第5話 自分にできることをすればいい
「先生が、私をガロに変身させる。そして私がガロとして学校に居る。そうすれば私の家族もガロも、狙われることはないでしょう。私自身には魔力がひとかけらもありませんから、敵が私を狙ってこようとも利用されることはありません!」
「自分に魔力がゼロと分かっていてどうしてガロの身代わりになれると思った!?」
「何とでもなります!いや、何とかしてみせる!人間には知恵と体力が備わっている!」
マキシムの決意は固かった。アッサム師は頭が痛くなった。しかし、言われてみればガロが学校に通っていることにすれば、敵も騙され尻尾を出すかもしれない。ガロ自身は遠く離れた家にいるのだから、本人もその魔力もしばらくは安全だろう。相手の目を欺けている間は。
「―よし。やろう。」
アッサム師は決心した。マキシムに対しては不安しかないが、ガロが自宅待機をしているということを隠せるメリットをアッサム師は重視した。
斯くして二人の共犯者は、無謀という言葉を自分の辞書から削除したのである。
テイハム高原の林の中。ガロはキノコの輪っかの中心で体操座りをしていた。彼の目には、ふよふよと宙に浮く小さな妖精が映っている。
「どういうこと!?あんた、マキシムが出て行くまで何日もあったじゃない!」
「そう怒らないでよ…。君だってずっと寝ていたじゃないか。」
「きいい!おだまり!あんたしか私とマキシムの間を取り持てる奴はいないのよ!もっとちゃんとしなさいよ!」
「兄さんに君は見えないのに、どうなろうと言うの。君が兄さんを好きなことは知ってるけど…。」
「やだ!そんな簡単に、す、好きとか言うんじゃないわよ!」
さっきまでプンプンとガロに怒っていた妖精は急に顔を赤らめ、身を捩らせた。彼女の名はルル。ガロが小さい時から林に住んでいる妖精だ。マキシムのことを気に入っており、随分前からガロに自分とマキシムの仲介をしろとせっついているが、ガロはあまり乗り気ではない。何故ならマキシムは人間であり、しかも妖精の類を見ることも感じることもできないのだ。
「あら、何か来たわよ。家の方。古い魔法の匂いがするわ。」
「アッサム先生?兄さんも一緒かな?」
ガロは立ち上がった。何かあったのだろうか、とガロの胸に不安が過ぎる。ルルは「え!?マキシムも!?」と声を上げ、さあ行け連れて行けとガロの袖を引っ張った。ガロは慌てて家の方角に走り出した。
二人が立っていたのは、畑の真ん中だった。畑仕事真最中だったネロリ夫人は、種を撒こうと思っていたフカフカの耕作地にマキシムとアッサム師が突然現れたので呆気にとられている。
しかし現れた方も、どういう訳かきょとんとしていた。
「先生…私はてっきり家の前に着くかと。」
「万能じゃないと言っただろう。慣れない土地だと誤差があるんだ。」
わずかに残念さを滲ませるマキシムに、アッサム師は不服そうに答えた。ぼんやりと立ち尽くす二人に、ネロリ夫人は「そこ、耕したところなんですけど…」と非常に言い辛そうに指摘した。
再び、ファルコン家では家族会議が開かれる。前回よりも参加者が増え、些か騒がしい運びとなっている。
アッサム師は、事情をファルコン家に説明し、マキシムとやろうとしている企てについて明らかにした。当事者、両親、妖精にそれぞれ衝撃が走る。
「僕が…狙われている…?」
「ガロがそんなに凄い子だったなんて…。」
「マキシム、あんたは危なくないのかい!?」
「ええ!そんな!嫌よマキシム!行かないで!」
ルルの声は勿論聞こえないマキシムは、自分の身を案じてくれた母親に向かって安心させるように微笑んだ。
「母さん、ガロが悪い奴らにどうにかされる方が一大事だ。私に任せて欲しい。しっかりとガロの代わりを務めあげよう。相手の目をくらませている間に、先生がどうにかしてくれる!」
「ああマキシム!先生!どうかよろしくお願いします!」
母親と息子の熱い眼差しに、アッサム師は怯みながら頷いた。安請け合いができるような案件ではないと思ったが、マキシムを預かる以上、無責任な対応はできなかった。
「兄さん!」
「ガロ!安心しろ。シンシアのこともちゃんと調べて来てやるからな!」
「そんなこと!いいんだ兄さんが無事なら!僕、結局何の役にも立たないね…。」
しょんぼりと項垂れるガロの頭をマキシムはガシガシと撫でた。
「何をおかしなことを言っている。私が家を空ける間、家のことを頼んだぞ。分かっているようにこの家で暮らすには、たくさん働かなくてはならない。お前の底なしの魔力を是非役立ててくれ。」
「な?」と太陽のように明るく笑う兄に、ガロは必死な顔で何度も首を縦に振った。胸をいっぱいにしていたガロだったが、突然何に額を小突かれた。案の定、ルルの仕業だった。ガロは呆れた目でルルを見た。
「ちょっと!聞いた?ガロ!マキシムったら何て優しいの!?さあ紹介しなさい!私の存在を!ほら!はやく!ほら!」
ルルは興奮した様子でコツンコツンとガロの額を突きまくった。自分勝手な妖精にガロは苛立ちを覚える。
その様子はガロとネロリ夫人には何も分からなかったが、グレイ氏は「何かいる」程度には把握できたし、アッサム師にはモロに見えていた。
「痛い痛い、分かったよルル。…兄さん、あのね、ここにルルっていう妖精がいて。」
「ああ、キノコの輪っかの奴か?」
「やだ!マキシム!そうよ!」
ルルの声が邪魔だなと思いながら、ガロは嫌々ルルの存在を明らかにし、その激しい主張をかいつまんで代弁した。
「あたし、マキシムのためだったら何だってするわ!」
「…兄さんの役に立ちたいって。」
マキシムはガロの言葉に喜んだ。
「そうか!それは嬉しいことだ!ならばこの家族を守ってくれるととても助かる!ありがとう!素晴らしい妖精さんだな!」
と伝えてくれ、とマキシムはガロに言う。自分が代弁しなくてもルルには聞こえているのだけど、とガロは心の中でツッコんだ。当のルルは―「きゃあああ!何よその顔!守ってやるわよお!あんたの家族を!」とガロの耳元で叫んでいた。
―無自覚に妖精を絆すとは、何て奴だ。アッサム師は呆れながら、嬉しそうにしているマキシムを見た。その一方、ガロの魔力に加えて妖精の守りがあれば急な大事にはならないだろう、とアッサム師は内心安堵した。
未だ興奮している妖精をよそ目に、アッサム師は何喰わぬ顔で懐から取り出した地図をテーブルの上に広げる。皆不思議そうに地図を覗きこんだ。
「この辺の地図ですね。」とグレイ氏。アッサム師は頷いた。
「この丸は?一カ所途切れてますけど。」
ガロの質問に、アッサム師は簡単に説明した。丸で囲った部分に、外から内に入れば丸の線は内側に破れたように途切れ、反対に内から外に出れば外側へ途切れるようになっていると言う。
「この途切れているのは、内から外だから…。あ、もしかして兄さんが出たときでしょうか。」
「やだエッチ!」
アッサム師は頷き、ガロとファルコン夫妻を見回した。ルルは無視されて不貞腐れている。
「皆さん、先日は黙ってこのような魔法を仕掛けて失礼いたしました。そして不愉快かもしれませんが、今一度この魔法でここ一帯の出入りを観察させていただいてよろしいでしょうか。来訪者は滅多にないと伺っていますから、丸が外から破られるようなことがあったら私が安全確認に参ります。」
「でも、先生のようにパッとやって来られたら。」
「恐縮ですが、あれはとても古くて高度な魔法なので…。そうそう使える者はおりません。」
それを聞き、ガロは胸を撫で下ろした。両親は魔法を仕掛けることに対して「どうぞどうぞ」と快く承知した。昨今、水晶玉を覗いたり、鏡を使ったりして他人の様子を窺うことは個人の生活を脅かすとして反対の意を表す者が少なくない。アッサム師もこの類の魔術の取り扱いには特に注意しなくてはならない立場の人間であった。
「では帰ったら早速施します。皆さんの行動範囲は確保しますので、普段と変わりなく過ごしていてください。」
「ヤン湖まで囲っておいてください。水を汲みに出かけます。」
―ヤン湖。ファルコン家から遥か南に位置するそれは、大切な水源である。アッサム師はその距離を目算すると、この家の暮らしの過酷さに目を瞑った。
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