02話.[なくなったよう]
1週間が経過した。
授業も始まって不安も大きかったものの、幸い努力していたのもあって大丈夫だった。
いまの目標は皆勤を目指すこと、提出物などをしっかり提出できるようになることだ。
あとはお友達作りか、残念ながら他の子より遅れているのが既に分かっているけれど。
「渡辺、一緒に食べよ」
「うん、食べよ」
これでも学校のときは喋り方に注意している。
家にいるときみたいに小学生っぽくならないように、五十嵐さん以外相手にはぼくと言わないようにとか、舐められたら終わりだから。
「え、それあんたが作ってんの?」
「うん」
「なんかしっかりしているわね、小さいのに」
彼女は「あたしも自分で作っているけど真っ茶色よ」と口にし実際に見せてくれた。
でも、お弁当を開けてこれだったら凄く嬉しいと思うので、いいと言って食事開始。
「五十嵐さんに頼みたいことがあったの忘れてた」
「頼みたいこと?」
「お友達に……なってほし――ください」
「は?」
なにをどうすればお友達なのか分からないからはっきりしておく必要がある。
彼女は最初だけでなく1週間経過したいまも優しくしてくれる子。
慣れないこの土地でそういうのは本当に大きい、ちょっと利用するみたいになってしまうのは申し訳ないところだけど、うん、それはもう本当に。
「あーなるほどそういうことね、分かったわ、お友達というやつになってあげる」
「ありがとっ」
「ちょっ、唾飛んでるからっ」
「あ、ごめん」
とりあえずはこれで一安心。
問題があるとすればもうすぐ彼女は部活動に入部してしまうから一緒に帰ることができなくなってしまうことだった。
やはりもうひとりぐらいとは最低でもスムーズに会話ができるぐらいにはなっておかないといけない。
「清美ー、ちょっとー」
「あ、うん、それじゃまた放課後にね」
「うん」
関係が1歩前に進んだ瞬間にこれ。
もうだめだぁ、おしまいだぁ……。
だって自力で話しかけるなんて不可能だから。
もうこうなったらお姉ちゃんがいてくれればいいと考えて過ごした方がいいだろうか。
「あれ、原田先生なにしているんですか?」
「あ、渡辺さん。ここが全く片付けられていないから気になったの」
校内探索をしていたら先生を発見して足を止めた。
何気にふたりきりだったりすると敬語じゃなくなるから良かった。
「それならお手伝いします、原田先生が話しかけてきてくれて落ち着けましたから」
「そ、そう? それなら一緒に頑張りましょうかっ」
まずは乱雑に置かれた本とか書類などを一箇所に移動させる。
「重い……」
「少しずつで大丈夫よ」
「はい」
ここはなんの部屋だろうか。
教室みたいに分かりやすく表示がされていなかったから分からない。
とにかく先生の言うように汚く、時間さえあれば片付けたくなる気持ちはよく分かるようなそんな場所。
「よし、後は棚に戻していくだけ――だけれど、とりあえずは終わりね」
「すみません、あまりお力になれなくて」
「そんなことはないわよ、放課後は私だけでやるから気にしないでね」
「ぼ――私もやりますっ」
「そ、そう? それなら放課後にまた頑張りましょうか」
同じぐらいの歳の子より明らかに年上の先生と話す方が緊張しないと分かったのは収穫だろう。
失礼しますときちんと口にしてから小さな部屋を出て教室に向かって歩いていく。
担任の先生と仲良くしておくのが重要だ、五十嵐さんとだっていつでもいられるわけではないから。
「あんたどこに行っていたの?」
「お散歩してた」
「こっちに言ってからにしなさい、迷子になりそうで怖いのよ」
むぅ、当然のように子ども扱いをされているようだ。
が、ぼくも大人なので言わなかった、それとこれからは言うと了承しておく。
とりあえずいまは授業に集中だ。
そこをしっかりやらなければお手伝いなどをしても意味がなくなる。
5時間目も6時間目も目をしっかり開き、耳もしっかり澄ませて乗り越えた。
「あ、渡辺さんごめんなさい、用ができたからすぐにはできないのよ」
「どういう風にすればいいのか教えてください、私がやっておきますから」
「え、それは……」
「大丈夫です、教えてください」
種類毎に整えればいいということだったからやっておくことにする。
ちなみにぼくは早速約束を破っている形となるけど気にしない。
五十嵐さんはお友達と出ていったから事後報告で問題もないだろう。
それよりこれ、結構大変だけどかなり楽しい。
特に上下左右の幅が揃ったときなんかはふおぉと口にしたくなるぐらい。
本みたいなやつはかなり重いものの、棚に綺麗に並んでいると我ながらセンスがあるなってその度に思えていい。
この作業をやることは自己肯定感を高められるからいいことばかりだ。
「あとちょっとー」
「なにがあとちょっとよっ」
「ぎっ」
「ちょっ、悲鳴をあげるんじゃないわよ!?」
いきなり現れた彼女はこちらの口を両手で覆ってきた。
「んー! んー!」
「あ、ごめん……」
帰ったんじゃ……? という視線を向けていたら「靴があったから戻ってきたのよ」と答えてくれた、だからってこんなところをよく発見したなというのが正直な感想。
「こんなところでなにやってんのよ」
「整理のお手伝い」
「へえ、お散歩、とか言っていたのは嘘だったんだ」
「お、お散歩から原田先生と出会ってお手伝いしたいって自分から言った」
下心がすっごくあった。
印象を良くしておけば話しかけてくれるかもしれないって考えていた。
それにこんなことをしているのは五十嵐さんのせいでもあるというのに……。
「分かっているわ、でも約束は守りなさ、いっ」
「あいたっ」
叩かれたおでこに触れていると彼女がいい笑みを浮かべて「帰ろっ」と言ってきた。
先生には悪いけどもう整理も終えた状態だし、彼女とは帰れなくなってしまうので帰ることに決める。
もちろん鍵は閉めて職員室というか先生に返してからだけど。
「中途半端な形になってしまいすみません」
「気にしなくていいんですよ、お手伝いをしてくれてありがとうございます」
いちいちこういう言い方をしたのは正しくできているかどうか不安だったから。
「あんたはきちんとやっていたじゃない、あそこに初めてやって来た私でも綺麗にできていたって思ったけど?」
「結局、原田先生が来るまで残らないことを選択した時点で駄目だから」
恐らくいいイメージを抱かれることはないだろう。
信用して任せたのに結局途中で帰ってしまうんだから。
それでも教師と生徒ということと、強制ではないということもあって強くは言えず。
結果的に言えば先生をがっかりさせただけに過ぎない感じになってしまっている。
「それよりあんた、なんか焦ってない?」
「うん、五十嵐さんが部活動に入部したら一緒に帰ることもできなくなっちゃうから、だからもうひとりぐらい話せるお友達的な存在がほしかったんだ。でも、自力でそれは不可能そうだったからせめて担任の先生である原田先生とは仲良くしておきたいと思って」
「なるほどね、実際にあと1.5週ぐらい時間が経過したら部活動が始まるからね」
「うん。あ、だけど五十嵐さんは気にしないで部活を楽しんでくれればいい」
実は昔からひとりぼっち属性だからそこそこ慣れているのだ。
自分だってこんな悲しい属性でいたくはないけど仕方がない、ひとりじゃどうにもならないことだって実際はあるんだ。
「いっそのことあんたもソフトボール部に入ったら?」
「無理無理っ、初心者が入ったら迷惑をかけちゃう」
「別にそういうのは関係ないと思うけどね、むしろひとりにさせておく方が不安になるものよ」
誘ってもらえたのはありがたいけどもう1度断っておいた。
地元ではのろまとかよく言われていたから集団競技なんて無理。
だって園芸部でだってマイペースすぎるとか文句を言われていたのだから。
「それなら馬鹿なことをするのはやめなさい、変な遠慮をして話しかけないとか」
「それは単純に五十嵐さ――」
彼女はこちらの口を先程よりかなり弱い力で押さえて「清美でいいよ、呼び捨てでね」と言ってくれた。
先程から分かっていたことだけどすっごく柔らかい、可愛らしい笑みを浮かべる子。
「清美がお友達といるからで」
「だからそれが変な遠慮をしているということなのよ。私達はあんたの言うお友達になったんじゃない、なのにどうして教室で全く来ないのよ、結局私が何度も行っているだけよね? もしかしてこれがあんたの言う友達なの?」
それも仕方がないことだと分かってほしい。
何故なら彼女といるときでもそれで中断になる、近づこうとしても彼女の周りには常に複数人の女の子がいて難しい、仮に近づくのだとしても話題がなくて困るという微妙な感じだから。
そもそもこの子はどうしてここまで気にかけてくれるのだろうか。
受験のときに助かったとは言っていたものの、こっちは余裕がなくて己&教師と戦っているだけで精一杯だったから……。
「それとも自分からは行く価値のない人間だと思われてる?」
慌てて首を振ったら「もしそうだと言われてたら吐いていたわ」と彼女は口にした。
「あんたは頑張ろうって声をかけてくれたじゃない、そのおかげでいつも通りの自分を戻せたんだから感謝しているのよ。だからそんな不思議そうな顔をすんな、あたしがあんたのために動きたがっている理由はそういうことよ」
そういえば試験の日に学校外で女の子に声をかけた気がする。
俯いていて気になったのと、高校の校門のすぐ近くにいたから勝手に受験生だと考えて頑張ろうと口にしていたか。
正直に言えばこちらもなんらかの手段で落ち着かせたかっただけだから褒められるようなことではない、だから優しくしてもらえるような理由にはならないから微妙だ。
「あれは自分勝手で自己満足な行為だったから」
「それでも私は助けられたのよ、そのおかげでこの高校に通えているんだから」
「そっか、じゃああのときのぼくはナイスだね」
「うん。でも、だからこそ心配になるわけ」
大丈夫だと口にして別れることにした。
だって先程からずっと一箇所に留まって話ばかりしていたから。
「困らせたいわけじゃない」
ひとりでいるのは案外すぐに慣れるものだ。
それは無理やり自分を納得させているだけだけど、困らせるぐらいならそれでいいのではないだろうか。
「先週の日曜日はすみませんでした」
休日ということもあり家でのんびりとしていたら急に謝られてしまった。
「大丈夫、結局お昼頃にはお姉ちゃんも帰ってきてくれたから」
それは仕方がないことだ、急にお仕事が入ったのなら出るしかない。
それにどこかにお出かけしたいというわけでもなかったから気にする必要もない。
ぼくは無理を言って住ませてもらっている身だ、少しは我慢しろぐらい言ってもいいと思うけど。
「それでなんですけど、今日はお寿司を食べに行きませんか?」
「お、お寿司……」
揺れる、ぼくの心が揺れてしまう。
お寿司なんて何年かに1回食べられるぐらいだ。
いや本当にもう回転寿司にすら人生で2度ぐらいしか行ったことがない。
あ、買ってきて家で食べるのかな? それであっても十分だけど。
「近くにお店があるので食べに行きましょうか」
「こんなに早くから?」
「いえ、夕方頃に予約して行きましょう」
なら、お腹を減らしておかなければならない。
とはいえ、減らしすぎているとそれはそれで入らないというジレンマ。
そうでなくても少食派だから、せめて大好きなネタを食べられるように動いておかないと後悔しそうだ。
「どこに行くのですか?」
「運動しないと」
「大丈夫ですよ、もっと気楽にいきましょう」
だって……今度行けるのは5年とか10年後とかになりそうだし……。
「お姉ちゃんは学生時代、沢山の人に囲まれてた?」
「10人ぐらいでしたよ、その中のひとりとだけ凄く仲良かったです」
「その人とはまだ関わりが?」
「はい、いまも連絡を取り合っています、もっとも」
姉はこちらの頭を撫でてから「難しいですよね」と口にした。
これは疎いぼくでも分かる、恐らく誰かに取られてしまったのだ。
狙っていた人が誰かに取られてしまうというのは悲しいだろう。
「だから同性の方でも異性の方でも、これだという人を見つけたら頑張ってください」
「ん、ぼくもそういうことに興味があるから」
誰かに恋をしてもっと仲を深めていく。
いまの自分からすればかなり非現実過ぎるから実感が湧かないけど、恐らくそうなれたなら楽しい時間を過ごせるはずだ。
「お友達の方とはどうですか?」
「仮入部期間でソフトボール部に行き始めているから微妙……」
教室では結局行けていない。
暇なときは清美も来てくれるけど、基本的に彼女には他の優先したいことが多すぎるからひとりでいることが多い。
そしてひとりでいいと割り切っているつもりでも寂しい。
このままでは駄目だ、変えるために動けと考える自分と、変に動くとまたぐずだとかのろまだとか言われて教室に居づらくなるからやめろと考える自分がいて難しかった。
「GWが始まってしまう前にお誘いしてみたらどうでしょうか」
「どこに?」
「外で会うのは緊張するということならここに」
いや、来てくれるとは思わない。
来てくれる度に他を優先してと言い続けているのもあって、今更そんなことは言えないのもあった。
恐らく既にイメージが良くない、原田先生のときのそれと全く同じだ。
「連絡先は交換しているのですか?」
「してない、しようって言ってくれているけど相手にメリットがないから」
「しようとお相手の方が言ってくれているのならいいではないですか」
「そう言われても……」
小中と携帯なんて利用してこなかったからどういうメールを送ればいいのか分からないから。
しかも最近の子はメッセージアプリを利用してやり取りをしているようだし追いついていけないのだ。
だから携帯も結局は時間確認のアイテムとしてしか利用できていなかった。
「今度、その方を連れてきてください」
「……もしかして、そのためにお寿司……?」
「違いますよ、大切で大好きな妹を脅すようなことはしません。ただその方を見てみたくなったのです、これはおかしなことではないですよね?」
いや、これはやはり脅されているのと同じだ。
流石に姉は追い出したりはしてこないが、「連れてこなかったらどうなるか、それが分からない文ちゃんではないですよね?」と言われている気がする。
……大好きな姉に嫌われるのだけは嫌な自分なので、明日にでも頼み込もうと決めた。
プライドなんてものを優先している場合ではない、土下座でも痛いことや悲しいこと以外はして清美に来てもらうのだ。
だからお寿司はそのためにいっぱい食べる、なにかのパワーが必要だった。
17時頃には店内にいて、そこからはあっさりと席へと通された。
これが予約パワーか、昔に行ったときは30分ぐらい待ったから驚いたぐらい。
座ったらもう戦いは始まる、パネルを利用してどんどん注文して食べていくことに。
「文ちゃんの大好きなイカさんが回ってきましたよ」
「食べるっ」
店内はある程度賑やかなのでそこそこ大きい声を出しても悪目立ちしたりはしない。
それでもついつい声が大きくなってしまう悪い癖を抑えつつ、大好きなイカやいくらの軍艦を食べていた。
でも、ぼくは気づいていなかった、これは直接姉に負担をかける行為だと。
それに気づいたのはお会計時、ふたりで行ったはずなのに65皿、約6500円。
65皿の内の60皿を自分が食べたことになる、やばい、冷や汗がやばい。
これでは少食(笑)となってしまう、いつもはこんなに食べないから。
「あ、やっぱり文だったんだ」
「なっ、き、清美……さん」
お店へと繋がる扉の前で馬鹿みたいに固まってしまった。
清美はあくまで楽しそうに「あはは、なんでさん付けなの――って、もしかしていつも話しているお姉ちゃん?」と聞いてくる。
「う、うん、ぼくのお姉ちゃん」
「渡辺美幸と言います、よろしくお願いします」
「私は五十嵐清美です、よろしくお願いします」
清美はどうやらご家族と来ていたようで「先に車に行っているからね」と言ってご両親は駐車場の方へと歩いて行った。
く、車で来るなんてなんとブルジョアなという衝撃がぼくの中で走る。
「五十嵐さん、今度私の家に来ていただけませんか?」
「行けばいいんですか? これから部活が始まるので平日は19時以降、休日は日曜日が自由なので限定的なものになりますけど、それでもいいのなら」
「はい、文ちゃんとお待ちしていますね」
良かった、土下座をする必要はなくなったようだ。
ご家族を待たせているからなのか「また明日ね」と口にして清美は歩いていった。
ぼく達も留まっていたところで邪魔にしかならないので、ゆっくり歩いて帰ることにしたのだった。
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