04話.[増やすためにも]
テスト週間が始まった。
「え、あ、あんた普通に分かるのね」
「うん、赤点なんて取ってお姉ちゃんに迷惑をかけても嫌だから」
単純に赤点を取るのが嫌だった。
初めてのテストをそのような形で終わらせてはならない。
「え、じゃあここ分かる?」
「うん、C」
「……本当だ、くっ、あんた本当に運動以外は能力が高いわね……」
そんなことはない、人並みにできるよう努力をしているだけで。
「五十嵐、来たよ」「私も来たよー」
「あ、遅いわよ」
だから彼女のお友達が来たりすると隠れる羽目になる。
清美の背中に張り付くようにして過ごしていると、片方の子がこちらをじっと見てきた。
怖い、もしかしたら食べられてしまうかもしれない、それかもしくは清美といないでって言われるかも。
「あたしは長島明菜、よろしく」
「ぼ――私は渡辺文、よ、よろしく……お願いします」
くっ、敬語なんて対先生や対先輩とかにしか使わないつもりだったのに。
ぼくは早々に勝負を放棄して諦めたのだ、なんて情けないのだろうか。
「文、こっちの子は長島香菜ね、この子のお姉ちゃん」
「そ、そうなんですね」
「なんで私にも敬語なのよ、とりあえずテスト勉強やるわよ」
あぁ……清美が対面に、しかも妹さんの方が横でずるい。
「そんなに怯えられるのは悲しいな……」
「あ、ご、ごめんなさい」
お姉さんの方に話しかけられてたじたじに。
どうすればいいのか分からない、いきなり敵地に置いてけぼりにされた気分だった。
それでも姉にがっかりしてほしくないのもあってお勉強を頑張った。
聞かれたら答えて、自分のに集中して書いて、聞かれたら答えてを繰り返したらあっという間に18時半に。
この高校は19時になったら全員出ないといけないのもあり、これでもう終わったようなものだった。
「顔色が悪いけど大丈夫?」
「うん……」
やっと解散になり、やっと清美とふたりきりになった。
あのふたりとはソフトボール部繋がりらしいけど、正直に言ってふたりきりの方がぼくは良かった。
独占欲とかではなくて、単純に慣れない人といるのは緊張するから。
「清美は途中で意地悪した……」
「あははっ、だってあんたが香菜の方を見ようとしないから」
無理やりこっちの両頬を掴んでお姉さんの方に向けさせるなんておかしい。
しかもその後に「柔らかいわね」なんて、……寧ろ硬い人がいるなら見せてほしいぐらいだ。
「あ、私にだけちょっと冷たかったのはそういうこと? ごめんっ」
「知らない……」
お友達のお友達といることがどれだけ気まずいか彼女はもっと分かった方がいい。
ま……ほとんどの人がお友達だろうから分からないんだろうけど。
「ほら、手を握ってあげるっ」
「……ふたりきりがいい」
「あー、まあ毎日とは言えないけど必ずそういう日を作るから」
「それに、ぼくが教えておかないと頭の中ソフトボールばっかりで赤点を取りそう」
「はあ? 流石にそこまでおばかじゃないんですけど」
……照れ隠しなことに気づいてほしい。
彼女はよくこちらに触れてきてくれる。
頭を撫でたりとか、大丈夫? って聞いてくれるときは肩に触れたりとか。
正直に言えばそのときだけはこっちを見てくれているわけだから、……嬉しいわけで。
「あんたに勝つから大丈夫」
「それなら清美がぼくに勝てるように頑張って教える」
「意味ないじゃない、ま、どうしても教えたいって言うなら聞いてあげてもいいけどね」
頑張らないと。
少なくともあのふたりぐらいとは普通に会話できるようになりたい。
彼女のお友達なのだ、悪い人なわけがないから。
惜しいのは3人共部活動に所属しているということ。
あ、でも、清美が他を優先していても話せる人がいるのは大きいか。
「このままあんたの家でやる、美幸さんにも会いたいから」
「やっぱりお姉ちゃん目当て?」
「それもあるけど、あくまであんたが優秀だからよ」
それなら優秀ってまた言ってもらえるように努力をしよう。
遅い時間まで起きてお勉強をするのは不効率だから、5時ぐらいに起きてやろうと思う。
いつもは22時から7時まで爆睡しているものの、たまには短い日があってもいいだろうし。
「それよりあんた、誰にでもそういうこと言ってんの?」
「ん?」
「だから……格好いいとか、ふたりきりがいいとかよ」
いや、地元の方にここまで優しくしてくれる人がいなかったから言えていない。
ただ、もし同じように優しくされていたら、もしかしたら言っていたかもしれない。
何度も言うけどぐずだのろまだと言われていた自分なので、優しくされたら多分余計にそういう風に感じて相手の子に言っていたのではないだろうか。
「言える機会がなかった」
「ふーん、じゃあいまはまだ私にしか言っていないのね?」
「うん」
そういう現実的な感じのことは言わなくていい。
言える機会がなかったというのは本当だからそれだけで。
「でも、わざわざお礼とかいいから、清美の時間をぼくのために使ってほしくない」
もう十分してもらった、声をかけた程度であれば十分過ぎるぐらいだ。
なのに彼女はこうして一緒にいてくれてしまっている。
もちろん、自分から遠ざけたくはないけど、他に優先したいことがあるのならそちらを優先してほしい。
困らせたくているわけではないのだ、それだけは分かってほしかった。
「お礼をするためにあんたといるわけじゃないわ」
「ならお友達だからいてくれるの?」
「当たり前じゃない、あんたのことも最近はいっぱい知ることができているしね」
小さいから、不安になるから、そういうことではなかったらしい。
でも、そうなると今度はなにも返せなくて困るという流れに……。
「てか、教えてよ、せっかく勉強モードになっているんだから」
「あ、うん、分からないところがあったらどんどん聞いて」
「じゃあ、こことこことこことここと……あ、こことここ」
「うん、じゃあ上から順番にね」
いちいち変なことを考えるな。
変な遠慮をするなと言われているわけだし、このままでいいのだ。
そもそもこれが彼女のためになっている気がする、そうすれば大好きなソフトボールもテストが終わった瞬間にできるわけだからいいことばかりのはず。
こちらとしては赤点を取るようなことにならなくていい、それに一緒にいられる時間が増えていいのだから。
「そうだ、テストが終わったら公園でキャッチボールしよ」
「グローブがない」
「私が持っているから大丈夫、じゃあこれ決定ね」
……頭の中はやはりソフトボールで埋め尽くされているようだ。
なんに対してでもそうだけど、真剣にやりたいなにかがあるのは素晴らしいことだと思う。
少し前のぼくでも言えば絶対に合格するって気持ちでお勉強をしたり、姉に少しでも負担をかけなくて済むように家事を頑張ろうと挑戦してみたりしたことと同じ。
努力できることは素晴らしい、何歳になってもそれは変わらないこと。
「それよりあんたの投げ方を思い出すと……ぷふっ、か、可愛かったわよっ?」
「……嫌い」
「わー! 可愛かったってっ、それに……わざわざ来てくれたの嬉しかったわよ」
「引きこもり状態で終えるのは嫌だった、単純に清美がやっているところを見たかったのもあるけど」
サンバイザー? というのをしてやっているのを見たらなんか普段と違って良かった。
1番影響を与えてきているのはやはりあのときのあれだけど……。
「なら気持ち良くできるようにお勉強頑張ろ」
「うん、そうだね、あんたの言う通りよ」
みんなの平均が分からないからとりあえず20番台を目指そうと決めたのだった。
「渡辺さん」
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
この人はお姉さんの方、長島香菜さん。
あれからというもの、ひとりで来ることが多くなった。
清美は向こうにいると言ってもほとんど意味はなく。
「ちょっと来てほしいんだけど、いいかな?」
「うん、大丈夫」
酷いことをされるようなことにはならないだろう。
清美のお友達だ、勝手に怖がっているのは失礼な行為だから。
「さっき虫が入った気がしたの、悪いんだけど……中から教科書を取り出してくれないかな?」
「分かった」
ある程度の虫であれば触れることになっても大丈夫。
あの最凶と言われる所謂Gだって触れて外に逃がすことができるぐらいだ。
「はい、取り出せたよ」
「ありがとう!」
念の為に中を確認しても虫らしき虫がいるわけではなかった。
これなら長島さんも安心できるだろう、苦手な生物とかが自分の所有物の中に入っていたら嫌だろうし。
「もういいの?」
「あ……まだしてほしいことがあって、渡辺さんさえ良ければ名前で呼んでくれないかな?」
「香菜って呼べばいいの? それぐらいならいいよ」
彼女達と仲良くするというのもひとつの目標だった。
だから自分から近づいて来てくれたことがなによりもラッキー、ありがたい。
しかもそのうえで相手から歩み寄ろうとしてくれている、これがなんらかの作戦でもそれでよかった。
「あと、連絡先を交換してくれない……かな」
「いいけど、使い方がまだよく分かっていないから返事とか遅くなっちゃうよ?」
「大丈夫っ」
「えっと……Fumi1234だよ」
「分かった、打ってみるね」
被っているから駄目とかで適当に数字を足した結果がこれ。
正直に言ってださい、Fumiだけだったら可愛くて良かったのに。
「あ、見つけたよ」
「それなら確認してみる」
きちんと追加ボタンを押して友達登録をしておいた。
ただ、流石にいきなりすぎて困惑している自分がいる。
「ありがと! 連絡するから!」
「でも、ぼくので良かったの? 清美に聞いた方がいいんじゃ……」
「五十嵐さんは友達だけど渡辺さんに聞きたかったんだ」
「そうなんだ」
予鈴が鳴ってお互いの教室に戻ることになった。
清美とはまだ真反対のままなので特に聞かれることもなく。
授業開始時間になったものの、今日はどうやら自習らしい。
それならば集中してやっておくことにする、放課後は清美に沢山教えるために使いたいから。
そんなときだった、真反対にまで聞こえるぐらい大きなお腹の音が響いたのは。
「ちがっ、私じゃないから!」
まだ誰もなにも言っていないのにその音主がばんっと立ち上がってみんなに言い訳をする。
いまこのときだけは一体感がすごかった、微笑ましいものを見たときのような雰囲気で彼女を見ていた。
「あ、あの子よっ、回転寿司で60皿も食べてた女の子なんだから!」
え……なんか犠牲にされたみたいだ、みんなの視線が一気に突き刺さる。
あのときは全然行けないから食べておこうとしか考えていなかった。
だからあんなに食べているとは思わなかったんだ。
「そう、ぼくのお腹が鳴った、ごめん」
謝ったらみんな気にしなくていいよって言ってくれて暖かった。
集中したいのと、かなり恥ずかしいのもあって、慌ててやっているふりをする。
自習時間が終わったらたまには自分の方から彼女のところに行くことに。
「ご、ごめんっ」
「いいよ、それより赤点を取らないように今日もやろ」
「う、うん……ごめん」
「大丈夫、実際60皿食べたのは本当だから」
責めたところでもう変わらないからどうでもいい。
変えなければならないのはこれからのこと。
それに赤点を取って部活に参加できない~なんてことにはなってほしくないのだ。
そのためにならいくらでも付き合う。
いつも一緒にいてくれていることに対してのお礼のつもりで。
最後の時間までしっかりやって、放課後になったら席を借りてテスト勉強。
「渡辺って本当にできるんだね」
「お友達がいなかったからお勉強しかできなかった」
「へえ、でもいいことだよねそれ、少なくとも損はしないんだから。友達がいたってあっさり関係が終わってなにやっていたんだろって後悔することもあるから、うん、渡辺は立派だよ」
「あ、ありがと」
明菜さんは少し清美に雰囲気が似ている気がする。
なんかすぐに褒めてくれるし、その度に気恥ずかしい感じになったりすることが多かった。
「あんたは学力大丈夫なの?」
「大丈夫、あんまりやらなくても10番ぐらい取れるから」
「は……じょ、冗談、よね?」
「ううん、明菜は頭いいよ? あ、そっか、中学時代は別のクラスだったもんね」
言ってみたい、あまりやらなくても10番ぐらいを取れるって。
恐らくどんなにこちらが頑張っても10番とかは不可能だと思う。
赤点を取らなければ問題ないなんて現実逃避はしたくないから頑張るつもりだけど。
「寧ろ心配なのは姉さんの方だよ、小テストとかだと5点中2点を取って量産しているから」
「難しいのが悪い、それに勉強ってあんまり好きじゃないんだよね」
「妹さんがいるからいらないかもしれないけど、ぼくで良ければ教えるよ?」
偉そうだ、少し調子に乗ってしまった。
でも、案外やってみると楽しいから少し知ってほしい。
ひとりでやる気が出ないということなら、ぼくならいつでも使ってくれていいから。
「ほんとっ? 渡辺さんが教えてくれるならやる気出そう!」
「ちょ……私には?」
こっちの裾を握って不安そうな顔をしている彼女には悪いけど、彼女とは家でゆっくりできるのだからそんな顔をしないでほしい。
裏切ったわけではない、どうせなら関わってくれる人に気持ち良くテストを乗り越えてほしいからでしかないのだから。
「清美はほら」
「あ、分かった」
その時間を増やすためにものんびりはしていられない。
それでも適当にはしない、教えると口にしたのなら完全下校時刻まで付き合うつもりだ。
数十分やってみた感じ、特に難しいということはなく。
自分より優秀な明菜さんのサポートもあって雰囲気がいいまま今日も終えられた。
「ありがとうっ、渡辺さんがいてくれて良かったっ」
「一緒にいてくれているお礼、まあそれも妹さんがいるのならあまり意味もないけど」
「そんなことないよっ」
「そっか、それなら良かった」
長島姉妹と別れて帰路に就く。
「裏切り者」
「家でやるからいいと思って」
「あっさりと連絡先交換したとか聞いたし」
清美との一件で拒む必要はない、無駄だと考え直したからでしかない。
ぼくので良ければ、相手が信用できる人なら教えるつもりだ。
「大丈夫、清美のことはちゃんと考えているから」
「……あ、そういえばごめんね、今日は本当に」
「気にしなくていいよ、多分意味なかったけど」
先にぼくが反応をしていたら違かったけどそうじゃないから。
「逆に変に庇おうとしたせいで清美の評価が悪くなるところだった、ごめん」
「……説得力がないかもしれないけど、あんたのことを悪く人間がいたらぶっ飛ばすから大丈夫よ、だからその点は安心しなさい」
「ははは、それなら今日のはぎりぎりの行為だね」
「うっ……」
今日はこちらから頭を撫でて落ち着かせておいた。
外でゆっくりすればするほど落ち着くものの、お勉強の時間が減ってしまうからだ。
とはいえ、そこまで清美のそれが不安というわけではない、だからあまりがちがちにしないぐらいがいいのかもしれなかった、そもそも学校でやってきている分もあるし。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お邪魔してます」
「はい、こんばんは」
あと、あまりこちらに集中するとお仕事から帰ったばかりの姉に負担をかけることになる。
19時近くまでやるということはそれこそ自分がやらなければならないことのひとつを放棄しているのと一緒だからいいことばかりではない。
「ごめん、お姉ちゃん」
「気にしなくて大丈夫ですよ、それに妹に甘えてばかりなのも姉として複雑ですから」
明菜さんに積極的に聞こうとしなかった香菜さんもこういう気持ちだったのだろうか?
姉として妹の前で情けないところは見せたくないって考えているのかもしれない。
ぼくだって妹か弟がいたら無駄に張り切るかもしれない、……それで失敗して無理しなくていいと言われるまでがワンセット的な感じで。
失敗するところだけは容易に想像できるのは何故だろう……。
「ご飯とお勉強、どっちを先にしますか?」
「どうせなら美幸さんが作ってくれたご飯を先に食べたいです」
「分かりました。でも、いいのですか? ご両親に怒られたりしませんか?」
「大丈夫です――あ、迷惑だということなら私の分はいいですから……」
「いえ、食べてもらえるとありがたいです、美味しいって言ってもらえるのが嬉しいので」
ぼくの作った物で美味しいと言ってもらいたい。
それこそキャッチボールをするときにお弁当を作って持っていくことにしようと決めた。
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