通学戦士
るしお
通学戦士
通学戦士
「学校がだるい」
「わかる」
「なんで毎日通わされるわけ」
「私に聞かれても」
「わかるって言ったじゃん」
何気ない平日、朝の七時半。女子高生たちは今日も何気ない会話に勤しみつつ学校生活を浪費していた。
学校に行ったところで根本は何も変わらないというのに、このメインクエストはいつでも私たちの人生のレールに必ず敷かれている。この想いを誰にぶつけるべきか、友達にしか言えまい、といった具合である。
「はぁ、毎朝このため息と共に1日が始まる」
「うわ、そんなもの私に見せないでよ。ちょっとでも前向きになりたいのに」
「前向きに?千代ちゃん、どうやって前向きになってるの?」
電車の中、朝の通勤通学ラッシュに揉まれ、二人は扉側へ追いやられている。その状態をいつものことのように受け流す彼女たちはさながら戦士としての風格があった。
ビシッと指した人差し指が隣にいたサラリーマンの背中にあたる。
「もし〇〇があったらなシリーズ」
「〇〇?」
「好きな言葉を浮かべて思い浮かべるの」
「例えばどんな物を入れるの」
「もしお金があったらな、とか。もし時間がたくさんあったらな、とか」
「おお、なんか前向きになってきた」
「でしょでしょ。前向きになるでしょう」
くだらない会話だと、先程女子高生に人差し指を刺されたサラリーマンは鼻で笑った。
「んー、もし邪馬台国があったら」
「いや、あるのはあるんじゃないの」
「キャラメルマカデミアマキアートがあったら」
「それ3ヶ月くらい言ってるよね。期間限定だからもう出ないよ」
女子高生二人の会話は留めなく続く。長い電車通学を乗り切る術を身につけているのである。
それをやはり先ほどのサラリーマンはイヤホンで音楽を聴いているふりをしながら心の中で笑うのだった。
「んーダメだ。私たちのぼきゃぶらりーだとネタ切れが早すぎる。SNSでみんなに聞いてみようっと」
「ふふふ」
「えっなに」
「実はもう聞いちゃってる件」
「まじ卍」
ボキャブラリーもまじ卍も使い方が微妙に違っているということに車内にいる誰もが思った。
「どれどれ、、おおさすが千代ちゃん。少ないフォロワー数ながらリプライ3つもきてるよ。どれどれ、、『金』、『ピアノ』、『正解』、、。、、。」
数秒間の沈黙。車内は少しの間静かになった。
「センスがなさすぎて呆れ通りこして哀れに思えてきた」
「やめなよ、せっかくリプくれたんだから」
「だいたい、最後の正解って何?なんの正解?」
「人生に正解なんてないんだゼ」
「わーかっこいー(棒」
SNSを遡りながら小柄の女子高生は「あっでも私最近ピアノ買ったんだよね」と呟いた。
「何、ピアノ始めたの?」
「私じゃなくて妹がね。一生大事にするからってお父さんに何回もお願いしてたんだって」
「すごい、それでお父さん買ってくれたんだ」
「ただでさえ狭い我が家がさらに狭くなった気がするよ」
車内にいる人たちは可愛い娘に懇願される父親の図を思い浮かべていた。
「ピアノは高いもんね。家一軒買えちゃうし」
「流石に家は買えないと思うけど」
「でもピアノがある家って憧れるじゃん。ほらレストランとかでもさ。ピアノの演奏を楽しみながらディナー、とか」
「そんなリッチな感じでもないけどね」
数秒の間があって二人は何かを悟ったような表情をした。
「金か」
「金だね」
「やっぱそこに行き着くかー」
「金があれば人生正解できます」
「どこの謳い文句だそれは」
ペシッと肩を叩いた彼女の手はやはり先ほどのサラリーマンの背中に少し当たる。
「はぁ、お金があったらなぁ」
「前向きになれてないよ、それ」
電車は彼女たちの学校の最寄駅へとたどり着く。二人は話をしながら降りていく。
最終的にブルーな話で落ち着いた二人の会話に車内に残されたサラリーマンたちはより一層ブルーにさせられるのであった。
彼女たち通学戦士は今日も無意識に彼らの心を傷つけるのである。
通学戦士 るしお @shinylain
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