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Nora
01話.[そうでなくても]
4月6日、ついに入学式の日になった。
ある程度早く起きて準備を終わらせ、学校までの時間をゆっくりと過ごす。
「忘れ物はありませんか?」
「うん、大丈夫」
時間がきたら姉に挨拶をしてから外に出た。
もう4月だというのに外は寒く、少しだけ体を震わせる。
高校までの道もそう難しいわけでもない、他県から引っ越して来た自分でも分かる親切設計。
理由はどうしてもこっちに住んでいる姉と過ごしたかったから。
両親が他界しているとか、海外に行っているとか、地元に居づらい理由ができたとかそういうのではない。
姉と過ごしたくてこっちの高校を志望し、実際に合格した形となる。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
あ、この人面接試験のときにいた人だ。
少し厳しそうな女の人、ぼうっとしていたら「どうしましたか?」と聞かれたのでなんにもないことを示して中に入る。
下駄箱も新入生であるぼくにも分かりやすく、そしてその前にはクラス分け表もあって特に問題はなかった。
どうやら自分は1ー4組らしいので探してみると結構奥で毎日少し歩く必要が出てくるなというのが正直な感想だ。
教室に着いたら渡辺という名字なのもあって端で少しほっとした。
「おはよ」
すぐに左と後ろを確認してみたものの誰もおらず。
「あんたよあんた」
「お、おはよ」
「うん、集団面接のときに一緒だったから覚えてるよ」
正直に言って一緒のメンバーに意識を向けている余裕はなかった。
これを失敗すれば終わりという感情と、これが終われば受験が終わるという感情が己の内で戦いすぎていてとにかく余裕がなく、気づいたら高校の外にいたというのがその日の思い出だ。
「あ、その顔はあたしのこと分かってないでしょ」
「ごめん……」
「ま、無理もないよね、あれは己と教師達との戦いなんだから」
実際にそうだった、ただ教師に見られただけで固まってしまったりもしたし。
あのときの自分は急に警察が現れたときと同じような反応をしていたと思う。
悪いことをしていないのに違反していないか気になってきょろきょろしてしまう感じ。
「私はは五十嵐
「ぼくは渡辺
となると、席は真反対ということになるのか。
端と端、こうして話せたのに遠いんじゃ微妙だ。
ある程度したら他の子達もやって来て、どんどんと教室内が賑やかになっていく。
SHRの時間になったら担任の生成がやって来て先生の自己紹介や、
「担任の原田
これからある入学式の説明などがされ、実際に体育館に並んで行くことになった。
が、ぼくはいまから不安だった、だって原田先生は先程の少し厳しそうな人だから。
あと地味に悲しいのは姉が仕事で入学式に来られないということ。
でも、それは我慢するしかない、そうでなくても迷惑をかけているのだから。
ある程度体育館の入り口前で待って1組から順番に入場していく。
緊張する……特になにをするというわけでもないのに何故ぇ……。
体育館に入って席に座ったら尚更のことだった。
だって後ろには上級生達がいる、しかも出席番号が最後の方だから直視されているっ。
並び順も問題で、1と2組、3と4組、5と6組と前後に並んでいるのだ。
つまり4組である自分は後ろであり、出席番号が最後の方だから後ろであり。
けど、これも混乱している内に終わっていた、そしていまからが本当に地獄だった。
「五十嵐清美です、南中出身で部活はソフトボール部に入っていました。あまりいないかもしれませんがこのクラス内にもソフトボールが好きだと言ってくれるような人がいると嬉しいです、1年間よろしくお願いします」
え、そんなことまで言わなければならないのと困惑。
五十嵐さんが部活動の話をしたからかみんなその話をするようになった。
多かったのがバレー部とバスケ部、あとは五十嵐さんの期待通りソフトボール部に所属していたと言った子がいた、他にはサッカー部とか吹奏楽部とか野球部とか王道系の感じできたかな。
「渡辺さん、渡辺文さん」
「あ……わ、渡辺文です、◯◯県から引っ越してきました、1年間……よろしくお願いします」
それにしても姉があんまり遠くにいなくてまだ良かったかな。
もっと西だったり北だったり東だったりしても大変だから。
提出物とかを出したりしてなんとか初日を乗り切る。
「はぁ……」
「あんたなんで引っ越してきたの?」
「お姉ちゃんがこっちに住んでいたから」
「え、そのために地元を出てきたってこと? 中々勇気があるのね」
違う、ただ姉といられるようにと動いていたらこうなっていただけだ。
学力的にも、姉の家からの距離的にもいい場所がここだったというだけ。
「ま、とにかくよろしく」
「うん、よろしく」
五十嵐さんが話しかけてきてくれたのは大きい。
面接試験のときたまたま彼女と一緒で良かったと思う。
「渡辺さん、少しいいですか?」
「は、はい……」
美人だけど厳しそうな感じの原田先生にもう目をつけられてしまったようだ。
「か、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「すみませんでした……」
「違いますっ、怒りたかったわけではないんですよ」
あれ、先生も少し悲しそうな顔でこちらを見てくるだけだった。
どうしたんだろう、なんかもっとびしぃっと言うタイプかと考えていたから意外だ。
「実は私もここに来たばかりで不安なことが多いんです、なので一緒に頑張りましょう」
「あ、ありがとうございます、ぼ――私も頑張りたいです」
「はい、それじゃあ気をつけて帰ってくださいね?」
「ありがとうございます、失礼します」
ふぅ、初日から怒られるなんてことは回避できたよう。
「お疲れ、顔色悪いよ」
「……緊張した」
「原田先生は少し怖く見えるわよね」
美人だからこそ無表情な状態が余計に目立つというか、全体的に冷たい印象がする。
「ここら辺は歩いてみた?」
「うん、春休み中にちょっとずつだけど」
「悪い場所ではないわ、だからすぐに馴染めると思う」
「五十嵐さんがいてくれて良かった、誰とも話せないままだったら心細かったから」
「受験のときにあんたに助けられたからね」
ん? ぼくはなにもできていないけど……。
まさかいるだけで助けになれるわけでもないから……困惑してしまう。
「あ、こっちだから」
「うん、ばいばい」
「また明日ね」
とにかく今日を乗り越えてしまえばなにも問題はない。
明日からはあの高校の生徒として生活を送るだけだ。
「おかえり!」
「はい、ただいまです」
約18時に姉である
当然のように抱きついたぼくに対し、特に怒ることもなく頭を撫でてくれた。
「ご飯を作りますね」
「作った」
「ふふ、ありがとうございます」
合格したら姉の家に住ませてもらうと決まってから母のお手伝いをして負担にだけならないように努力をしたのだ、まずは自分のお弁当作りなどで試したから母の胃に負担をかけたわけではない。
最初は黒焦げだったりしょっぱすぎたり甘すぎたりしたけど、いまはもう大丈夫。
「今日は行けなくてごめんなさい」
「謝らなくていい、お仕事があるから仕方がないこと」
「自己紹介はちゃんとできましたか?」
「……引っ越してきたことしか言えなかった」
どうやらみんな部活動に入部するつもりらしい。
もし同じ部に入るようなら一緒に頑張ろう的なことを口にしていた。
あの五十嵐さんだってそう、逆に五十嵐さんのおかげでみんな助かったって感じかも。
「お友達はできましたか?」
「お友達かどうかは分からないけど話しかけてくれた子がいた、あと先生も」
「楽しい学校生活になるといいですね」
「ん」
強制的に入らされる学校というわけではないから深く考える必要はない。
部活動はやりたい人にだけやらせておけばいいんだ。
無理やり入部させられて意外と楽しくてはまる人間はいるかもしれないけど、そういう人間ばかりではないのが現実だから。
ぎすぎすするのは嫌だ、なにか失敗をしたらみんなの足を引っ張ってしまうのが嫌だ。
だから部活動はもういい、それでもたまに五十嵐さんが活動しているところを見に行こうと決めた。
誰かがやっているのを見るのは好きだ、頑張っているのなら尚更そう。
逆に楽しそうな雰囲気でわいわいやってくれているのもいい、そうしたらやりたくなるかもしれないから。
「洗い物は私がやりますから文ちゃんはお風呂に入ってください」
「お姉ちゃんが先に入って、ぼくが洗い物をしておくから」
「いいのですか? それなら入らせていただきますね」
洗い物をしつつ考えていた。
ぼくと姉がそこそこ小さいときはまだ敬語じゃなかった気がすると。
でも、いつからかこうなって、高校に上がると同時に家から出ていって、中学3年間を寂しい思いを抱えながら過ごすことになった。
あの高校を選んだのは姉が在学していたからというのもあるのだ、まあもう結構前のことだから渡辺という名字でぴんとくる先生もいないだろうけど。
それに姉は167センチぐらいの身長なのにぼくは146センチしかない。寧ろ人より食べていたし、人より寝ていたというのに実を結ばなかった形になる。
「あ、お水……」
全部ちゃんと洗って拭いてしまうところまでやって。
絶妙に冷えるからブランケットを正しくない用途で使って暖めていた。
いきなり風邪なんか引いたら駄目になる、あっという間にグループが形成されて終わりだから。
「文ちゃん」
「……ん? あ、お風呂に入ってくる」
「はい、寝室で待っていますから」
せめて嫌われないように頑張らなければならない。
誰からも興味を抱かれないというのもそれはそれで悲しいけど、怖い顔をされるよりかはマシだと言えるから。
それにあまりコミュニケーション能力が高くないうえに流行に疎いから話題についていけないことが沢山あるから。
「おかえりなさい」
「ただいま」
姉は急に出ていきタオルを持って現れた。
ぼくをベッドに座らせると、姉はベッドの中央に移動しこちらの髪を拭いていく。
「きちんと拭かなければ駄目ですよ、文ちゃんの髪は長いですからね」
「時間を使わせてごめん」
「大丈夫ですよ、こういうときでもないと文ちゃんとゆっくり話せませんから」
残念ながら小学生及び中学生時代から携帯所持なんてできなかったので連絡もできなかった。
だから電話をかけていたけど、両親からあまり高頻度になると負担になるからともっともな指摘をされて全然できていなかったのだ。
まあ、だからこそ週末とかに家に帰ってきてくれたりしたときは凄く嬉しかった。
大好きな姉が近くにいてくれるという幸せ、離れて過ごしているというのに姉の態度はずっと変わらず、ぼくの好きな優しいままでいてくれたから。
「今週の日曜日はお休みなのでどこかに行きましょうか」
「やっと願いが叶ったからお姉ちゃんといられればそれでいい。あと、せっかくのお休みなんだからゆっくりしてほしい」
「文ちゃん……ありがとうございます」
そこまで贅沢思考というわけではない。
姉の家に住めるのなら家事だって全部自分がやってもいい、毎日もやしだけしかおかずがなくても構わない、姉が他の人を優先して帰りが遅くなってもいい、とにかく必ず家に帰ってきてくれればそれで良かった。
「拭けました」
「ありがと」
「でも、流石にまだ寝るのは早いですよね」
一通りのことをやってもまだ19時半ぐらい。
21時ぐらいならともかくとして、確かにいまから寝るには早すぎる。
「甘えていいですよ」
姉は寝転んでこちらに両手を伸ばしてきた。
こちらも同じように寝転んでそのまま抱きしめる。
姉が実家にいたときはよくしていたことだ、このときの姉は凄く柔らかい感じがする。
「自分から出ておきながら言うのはおかしいですけど、寂しかったです」
「ぼくも寂しかった」
「これから少なくとも3年間はこうして文ちゃんといられるのですよね?」
「ん、お姉ちゃんが良ければだけど」
「いいに決まっているじゃないですか」
できれば高校卒業後も一緒にいたいけどどうなるのかは分からない。
3年間でこっちにすっごく慣れればこっちの会社に就職してお金を姉に渡して、ができるけど。
というか、こっちにいるのなら先生達はここの会社を優先する? するか。
「お姉ちゃん大好き」
「ふふ、私も文ちゃんのことが好きですよ」
この柔らかい雰囲気に精神的疲労によって疲れていたらしく眠気に襲われた。
でも、無理して起きなくてもこれから毎日こうして寝られるのだから問題もない。
なのでこのまま寝てしまうことにした、本当に心地良くて幸せだった。
「文ちゃん? あ、寝てしまいましたか」
しっかりと布団をかけておいた。
そのまま頭を撫でて可愛い寝顔を見ることに専念する。
寂しかった、たまに帰ってはいたけれど会えないときの方が多かったから。
私は確かにここにある高校に進学したいと決めて受験勉強をし、実際に合格し入学もして、卒業して大学に行きそこも卒業し、いまは社会人となっている。
後悔はしていない、高校と大学で学んだことを活かせるような会社に就けているから。
ただ、高校に通うために出ていくことになった日、文ちゃんが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら「行かないで」って言ってきたことがずっと気になっていた。
それでも学費だって払ってもらっていたから通わなければならなかったのもあって大丈夫だなんて小学生のこの子に無責任なことを口にして出てしまったのだ。
けれど文ちゃんは……。
「文ちゃん」
私がこっちに過ごしているというだけでこちらに来てしまった。
そして実際に同じ高校を志望、合格して今日から通うことになっている。
……良かったのだろうか、高校選択というのは適当にやってはいけないのに。
もちろん、尖った分野というわけではないから卒業すれば無難な会社には就職できると思う。
でも、それなら慣れ親しんだ地元での方がいいわけで……。
間接的にではあるものの、この子のルートというのを変えてしまったのではないだろうかと不安になってしまっていた。
「……お姉ちゃん?」
「ごめんなさい、少し喉が乾いたので飲みに行こうとしたのですが……」
「ん、水分補給は大切」
冷たいお水を飲んで少し落ち着かせる。
後悔したところで遅い、それに妹の期待を裏切って出てきたのが私だ。
今更そんな心配をするのは違うだろう、事実もう入学してしまっているのだから。
幸いお友達もできそうな感じなので協力していければ慣れない学校でも大丈夫なはず。
「明日からも頑張ってくださいね、私もお仕事頑張りますから」
「ん、頑張る、原田先生とも約束したから」
担任の先生と仲良くするのもいい手だと思う。
そうでなくても周りの子のことを周りの子達以上に知らないのだから尚更そう。
文ちゃんはちょっと緊張しやすいところがあるからそういうサポートが必要なのだ。
お友達さんと担任の先生さん、どちらかではなくどちらも必要で。
「寝ましょうか」
「寝る」
ただ……身長が小学生の頃からなにも変わっていないのが心配だった。
お母さんとお父さん、文ちゃんにはいっぱい食べてもらって成長してもらうから!
だから色々な意味で色々なことを頑張ろうと思った。
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