父なるもの

 ヘンリーを見送ったあとのことである。

 夕餉の時間になっても帰宅しているはずの父が食堂に現れなかった。イザベルは母と顔を見合わせる。

「今はそっとしてあげましょう」

 母は淡い菫色の瞳を伏せた。それが一番のお薬ですよ、と静かに微笑む。

「お父様はどこかお加減が良くないのでしょうか?」

 入り口付近に控えていた家令のアーネストにそっと尋ねる。帰宅したばかりの父を真っ先に出迎えていたのはアーネストだ。

「そうでございますね…………サロンの前を通られた後、旦那様は王都中の苦い茶を集めて一気に飲み干したかのような顔をなさっていました」

 珍しく目を彷徨わせた爺やの報告に、兄のニールが感じ入ったように深々と頷いた。


「タイニー・ベル。娘を持つ父親という生き物には、とかくこの世は住みにくいものなのだ。ラグランド殿下も常々そう仰っている」


 つい先日王宮で会った、元第二王子殿下の名前を突然出され、イザベルは反対側に首を傾げた。ラグランド殿下の娘とはリル嬢のことだ。

 なぞなぞだろうか?

 分からずにイザベルは眉を寄せた。


「あとで書斎におられる父上とゆっくりお茶をご一緒しなさい」

 淡い紫色の瞳にいつになく強い光を宿し、兄は真剣な声音で言い渡した。

 母とアーネストが「そうしなさい」「そうなさってください」と口をそろえて頷いた。

 三人には解けたなぞなぞの答えがイザベルにはまだ見つからなくて、大きく首を傾げた。

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