第53話 海の唄歌い2
まだ朝日が昇り始めたばかりの早朝だというのに
昼間のように賑やかな食堂は、一角だけ周りの喧騒から切り取られたように別空間が広がっていた。
大きなあくびをしながらやって来たトーヤは、その異様な光景にぎょっとしつつ、自分もそこに入らなければならないのかと天を仰いだ。
魔女の経営する宿には色々な客がくる。
それこそお忍びでやんごとなき立場の人も来たりするが、魔導師団の全身を覆い隠す黒い団服の集まりは、海辺の宿客として違和感が半端ない。
そのうえ、1人はほわほわのピンクの髪の美少女で、琥珀色の優しい顔立ちのイケメンと、同じ生き物と思いたくない金の瞳のイケメンに代わる代わる口にご飯を運ばれている。
少し離れた席にいる師団員が何事もないようにお茶をしているのもどうなのだ。
他の客がよく騒がないな、と思ったら、認識阻害の術式をたちあげているらしい。
「いちゃつかなけりゃ良いだけじゃないんすか」
「副長はいちゃついてるつもりはないんだよ」
「あれ、3人とも普段の行動過ぎて周りからどんな目で見られてるかわかってないんですね」
お茶をしていた師団の2人が、何かを通り越して感心したように話しかけてきた。
「んじゃ何のために認識阻害かけてんすか」
「副長は常々かけてるからなあ」
「無意識です、無意識」
トーヤに気付き、話し掛けようと開いたシアの口にフルーツが放り込まれ、犯人のヴォルクを睨み上げながらもぐもぐと動かしている。
絶対トーヤが来たことには2人とも気付いているはずなので、敢えて割り込まず、今のうちにカウンターで頼んだ朝食をかっこむことにした。
直近で事件のあった船に案内してもらい、魔力証跡を調べる魔導師団員の横で、シアも波間に顔を出した精霊に話しかけていた。
証跡調査は小さな漁船なのであっという間だ。
「副長、やはり何も残っていませんね」
「シア」
「昨日の推測通りかな。それにしても今日はお祭りかなにかあるの?すごい人混み」
こちらに来ないように警羅隊が阻んでくれているが、身を乗り出す勢いで覗き込む人の半分は若い女性で、いやにめかし込んでいる。
「魔導師団なんて超エリートのうえ、ヴォルクさんとジズさんは顔もいいっすから」
「あー、なるほどー」
先程話をしていた小さな精霊たちは、海の中がザワザワしていると怯えていた。
もう少し高位の精霊に話を聞ければいいのだが、こんなに騒がしいと出て来てはくれないだろう。
停泊しているものの、波に揺れる船に少し酔いはじめたシアを見越して、ジズが抱き上げて地面に下ろすと、悲鳴とも歓声ともとれる高い声が響き渡った。
と、もうひとつ。
「やっほぉぉ、シアちゃぁぁあーん」
手を振る三つ編み眼鏡の街娘。深緑色のエプロンドレスが風になびくとペチコートのレースがチラチラと見える。
「誰だ?」
「マロウさんだよ、ジズ」
「は?」
「えええええ!!」
時は遡り昨夜のこと、領主館から帰ったヴォルクたち魔導師団員から、ジズとトーヤの部屋に集合がかかった。
「調査を始める前に事件の認識を共有しておく。
溺死事件が起こり始めたのは2ヶ月前から、既に8件だ」
いずれも船上でのことで、人の目のない一瞬の出来事で、中には異変に気付いた船員が助けようとしたこともあるが、為すすべなく事切れたらしい。
「溺死だとわかったのは体を覆う水の膜があったからですね。粘度の高い膜で死後2日は残ったと」
「被害者は皆、20代前半の痩せ型の男です。原因の水の膜から魔法が関連している可能性が高く、街の警羅隊では対処できない、とギルドに調査依頼をしたようです」
今回同行している魔導師団の2人からの言葉をうけ、トーヤが首をかしげた。
「魔法が関連してると断定じゃないんすね」
「そのくらいもわからないのか、と警羅隊を責めないであげてくださいね」
「トーヤ。バナキヤでは自警団はもちろん、街の人も魔法を使えたり割りと身近だけど、他国ではそうじゃないのよ」
「あ」
魔法大国の王都であるバナキヤの基準がちょっと
おかしいのだ。他国では簡単な生活魔法以外を使えれば、特別な役職に就ける程なのだ。
「そしてもうひとつ。行方不明事件のほうだが被害者は港に立ち寄った他領の商会の息子が3人だ。いずれも大きな商会の跡取りの為、非難と捜査の催促が激しくなっているようだ」
「魔導師団に依頼がかかったのはむしろその商会の催促があったからじゃないか?」
「おそらくな。後ろ暗いことが多い商会ばかりのようだ、捜査にしろ自国の役人を通すには不味いことがあるんだろう。溺死事件がある今、そのついでとして俺たちに捜査してもらえるとふんだのだろう」
・・・魔導師団にバレるのはいいのかしら
「溺死事件のほうは追加情報がある。ジズ、シア、皆にも洞窟での報告を」
ジズと顔を見合わせたシアは、つい数時間前の出来事を思い出し遠い目をした。
「子どもサイズの魚にお願いされて・・」
「・・・・・・・・・は?」
「はっ!ごめんなさい。えっと、パウラさんのお薦めで日の出の洞窟って観光名所に行ったんだけど、途中で精霊たちに頼まれて、話を聞くことになったの」
光たちが先導した場所には、人語で意志疎通できる魚の姿をした精霊がいた。
・・・・打ち上げられビチビチはねていた超巨大魚だ
「海の唄歌いの声を取り戻してほしいって」
人間の男と恋仲になった唄歌いは、婚姻を約束し、種族のしきたりにのっとって、声を半分男に託した。
お返しに男は婚姻までの30日、毎日欠かさず1つずつ貝を拾いネックレスをつくる。そして唄歌いにネックレスをかけてやることで婚姻が成立する。
「20日間は毎日、海辺で男は貝拾いをしていた。が、その後ぱたりと姿を見なくなった。約束を反古した代償に預けられた声は呪いとなり、男が死ぬと声は唄歌いに返ってくるらしいんだが、待てども待てども返ってこない」
「その男の人、若い漁師だったらしいの。精霊たちの話から推測すると20代前半頃みたい」
哀しみ嘆く唄歌いのために、仲間たちが手当たり次第に探しているが見つからない、と。
「シア、唄歌いの説明を」
「はい。海の唄歌いは正しくは妖精と精霊の亜種です。その歌声は漁師にとって吉兆の前触れで、嵐を報せるとも嵐を起こすとも言われています。
遭難船を先導したり、天候を教えることはあるけど、実際は悪戯することのほうが多いかな」
そして精霊にしては珍しく異種族を伴侶にする。
「伴侶となると与えられた半分の声を糧に、1年をかけ徐々に精霊化するの」
「人間やめちゃうんすか」
「精霊化したあとは水中での暮らしだから、体のつくりから人間ではなくなってしまうんじゃないかな」
師団員のひとりが控えめに挙手し、質問をいいかとなぜかヴォルクに聞いている。
「唄歌いの声は人間が利用できるのですか?」
「私たちが持つ魔力とは違い、力としての授受は不可能なんです。けれど歌声に天候を左右する力があるのだと海辺では信じられているので、利用できると勘違いしてる人は多いと思います」
「シアさん、やっぱり博識っすね!」
パン、とヴォルクが手を打つ。
「領主の娘で派手ななりのほうが、自分には海も思いのままにできる力があるのだと嘯いていた」
「そうそう、副長すごい迫られてましたよね、いた!」
「バカ、余計なこと言うな!!」
ヴォルクから視線を向けられ青褪めた師団員たちにトーヤがカラカラと笑う。
「やっぱ、団員さんでも怖いんすねー」
「お前も黙ってろ。つまり、唄歌いの声は何らかの方法でその妹が手に入れたってことか?」
「いや、断言するには足りない。姉のほうは俺たちとの直接の接触を避けていたが、妹の動向を監視し時折目配せをしていた。なにかはあるだろうな」
溺死事件のほうはおそらく海の唄歌い関連の精霊の仕業だろうと、まずは直近の事件のあった船の調査からになったのだ。
近くまでくるとスカートを持ちあげ、ペコリとお辞儀した三つ編み眼鏡の街娘を、トーヤが食い入るように見ている。
「あははは、シアちゃんすごーい。大正解!」
「え、本物っすか。え。マロウさんって男・・・」
「これこれ、こーゆう反応がみたいのにさー、シアちゃんにはバレちゃうんだよねー」
遮音の結界を立ち上げるとヴォルクが一言
「報告を」とだけ言った。
「副長ぉー。自分は今回、この依頼はついでなんだよー。本命はエンタートでの種蒔きなんだからー。えっとね、唄歌いと恋仲になった男は妹の取り巻きだったみたいよー。歌声を手に入れるため男を差し向けたってところかな」
つまり、唄歌いは騙されてたんだよ、という言葉にシアはあれ、と思う。
「でもはじめのうちは毎日貝拾いしてたんだよね?騙すなら、その必要はないんじゃないかな」
「さあねぇ。その男の消息は現在不明。個人的意見だと死んでるかな」
けれど、歌声は返ってきていない。
「マロウ、姉のほうは?」
「あの家族で1番魔力保有が高いけど、それを周りは知らないみたいだよー。わからないのか、わからないようにしてるのか。怪しいのは姉と領主だねー。婚約者がいたけど行方不明事件の最初の一人だよー。商人じゃなく、2つ隣の領の領主の次男だね。で、最近やたらとその領の船が入ってきてるみたいよー」
なんとも中途半端な情報に内心シアが首をかしげていると、手助けはここまでね、とマロウがパチリと片目をつぶった。
幾つの仕事を掛け持ちしているのか、この後は違う街に行くと言う。別れを告げて走り去るマロウのスカートが翻り、チラリと見えたペチコートにトーヤがショックを受けている、が、そっとしておく。
「トーヤ、姉の情報をなんでもいいから集めろ。
わかった事は随時式鳥で報告」
「了解!行ってくるっす」
「お前たちは街全体を広範囲で魔力探索。淀みや濃度が偏った場所を探せ。異変を報告しろ」
「「は」」
「シアは・・・どうする?」
そうヴォルクがシアに委ねるのは、今回がシアの名継の試験でもあるからだろう。
溺死事件はおそらく皆、精霊の仕業。
だからこそ、残留魔力はないのだ。
彼らは悪意をもって人を殺めているのではない。
ただ探し物をしているだけなのだ。けれど
「探している歌声を見つけないと根本的な解決にはならないけど、ひとまず精霊たちに気を鎮めて貰おうと思うの。唄歌いの嘆きは波を揺らし、彼らの精神も揺らすの。だから今は小さな子達もすごく不安定で、手当たり次第に外見の似ている人を手にかけてしまっているんだと思うから」
「何をするつもりだ、シア」
「私の唄声を擬態をさせて、安定剤がわりに一時的に貸すの」
ジズの視線が険しくなる。
「危険じゃねぇのか」
「私に反動はないよ。でも良くて半日が限度。それ以上は擬態がとけちゃう」
「今からだと日没までだな。すぐにできるのか?」
「できる。けど場を作るのにヴォルクの力を、擬態のための用意にジズの力を借りたいの」
「「いくらでも」」
差し伸べられた2人の手にそっとシアの手を重ねる。
「とっとと解決して初国外を満喫しなきゃな」
「同感だ」
頼もしい2人と一緒だからこそ。
「よし!じゃあ計画を話すね」
自分の力を安心して発揮できるのだ。
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