第59話 愛すべき騒がしい日々2


初夏の爽やかな夜風を受けながら、シアはバルコニーの椅子に座って満天の星空を眺めていた。


「ここにいたのか。ほら」

「ありがと、ヴォルク」


果実水の入ったグラスをシアに手渡すと、肩に薄手のショールをかけてくれる。



挙式からつい先程までの賑やかさが嘘のように、屋敷の周りの森はいつもと同じ、微かな虫や鳥の声と、風に揺れる木々の囁きが聞こえるばかりだ。


クランハウス近くの店に移動したあと、離宮に呼べなかったメンバーも含め、ジズたちと共にわいわいと騒いでいたが、疲れの見え始めたシアに気づくと、あっという間の解散になった。


みんなはまだ楽しんでれば良いのにと言ったのだが、「アホ。シアたちを祝う集まりだろ。主役がはけたら、俺らもはけんの」と呆れられてしまったのだ。


今は自宅でゆったりと入浴し、疲れをとった後だ。




「シア。これを」

差し出されたのは手紙型の式鳥だ。


「離宮の結界に弾かれて入っては来られなかったようだ。ハーバードが見つけてな」

「見てもいいの?」


薄黄色のそれは、エルネストからだろう。


「問題ない。ただの手紙だ」


そこにはたった一文だけ。



『幸せかい?』



彼の歪んだ愛情が、純粋にシア自身に向けられたものではないことはわかっている。

それに応えるつもりもさらさらない。が


シアは式鳥を練り直すと、ほんの少しだけ魔力を込めて空へと放った。どんなかたちであれ、幸せを願ってくれる彼に、幸いあれと。祝福を込めて式鳥に託した。




「シア・・・・」

表情を窺うようなヴォルクの頬に、ありがとうと唇を寄せる。


「エルはとう様との繋がりを残す人ではあるけれど、私から関わりを持とうとは、もう思わないわ。ヴォルクとのこれからを、今まで以上に大切にしていきたいから」


だから、過去は過去で。それでいいのだ。


自分もヴォルクも、過去を乗り越えて今があるのだからこそ、今とこれからの未来を大切に大切に紡いでいきたい。


「ねえヴォルク。誰よりも何よりも、貴方にこれからを誓うわ。たくさんたくさん話をしましょう。時々ケンカもしましょう。そして、たくさん笑いあおうね」

「ああ」

「ヴォルクのためだけに生きては行けないけど、ヴォルクのためならなんでも出来るわ。だから、私が無茶をしないように、ヴォルクが気を付けて見ていてね」

「大役だな。俺はきっとシアがいないと簡単に壊れるからな。シアの為にも俺の為にも気を付けよう」


膝裏から掬い上げるようにヴォルクに抱き上げられ、そっとベッドにおろされると、両手を繋ぎ止められる。



「これで3つ目だな」



婚約で貰った指輪に重なるように、指輪がもうひとつ。まるで最初から一組のデザインだったかのように、綺麗に絡まり重なっていた。


「シア、色々覚悟をしてくれ」


射抜くように見下ろしてくる金の瞳に、ほわりと笑い返す。

覚悟なんて本当に今更だ。



「もう手離してやれない」

「離されたら困るわ」

「手加減もしてやれないかもしれん」

「・・・そこは頑張って」




「シア、愛してる」

「大好きよヴォルク」


落ちてくる口付けを受け止め、与えられる熱と激情を受け入れながら、自分だけに囁かれる睦言に蕩けていく。







「お前ら歩いてきたのかよ」

「おはよ、ジズ。どうして?」


結婚式から丸5日もお休みをもらってしまったので、久々の出勤の今日に、どうしてもとヴォルクが一緒について来ていた。


経由先の家からクランハウスまでは歩いてすぐだが、師団服のヴォルクの隣に並んで街を歩くのはあまりないので、ご機嫌で歩いてきたのだ。



「ヴォルク、お前どういうつもりだよ。虫除けか?虫寄せか?」

「もう隠す必要もないからな。虫除けに決まってるだろう」

「・・・虫?」


こてりと傾げたシアの髪がふわっと広がる。今日は諸事情で結えていないのだ。



「あれ、モモリスさん?」


白い馬から降りた白い騎士団服のモモリスに、遠巻きに見ていた女の子たちが黄色い声をあげる。


そういえば、今朝は街角に女の子をよく見る気がするけど、なんでだろう。


「おはよう、シアさん、ジズ君。ヴォルク=レーベルガルダはこれ以上余計な騒ぎを起こす前に行くぞ」

「なぜお前と行かねばならん」

「通報があって駆けつけたのだ!お前の起こした騒ぎのせいではないか!!」



なんと、ここまで来るまでにパタパタと昏倒する人たちを作ってしまっていたらしい。


「いつもの遮蔽はどうしたのだ。お前が色気をふりまくと男女問わず、被害者が出るのだ!」

「牽制のつもりでイチャついてきたんだろうが、悪目立ちしてるぞ。大体なんでシア、髪おろしてんだよ」

「わ、ジズ!だめだめ!!」


シアの首筋に手を入れたジズと、見ていたモモリスがピシリと固まる。


「なんだこれ、首輪か」

「もうもう!恥ずかしいから隠してたのに!!」


シアの細首に巻かれた幅広のレースが異様な存在感を放っている。


首裏でリボンに結われたレースは所々に魔石が縫い付けられており、背中の中ほどまで垂らされた部分をよく見ると、レースの模様自体が術式だ。


「お前、何てものをシアさんにつけてるのだ。国宝でもここまでの守護術式くまんぞ」

「指輪にバングルに首輪な」

「なぜシアと国宝を同等レベルにせねばならん。ずっと共にいられないのだから、これくらいは当たり前だ」

「お前の当たり前はアホだな」



いつものやりとりに、何事かとクランハウスからラナイたちが出てくる。


「ヴォルク、送ってくれてありがと」

「あぁ。行ってくる」



いってらっしゃい、と頬にキスを贈ると、綺麗な笑顔を向けられる。



「うは、くらっときたっす」

「あそこまでくると顔面凶器ね」

「これ以上被害者をだすな!」






デデノアで不慮の事故で若返ってから、怒涛の勢いでここまで来た気がする。


あまりに近くにいすぎて、大切にしすぎて踏み出せなかった最後の一歩を、他人に突き飛ばされて転んで、立ち上がってよろけた先はヴォルクの腕のなかで。


結局、あいつに嬉々として絡めとられたんだろと言ったのはジズだ。




流されるように受け入れていた関係性に感情を伴うようになって、関係が壊れることが怖くなって、何て長い時間を足踏みしたんだろう。


けれど、転がったりよろけたりするほど無茶をするのは、そうしたい大切な人のためだと改めて気がついて。


そして、無茶をした自分を温かな腕でいつだって抱き止めてくれる大切な人を手離したくないと、自分の欲に気づいたから。





モモリスと連れだって背を向けたヴォルクに、こそっと声をかける。


「いってらっしゃい旦那さま」

「・・・・・」



惚けたように振り返るモモリスを置いて、ヴォルクが一足でシアのもとに戻ってくる。


「行ってくる、奥さん」


拐うように口付けを落とし、今夜は早目に帰ると妖艶に微笑むと、モモリスを掴んで馬ごと転移で消えた。





「自業自得な、シア」


真っ赤な顔のまま立ち尽くしたシアと、色気にあてられて固まっている面々と、鼻血をふいて倒れたトーヤと。





いつだって、これからだって、シアの周りはちょっぴり騒がしい。



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波乱万丈な日常は若返り前からです 朱高あまり @amarisu

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