05話.[目的だったけど]

「文、文ー」


 ゆっくりと顔を上げたら目の前に清美の顔があった。

 夢なのは分かっているからそのまま頭を抱き寄せるようにして抱きしめていたら、


「あんたなにしてんの?」


 と、急に言われてはっとする。

 最近は使う機会が多くなった携帯で確認してみたら5月22日、午後12時09分で。


「はぁ、寝ぼけてんの? もうテストは終わったわよ」

「ごめん、それで部活はいいの?」

「13時からだから」


 毎日5時に起きるのは結構負担になっていたようだ。

 まだお昼だから寝てから帰ろう、どうせ清美は部活に行ってしまうんだから。


「おやすみ、部活頑張って」

「は? 家に帰って寝なさいよ」

「……やっと終わったからゆっくり……寝れ……る」


 1日目の前日の夜、急に不安になって遅くまでやってしまったのだ。

 それを今日も発症し、午前2時頃までやってしまったから。

 ただ、そのおかげかしっかり解けた、自分が赤点を取っていたら馬鹿らしいから良かった。


「抱きしめさせてくれたら起きる」

「起きてるじゃない、いいから帰って寝なさい」

「けち……分かった」


 そもそも机の中にはなにも入ってないから清美と一緒に外に出ることに。


「……清美のばか」

「なんで起こしてあげたのに私が怒られてんのよ……」

「部活頑張って」

「それは、頑張るけどさ」


 また清美と帰れない日々が始まるのか。

 しかも仮に夏休みになっても練習ばかりで遊ぶのは無理だって言っていた。

 よく考えてみたら日曜日に付き合ってもらうのって無理させることになるんじゃ?

 週に1日ぐらいはゆっくり寝ていたいだろうし、つまり無理ということになる。


「あっ」


 考え事をしていたせいでつんのめって転ぶというオチに。


「ぐー……」


 このままここで転んでいたい。

 おでことか痛いから仰向けになって寝転んでいた。

 綺麗な空だ、まだお昼なのもあって眩しいぐらいで。


「なにやってるのー?」

「んー……」


 眠たいし……早く帰っても意味ないからこうしてた。

 いまぼくに声をかけてきたのは明菜さんだ、珍しくひとりでいるみたい。


「おでこから血が出てるよ」

「眠たくて……それに清美も相手をしてくれないから」


 こんな時間に帰ったところで寂しいだけだ。

 それならまだ明るい綺麗な青空を見ていた方がいい。


「それならあたし達の家に来る?」

「え、だって長島さんも部活で……」

「あ、そういえばそうだ……ごめん」

「大丈夫、数時間ここで寝てから帰るから」


 別に中央に寝転んでいるわけではないからいいだろう。

 怪我は帰ってから洗い流せばいい、少なくとも長時間ひとりでいるよりかはマシだ。

 明菜さんは「部活に行ってくるね」と言って歩いていった。

 ぼくもソフトボール部に入れば――いや、非現実的過ぎる。

 足を引っ張るところしか想像できない、マネージャーとしてもそうだ。


「わ、渡辺さんっ!?」

「あ、原田先生」

「ど、どうしたの? 保健室に連れて行きましょうか?」

「少し眠くて先程から休んでいるんです」


 流石に先生相手にこれは失礼だから体を起こす。


「部活動が始まってしまったので五十嵐さん達といられなくて寂しくて……」

「でも、それは仕方がないわね、五十嵐さんはソフトボールが本当に好きって感じが伝わってくるから……自分を優先してくれって言うのは違うわね」

「はい、だから今日はまだ早いのでここで寝ていようかと」

「あっ、血が出ているじゃない、洗わないと駄目よっ」

「いいです、傷ついても誰が悲しむというわけではないですから」


 どうせ大したこともないだろう、のろのろと歩いていたときに転んでできたものなのだから。

 同情してほしくてこんなことをしているわけではない、本当に眠くて仕方がないのだ。

 身長と同じで育ってないのだと思う、だから夜ふかししたりすると後にかなりの影響がこのような感じで出ているというだけ。


「すみません、教室に戻って寝ていきます」

「そう……? 帰るときは気をつけるのよ?」

「はい、ありがとうございます、失礼します」


 幸い、教室には誰もいなかった。

 それも当然で、部活動組はすぐ出るし、帰宅部の人達は速攻で帰るからだ。

 今日テストが終わったということなら尚更のこと、なんにもおかしなことではない。

 だからこそ落ち着くというもの、やはり美幸や長島姉妹以外とは上手くお話しできないから。


「ぐー」


 これでとりあえずは夜ふかししなくていいのはいいな。

 今日姉は20時頃までと言っていたから焦っても仕方がない。

 それならばと19時頃までここで過ごすことにした。

 もしそれで清美が先に帰ってしまったとしてもいい、準備は1時間ぐらいで済むから。

 ……でも、欲を言わせてもらえばまた一緒に帰られるようになりたかった。

 どんなに願っても叶わないこともあるということをぼくはいま1番教えられている。

 彼女からしてみてもぼくといることなんかよりソフトボールの方が優先だろうし。

 いままでテスト週間でできなかったのだから尚更のこと。

 今日みたいに口にしたりするのはやめよう。

 どうせ聞いてもらえずに終わるのは確定しているのだから。




「おいっ、起きろ!」

「ん……うるさい」

「うるさくて悪かったわねっ、早くしないと閉じ込められるわよ!」


 目を開けて周囲を見回したらもう真っ暗だった。

 また便利アイテムである携帯を確認してみたら18時55分だった。

 鞄をきちんと持って教室をあとにする。

 誰かに声をかけられた気がするけど閉じ込められるのはごめんだ。


「暗い……」

「当たり前でしょ、もう19時なんだから」

「あ、清美いたんだ」

「声をかけたでしょうが!」


 幸い、閉じ込められることもなく学校敷地内から敷地外へと出ることができた。

 にしても、部活終了時刻だからといってどうして教室になんてやって来たのか。


「帰って寝なさいって言ったわよね?」

「……早く帰ってもつまらないから」

「と言っても、これから毎日部活だから私は相手できないわよ? 明菜も香菜もそうよ」

「そんなことはぼくでも知ってる、いちいち言わなくていい」


 明日からは普通の授業が戻ってくるから問題もない。

 もう言うつもりはないからいいのだ、ぼくだってそういうのは把握しているのだから。


「というか、明菜が言っていたように怪我しているじゃない」

「どうでもいい」


 傷が残ったってなにかに影響が出るわけではないし。

 流石にそこまで自惚れてはいなかった、だから放っておいてほしい。


「もしかして拗ねてるの? 私が相手をしていないからって」

「違う、別に怪我したところでなんにも変わらないから」

「いつもの同情してほしくてしているわけではない、というやつ?」

「うん、そうだよ」


 彼女は他に優先したい大切なことがある。

 対するぼくにはそれがないというだけ、ただそれだけのこと。

 無駄にこちらの心配をして楽しめない、なんてことにはなってほしくなかった。


「だって清美には関係のないことだから」

「それはそうね、勝手に不機嫌になられても困るわ」

「だから気にしなくていい、ソフトボールを楽しんで」


 求めれば求めるほど、これは寂しく、そして傷つくことだ。

 だったら合わせるという気持ちがない時点で終わっている。

 そりゃ、合わせてもらおうとだけしたら相手が突っぱねて当然だろう。


「ばいばい、部活頑張ってね」


 この状態は非常に良くない。

 勝手に1ヶ月半ぐらいしか一緒にいない相手に依存してしまっているのは。

 それこそそういうつもりでいたわけではないと止めを刺されるところ。

 恐らく、自分がこうして自覚して自衛していなければ終わっていた。

 お友達としていられればそれでいい。

 本当にたまにだけでもいいから話しかけてくれれば十分と言える。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 そういえばテストが終わったのにまた任せることになってしまったことを謝罪。

 姉はその度に「大丈夫ですよ」と言ってくれるけど、疲れている姉に気を使わせている時点で駄目な謝罪だった。

 それでも謝罪すらできない人間になるよりはいいかと片付け、明日からは早くに帰って家事をしようと決める。

 姉が作ってくれたご飯を食べ、温かいたまったばかりのお風呂に入り、先に寝室に戻らせてもらって柔らかく綺麗なベッドに転ばせてもらう。

 ちなみに怪我はなんてことはなかった、ちょっと擦りむいていただけ。


「文ちゃん、どうかしたのですか?」

「自己満足な期待は相手に迷惑をかけるだけだと分かった、だからこれからは気をつける」


 勝手にお友達以上の目で見ていた。

 自分が優先されると考えて行動してしまっていた。

 あの子の中でぼくの優先順位はかなり低いのに馬鹿らしい。

 お勉強を教えてくれる便利屋みたいな存在ぐらいの扱いでしかないのだ。


「遅くに帰ってきた理由は清美さんとのことで、ですか?」

「本当はもっと清美といたい、けど、迷惑をかけることにしかならないから」


 姉は「少し待っていてください」と口にして出ていき、飲み物を持ってこちらに戻ってきて。


「もっと聞かせてください、吐いたら楽になりますよ」

「清美のこと格好いいって最近は思ってる、一緒にいてくれて優しくて嬉しいとも思ってる。でも、所詮はお友達の中のひとりで、その誰よりも仲良くできていなくて、無理して強がってソフトボールを優先してほしいとか考えて……」

「けれど、それは清美さんのことを考えてのことですよね?」

「そうだけど、言っても無駄だからって考えている自分もいる。テストが終わったら公園でキャッチボールをしようって言ってくれていたけど、日曜日に誘ったら迷惑なんじゃないかって、日曜日ぐらい休みたいんじゃないかって考えて駄目で……」


 第一、まともに捕れもしない人間を誘ってもきっとがっかりする。

 日曜日にわざわざ外に出てきてこれかって、もう2度と誘わないって考えるかもしれない。

 そもそもあの子の中ではそんなことを言ったことすら忘れているかもしれないのだ。


「さっきも言ったけどぼくは清美といたい、けど……困らせたいわけじゃないから」

「根拠はありませんけど、きっとそういう思いは伝わりますよ」

「……伝わらなくていい、だってこれは自分勝手な気持ちだから」


 もうこの話を終わらせて布団にこもる。

 依存してはならない、それではお友達とは言えない。

 現時点で駄目だった、ぼくはなにかをしてもらうばかりでしてあげられないから。

 布団にこもったことで暖まったことが原因なのか今日の活動はそこまでだった。




「「おはよ」」


 ほぼ同タイミングで挨拶をして教室に向かう。

 特に話すこともなかった、気まずいというわけではないからそれでいい。


「おはよーっす」

「わぷっ」

「渡辺は最近、元気のない顔をしているね」


 明菜さんはいきなり来るなりこちらを抱きしめ、そんな訳の分からないことを言った。

 こちらは昨日吐露したことによって割り切れているのだ、そんなはずはない。


「明菜さんが元気すぎるだけ」

「それはよく言われるけどさ! あれ、清美と一緒にいないの?」

「清美には沢山お友達がいる、来るのはたまにだけだよ」

「へえ、そうなんだ」


 挨拶ぐらいはできればそれでいいだろう。

 少し踏み込もうとすると難しい問題を前に悩む羽目になる。

 それと、もどかしく、寂しく、悲しくて仕方がないから。

 自分からわざわざ遠ざけるようなことをしなければ守れない自分が弱くて嫌いだ。

 嫌いだからって死ぬわけにもいかないから、それこそ死ぬまで付き合わなければならない。

 何度自分の手で自分の周りの子を遠ざけるのだろうか。


「そうだ、今週の日曜日って暇?」

「うん、特に予定もないよ」

「それならキャッチボールしようぜ、清美も誘ってさ」

「あ……明菜さんも見たでしょ? ぼくは下手くそなんだよ」

「誰だって最初から上手くはできないでしょ、大丈夫、誰も馬鹿にしないよ」


 彼女は「メンバーはテスト勉強のときの面子なんだから」と言って笑った。

 清美がいなければまだ良かった、だってあんなことを言っておきながらすぐ求めるのはださいから。

 チンケなプライドなのかもしれないけど、ぼくにもそういう感情はあるわけで。


「ぼくは――」

「行くわよ、日曜日」

「清美……?」


 こっちの頭を撫でるわけではなく掴んでそうぶつけてきた。


「私が先に約束していたじゃない、でも明菜がいるならそれでもいいわ、とにかく約束は守ってもらうわよ?」

「分かった」

「うん、じゃあ日曜日にね」


 それならお弁当を作って持って行こう。

 というか、あっさりと分かったと口から出てしまった。


「清美が来てくれるなら姉さんも誘うから、じゃあまた」

「うん、誘ってくれてありがと」

「当たり前だよ、渡辺だって友達なんだから」


 危ない、すぐネガティブな思考になって自分から終わらせる癖がある。

 放課後は一緒にいられなくても放課後まではこうしていられるのだからそれでいい。

 しかも貴重なお休みにぼくを誘ってくれていたのになにをしようとしていたのか。

 小中と同じような過ごし方をしてどうする、せっかく土地も変わって心機一転できたはずなのに自分が変わっていないせいで自滅するところだった。


「清美」

「珍しいじゃない、あんたから来るなんて」

「ぼくは清美と一緒にいたい」


 他の子がいても一切関係はない。

 本人に断られたら諦めるしかないけど、確かに彼女は近くにいてくれているのだから。


「なるほどね、だから今日初めて自分から来たってことか」

「うん、なんか最近はネガティブな思考をしていたから……変えようと思って」

「いいわよ、そもそもひとりにしておくと地面に寝っ転がったりするからね」


 彼女はこちらのおでこを撫でて中途半端な表情を浮かべていた。

 いまはまだ傷になっているけど、治ったら……あ、治ったらちょっと盛り上がったりするのかな? でも、人間の体で本当にすごいと思う、時間さえ経過すれば切り傷も塞がるのだから不思議だろう。


「痛くない?」

「うん、大丈夫、清美が触れてくれたから」

「なに言ってんの? そんなわけないでしょうが」


 ……ちょっと漫画のキャラクターの真似をしてみただけだ。

 主人公である男の子が可愛いメインヒロインに心配してもらったときに同様のセリフを言っていた。

 女の子の方は「な、なによ……」と困惑しつつも顔を真っ赤にし、男の子の方はいい笑みを浮かべているという展開で。

 残念ながら清美には効かなかったというか、ぼく達の間には結局ほとんどなにもないから響かせることができなかったようだ。


「テスト勉強、一緒にやってくれてありがと、言い忘れていたから」

「そんなの私が言わなければならないでしょうが、ありがと」

「でも、毎日清美といられたからこそ、部活動が始まって一緒にいられなくなるのは寂しい。大好きなソフトボールを楽しんでくれればいいって考えようとするけど、相手をしてほしいって考える自分勝手な自分がいるから……あ、もう席に戻る、ごめん、いっぱい言って」


 そこで流石に待ったを自分でかけた。

 我慢する的なことを考えたくせにするすると言葉で出てしまうのは困ってしまう。

 席に座ったらほっとした、あんなことを言っても困らせるだけだから。

 大丈夫、それでも一緒にいたいという気持ちは伝えられたと思う。

 それだけで満足できることだった。




「んー……」

「どうしたの? さっきと雰囲気が違いすぎるけど」


 休憩時間になった瞬間にこうなったから驚いた。

 でも、ソフトボールを真面目にやっているのは凄くいい、流石五十嵐。


「文のことよ、でもこればかりはどうしようもないのよねー」

「あたし達は部活動に所属しているからね」


 今日のあれは清美が来ていなければまず間違いなく断られていた。

 大体は分かる、渡辺はなんか最近暗かったから特に。

 しかもその理由が五十嵐といられなくなってしまったということだから、いつの間にか一方通行ではなくなっているようだ。

 五十嵐だって渡辺のことを気にしている、案外いい組み合わせではないだろうか。


「ありがとね、明菜」

「なんで?」

「あの子のことを心配して誘ってくれたんでしょ? ありがたいなって」

「友達が暗い顔をしていたら嫌だからね」


 文はすぐに敬語をやめてくれて、さん付けではあるけど名前で呼んでくれるようになった。

 ずっと継続されるものだと考えていたから驚いた、それとちっちゃくて可愛い。

 けどなにもかもが子どもっぽいのではなくて、弁当も作れるし学力も高いという意外と優秀な面があることも分かって、なんかギャップがあっていいというか……姉さんが気になっている理由も分かるみたいな感じで。

 難しい点はソフトボール部に入りなよって気軽に言えるような能力ではないこと。

 マネージャーは募集していないし、五十嵐といたいならそこを頑張るしかないんだけどね。


「じゃあ、放課後まで相手をしてあげるしかないでしょ」

「そうよね」

「あたしや姉さんも行くからさ、渡辺をちゃんと見ておかないと」


 自滅されるのだけは避けたい。

 友達が不登校になってからなにをされていたとか、なにかがあったとか知らされても困る。

 また同じような結果にはさせない。

 五十嵐と話せるようになることが目的だったけど、いまはそれだけではないのだから。

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