第3話

 窓から、家族が楽しそうにご馳走を囲んでいる。

 小さな女の子が美味しそうに赤い実を頬張っているのが愛らしい。

 しかし、僕は少し違和感を感じ始めていた。


「あれ……、心が光ってるの、女の子だけだ」

 他に大人が二人、僕と同い年くらいの男の子も一人いるが、この三人の心の光はとても小さい。顔はにこやかだし、憎しみや妬みのような『悪い』感情は見えないのに、確実に光が小さい。

「なんでだろう……。幸せじゃないっていうか……」

 少し考えて分かった。そうだ、『悲しい』だ。

 悲しいという感情は、不思議な光り方をする。

 不幸のど真ん中に居る時はほとんど光など発さないけど、誰かを想って心を痛める哀しみは、小さくても力強くて、とても遠くまで輝きが届く。そう、天界まで。

 だから長く悲しんでいる人がいると、天界の天使も気が付くことが出来る。そして天使の介入が許されれば、その光方を変えるために力を貸すことが出来る。ダメ、って言われることもあるらしいけど、どういう時に『ダメ』なのかは……、忘れちゃった。


 大人二人の悲しみは、結構時間が経っている。どうやらある程度心の決着はついているらしい。けど男の子のほうは、つい最近この光方を始めたばかりで、まだ自分でも持て余しているっぽい。子どもの心に灯った光はあまり強くないことが多いが、この子の『悲しみ』を宿した光はとても強い。大人並みだ。


「そんなに悲しいことがあったのかな。でも、顔は笑ってるよね、うーん……」


 僕は窓の外からじっと彼を見つめながら観察し続けた。でも全然分からない。かといってこのまま他所へ行く気にもなれず、その場にくぎ付けになってしまった。


◇◆◇


 俺はトイレから戻って、母さんが切り分けてくれたチキンを食べ、四人でゲームをやる準備をして、イチゴが入ってない部分のケーキを食べた。本当はそのどれも楽しくなかったけど、皆が折角楽しくしているのに、それをぶち壊すことは出来なかった。


「お兄ちゃん、サンタさんにプレゼント何頼んだの?私はね、新しいリュックサックが欲しいって書いたの!それ持ってまた一緒に公園行こうね!」


 両親が離婚すること、明日には母さんと聖美はこの家から出て行くことは説明されて知っているはずなのに、忘れてしまったのだろうか。それとも分かっていて言っているのか。どちらなのか判断が出来ず、俺は思わず聖美をじっと見つめ続けてしまった。


 その時。

 窓の外に人気ひとけを感じた。


 ……まさか、泥棒?

 家族最後の団欒を、コソ泥なんかに邪魔されてたまるか。

 俺は聖美の頭を撫でると、そっとリビングから出て、人の気配を感じた庭先へ回った。


◇◆◇


「ガブリエル様、よろしいでしょうか」

 地上への差配を一通り済ませたところで、副官のサマエルが近寄ってきた。私は黙って頷く。

「何か」

 促したが、普段は快活なサマエルが目を泳がせて言い淀んでいる。……珍しい。

「どうした?何かあったのか?」

「……ええと、その……。只今大図書回廊の管理官より報告が……」

 そこまで聞いて、私はピンときた。慌てて思念を図書回廊へ飛ばす。が、息子の気配はどこを探しても見つけることは出来なかった。


「……抜け出したのね」

 まったくあの子は……。私は大きなため息をついた。今はこの場から離れるわけにいかないから、後で探して仕置きをしなければ。

「報告ありがとう。後はこっちで」

「あの、それだけではなくて、ですね」

 ん?サマエルの顔色はより暗くなった。まだ何か?


「ご子息ですが、抜け出す際に聖遺物の聖十字架も持ち出したようで……」


 力を失った私の手から錫杖がカラン、と乾いた音を立てて離れていった。きっと今の私はこの上なく間抜けな顔で呆けているに違いない。


「……っっ、マリエルーー!!!!」

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