第57話 気兼ねがないのはいいことですが
穏やかな陽射しが降り注ぐ浜辺で、木に布を渡して日よけを作り、その下に設置した石で組んだかまどで、シアは釣り上げた魚や貝などを焼いていた。
海に足だけ入れるように、と用意された膝丈のワンピースは普段に比べるとだいぶ短く、少し気恥ずかしい。
「シアさん、これもイケるっすかね」
先ほどまで岩場で何やら格闘していたトーヤの手には、大きなハサミをもつ生き物が。
「そんな大きいの、よく捕まえたね。かなり獰猛でなかなか捕まえられないけど、すごく美味しいらしいよ」
よっしゃ!と拳を握ったトーヤは、その他にも色々と捕ってきていたバケツをそのままかまどの近くに置くと、シアと焼き係を交換した。
シアはパウラが持たせてくれたバスケットを開き、これでもかと詰め込まれた料理を、簡易テーブルの上に広げていく。
「それにしてもさすが領主専用の浜辺っすね。こんな綺麗なのに誰もいないっすもんね」
「貸してくれたべルリアナさんに感謝だね」
祭事の次の日、観光するよりゆったりと海を満喫したいというシアの希望のため、穴場の浜辺をパウラに紹介してもらうつもりだったのだが、改めてお礼にと来ていた領主とベルリアナに、それならばとここを貸し出して貰ったのだ。
「で、あれはどこの軍隊の訓練っすか」
観光客はもちろん、地元民も立ち入らない浜辺では、人目がないのをいいことに、ジズとヴォルクが組手をしていた。
トーヤは目で追うのがやっとの早さの動きの連続だ。
「トーヤったら大袈裟だよー。ヴォルクも久々にちゃんと体動かせるって乗り気ではあったけど、2人ともそんな本気じゃないよ」
「あれがっすか?」
動くのに邪魔だとシアに上着を預けたので、普段人前では薄着にならないヴォルクは、今はピタリとしたシャツ一枚だ。
ジズに至っては一度ヴォルクに砂浜に転がされてからは脱いでしまっている。
「君も混ざってくればいいのにー」
「死ねって言ってるんすか」
「あれ、マロウさん。他の師団のかたと一緒に帰ったんじゃなかったんですか?」
あと2人の師団員は今朝、副長ずるいずるいと愚痴を溢しつつ帰国している。
「団長がねー、ちゃんと連れて帰ってこいってー。シアちゃんと何処かにしけこむんじゃないかって、気が気じゃないんだよー」
「しけこむって・・・・」
「うわっ!」
トーヤの声に組手をしていた2人を見ると、ヴォルクの蹴りをジズが顔の前に組んだ腕で受け止めたが、そのまま海へ吹っ飛ばされていた。
びしょ濡れになったジズが海からあがってくると、2人もこちらにやってくる。どうやら休憩するようだ。
いつも通り涼しい顔のヴォルクに飲み物を渡すと、髪をかきあげてふぅ、と息をついた。
「ふふ、さすがにヴォルクも少しは疲れた?」
「最近あまり動かしてなかったからな」
「これだよ、ったく。常日頃、実戦で動かしてる筈の俺がなんでまだ勝てねぇかな」
ジズにはタオルと飲み物を渡すと、がしがしとタオルで頭を拭いたあと、拗ねたように頬杖をついて座った。
「ガッシュに前、ジズさんより強いって話してたの、本当なんすね。つかなんすか、2人ともその
カラダ」
「君、剣士だっけー。自信喪失しちゃうー?」
「・・・・鍛え直そうと今誓ったっす」
あははは、前向きーとマロウが爆笑している。
「ジズの場合は、そもそも教えたのが俺だからな。癖がわかる分、有利ではあるが」
「んだよ、それにしたって大して息もあがってねぇだろが」
「お前は飛ばしすぎなんだ」
ジズとヴォルクのやり取りをトーヤが食い入るように見ている。
「そんな珍しい?トーヤ」
「だいぶ。オレはいつもジズさんに教えてもらってる立場なんで。言い方悪いっすけど、ジズさんが
子供っぽく突っ掛かんのなんて初めて見たんすよ、ビックリっすよ。珍しいっつーか、信じらんねっつーか」
「ふふふ。ジズがかわいいのは昔からなんだけどね」
「っシア!!!」
「ふふ、内緒にしてあげてね」
「・・・・・了解っす」
人差し指を唇にあてたシアの、前屈みになったワンピースの襟元から覗いた白い肌の生めかしさにドキリとしつつ、直後に2方向から刺さった視線の鋭さに、トーヤはひょえっと竦み上がった。
マロウの面白話などを交え、食事や会話に花を咲かせたり、強制的に参加させられた組手でトーヤが2人ともからぺしゃんこにされたりと、賑やかで穏やかな時間が過ぎていく。
草臥れたトーヤは浜辺にのんびりと寝そべったまま、波打ち際ではしゃいでいるシアと、その隣のヴォルクを何とはなしに見ていた。
「ヴォルクさん、師団服の下にあの筋肉が隠れてるとか、マジでズルいっすよね」
「使うのはシアの為限定だけどな」
「徹底してるよねー」
何を見つけたのか、屈んで海の中に手を入れたシアがよろめいたが、慌てる様子もなく腕1本でシアを支えている。
手にした何かを、ヴォルクにどうだとばかりに見せているシアに向けらたのは柔らかな微笑だ。
「あんなのシアさん、よく直視できるっすよね。
女子じゃないっすけど、クラリときそっすよ」
「シアは見慣れてっからな」
「ほんと、シアちゃんと一緒にいると飽きないよねー。あ、ジズ君、今度師団の詰め所にシアちゃん寄越してよー」
「・・・なんでだよ」
にやり、と笑ったマロウは悪びれることもなく「面白そうだから」とのたまった。
「ヴォルクの了解がとれたらな」
「えー、それじゃ楽しさ半減だよー。うーん、何か良い口実考えておくね!んじゃ自分はそろそろお暇するねー」
団長にヴォルクの事を頼まれたんじゃなかったのか、と首をかしげたジズに、シアに帰国の日をずらさないようお願いしたから問題ないのだと言って、あっという間に姿を消した。
「あれ?マロウさんは?」
海から帰ってきたシアが不思議そうにしたが、どこかに潜り込みにいったんだろ、とヴォルクは当たり前のように話す。
「それ、どうしたんだ?」
両腕に抱えていたのは沢山のキラキラと輝く青い石だ。
「それなんすか?」
「精霊の密珠というものだ」
「みつたま、っすか?」
「気に入った奴にあげるっつー、飴みたいなヤツだろ?ほんの少しだけど精霊の力が籠ってるってやつ。で?」
困ったようにシアがヴォルクを見上げる。
「波打ち際で1つ見つけて、綺麗ねぇって話してたら、いつの間にか足元に沢山あって・・・」
「・・・貢ぎ物かよ」
「貢がれてっすねー」
「そんなんじゃないよ、もう!」
ほら、とジズが差し出したバスケットの中にざらざらと密珠をいれる。
「あの子達なりの礼だから受け取っておけってヴォルクも言うから」
・・・お返しにちょっと精霊唄を詠った。そしたら
無言でバスケットを取ったヴォルクが、シアの倍の量をざらざらと入れる。
「・・・おい。貰いすぎだろ」
「知らん、シアに言え」
「あんなに集まってくるなんて思わなかったのー」
無くなった食料の代わりに密珠がぎちぎちに押し込められたバスケットは異様に重たい。
「ううううぅ。余計なことしてごめんなさい」
「いいんじゃないんすか?ここで世話になった人たちにくれても良いだろうし、土産にしても・・・・いいっすよね?」
「精霊術を使わない者にとってはただの綺麗な珍しい石だ。くれてやっても問題ない」
「ったく。良かったなシア、珍しい土産ができて。んじゃ寒くなる前に宿に帰るか」
陽が傾き始めると海風が肌寒い。
ヴォルクの上着を羽織っていたシアがぶるりと震えたことに気が付いたジズが、自分の上着もシアの肩にかけた。
宿に帰ってからパウラに密珠をいくつか渡すと、あら珍しいわぁと目を丸くしていたので、たんまりあることは伏せておく。
明日はトーヤもジズもそれぞれ別行動で町中を散策したり、店を見て回るのだという。
部屋で湯浴みをしたシアは、ベッドの上でヴォルクに濡れた髪をタオルで丁寧に乾かしてもらう。
ヴォルク自身はあっという間に魔法で乾かしてしまうのだが、なぜかシアの髪だけは、とんとんとタオルで挟んでは丁寧に乾かしていくのが常だ。
時間はかかるが、そのぶんゆっくりと2人でいられるのでいつもヴォルクに任せてしまう。
「今日すごく楽しかった。また来られるかな」
「望むならいつでも連れてくる」
後ろに倒れこむように、ヴォルクの胸に頭をこつ、とあてる。
「どうした」
「魔女の名継の試験の筈だったのに、最初っから最後までみんな私を甘やかしすぎよ」
「それに気付いたうえでの対応が見たかったんだろ。なんだ拗ねてるのか?」
「違うけどもー」
そのまま下に頭をずりずりと落としていくと、苦笑しながら乾いた髪が絡まないように、シアの頭をヴォルクの足の上に乗せてくれる。
膝枕をしてもらいながら、腕をヴォルクの頬に伸ばすと、その手を取られ唇を寄せられる。
「試験だなんだと、あまり気にしなくて良い。体面的なもんだからな。今回はシアらしい対応だったと思うが?」
「むー。うー、わかった。もう拗ねるのやめる」
「余計なことが考えられないように手伝うか?」
「っほあっ」
ぐっと腕を引っ張り上げられ、気がつけばヴォルクの上に向かいあいに座らされている。
「ん、ん、、」
啄むような軽い口付けをしながら、背中から腰にと蠢く指に、ふぁっと口を開けると、待っていたようにぐっと深くなる。
「・・・・シア」
「ん、んぅ、、はっ。な、なに?」
腰を抱く手も頬に添えられた手も、どこもかしこも熱いのに、真っ直ぐに見つめる金の瞳はどこか不安そうだ。
「マナの調整に俺の魔力を全部あてる必要は、もうないんだ」
ここに、と触れられたのはシアの下腹部。
「・・あ」
「魔力として全て変換する必要はない。けど、もう少しだけシアを独り占めしていたい。・・・子供は正式に婚姻を結んでからでもいいか?」
今までずっと、ヴォルクから注がれるものは魔力に変換してきていたのだ。
子供、の単語にかぁっと顔が赤くなったが、恥ずかしがっている場合ではない。
「ヴォルクは自分の子供、作るのいやだったんじゃないの?」
「そうだな。自分がどうやって出来たかを知っているからこそ、こんな血は残したくなかった。だが、シアの子供なら見てみたい」
おかしいだろうか、と眉を寄せるヴォルクが愛おしくてぎゅっと頭を抱え込む。
「おかしくないよ、嬉しい。私の子供、じゃないよヴォルク。私とヴォルクの半分こずつ。良いところも悪いところも半分こずつ。だから2人の子供、ね?」
「・・・そうだな」
「式のドレスが変更になっちゃうとおじ様が泣いちゃいそうだから、頑張るのは式のあとにしようね。それでも授かり物だから、出来なくてもヴォルクがいればわたしは十分幸せだよ?」
ほわり、と気の抜けたような柔らかなヴォルクの笑みに、つられてシアもほにゃりと笑った。
「大好きよ、ヴォルク。ちゃんと考えて、ちゃんと伝えてくれてありがとう」
もう一度、大好きだよと鼻先にキスを落とすと視界が反転し、ベッドに沈められた。見下ろしてくる笑顔は先程とうって変わった妖艶な笑みだ。
「あ、あれ?」
「なら心置きなく」
とりあえず何かを踏み抜いたらしい。
駄々漏れになった色気にあてられながら、やっちゃったなとから笑いするが、あっという間にそんな余裕もなくなったのだった。
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