第52話 海の唄歌い1


「わ!見た見た?今、魚が跳ねたの!」

「きゃ、しょっぱ!本当に川の水とは違うんだね」

「今、波間がキラキラ光ったの!ちょっと見てく、うぶっ」



「ったく、落ち着けって」

「走ると転ぶっすよー、って遅かったっすね」


初めて走る波打ち際の砂に足を取られ、見事に顔から転んだシアをジズが抱き起こし、すっかりびしょ濡れになった姿に呆れたように息をついた。


「急がなくても逃げやしねぇから、ちょっと落ち着けってシア。そんなで明日からの任務、参加できんのか?」


シアもさすがにはしゃぎすぎた自覚はあるので、照れ笑いしつつ、濡れたスカートの裾をぎゅっと絞った。


「初めて見るものばっかりだったから、つい・・・そのトーヤもごめんね?」

「んや、オレはシアさんのおみ足拝めたんで、ってぇ!!」


トーヤに落とした拳骨の手をプラプラさせたジズは、シアの手をとり繋いだ。


「ふざけたこと言ってんじゃねぇわ。シア、本当にヴォルクたちと一緒にいなくてよかったのか?今回は魔導師団の外部協力者ってことになってんだろ」

「そっすよー、領主直々の出迎えは驚いたっすけど、ご馳走とかあったっすよ、きっと」


街の入り口まではヴォルクほか2名の魔導師団と一緒にきたシアだったが、出迎えの領主一行を見たヴォルクが後続で来ていたジズにシアを預けたのだ。


「偉い人に囲まれちゃったらご馳走も味なんてわからないよ、トーヤ。それに、私を離したヴォルクの意図はなんとなくわかるから」

「あー。男ばっかの魔導師団にシアさんが入ってたら興味持たれそうっすしね」

「領主の目的はヴォルクと接触を持つことだろうしな。変にシアに絡まれても面倒か。んじゃ俺らはパウラさんとこに顔出しに行くか」




砂浜の歩を進めるたびに、きゅるきゅ、と鳴る不思議な砂の音に口許を綻ばせ、改めて異国にいる事を実感する。


ここは数在るエンタート共和国の中でも交易の多い、屈指の港街だ。


商船がズラリと並ぶ船着き場は、日に焼けた屈強な体躯の者たちが交わす大きな声と、負けずに張り上げる商売人の声、旅人の歓声などで大にぎわいだ。


異種人種が集まるバナキアとはまた違う賑やかさで、シアは離したら迷子必須だと言わんばかりに掴んでいるジズに手を引かれながら、潮の匂いや空の抜けるような青さに心を弾ませた。





「あー、きたきたシアちゃん。もう遅いよー」


大通りに面したパウラの宿は、1階が食堂になっており、昼をだいぶ過ぎたにも関わらず、たくさんの人で賑わっていた。


「誰だあいつ、シア知り合いか?」


食堂のカウンター席から手をふって呼び掛けているのは、薄茶の髪のヒョロリとした見覚えのない男だ。


「・・・・・こんにちは・・・マイクさん?」

「あはははは、やっぱりわかるんだぁ!すごいすごい!!でも、ここではマロウって呼んでねー。

で、服びしょ濡れだけど、どうしたのー?」

「・・・ちょっとはしゃぎすぎマシタ」



ジズとトーヤにマロウの紹介をすると、ジズは隠すことなく胡散臭げな顔をした。


「師団の諜報部が動くような案件じゃねぇだろ?」

「今回の応援要請はここの領主判断みたいでね。国を通してない分、行動に制限がかからないからね。いろいろお仕事抱えてきたんだよー」

「師団への応援って、国家間の要請じゃないんですか?」


魔法大国イシェナルの魔導師団といえば、魔法関連のスペシャリスト集団だが、所属はあくまで国だ。

領主程度が他国の戦力を引き入れても問題はないのだろうか。


「多分ね、ここにアタシがいるからなのよぉ」


襟繰りの大きく開いた、真っ赤なワンピースに小麦色に焼けた豊満な体を押し込んだパウラは、カウンターに集まったシアたちに、食堂の奥の席へ移動するよう案内すると、指先をパチリと鳴らした。



「わぉー!魔女の結界、初体験だぁー」

「あらぁ、さすが魔導師団の子ね。遮音の結界しかかけなかったのに、認識阻害もかけてくれたのぉ」



お店の子が運んできてくれた飲み物は、パチパチと泡の弾ける海の色で、下に黄色いゼリーが入っていた。


「わぁ!綺麗です!!」

「シアちゃんだけ、うち特製のスペシャルジュースよぉ。で、さっきの話だけどね。アタシが魔女ってことを領主は知ってるのよぉ。だからきっと魔女に興味を持って依頼をうけるとふんだのと、仮に魔導師団に何かされても対抗できると思ってるのねぇ。まさかアタシと魔導師団に繋がりあるとは知らないだろうからぁ」

「パウラさんに話がこないのは魔女の制約があるからですか?」

「なんすか、それ」


ジョッキに入った発泡酒を一気に飲み干したトーヤにパウラがにこりと微笑む。


「いい飲みっぷりねぇ!魔女はねぇ、特定の国の政治介入はだめなのよぉ」

「へぇ。つまりこの事件は政治的な思惑が絡んでるってことっすか?それなら余計、他国であるうちの魔導師団に依頼するのは変っすよね。受けた魔導師団もヘンすけど」


「トーヤ君だっけ、キミ案外賢いねー!」

パチパチと手を叩くマロウと、なぜか照れているトーヤに白い目をむけたジズはため息をついた。


「師団側が受けたのは、さっき話してた諜報活動のうまみがあるからだろ。依頼をうけた側だ、堂々と探り入れられるからな。領主は自国の上層には知られたくない何かがあるんだろうよ」

「あはは、結局あとで師団から国主宛に報告入れちゃうんだけどねー」





「それで、問題の現地は見てきたのぉ?」

「いえ、調査は明日からなんです」


実は、依頼のあった場所は同じ領内ではあるが、この1つ隣の港町なのだ。

領主館の立つ地だというが、ここよりも少し規模が小さい、漁を専門とした港なのだそうだ。


「シアちゃんは観光気分半分でいいんじゃなぁい?そのために護衛が2人もついてるんでしょお?」

「ふふ、師匠にもそう言ってもらいましたが、少しは調査もしないとかなって」

「シアちゃん。エッラーイ!そぉだ、この後予定ないなら日の出の洞窟に行ってみたらぁ?」


「日の出の洞窟?」

「はいはーい。マロウさんが教えてあげるよー」


マロウが胸元から地図を取り出しシアの前に広げた。

「ここが今いるとこねー。で、海岸の端に丘陵があるのわかる?ここ」

「そこに洞窟があるんだけどぉ、その中の海の水が輝いて見えるので有名なのよぉ」

「へぇ。観光名所なんですね・・・あれ、ヴォルクだ」



飛んできた黒紫の式鳥がシアの指先にとまると、ぴるるっと啼いた。


『シア、どうして服が濡れてるんだ』

「開口1番がそれかよ」

「ヴォルク、今夜はどうするの?」

『夜の晩餐までは面倒だが領主の相手をする。明日から纏わりつかれるよりはましだからな』


にやりとわらったマロウが「気を付けてくださいね」と口を挟む。


「領主んとこは2人とも未婚の娘ですからねー。クスリ盛られないようにー」

『お前はそこで何をしてる』

「シアちゃんにご挨拶をー。娘のうち1人は船員に女神だなんだって人気絶大な美人さんらしいですよー。喰われないように気を付けてくださいねー」

『阿呆か、仕事をしろマロウ。シア、遅くならずに帰るが、出掛けるなら必ずジズを連れていけよ』

「あいあーい。これから日の出の洞窟ってところに行ってくるね」



式鳥はシアの肩に飛び乗り、新調された首のリボンを確認するように啄むと

『ジズ頼んだぞ』と啼きぽわりと光になって消えた。



「すごいわすごいわぁ!ネリーの式鳥と遜色ないじゃなぁい。しかも術式強化に魔力充てるなんてぇ。なになに?こーゆうのいつもなの??」

「・・・わりと、はい」


・・・魔女から見ても規格外なんだ、ヴォルク



「パウラさん、領主の娘ってそんなに美人さんなんすか?」

「美人かどうかはおいといてぇ、派手な行動派な妹と清楚系な姉の正反対な双子の姉妹よぉ。妹は船に一緒に乗ると大漁になるなんて噂で、特に漁師には人気よぉ」

「パウラさんの個人的な印象は?」


「歪んでて美しくないわぁ」

「歪んでる、ですか・・・」


それ以上のことは教えてくれなかったが、つまり自分で調べるべき事なのだろうと礼をいって宿を後にした。



ギルドに顔を出したあと、トーヤは街を見て廻るというので、領主の娘の噂話と事件の情報収集を頼む。

マロウも『気が向けば有益な情報を流すねー』と、どこへ潜入するのか、またね、とあっという間に人混みに紛れた。



街の市場を物色しつつ、なぜか拐われそうになったりしたので、洞窟についたのは太陽が傾き始めた頃だ。



「来るまでに時間かかっちゃったね」

「他国だと余計にトラブルに巻き込まれんだな。

俺の見込みが甘かった・・・」


やれやれと肩を叩くジズには申し訳ないが、シアは少し楽しんでしまった。とはいえ、守ってくれるジズと、ここにはいないが守護をかけてくれてるヴォルクがいてこそだ。



シアたちが今いるのは、小さな黄色い花が群生している丘の端で、ごつごつとした岩山が傾斜を付けて海岸に向かって続いている。


その岩山に洞窟の入り口があり、そこを照らすランプに看板がぶら下がっている。

「日の出の洞窟、ここであってるみたい。一方通行で出口は下の海岸みたいだね。暗くなっちゃう前にいこう」

「シアが先に行くなよ。迷子になんだろ」

「なにおぅ」


看板の見取り図に書かれていた説明によると、波で削られた岩肌から輝鉱石があちこちに露出しており、岩肌がドーム状になっているため、光を乱反射した海面が日の出のように眩く輝いてみえるらしい。


岩の階段をゆっくりと下りていく。所々にランプが灯されており、薄暗くはあるものの足元がおぼつかない程の暗さではない。ましてや、シアにとっては他の光源もあるので明るい程だ。


「ここすごいよ、ジズ。下に向かうほどに精霊が沢山いるの」

「シアに纏わりついてるやつか」

「うん。水の精霊かな?初めて見る感じの子達ばっかりだよ」


初めまして、お邪魔します、と挨拶すると、むこうも興味をもったのか、そのうちいくつかがシアに意思を伝えてくる。


「・・・・ジズ。もうすぐ海面がみえるらしいんだけど、そこでちょっとお話したい子がいるみたい」

「・・・大丈夫そうなやつか?」

「なんか困ってるみたい。とりあえずお話し聞いてみたいの」



ジズでもはっきりと目視できるほど、シアを中心に辺りがぽわりぽわりと光る精霊だらけになっている。さすがにこれで無視はできまい。


まったく、どこでも何かを呼び寄せちまうなとため息と共に小さくこぼし、こちらを窺っているシアの頭をくしゃりと撫でた。


「聞くだけな」


ぱっと顔を明るくしたシアが階段を踏み外し、繋いでいた手を慌てて引っ張って抱き止める。


「・・・・・シア」

「き、気を付ける!聞くだけ、聞くだけにするから」



道案内をするように動き出した光の後を追い、ゆっくりと階段を下っていった。


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