03話.[そう漏れていた]

 GWになった。

 お姉ちゃんは連休中ずっとお仕事だからほとんどひとりになる。

 でも、高校生になって初めてのGWを引きこもり生活で終わらせたくないので制服を着て学校に行くことにした、清美も連休中全部部活動だと言っていたからだ。

 意外とソフトボール部は強い部活らしく、結構本格的なのかもしれない。


「お」


 グラウンドの端の方で結構な人数が活動していた。

 ただ、流石に本入部したばかりだから先輩達と一緒に練習できるかは……。


「渡辺さん?」

「あ、おはようございます」


 目立つのも嫌だからと体育館の影から見ていたら原田先生と遭遇してしまった。


「どうしたの?」

「あ、清美――五十嵐さんを見に来たんです」

「そうなの? それならもっとグラウンドに近づいたらいいじゃない」

「い、いえ、見られていると分かったら落ち着かないでしょうから。それより原田先生、なにかしてほしいこととかありませんか? 家に誰もいないので時間を使いたくて」

「してほしいことねえ……そうだ、私とキャッチボールをしましょう」


 なんで? って、早くしないと先生が行ってしまう。

 しかもこれだと思いきり部活動をしている人達に見られてしまうし。


「あ、部室からグローブを取ってこないとっ、渡辺さんはここで待っていてね」

「え、あの、私も行きます」

「大丈夫よ、それにみんなも活動に集中しているから」


 いや、だからこそこんなところに部外者がいたら鬱陶しいのではないだろうか。


「ちょっ、上すぎっ」

「危ないっ」


 こちらへ真っ直ぐ飛んでくる球は見えたが体が動かず。

 でも、あわやぶつかるというところでぱんっ、という音が響いて目をぎゅっと閉じた。

 なにもかも遅い反応に呆れていると、


「大丈夫だよ、ちゃんと取ったから」

「あ、き、清美……」


 こっちの頭を自由な方の手で撫でつつ清美がそう言ってくれた。


「わざわざ制服を着て見に来てくれたの? ありがと」

「うん……どうせならと思って」


 ん? というか清美は近くにいないと思ったけど……。

 流石のぼくでも友達にはまず間違いなく気づくはずなのに。


「さっきまでどこにいたの?」

「あそこ、ライト」

「え……なのによく……」


 かなりの走力でないと間に合わない距離なのにすごい。

 野球と違って距離がちょっと近いのは分かっているけどそれでもだ。

 それなのに余裕そうで、柔らかい笑みを浮かべてくれていて、鈍くさいこちらを責めるようなこともしないでって、正直に言って格好良すぎてやばい……。


「清美ナイスー!」

「はいっ、ありがとうございます! じゃ、練習しなくちゃだから」

「あ、ありがと!」

「はは、どういたしまして」


 いつも人が周りにいっぱいいるのも納得できる。


「さ、やりましょうか」

「わっ!?」

「はい、これをはめてね」


 ちょ、ちょっと重い……あと、ボールが大きい。


「はい、投げてみて?」

「え、えいっ」

「ふふ、ちゃんと真っ直ぐ投げられているわよ」


 対する先生は本格的なソフトボールって感じの投げ方で投げてきた。


「ひゃっ……」

「あ、ごめんなさいっ、少し速すぎたわね……」


 後ろに逸らしてしまったボールを慌てて追うと、


「はい」

「ひぅ」

「あ……確かにあんたは球技とか向かないかもね」


 結局のところ先生の方に飛ぶことになって無意味な行為になった。

 その後もかなりの手加減をされながらもキャッチボールを続けていた。

 ある程度のところで休憩時間になったらしくこっちに集まりだし、それはもう本当に楽しそうに会話をし始める。


「原田先生、少し渡辺を借りてもいいですか?」

「ええ、構わないわ」


 敬語なのと敬語じゃないときの違いがよく分からない。

 多数の相手をするときは敬語ということだろうか。

 というか当たり前のように先生はここにいるけど、顧問だったっけ?


「あんたの投げ方が可愛すぎて集中できなかったわ」

「ごめん……」

「冗談よ、寧ろあんたがいるからこそより頑張ったわ」


 また同じようにこっちの頭を撫でてくれながら「全然見てくれていなかったけど」と言って彼女は笑った。

 でも、それは仕方がないことだ、だってキャッチボールをしながら余所見なんてできる余裕はなかったから。


「16時ぐらいまでいられる? その時間になったら終わるからさ」

「大丈夫、見て待ってる」

「頑張るから見てて」


 とはいえ、まだ7時間ぐらいある。

 ずっと立っているのはあれだからとベンチに座らせてもらうことにした。

 休憩時間も少なくすぐに終わったのに切り替えを上手くして頑張るみんなを見て。

 流石に入りたい、やりたいとは思えないけど、みんなが格好良く見えて良かった。


「退屈じゃない?」

「はい、でも、自分だけ休憩しているのは少し申し訳ないです」

「大丈夫よ、お休みなんだから自由にしていてくれれば」

「なんかお手伝いできることはないですか?」


 ボール拾いとかならいくらでもするけど。

 残念な点であり当然かもしれない点は、みんなきちんと捕ってしまうから例えば後ろなんかにいてもプレッシャーになるだけで意味はないかもしれない。


「大丈夫よ」

「そうですか」


 それなら清美のことをよく見ておこう。

 ……先程の格好いいところを思い出して少しだけふわふわとした気持ちになっていた。




「お待たせっ」

「お疲れさま」


 校門のところで待っていたら清美がやって来てくれた。

 聞けば8時からやっていたという話なのにいい匂いがする。


「きょ、今日、格好良かった」

「え、あ、ありがと」

「でも、毎日見に行くのは……厳しいかも」

「あははっ、無理しなくていいってっ、今日来てくれただけで嬉しかったよ!」


 やはり大好きなソフトボールに関わっていられるからテンションも高いんだろう。

 その点ぼくはただぼけーっと座って見ていただけ、邪魔にしかなってない。


「この後、あんたの家に行ってもいい? 結局まだ行けてないからさ」

「うん、清美が来たいなら」

「ついでにお風呂にも入っていい?」

「着替えはあるの? あるならいいよ」


 後で姉にはきちんと説明しておこう。

 ……正直に言ってお風呂に入る必要がないぐらいいい匂いだけど、そこは乙女として譲れないことがあるんだろうから。

 で、家に着いたら清美が出てくるのをそわそわしながら待つことになった。

 だって今日はあれからずっとふわふわしているからだ、それにお風呂からあがった後はどこか色っぽく見えることは姉で分かっているので……つまるところぼくは緊張しているわけで。


「ふぅ、ありがとっ」

「――っ!? う、薄……」

「ん? ああ、もう少ししたらちゃんと着るから、ごめんね」


 別に下着ぐらい見慣れているのになんで。

 姉の方が胸とかもあるのにどうして鼓動が速くなっているのか。


「それよりあんた大丈夫なの? 顔が赤いけど」

「だ、大丈夫っ」

「そう? それならいいけど。ふぅ、そろそろ暑いけど上着るかな」


 あ、下着姿で出てきたわけではないけど。

 ただ、あまり仲良くもない人間の家で見せるには薄すぎただけ。


「あー、そういえばお腹減ったなー、誰かが作ってくれたご飯が食べたいなー」

「いいよ、お姉ちゃんもそろそろ帰ってくるから作ろうと思っていたし」

「え……い、嫌なら嫌って言っていいのよ?」

「嫌じゃないから、清美の格好いいところを見られて嬉しかったから」


 流石に落ち着いてきてくれたので調理を始める。

 冷蔵庫内にある食材を確認した結果、ニラともやしとお肉があったので肉ニラを作ることに。

 ニラを食べやすい大きさに切ったら後は全部炒めるだけなんてどれだけ楽で、そして美味しい料理なんだろうか。


「あ、炊飯してなかった……」

「いいじゃない、どうせなら美幸さんを待てば」

「だね……、今日は逆に格好悪いところしか清美に見せられてない……」


 あまりにも情けないところばかり見せていると関係がなくなりそうだ。

 そうしたらただのクラスメイトというだけになってしまう、ひとりぼっちは慣れているつもりだけど……清美と離れることになるのは嫌だった。


「そんな顔をしなくていいわよ」

「でも、このままだと清美は離れていく」

「この先どうなるかは分からないからあれだけど、少なくともいまは離れないわ」

「ほんと……?」

「呆れているのならこうしてあんたの家に来て甘えてないでしょ」


 え、これって甘えてくれていたの?

 どちらかと言えば自分が優しくしてもらってばかりだから実感が湧かない。

 いまだってこっちの頭を撫でつつそう言ってくれているわけだし……。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい」

「清美さんも来ていたのですね」


 ん? そういえば清美も姉のことを名前で呼んでいたような。

 いつの間にかふたりの仲が良くなっている、ま、まさか……。


「清美がぼくに優しくしてくれるのはお姉ちゃんと会うため?」

「は? あんたはあんた、美幸さんは美幸さんでしょうが」


 いい、例え表面上だけであったとしても清美は確かに相手をしてくれているのだから、ぼくは不安にならずに清美が来てくれたときは堂々と相手をさせてもらえばいいのだ。

 ご飯は少し前に炊けていたのでお茶碗に盛って食べることにした。


「文ちゃんが作ってくれるご飯は本当に美味しいです」

「確かにそうですね」

「お姉ちゃんにあまり迷惑をかけなくて済むように修行した」


 お母さん――母は嫌な顔ひとつもせずに付き合ってくれた。

 そのおかげでこれに繋がっている、そのかわりに運動面などでは……頼りないけど。


「ぼくは清美が作ったお弁当が食べたい」

「あんた……、あの真っ茶色のお弁当を見てよくそんなことが言えるわね」

「蓋を開けてあれだったら喜ぶ、男の子でも女の子でもお肉とかが好きだから」


 朝や夜に野菜をしっかり摂取できるのであれば全く問題はない。

 なにより清美が自分で作ったというところが大きい。

 って、なんか思考がおかしくなっている気がする。

 まだ1ヶ月ぐらいしか経過していないのにこれでは警戒されてしまう。


「私も清美さんが作ったお弁当を食べてみたいです」

「え、えー……」

「……だめ、ですか?」

「ぐほっ、わ、分かりました、今度ここに来るときは作ってきますね」

「ありがとうございますっ」


 ……作ってと言うのはやめよう。

 それと、たまには姉作のお弁当が食べたかった。




「へえ」

「人様の家を見ながら呟いていると怪しいね」

「うるさい」


 もう用は済んだから帰ることにする。

 五十嵐がやけに早く片付けて帰ろうとするからなにかと思えば……。


「それよりいいの? 渡辺に五十嵐が構っているようだけど」

「別にいいよ、渡辺さんが私の物というわけじゃないんだから」


 それはそうだ、そもそもこの子、姉は話しかけたことすらないのだから。


「それよりあなたがいいの? 五十嵐さんは渡辺さんのことを気に入っているようだけど?」

「ま、渡辺は悪い感じしないからね」


 渡辺が来ることで格好いいところが見られるのならそれでいい。

 あたしはまた中学生のときのような五十嵐が見たいのだ。

 格好良かった、打って守れて、みんなから求められていた。

 こっちは残念ながらレギュラーにはなれなかったものの、すぐ近くで見られて満足していたぐらいで。


「五十嵐がソフトボールを真面目にやっていてくれればそれでいいよ」

「それは大丈夫でしょ、手を抜くような子ではないし」


 ちなみに姉はレギュラーだった。

 だから五十嵐と話す機会は多くて羨ましかった。

 でも、妬みとかそういう醜い感情は己の内にはなく、そうなれるように頑張ろうというポジティブな感情しかそこにはなくて。


「今度こそあたしはレギュラーになってみせる」

「私も、きっとそれは五十嵐さんもそうだよ」


 で、今度こそ自信を持って友達だと言えるような関係になりたい。

 中学のときも話せる関係ではあったけど、あれだけでは不十分だから。


「GWが終わったら渡辺に話しかけてみる、そうすれば五十嵐とだって話せると思う」

「そうしたら中間考査だからね、一緒にやってみたらどう?」

「渡辺とそうしたいのは姉さんの方でしょ」


 あの子のどこが五十嵐を惹きつけるのか知っておきたい。

 真似は……できないかもしれないけど、少し努力してみようと思えるから。

 ……もしかしたら無類の可愛い物好きとか? もしそうだったら可愛いな……。


「ちょっと私も頑張ってみようかな、もう1ヶ月も経っちゃってるし」

「だね、テストもそうだけど五十嵐と話せるようになりたい」

「そういえば渡辺さんは隣の県から引っ越してきたみたいだよ」

「あ、じゃあひとりにさせておくと不安だから一緒にいるのかなー」


 そこら辺のところを本人に聞いて確かめてみよう。


「あ、い、五十嵐っ」


 翌日、部活動の休憩時間を使って近づいた。


「ん? あれ、あんたもしかして長島? 長島明菜あきな?」

「え……もしかして気づいてなかった……とか?」


 もしそうだったら正直に言って大変悲しい。


「ごめん、中学生のときと違って髪が伸びていたからさ」

「あ、そういえばそうだね」


 って、そこは覚えていてくれているのか、嬉しい。

 なんて単純なところを晒している間にも「懐かしー」とか口にしている彼女。


「あ、そういえばなんで渡辺とよく一緒にいるの?」

「あの子には受験のときに助けられたから、だからなにかをしてあげたいのよ」

「そうなんだ?」


 なんか意外、渡辺が逆に助けられてそうなのに。

 けど、受験のときに助けられ、それなのに学校では不安になる感じだから見ておきたくなるのも確かかもしれない。

 傍から見ているだけのあたしでもそう思うのだから、4月の最初から関わっている彼女であれば尚更のことだろう。


「待って、それなら香菜かなもいるのよね?」

「いるよ、あっちで先輩と話してる」

「髪型が逆になっているのね。でも、またあんた達と一緒にできて嬉しいわ」


 それはこっちのセリフだ。

 姉と違って実力がないこちらにも同じように対応してくれるから嬉しい。

 簡単なようで簡単じゃないから余計に。


「姉さんは渡辺に興味があるみたいなんだよね」

「それならそれでいいわ、お友達がほしいみたいだし」

「いや……そんな簡単に言っていいの?」


 恐らく姉はただ小さくて可愛い渡辺を愛でたいだけだろうけど、これからはどうなるのかそれが全く分からない。

 テスト週間になれば部活も禁止になるから一緒にいられる時間ができるはずなのに譲るなんて……、ただの義務感とかそういうのしかないのだろうか?


「別に私のじゃないから」

「そっか」


 部活が始まってしまったからこそ普通は独占というか一緒にいようとするはずなのに。


「今日一緒に帰ろ、文が見に来ていないから寂しいのよ」

「矛盾してない?」

「違う違う、それとこれとは別問題」


 友達みたいになりたいあたしとしては断る必要もないので了承。

 まあその前に部活を真面目にやらないと。

 今度こそ本気で一緒に守れるようになりたい、打ってチームを勝たせたい。


「どうだった?」

「五十嵐は髪型が変わっていたせいで気づいてなかったみたい」

「あははっ、確かに変わったしね」

「あと、渡辺を独占するつもりはないみたいよ」

「へえ~、そっか」


 姉はいつもとは少しだけ違う感じの笑みを浮かべて「ならGWが終わったら」とだけ呟いて歩いていった。

 こっちも休憩時間が終わりなのでグローブを持って同じように向かった。




「へえ」


 ある程度のことを済ましてベッドに転んだ瞬間、そう漏れていた。

 文のことを香菜が気にしている、ねえ。

 それがどういう理由でかは分からないが、他を優先してばかりいると困ることになりそうだ。

 まだ連絡先交換だってできていないというのに先にされたら複雑で凹む。

 ま、長島姉妹とまた部活をすることができるのは嬉しいけど。


「ん、美幸さんからメッセージ?」


 内容は『これは文ちゃんには内緒ですよ』というメッセージの次に送られてきた情報。

 慌ててタップして、追加ボタンをタップして、少しの罪悪感と共にかなりの嬉しさに包まれ、


「って、これじゃずるしているみたいじゃない……」


 それにこれは丸わかりだ、友達登録されると相手に通知がいくのだから。

 諦めて美幸さんから教えてもらったと吐いてしまうことにした。


『受け入れれば良かったね』

『ごめん、勝手に聞いたりなんかして』

『大丈夫、清美だったら問題ない』


 私がいてくれて良かったとまた言ってもらえるように……明菜にあんなことを言ってしまったけど一緒にいたい。


『これからテスト週間が始まるでしょ? だから一緒に勉強しない?』

『分かった。でも、お友達を優先してくれていいからね』


 よしっ、どうせソフトボールもできないし集中しないとっ。

 ふ、文はひとりじゃできないかもしれないし教えてあげないと駄目よね! だからこれはあの子のため、仕方がないことなんだ。


「頑張るわよ!」

「姉ちゃんうるさいっ」

「あ、ごめん……」


 頑張ろう……。

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