第6話 思っていたのとはちょっと違う魔法にがっかりする

 皆で決意を固めている中、一人怪訝な顔をしている人間がいた。グレイ氏である。グレイ氏は水を差すようで気が引けるが、と断りながら小さく手を挙げた。全員の視線がグレイ氏に集中した。


「あの…そもそもの、マキシムをガロに変身させるというところなんですが。先生、確か人を他のものに変身させることは違法では…?」


 この発言にマキシムは勢いよくアッサム師に振り向いた。ガロも青くなり「そういえば、習ったような」と小さく呟いた。


 ―他人を変身させることは、非常に危険なことです。元の姿に戻せなくなり、一生をネズミで終えた人間が残念ながら過去にたくさんいました。皆さんも興味本位でやらないように。反省文どころではありませんよ。


 ガロの脳内に座学の一場面が蘇る。隣ではルルが「下手な奴がやるからそうなるのよ!」と騒いでいた。先生はどうするつもりか、と家族はアッサム師に視線を送る。

 アッサム師はゴホン、と咳ばらいをした。


「その通り。変身させることはできません。ですので、違う方法をとります。マキシム、ここへ。」


 アッサム師が手で示したところにマキシムは直立した。覚悟を決めたように固く目を閉じている。マキシムがそこまで気張る必要は無いのだが、とアッサム師は思ったが何も言わず、目を細めるとマキシムの頭から足先へ向かって腕を一気に振り下ろした。

 強い魔力が放たれたことを、ガロとグレイ氏は感じ取った。グレイ氏は初めて見る魔法に息を飲んだ。


 一瞬の強い光が消えると、マキシムが立っていた場所にはまさにガロが立っていた。否、ガロの姿をしたマキシムが立っていた。その場にいた一同は仰天した。ガロはどう見ても自分と瓜二つのマキシムを見て思わず「僕だ…」と漏らした。ルルが耳元で「あたしのマキシムが!」と嘆いている。

 大興奮なのはグレイ氏であった。「これで変身じゃないんですか!先生!一体どういう!」と抑えきれない好奇心を爆発させている。

ネロリ夫人はそんな夫に「煩いわよお父さん!」と一喝した。


 皆がこれなら誰が見てもマキシムには見えまいと確信している中、当のマキシムは困惑していた。


「先生、私は自分の姿がそのまま変わらず見えているのですが。どういうことでしょうか。」


 マキシムは自分の手を見つめる。見慣れた普通の自分の手だった。それなのに、家族は紛れもなくガロに見えているらしい。アッサム師は何をしたのか。マキシムは全く想像ができなかった。


「マキシムにかけたのは、目くらましです。彼がガロの着ぐるみを着ている状態だと思っていただければよろしいかと。マキシム本人は鏡を見ても変わらず映りますが。法的には…抵触はしないでしょう。でも絶対に口外しないように。」


 家族たちは「成程」と頷いていたが、マキシムは内心ガッカリしていた。ガロに変身した自分の不思議な姿を見るという体験ができると思ったのだ。

 アッサム師は「自分の姿が分からないと精神的に良くない」とマキシムに説明した。


「ああ、全然見慣れない。不思議な感じ。本当にガロが二人いるわ。」

「これなら大丈夫な気がしてきた。どう見ても僕だもの。」

「マキシム、しっかりガロのフリをするんだぞ。」


 マキシムは家族の激励に勇気をもらい、力強く頷いた。家族の固い団結を前に、アッサム師も覚悟をする。

 ファルコン家一同と妖精に囲まれ、マキシムとアッサム師は再び学校へと戻って行った。余韻も何もないあっさりとした別れだった。

 ガロはひとり、心に誓った。


「強くなろう。」





 アッサム師は研究室に戻ると、件の地図に丸を書き、それを机の上に置いた。マキシムは興味深そうに観察している。アッサム師は別の地図を取り出すとマキシムに渡した。広げてみるとそれは学内の見取り図だった。


「最低限のことは頭に入れておけ。ガロの寮は学生寮の三階の部屋だ。同室の奴とは仲が良かったはず…。」


 アッサム師はそこまで言うと、何かを思い出したように言葉を切った。


「しまった、あいつがいたな。」


 マキシムは「あいつとは」と首を捻る。アッサム師はしばらくアレコレと考えると、マキシムに向かって「ちょっと待っていろ」と言い、部屋を出た。マキシムは何も把握していなかったが、言われた通り大人しくしていることにした。

 手持無沙汰なので、アッサム師の研究室内を見回す。七つある大きな本棚には隙間無く本が埋まっている。それでも溢れた本がそこら中に積まれていた。手近なところにある一冊を手に取り、パラパラとめくってみる。

 知らない植物の名前が羅列され、様々な薬の作り方が載っていた。


「…植物用栄養剤…何と…豊作間違いなし!素晴らしい…。でもどうして材料に猪の血や猿の毛が要るんだ…?」


 ブツブツと思ったことを口に出しながら本に没頭していると、無遠慮に研究室のドアが開かれた。部屋の主、アッサム師だった。その後ろに、眼鏡をかけたおとなしそうな少年が付いてきた。

 少年はマキシムを見ると、不思議そうな顔をした。


「彼はシシル。ガロと同学年で、寮の同室だ。ガロとは…普段もよく一緒にいたよな?」

「は、はい。友達です…。」


 シシルはどうしてそんなことを確認されるのだろう、とおどおどしていた。

 マキシムは「おや」と思った。ガロと友達ならば、どうして彼は自分を見て「誰だろう」という顔をしているのだろうか。


「先生、私はガロのはずでは?」


 シシル少年は妙なことを言い出す見知らぬ青年に向かって、気は確かかと心配した。マキシムはマキシムで、少年の自分への態度に疑問を抱く。

 頭にハテナを浮かべている彼らに向かって、アッサム師はどう説明したものかと思案した。そして、シシルに向かって「眼鏡を取れ。」と指示した。

 シシルは「どうして」、「なんで」と疑問に思いながらも、師の言うとおりに丸い眼鏡を外した。眼鏡を外して、見えたものは。―ガロ。


「うわあ!!?」


 突然叫び声を上げたシシルに、マキシムは「大丈夫か!」と駆け寄った。


「え、ガロ??あれでもさっきは?え?先生?」

「先生!どういうことですか!」


 アッサム師は二人に黙るように手で合図した。


「シシルの眼鏡は、目くらまし、変身…要は本来とは異なる姿になっているものを見破る貴重な眼鏡なんだ。そうだろう?」

「あ、そうなんです。お爺ちゃんからもらった大事なもので…。え、つまり、この人はガロではなく…。」


 マキシムは事情を把握すると、シシルに向かってピシッと背筋を伸ばし、礼儀正しく「マキシム・ファルコンと言います!弟のガロがお世話になっています!」と自己紹介をした。

 シシルは「ガロのお兄さん!?」と兄弟から受ける印象の違いに仰天した。ガロはもっと華奢で、儚く、自分と同じようにおとなしいタイプの人間であった。その兄がまさかこんなに屈強な霊長類の鑑のような人間だとは。

 驚いて声が出ないシシルの代わりに、アッサム師が「シシル・アルベルトだ」と改めて紹介する。


「これからよろしく!」


 マキシムから勢いよく突き出された手と気圧されて握手しながら、シシルは「これから?」と更に疑問を返す。

 アッサム師は簡単にシシルに説明した。ガロが自宅療養していること、マキシムは学校に潜入してガロの心の憂いを晴らしたいという強い思いでやってきたこと。アッサム師がその心意気に胸を打たれて協力していること。ガロの身が危ういから、というのは敢えて伏せておいた。大事にするのは得策ではないと判断したからだ。

 マキシムはアッサム師の隣で大きく頷いている。アッサム師はマキシムが余計なことを言わなくてホッとした。

 説明を受けたシシルは「えええ」と悲壮な声を上げる。もとより社交的な性格ではなく、マキシムのようなタイプとは関わったこともない。しかも友達の兄。シシルは新学期早々、自分の静かな生活に暴風雨が襲来したことを悟る。


「私のことは、ガロだと思って。気を遣わないで欲しい。」


 眼鏡をかけたシシルにとってはどう見ても筋骨隆々の青年にしか見えない。「そんな無茶な」と心の中で泣いた。


「あと、絶対に秘密にしてほしい。」


 次々と課せられる無理難題に、シシルは目の前が真っ暗になった。

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体力お化けの兄は魔力お化けの弟のフリをする @yokuu

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