象を、人々はダンジョン化現象と呼ぶ。一度ダンジョンに変質してしまえば、最奥にいるダンジョンマスターを倒さなければ元に戻ることはない。
探索者の仕事はダンジョンを攻略し、建築物を元に戻すこと。
これは、そんな一人の探索者の物語である。
【その男、ワンショット】
剣が飛んだ。
等間隔に配置された松明の、穏やかな光を反射させて銀の刃は回転する。くるくると。
その後、甲高い金属音と共にそれは突き刺さった。
剣の切れ味は刺さった場所がごつごつとした岩肌であったことからも、相当に高いものだとうかがえる。
剣を飛ばされた者――ダリアは大きくバックステップを踏んで引き下がった。
負傷した右腕を押さえるその姿は痛ましい。
「ちっ、強い!」
舌打ちをして彼は正面に居座る怪物を眺めた。
真っ赤な鱗と長い胴体。巨躯の割には小さな四肢の先には鋭く光る爪。
とぐろを巻く怪物を見上げれば、身体と同じく鮮血が如き赤。
白いヒゲがいかにもといった威厳を漂わせる。
そのうえ、真っ直ぐに伸びた黒の角が恐ろしかった。
「流石は竜種……」
ダリアは目を細めて敵対する怪物を讃える。
そう、彼が対峙しているのは竜。より正確に表現するならば龍だ。
日本や中国で考えられていた龍の姿に酷似している。
およそ全長は成人男性四人分ほど。
テニスやドッチボールなんかが十分にできそうな広さの室内を持ってしてなおも、かの龍にとってこの場は狭苦しい。
「大丈夫ですか? ダリアさん」
ダリアに声をかけるのは彼の背後に立つ眼鏡の青年。
青年が両の手のひらを合わせると、ダリアの傷がみるみる内に塞がっていく。
「ああ、なんとか。しかし、これは不味いかもしれないな」
礼を告げて、ダリアは周囲を眺めた。
地面に刺さった愛剣と、そして地に伏した二人の仲間。それぞれ、龍の猛攻により戦闘不能になってしまった。
最初に壁役タンクが。
そこからは早かった。
龍の口から放たれた火球。機動力の高いダリアと気を張っていた青年こそ回避出来たものの……魔法使いは避けきれなかった。
パーティーのおよそ半分が倒れてしまった状態。
そのうえ、目の前には四人でも叶わなかった龍が一匹。
逃げようにも、仲間二人を置いていくなんて判断はできず――緊急離脱手段も魔法使いが持っているのみ。
「判断ミスだ」
ダリアは己の判断を悔やんだ。
彼がすべきだったのは壁役が倒れた瞬間に、即魔法使いに指示を出して戦闘から離脱すること。
しかし、回復が間に合うと考えた。
せめて魔法使いが回復するための時間を稼ごうと考えたが、結果はこの通り。
「どうすればいい――」
万策尽きた。
彼に残された選択肢は二つ。
仲間を置いて逃亡するか、ここで心中するか。
どちらも選びたくなかった。
「ガアアア! 脆い、弱い! その程度で我を倒すなど到底不可能よ!」
龍が吠えた。
ビリビリと、空気が震える。
これが龍。
これが生物の頂点。
「苦戦してるみたいだな。俺が代わろうか?」
諦めかけたその時だった。
自分の背後、さらに奥から人の声が聞こえたのは。
「ああ、たの……」
藁にもすがる思いで振り返る。なんと幸運なのだろうか。
しかしダリアの言葉は途切れ、表情はすぐさま暗くなった。
そこに立っていたのは、たった一人の人間だったから。
「竜種。それも東洋の。赤い鱗……硬度は?」
地面まで伸びている黒のロングコートに、スマートなサングラスをかけた男性は二人にそんな言葉を投げかけた。
突然の質問に、ダリアも青年も反応できない。
彼の言葉よりも、気になってしまうのは彼が担いでいるもの。
長い、長い――狙撃銃。
およそ、接近戦など行えないような。
遠くから戦うことがなによりも有利な得物を持った男。その職業でさえも簡単に見当がついてしまう。
「え? いや、待て! 君、スナイパーだな!? 仲間は?」
ダリアは呆気にとられながらも自分に歩み寄る男を制止した。
龍はいつ動くか分からない。
残された時間は少ないだろう。
「質問しているのは俺の方だ。硬度は?」
「一人なのか!? スナイパーが一人で……ダンジョンに挑んでいるのか? たまたまここに迷い込んだのか? 今すぐ引き返せ! もしくは離脱できる道具を持ってないか?」
それでも、男が立ち止まる様子はなかった。
スナイパー。
それは探索者の職業の一つだ。弓や銃などで通常よりも更に遠い距離で攻撃することを得意とする職業。
……なのだが、実際のところスナイパーは活躍しない。
できないとも言える。
そもそもが超長距離での攻撃など、ダンジョンで求められない。
故にスナイパーは不遇職だ。
オマケに前線で戦うタイプではない。
それが、単身でダンジョンに入り込んでいること自体異常だった。
「ガハハハハ! また挑戦者か。ならば、雑魚どもの処理など後回しにして、名乗ってやろう。我は赤龍丸。この魔窟の主ぞ!」
赤龍丸と名乗った龍は愉快そうに天を仰いだ。
男はついにダリアたちの隣に。
「自己紹介どうも。俺はスレイ――探索者だ。それと、スナイパーは正解だし、離脱できる道具は持っていない、あと一人だ」
「……逃げろ、無謀すぎる」
赤龍丸に挨拶を返した後、男――スレイはダリアの質問にも答えた。
返答を聞いてダリアはスレイの肩を掴む。
「スナイパーが何をするっていうんだ?」
「何って、そりゃあ代わりにあの龍を倒すんだ」
「無理に決まってるだろ! 馬鹿なのか、お前は! 俺の剣すら通じなかったんだぞ? スナイパー如きに、どうにか出来るわけがない!」
「ガハハハハ! そこなる雑魚が宣う通り。我の外皮を傷つけるなぞ、到底不可能よ」
龍はまたも豪快に笑みを零す。
ダリアの言う通りだ。
スナイパーが龍に一対一で勝てる通りなどない。いや、どのような職業であれ通常勝てるわけもない。竜種とは、それほどまでに強力な存在なのだ。
「そうか。ようやく硬度が聞けたな。御託はいい。来いよ、赤龍丸――やろうぜ」
スレイはダリアの手を払いのけ、更に一歩前進した。
そうして肩にかけた狙撃銃、その銃口を相対する龍に向ける。
「気概だけは認めようぞ! 死ぬが良い!」
「そりゃどうも」
これが開戦の合図となった。
もはや、ダリアの制止も意味を成さない。
龍がうねる。
刹那、スレイを龍の尾が襲う。
地響き。
舞う土煙。
そして、迫る赤。
あたれば……致命傷は免れない。
スレイは飛び上がり、紙一重でそれを回避した。
次いで、龍が小さな四肢を動かす。
生まれた風の刃が空中にいるスレイを狙った。
「……」
もうダメだ。
一撃を躱せたところまではいい。それでもスナイパーにしてはよくやった。
だが、これを回避できる手段などあるわけがない。
誰もがそう思った。
しかし、直後に響いたのは巨大すぎる銃声。
その巨躯に見合う轟き。
赤龍丸に銃口は向けられておらず、銃弾は的外れな方向に放たれた。
しかし、スレイの狙いは赤龍丸を金属の塊で貫くことではない。
銃を撃ち放った反動で、身動きの取れない空中を移動すること。そして、風の刃を回避すること。
「躱した!?」
目の前で起きたことが信じられず、ダリアは声を荒げた。
まさか、あんな風にして回避して見せるなんて。
着地したスレイはそのまま、龍に接近する。
「おい、スナイパーなら近づいてどうするんだ! 離れろ! 距離を取れ!」
スレイの行動は意味不明だった。
スナイパーの本領は遠距離戦。だというのに、スレイはその反対を地で行く。
遠距離で戦ったとして勝ち目があるかは別として。近距離での戦闘なぞもってのほかである。
「飛んで火に入る夏の虫とは、このことよな。文字通り、焼き尽くしてやろう」
一切止まることもなく、無謀にも接近するスレイを見て龍は口に火を宿した。
竜種の代名詞。火球である。
火を吐かない竜は竜にあらず。そんな言葉すら囁かれるほど、密接な関係にある。
故に、火を吐く行為は竜種にとって必殺技にも等しいものだった。
赤龍丸の口からは炎が溢れ出ている。
ダリアたちを襲った最初の火球よりも、更に巨大となったそれは人など触れただけで消失させてしまいそうだ。
龍はスレイに狙いを定め、口を開けた。
炎は一気に凝縮され、球へと形を変える。
熱風が、吹き荒れた。
「赤炎セキエン」
大口をあける赤龍丸の口から火球がスレイに向けて放たれた。
一方のスレイは、赤龍丸に向けてスライディングを行う。そして、銃を構える。
「このときを待ってたぜ」
丁度、赤龍丸の真下ほどにやって来た時に、スレイは引き金を引いた。
再び地響きのような銃声が響く。
放たれた銃弾は火球を貫き、そして大口を開けた龍の口内に突き刺さり、そのまま頭蓋を穿った。
「ガァ!?」
驚きと苦悶。
それらが入り交じった断末魔をあげて、赤龍丸はのたうちまわった。
火球さえも消え。
数秒後には赤龍丸も事切れた。
静寂に包まれたこの場に響くのは、カチャンという銃に備わったボルトを引く音のみ。
ダリアは、言葉を失っていた。
「終わり、だな」
再び銃を担いで、スレイは絶命した赤龍丸を眺めて告げる。
一撃。
竜種を。生物系の頂点を。
たった一つの銃弾で、彼は打ち倒した。
「う、嘘だろ……?」
ダリアはそう反応するしかない。
目の前で起きたことが、今だに信じられずにいるのだから。
「スナイパーも、結構やるもんだろ?」
サングラスのズレをなおしつつ、ダリアの方へと振り向いてスレイはそう話した。
天井へと向けられた銃口からは、白煙があがっている。
――こんな噂話がある。
誰も見たことがないような狙撃銃を片手に、どんなモンスターすらも一撃で倒してしまう男がいると。
探索者の間でまことしやかに囁かれる都市伝説である。
スナイパーの不遇さ、その反動によって語られる存在なのかもしれない。ただ、実在すると語る者もいたし、実際に見たという話が定期的に語られることもある。
多くの人々は、半信半疑であった。
ただ共通しているのは――
そのスナイパーの名前のみ。
誰もがこう言う。
その男、ワンショット。
最強のスナイパーにして、この物語の主人公である。
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