キャラ造形についてちょっと考えてみたんですが、キャラクターの性格は他のキャラとの関係性のなかで描かれなければ意味がないと思うので、かならずしもプロフィール帳みたいなのを作らなくてもいいと思うんですよね。
クリスティン・カショアという作家が、小説の最初のアイデアではキャラ同士が口論しているところをイメージすると書いていました。おそらくそのやりとりのなかで、キャラAとBとの関係性、ひいては二人の性格やアイデンティティが決まっていくのではないでしょうか。
私もデイとフィルが先にいなければ、ふたりに愛されるリアナという鋼メンタルなキャラはできなかっただろうなと思います(*´∀`*)
あとは、キャラがその性格の欠点を乗り越えるような描写ってすごく引き付けられますよね。教育が遺伝要因を凌駕したり、逆に環境によって作られた性格が人とのかかわりで成長したりとか……そういうのは感動につながりやすい気がします。
作者からの返信
ふへへw
僕自身はほんとのこと言うと、キャラクター帳とか、まったく作ってないです。設定集も書きません。すべては抜群の記憶力でまかなわれてるw
ただ、ネットでキャラブレしてる人をよく見るので、あったほうが一般的に便利なのかなと。
キャラクター同士のかけあいで性格を描写というのは大事ですが、やっぱり個人としての絶対のパーソナリティはありますよね。人間でもそうですが、誰ともかかわりあいにならない人にでも日々、思うことや嗜好はあるわけで、誰と出会っても変わらない部分は存在しますし。ストーリーによっては最初から最後まで主役一人しか出てこない話とかもあるので、そうなると主役の性格を作りこんでおかないといけないわけで。
もちろん、他の人に影響されて性格が変わっていくこともあります。後天的に学習などによって変わる部分というのに、西さんの言われてるキャラクター同士の関係性も入るんじゃないかと。
遺伝的な部分はその作品が始まるまでのキャラクターの素地で、作品が始まったあとの成長が後天的なものかな。
僕はたぶん関係性はまったく考えずに出してますね。ストーリー上、必要になったら出して、そのなかで個性の強いキャラが勝手に生き残るっていうか。今、書いてる八重咲探偵の龍郎と青蘭以外のキャラクターは、ほぼ全員、勝手に生き残ったゲストキャラですw 清美なんか出た回で死ぬ予定でした。
人によって、キャラクターの作りかたもずいぶん違うもんですね。リアナのほうがあとに生まれたっていうのが、スゴイですね。
僕はスピンオフをのぞいては、全作、主役からです。もしかして、僕の場合、恋愛を中心に考えてないからかな? 恋愛もキャラクターたちが勝手にしちゃうことあるし……。
かなり参考になります。
が、私結構年なのに、人間観察できてないのかな。経験値は確かに少ないのかも。
なんか知り合いになった方はよく分析しますが、知らない方を見るのが苦手。目を合わせるのも苦手。なんか申し訳なくなる。なので、基本、知らない人を観察できない私です。
思うに私自身の人間が浅いから深い人間像が作れないのかなと思います💦
魅力的なキャラがいればそれだけで読んでて面白いですものね。私はキャラ作り最後なんですよね。ストーリーが先で。
本当勉強になります。
作者からの返信
このあたり、キャラクター造形の話だからしかたないとこもあるんですが、小説を書くこと=キャラクターがすべてではないので、人間観察が苦手なら、ムリしてする必要はないのかなと思います。
僕は単に観察したり分析したりするのが好きなので、それも書き手さんの性格それぞれなのかなと。
カクヨムの公式連載に、フィルムアート社の『ズボラな人のための小説講座』かなんかいうタイトルのエッセイがあります。それのキャラクター造りのとこで、「キャラクターに必要なのは個性でも過去でも趣味嗜好でもなく、物語のなかの役割だ」と言ったことが書かれてるんですよ。
短編ではそっちのほうがストーリーを活かせるだろうし、人によってはそういう造形法のほうが向いてるかもしれません。
天音さんの話でナルシストのお姫様と犬にされた王子の話がありましたよね。ああいうやわらかいふんいきのファンタジーのほうが、もしかしたら天音さんには書きやすいのかなと思ったり。
あれなら人間の汚い部分や、切り裂くような痛みをがんばって描写する必要もないですし、ほんわかして楽しく、優しい気持ちになれる作風は、今のweb小説の主流の一つでもありますし。
天音さんのコメントを見てると、自分を辛いほう、辛いほうへ追いこんでおられるような印象を受けるので、小説に関しては、気楽なほう、気楽なほうへ考えてみてもいいんじゃないでしょうか?
もしも、それで物足りなければ、それはそれで、自分はシリアスなヒューマンドラマが書きたいんだなと、あらためてわかると思いますし。