第55話 海の唄歌い4
派手な青いドレスに綺麗に結い上げられた髪。
灰色の飾り気のないワンピースにうなじで結んだだけの髪。
纏う雰囲気が正反対の双子の姉妹は向かい合う顔だけは鏡写しのようにそっくりだ。
唖然と姉を見る妹の様子にたまりかねて、シアは
口を覆うヴォルクの手をどかして声をかけた。
「贄となった人達を検分してもいいでしょうか」
「どうぞお好きに。妹と私はここで待っておりますので」
「い、いえ、姉様。私も行きます」
ドレスをくしゃくしゃに握りしめ、挑むように顔をあげた妹の姿に姉は興醒めしたように「お好きに」と手を振ったが、別行動は困ると結局皆で移動することになった。
波の音がする。随分下まで降りてきたようだ。
こちらです、と示された場所は大人10人程度が入れる大きさの岩をくりぬいたような空間で、奥に祭壇らしきものがあった。
「ここで祈りを捧げております。この場所以外に部屋はありませんが、遺体などどこに」
「この奥です」
師団員が祭壇の裏にまわり岩壁の窪みに手を当てる。
「か、壁が消えた??」
「魔力感知型の仕掛けですよ。妹君はご存知なかったようですね」
その空間は酷く澱んで見えた。
先程より広い空間には大きな祭壇があり、その周りに薬瓶や様々な種類の道具が乱雑に置かれていた。
「この木箱です」
「え」
人間が入るには明らかに小さい箱が隅に10個ほど
置かれている。
そうだ『折り畳まれ』と言っていたではないか。
「検分されるのでしょう?どうぞ」
挑むように姉ににこりと微笑まれ、青い顔のまま一歩踏み出したシアをヴォルクが引き留めた。
「やめておけ」
「でも」
「どきなさい、私が確かめます!」
シアを押し退けるように木箱の蓋を開けた妹は、絶叫して尻餅をつき その場に嘔吐した。
「あらあら。どうしたのベルリアナ」
「あぁ、あ、ぁあ」
それまで黙っていた領主は木箱の中身を確かめると、くぐもった呻き声をだし、すべての木箱を黙々と開けていった。
「レーベルガルダ殿。見なかったことにしていただくわけにはいきませんか」
「我々には報告の義務がある。無理な相談だな。で?遺体に見覚えがあるようだが?」
領主はがくりと膝をついて顔を覆った。
「遺体はベルリアナの取り巻きの男と、アリアナの婚約者だった男です。こんなところにいたなんて・・・アリアナ、なぜこんなことを!!」
「この2人は無礼がすぎたのです。・・・そうですね、事の始めは私の婚約話からでしたわ」
昨年、沖合で起きた海賊と海軍との大掛かりな戦乱が原因で、海がひどく荒れ、漁量が例年の2割ほどになってしまっていた。だが、この領だけは戦火の余波がどこにも現れなかったのだ。
不審に思った近隣の領主が探りを入れたが、のらりくらりとかわされ、息子が余っていた2つ隣の領から半ば強引に婿入りの話が持ち上がった。
「この男は秘密を探りにきたことも、本当は婚姻が不本意であることも隠そうとすらしませんでした。だから私が精霊の愛し子であるからだと教えてやったのに、よりによって狂言者呼ばわりしたのです」
秘密を暴いてやると息巻き、そしてこの洞に目を付けた。
「馬鹿な男です。夜中などに忍び込むから、入り口の仕掛けもわからず、狭い隙間を無理やり抜けてそのまま階段を落ちたのです。朝、祈祷に来たときに死んでいるのを見つけました」
姉は両手を広げ祭壇のほうをうっとりと見た。
「この部屋は母が用意してくれた私だけの祈りの場です。愛し子である私が精霊との対話に集中できるように。そして、ここでお告げをうけたのですよ」
『贄を5つ。これより荒れる海を宥めてやろう』
その1週間後、船上で溺死事件が起こり始めた。
精霊の告げた荒れる海とはこの事かと感動し、畏れ多くも差し出された助けの手を掴むために躍起になった。
「贄がようやく5つ用意できたのです。これでもう海を騒がす事件は解決しますよ」
にこりと笑う姉に、シアは静かに話しかけた。
「妹さんのお友達はなぜ贄に選ばれたのですか」
「妹を好きだと言っていたのに裏切ったからよ。
唄歌いなんて化物と結ばれようとするなんて酷いでしょう?だから2人目の贄に選んだの。他の贄も、町で暴れたり犯罪行為の目立つ人だちばかりよ」
皆、いなくなって喜んでくれるでしょう?とかけらも悪気はない。
「氷漬けにしたのは腐敗を防ぐためか」
「ええ。それに船で海に持っていくには小さな箱にいれないと無理でしょう?さあ、もういいでしょう?これ以上騒ぐと精霊に怒られてしまうわ。お引き取りくださいな」
「悪いがもう少し場を借りたい」
顔色の悪い妹と不思議そうにしている姉を師団員にあずけ少しずつ遠ざけると、ヴォルクはシアを伴って領主に向き合った。
「贄だという箱の中身が、行方不明の商人の子息と溺死事件の発端の男だろう。これで解決でいいか」
「・・・お恥ずかしいかぎりです」
「領主様、いくつか質問をいいですか?」
「なんでしょう」
ゆるりと顔をあげた領主はすっかり老け込んでしまったように見える。
「精霊の愛し子、とはなんですか?」
「半年ほど前に他界した妻があの子をそう呼んでいたのです。アリアナの魔力の高さは妻譲りなのですが、妻は魔力の高い子供は魔女に拐われてしまうと思い込んでいたのです」
「パウラさんがいることを、奥様もご存知だったのですね」
領主は、あなた方もご存知なのですね、と目を見開いた。
「魔女殿のことは領主一家にのみ代々伝わっています。無礼がないように、そちらの港にはあまり近づきませんが、魔女殿の恩恵で港で魔物が出ることはなく、大きな事件も起こりませんので感謝するばかりです。だというのに、妻は異様に怯えておりました」
魔女など魔物と大差ないのだと。魔力の高さを知られてはならないと苦肉の策だった。
「アリアナが魔力を使うと、刷り込みのように精霊の愛し子の力だと言って聞かせておりました。アリアナも、魔力はさほどないベルリアナも信じきっていたはずです」
「対話してるという精霊の言葉を聞いたものは他にはいるのか?」
ヴォルクの問いに静かに首を横にふる。
「領主様、私は魔導士ではなく、精霊術士です」
はっと顔を上げた領主はすがるようにシアをみた。
「残念ながらここには、何も。何もおりません。私は海の上位精霊にここの淀みを浄化するようにと言われて来たのです」
「淀み・・・」
「魔法や魔術は規則や手順などが必要なものが多くあります。呼称を歪め手順を踏まず、力任せに放てば捻れが生まれてきます。捻れは澱みを生みます」
アリアナはきっと、ずっと前から不調を感じていたはずなのに、誰にも言えなかったのだろうか。
「澱みの中に長くいると、精神に変調をきたす場合があります。失礼ながらお嬢様に医師の治療が必要かと」
ああ、と崩れ落ちた領主と娘二人を師団員に預け屋敷に連れ戻させると、ジズが大きな麻袋を担いでやってきた。
どすん、と置いた袋の中身は金貨や宝石だ。
「船に山盛り積んであったぜ。これ盗難品だろ?」
「長女の死んだ婚約者の仕業だろうな。なかなか秘密が暴けない腹いせか、もともとの手癖の悪さだろう」
「船が頻繁に入ってきてたらしいから、前々からだろうな」
「シア」
今は蓋がしまっている木箱を見つめていたシアは、哀しみの表情から一転し、心配そうな2人にまっすぐに向き直った。
「氷を溶かして海に流せば、自然と声は唄歌いに戻ると思うの。澱みもここで私が浄化できる。でも領主一家がこのまま立ち直れなくなったら、この領は沈んでしまうかもしれない」
「そんなことまで心配する必要はない」
確かに今の領主がダメになっても新しい領主が来るだけだろう。けれど
「その人は魔女を受け入れてくれないかもしれない。私はパウラさんの負担を増やしたくないの」
「何するつもりだよ、シア」
「浄化は妹さん主体となって、領の皆にも手伝ってもらう。『精霊様』なんかじゃなく、自分達のちからで海に感謝を捧げ、清めるの」
時間はもうすぐ昼。約束の時間まであまりない。
日没までに何ができるか。
「お願い。ヴォルク、ジズ。手伝って」
ぽす、と頭に置かれるジズの手の温もりが頼もしい。
「いくらでも、っつったろ?」
「とりあえずここは封印しておく。ジズ、トーヤを一旦呼び戻せ。妹のところでいいか、シア」
当たり前のように抱き上げたシアを覗き込んだヴォルクの首にぎゅっと抱きつく。
「ありがとう」
酷く憔悴した様子の妹と領主にジズが渇をいれ、無理矢理話し合いの場につかせる。
「お姉様は医師から鎮静剤を打ってもらって今は寝ています。魔導師団のかたもついていますから安心してください。お二人にはこれからやっていただきたいことがあるんです」
のろり、と顔を上げた妹ににこりと笑う。
「ベルリアナさん、貴女に海の精霊に感謝を捧げ穢れを祓ってもらいます」
「また精霊なの!!いやよ!私にそんな力はないのよ!今までだって姉様の指示があったからその通りにしていただけなのよ・・・」
言葉尻のすぼんだ妹に、私がサポートします、とシアが微笑む。
「だったら貴女がやればいいじゃないの!」
「私はずっとここにはいられません。手助けも今回限りです。だからこそ、貴女が主体となって領のみなさんの力を借りるんですよ。」
「結局なにするんすか」
「祭事をします」
溺死事件、行方不明事件などたて続いた不幸を悼み、浄化する。そして変わらぬ恩恵をもたらしてくれる海に感謝を捧げる。
「領民への説明はそんな感じで曖昧で良いです。ただ、発案はアリアナさんということにしてください。トーヤ、出来るだけ沢山の人に触れ回ってほしいの」
「わかったっす。場所は港っすね?領主さん、人手借りれるっすか?」
「あ、ああ。すぐに手配をする。だが、日没までなんて大丈夫なのですか」
心配そうな領主に、頑張ってください。と笑いかける。
「来年もここの領主でいたいなら死ぬ気で頑張ってくださいね」
「シアさん怖いっすよー。んじゃ時間もったいないんで!」
トーヤに手を振り、まだ青い顔の妹に向き直る。
「今回は印象付けるため、魔導師団や私たちで派手目に演出します。貴女は役割を堂々と演じてください」
「私にまた傀儡になれと言うの!皆を騙すのはもういやよ!!」
「いいえ、なりきってください。いずれそれが本物になります」
シアは妹の手をぎゅっと握る。
「お姉様は少し休息が必要です。安心してお休み出来るよう、貴女の力が必要なのです」
「わ、わたしの」
「唄歌いの声などなくても、貴女は船乗りたちは勿論、領民に慕われているでしょう?それも立派な貴女の魅力という力です。大丈夫、できます」
「・・・・・はい」
残り時間はあと少し。
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