06話.[ちょっと待った]

 日曜日になった。

 朝9時に公園兼グラウンドに集合ということだったので6時頃に起きてお弁当の準備をした。

 香菜さんが来てくれることも考えて4つ準備。

 中身も小洒落たりすることなくノーマルなお弁当って感じのものにした。

 不安になるので8時半ぐらいには家を出て公園に向かっていく。

 動きやすい格好でとのことだったので、学校で着ているジャージ姿での挑戦となる。


「おはよー!」

「あ、おはよう」


 天気もいいし、明菜さんは今日も元気。


「ん? なにその大荷物は」

「みんなにお弁当を作ってきた」

「そうなの!?」


 流石に重いからベンチに置かせてもらったら楽になった。

 保険をかけるために普通のだけどといちいち言ってしまうあたりが情けない。


「香菜さんも来るよね?」

「来るよっ、待ちきれなくてあたしだけ先に来たんだっ」

「明菜さんは明るくていいね」

「んー、渡辺がもう少し明るくなればいいんじゃない?」


 明るく……そうすれば清美の側にいる子達みたいにいられるだろうか。

 義務感ではなく清美の方から一緒にいたいって、清美だけではなく明菜さんや香菜さんからも一緒にいて楽しいって言ってもらえたらいいかもしれない。


「明菜っ、今日は誘ってくれてありがとっ」

「はははっ、無理している感じがすごいっ」

「そんなことはないっ……いや、あるかもしれない……」

「あ、いつも通りの渡辺に戻った」


 そうこうしている内に清美と香菜さんもやって来た。

 そういえばグローブはとおろおろしていたら約束通り清美が貸してくれて。


「とりあえずはウォーミングアップだね」


 横文字を使われても困るけど、つまり準備運動ってことだよね?

 後逸? してボールを拾いに行く際に走ることも多いだろうからアキレス腱が切れないようにしておかないといけない。

 そんな簡単に切れるほどやわではないかもしれないけどなんでも保険をかけておくのは重要だろう。


「文は私とキャッチボールね」

「「ちょっと待ったっ」」

「なによ?」


 ぼくとしても待ったをかけられるとは思わなくて困惑した。

 で、どうやらぼくと清美はいつも一緒にいるからたまには変えようとのこと。

 キャッチボールに関してはこれが初めてなんだけど……。


「文ちゃん、たまには私も相手をしてほしいなあ」

「え、いいけど」

「やったっ、明菜は五十嵐さんとね」

「後で交代だからな!」


 それでやってみた感じ、かなり優しくしてくれるようだった。

 なんだろう、ぼくが偉い人で若い人に接待をされている感じ。

 でも、嫌な気はしない、本気で投げられて取りに行くぐらいならこの方がマシだ。


「ねえ文ちゃん、この後って時間ある?」

「終わった後は特にないけど」

「それなら私達の家に来てよ、あ、もちろんそうなったら清美ちゃんも連れて行くから」

「うん、仮に清美がいなくても行かせてもらうけど」

「ほんと? ほんとにほんと?」


 放課後までしか一緒にいられない時点でそういうのは不可能だと考えている。

 だからせっかく誘ってくれたのなら単身で行くつもりだ、ぼくはぼくだから。


「じゃ、ふたりでいいところに行っちゃお――痛いっ! なんで叩くのっ」

「今日はキャッチボールをしに来たんだから集中してください」

「そうよ香菜、いまのあんたは小さい子を誘拐しようとしている犯罪者に見えたわ」


 勝手に子ども扱いをされて複雑な気持ちに。

 少しだけむかついたので、清美のところに行って軽くつねっておいた。


「な、なによ、いま味方をしてあげたじゃない」

「清美はすぐにぼくを子ども扱いする」

「し、してないわよ、絵面がただそう見えただけで」


 それはしていることと同じだ。

 が、長島姉妹はふたりで盛り上がり始めてしまったので約束通り清美とすることに。


「これぐらいならどう?」

「少し速いかも」

「じゃ、これぐらいね」


 大丈夫、みんな優しくしてくれるから捕れないなんてことにはならない。

 少し気になっているのはバッドも持ってきているということだ。

 まあつまり、投げて誰かが打つことになるのは確かで。

 ぼくが振ったら重すぎてそのまま倒れそうだ――とか考えていたのが悪かった。


「あ、ごめんっ」

「だ、大丈夫」


 おでこにボールがクリーンヒットして押さえる。

 じんじんと鈍く響くような痛み、面積が大きいからこそ余計に影響が出ている。


「ごめん、考え事をしてた」

「もう……またあんたの可愛いおでこに……」

「今度は集中するから……ぼくとして?」

「そんな言い方をしなくてもするわよ、私が誘っていたんだから」


 少なくとも後ろには逸らさない。

 キャッチャーにでもなった気分だった、……かなり手加減をされているキャッチャーだからなんにもいいところはないけども。


「よし、そろそろ打ってみる?」

「わ、分かった」


 バッドケースから取り出したバッドを受け取った時点で……。


「重い……」

「大丈夫、振れる振れる」


 キャッチボール時よりかなり緩い感じで彼女は投げてくれた。


「ふんっ」

「あははっ、遅れているわよ?」

「もう1回っ」


 このまま当てられないままお弁当を食べて帰るのだけは嫌だ。

 今度こそ、近くではなく遠くを見据えて、打つ!


「内野ゴロね」

「当たらないよりマシ」

「でも、ゲッツーになったら悲惨よ?」

「ぼ、ぼくが打つときはランナーはいないから」

「一応、知っているのね」


 少し勉強をしてきただけ。

 知らなすぎると遊びにもならないから必要だろう。


「渡辺っ、あたしとキャッチボールしてない!」

「あ、じゃあしよう」

「香菜、勝負するわよ」

「受けて立つよっ」


 ちなみに明菜さんからは並ぐらいの速さのボールがやってきた。

 それでもぼくはあのときとは違う、華麗に捕って投げ返して。


「文の手とボールって同じぐらいじゃない?」

「そ、そんなこと……」

「ほら」

「……どうせ子ども」

「馬鹿にしているわけじゃないよ、可愛くていいじゃん。あたしの手なんて女らしくないから」


 触らせてもらったら硬かった。

 恐らくバッドを何度も振ったりすることで皮が強くなっていっているのかもしれない。

 いまさっき数回振っただけでも痛かったから部活をしている子達はすごいと思った。

 そんな小学生並のことを考えているとまたおでこにぶつかるから集中。


「格好いいよ」

「急にどうしたの?」

「真面目にやっているだけで格好いい、その手だって努力をしているからこそなんだから」

「あ、ありがと? まあ、みんなやっていることだから」


 偉そうに言っていないでこちらも努力してみることにした。

 普通レベルで投げてと口にして、


「捕れなさそうだったら避けてよ? とりゃあ!」


 びびるな、彼女達はコントロールもいいから腕を真っ直ぐ伸ばせば問題もない。

 右腕は衝撃を抑えられるように左肘辺りを掴み、そして左手はちゃんと捕れるように意識を向ける。

 すぐにぱんっという音が響いて、ぼくはぎゅっと閉じてしまっていた目を開いて。


「と、捕れたっ」

「悔しいっ、今度こそ本気だあ!」

「ひぅっ、は、速すぎっ」


 そんな怖い思いをしたりしつつも無事に終えることができた。


「え、お弁当を作ってきてくれたの?」

「うん、せっかくのお休みをぼくと遊ぶために使ってくれたから」


 なんか気恥ずかしいから結構遠くで食べることにした。

 と言っても、ファールの場所でだから迷惑もかけていないと思う。

 こぼさないように気をつけつつ、意外と上手にできた自作お弁当を食べて。

 にしても、先程の発言は自惚れ過ぎただろうか?

 別に自分がメインというわけではないのだから……失敗したような気がする。

 いま頃、さっきの発言について笑っていたりして……。


「なんでそんなところで食べてるの」

「き、気恥ずかしくて」


 明菜さんはよく来てくれる。

 今回のこれは押し付けみたいなものだから、今度お礼ができればいいと思った。


「美味しかったよ」

「良かった」

「ただ、さっきの発言はちょっとねー」

「うっ……」

「あ、違う、責めたいわけじゃなくてさ。寧ろあたし達が文を誘って、文が休みの時間を使って付き合ってくれているわけだから」


 そんなことはないとすぐに言っていた。

 違う、ぼくは3人といられるのが1番嬉しいのだ。

 もちろん、家族を入れるのであれば姉といるのが1番だけど、それは違うから。


「一緒にいられることが嬉しい」

「でも、本当は清美だけでいいんでしょ?」

「確かに清美は大切だけど、明菜さんと香菜さんは優しくしてくれるから好き」

「清美に言ってあげなよ」


 自分に優しくしてくれる人を好きにならないのは無理だ。

 単純かもしれないけど、それでも天の邪鬼でいるよりはいいはずで。

 こういうことをきちんと口にしておかないと届かないから遠慮なく言わせてもらう。


「ちなみに、あたしも清美のこと大切に思っているよ。控え選手だったあたしにも態度を変えずに接してくれたし、ソフトボールが本当に好きなんだってなにも言わなくても分かるぐらい真剣にやっているから」

「だからそれと同じぐらい明菜さんも格好いい」

「や、それは言い過ぎ、清美ほどちゃんと切り替えてできていないから」


 すぐにネガティブな思考になってしまうこちらよりはマシだろう。


「ぼくが格好いいって思っているだけだから」

「って、あのときもどうせ清美しか見えてなかったでしょ?」

「うん、それはふたりを知らなかったから……」

「冗談だよ、ありがと! なんか文に言ってもらえると嬉しいよ!」


 片付けてベンチの方へ戻ることにした。


「文ちゃんお弁当美味しかったよ!」

「ありがと」

「ま、まあ、普通だったわ」

「それはそうだよ、どんなに頑張っても市販品のようにはならないから」


 トンボという道具を手に持って明菜さんの真似をしていく。

 こういうのは得意だ、使ったら使っただけで終わりなんてできないし。


「文ちゃんっ、家に行こう!」

「うん、行かせてもらう」


 どんな感じなのか少し不安になる。

 端にいれば不快な気持ちにはさせないだろうか。

 とりあえずは口数を減らして、甘えたい心も抑えておけばいい……?


「おでこは大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 あくまで自分はおまけと考えておけば調子に乗ることもないだろう。




「試合用と練習用を別々に用意しようかなって」

「え、そんなことできるの? 私はひとつだけで精一杯よ」


 心配しなくてもふたりはグローブの話で盛り上がっていた。

 明菜さんはもうひとつのソファに寝転んですやすやと寝ている。

 ぼくはその明菜さんの前に座ってふたりや明菜さんを見ているという感じ。


「形から入るタイプなんだよ」

「で、そのお金はどこから?」

「お、お父さん?」

「やめておいた方がいいわよ、お母さんにお父さんが怒られているところを見る羽目になるわ」


 唐突だけど、姉はお小遣いをくれようとしているけど断っている。

 住ませてもらっている時点で迷惑をかけているのだから貰う資格はないからだ。

 だからグローブとか高価な物を買ってもらおうとする彼女がすごかった、それとこの家が大きすぎてやばかった。

 大きなリビングにソファがふたつ、60インチ以上あるのではないかという感じのテレビ、最近CMでよくやっている最新型のゲーム機、なんか高そうなカーペットなど、レベルが違う。


「明菜さ――わっ」

「ぎゅー……」」

「ね、寝ぼけているの?」


 こっちの腕を引っ張って抱きしめてくる彼女に困惑した。

 恐らくあのときの清美はこのような気持ちだったのだと思う。


「ん……? あ、文か……なんか柔らかそうで良さそうだったから」

「いいよ、このままでも」

「そう? じゃこうしておく……」


 どうせふたりはグローブ会議で忙しいのだからいい。

 今日も少し早く起きたうえに、運動をしたからちょっと眠かったし。


「文は温かいね」

「生きているから」

「……文はひとりにしていると不安になる」

「そこまで弱くない」

「うん、分かってるけどさ……」


 清美と同じようなことを言うんだな。

 でも、すぐにネガティブな思考をすることがあるから気にしてくれるのはありがたいか。


「昔、文みたいな子がいたんだけど、不登校になったうえに転校しちゃったんだよ。結局、それ以降会えなくてさ、友達だったからそれが悲しくて仕方がなくて。しかもそのうえで親から虐待されてたって後から聞いてさ、なんにも言ってくれなかったからというのもあるし、学校では明るかったから大丈夫だと疑うことすらしなかったんだよ。だから今度はちゃんと歩み寄って、嫌わてもいいからちゃんと聞き出したいなって思ってる」


 どれだけ悪く言われても不登校にだけはならなかった。

 両親が学費を払ってくれているのに休むわけにはいかない。

 姉だけではなく両親のことも大好きだ、ふたりを悲しませたくなかったというのがある。

 ま、悪くと言っても所詮はぐずとかそういうのだからそりゃ行けるよねってレベルだけど。


「困っていたらちゃんと言ってほしい」

「うん、ありがと」

「清美と仲良くしたいならできる限り協力するから」

「じゃあ明菜さんと仲良くしたいって言っても協力してくれる?」

「そうだね、協力してあげるよ」


 一緒の空間にいるのに彼女とふたりきりでいるみたいだ。

 彼女はそこで解放してきたので、ぼくはふたりの前に行く。


「どうしたのよ?」

「相手をしてほしいっ」

「あははっ、最初とは違うのね」

「うん、だってもう2ヶ月が経過するわけだし」


 明菜さんや香菜さんと出会ってからは大体1ヶ月。

 そういえば梅雨が始まったらどういう活動をするのだろうか。

 中学のときは室内で走ったり筋トレをしたりしていたけど。


「文、あんた――」

「ちょっと待ったっ、お姉ちゃんの方も相手してよー! 明菜の相手ばっかりをして!」

「香菜さんが来てくれないから……」

「うっ、教室から出ようとすると友達が止めてきて、うぅ……」

「だ、大丈夫、ぼくは来てくれたらちゃんと相手をするから」


 自分がモテているみたいな風に感じて違和感がある。

 面白いことを言えなくても、相手のためになにかができなくてもいいの?

 いてくれるだけでいいってぼくは思うけど、相手は求めるものではないの?


「仕方ないわね、じゃあ明菜を寝かせないようにしておくわ」

「ありがとっ」


 誘われたので香菜さんの横に座る。

 そうしたら当たり前のように頭を撫でてきたからそのままにしておいた。

 頭を撫でられるのは好きだから、しかも香菜さんの表情がすごく柔らかくて大好きな姉にされているときのような気分になった。


「髪を伸ばしているのはなにか拘りがあるの?」

「うん、お姉ちゃんが長いから」

「お、じゃあお姉ちゃんが大好きなの?」

「大好き」

「ぐはっ、明菜は私のこと好きなんて言ってくれないから羨ましいな」


 いや、言わないだけで絶対に大好きだし、誰よりも大切にしているはず。

 家族なのだから当たり前のこと、少なくともぼくからすればそうとしか思えない。

 ただ、先程聞いた話と、CMやニュースなどで両親に虐待されていた~なんてこともよく耳にするからその限りではないのだろう。

 だから勝手に比べて勝手に満足するのは違うけど、両親や姉が凄く優しくて良かったとしか言えない。


「明菜さんは香菜さんのこと大好きだよ、大丈夫」

「ありがとー、文ちゃんがそう言ってくれるとそういう風に思えてくるよ」


 姉妹で似たようなことを言うんだな。

 双子だから余計に似通うのかもしれない。

 姉と双子なら良かったって考える自分もいるし、姉が社会人でこちらに住んでいなければ彼女達に出会えなかったから嫌だと考える自分もいる。

 少し前とは先程も言ったように違うのだ。


「ちら、文ちゃんは?」

「明菜さんは……好き」

「えぇっ、お姉ちゃんは?」

「あんまり来てくれなくて分かってない……」

「ちくしょうっ!」


 えぇ……でも、適当に言われるよりはいいはず。

 そういうところで嘘をついてはいけないのだ。


「あ、お弁当箱を洗おっか」

「いいの? それなら洗わせてもらう」


 帰ってからやるよりは楽でいい。

 それに帰ったらすぐに姉と自分用にご飯を作りたいから余計に。


「いつも作っているの?」

「最近はよくお姉ちゃんに任せっきりだったけど、うん、基本的にぼくが作る」

「偉いなあ、私も一応作れるけどお母さんに任せちゃうからなあ」

「仕方がない、だって香菜さん達は部活で頑張っているんだから」

「それを言い訳にしちゃうと自分に甘々になっちゃうからね」


 自分に甘くしたって相手に厳しくしていないのであれば問題もない。

 ぼくのところに来てくれている時点で善行を積んでいるようなものだから。


「ありがとう、一緒にしてくれて」

「どういたしましてっ、じゃ、ふたりきりでいいところに行こ――痛いって!」

「馬鹿な姉さんは放って清美といればいいよ」

「わ、分かった」


 こっちが頼んだわけでもないのに恨まれたら嫌なので清美のところに向かった。

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