空想偽譚

澄岡京樹

うにょんにょ

うにょんにょ



「うにょんにょまみれだ」


 友人の学者からスマートフォンへ突然送られてきたメッセージ。それにはただその一文だけが記されていた。情報はそれだけで、こちらから何度メッセージを送ったり電話をかけたりしてもそれ以降のレスポンスはなかった。かれこれ3日になる。


 ……正直、途方に暮れていた。まず第一に〈うにょんにょ〉が何であるのかがわからない。手始めにインターネットで検索しても、その次に周囲の人間に訊ねても、それから図書館で調べても、結局のところ何もわからずじまいであった。


 ……〈うにょんにょ〉、一体なんだというのだ。件の友人は伝承、とりわけ現代の——いわゆる都市伝説について研究している。ゆえに私は、今回のメッセージも都市伝説関連の事柄であろうと考えていた。そういうこともあって真っ先にインターネットでそれらしいものを探したのだが結果はご覧の通りである。手がかりは皆無。もう後は友人の研究室へ向かう他なかった。


 ——結果から言えば、〈うにょんにょ〉については何一つわからなかった。友人はここ数日研究室に顔を出していないそうで、加えて友人の助手たちもまた〈うにょんにょ〉について知っている者は誰一人としていなかった。


「黒崎さんの悪い癖だ」——と、友人の名を口にした助手もいた。それが手掛かりになるやもと思ったが、私とて彼とは長い付き合いだ。友人——黒崎が目的も告げず何処かへ調査に出てしまう悪癖持ちであることは、嫌でも知っていた。今回もやはりそういうことであったようだ。


 今度こそ〈うにょんにょ〉についての手がかりをなくした私は、所在なく手を自室の天井に伸ばしながら、ふと幼少期のことを思い出した。


 ——そういえば。小さい頃は天井の模様から色々なものをを想像したものだなぁ——


 点が3つあったので顔を連想した。年輪のような模様から龍を幻視した。まるで天井が宇宙のようにさえ見えていた。


 ……なんとなくその頃を思い出しながら、私は〈うにょんにょ〉の正体を思い描いてみることにした。どうせ黒崎が帰ってくるまで何もわからないのだ。だから今は〈うにょんにょ〉について思うまま考えてみよう——


 ◇


 1週間後、黒崎が自室を訪ねてきた。私がしばらく家から出ていないことを聞いてやってきたそうだ。

 どうやら〈うにょんにょ〉は虚構らしく、「架空の存在をほのめかされた人間がどういった行動をとるのか?」という思考実験であるらしかった。

 なるほど、〈うにょんにょ〉など存在しない。黒崎が謝ってきたが私は「気にしないでほしい」と言って自室に戻った。別に怒ってなどいない。けれどこれで多少は懲りてくれるだろうか。


 まぁ、それはそれとして。ここ1週間考えすぎた。どんな姿形をしているのか。どんな声なのか。どんな行動をするのだろうか。色々と想像を巡らせてしまった。ああ、私の頭の中は——


「うにょんにょまみれだ」



うにょんにょ、了。

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空想偽譚 澄岡京樹 @TapiokanotC

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