第51話 魔女と石2


セージグリーンと灰白のいつもの部屋に落ち着きつつ、ジズは目の前の籠からクッキーを1つ口に放り込んだ。


シアが好きだという配色の部屋は、季節によってカーテンや細やかな装飾品を変えられており、そのどれもがシアの好みに合わせてある、タヌキが言うところの『娘の為の部屋』なのだ。



向かい合って座ったシアは、紅茶に口を付けつつ、今しがた話し終えたその反応を気にしているのだろう、ちらりと上目遣いをしてジズを見ていた。


「つまり魔血石の研究に携わってたのがシアの父親とエルネストで、奪いにきた魔女がヴォルクの母親。シアの両親は逃亡中にネリーと知り合って、その縁でシアも助けられたんだな。

エルネストはシアの父親を手に入れたかったけど、結界が邪魔だったから施術者である母親を殺した。それと、シア自身には悪感情は持ってなくてむしろ庇護者気取り、だと」

「多分。だからジズやヴォルクの力を試したって話してたの」

「んで?あいつは何にへこんでんだよ」


もう1枚クッキーを口に入れ、問いかけるとシアが困ったように眉根を寄せた。


「今更ながら、自分の執着具合が母親である魔女と変わらないって気づいたんだろうね」

「師匠」

「でも多分それだけじゃないんだろうがね」



どかり、とシアの隣に座ったネリーと、屋敷の主であるハロルディンは何事かを侍従に告げた後、ソファのひとつに腰を下ろした。


今日、レーベルガルダ邸に呼びつけた本人である

ネリーは、ジズに伝えるかはシアに任せると言った。

魔血石が関わる全てを共有するにはエルネストの件を省くわけにはいかず、けれどそれは危険との背中合わせだ。


知ったからこそ巻き込まれる危険もある。



「無理にあいつの心情や生い立ちまで暴くつもりはないけどな。俺は今まで通りにシアを守るから、知らないと対処できない事は教えろよって言ったんだよ」

「まぁ、ジズも今更知らんぷりするのは無理だよねぇ」

「あ、おじ様!エンタート行きの件って、どうなりました?」

「ヴォルクが来てから話すよ・・・っと来たみたいだね」



部屋の中に転移してきたヴォルクは師団服のマントだけ外すと、当たり前のようにシアを抱き抱えてソファに座った。


「おいこら坊主、狭いからこっち座るんじゃないよ」

「ヴォルクお仕事は?」

「まだだ。が、この話も仕事のうちだからな」


無視するとはいい度胸だと喧嘩腰のネリーをジズの隣に押し込むと、ちょうど全員分のお茶が運ばれてきた。



「シアのエンタート行きは、魔導師団では外部協力者の位置付けだ。この前の演習で実力は実証済みだから反論は出なかった」

「師団としては、精霊術をシアが使いこなす様子を演習で知って、今後囲いこむつもりがあるみたいだけどね。それについては私から釘を刺しておくから問題ないよ」


「大体なんでこの件がシアの魔女の名継の認定試験になるんだよ」


ジズの疑問には実はシアも同意見だ。

シアには知識はあれど、魔法も魔術もさほど上手に使いこなすことはできない。


「ここで私から全部話しちゃったら試験にならないから。でもそうね、その受け継いだ知識を活かせるかの見極めだね」


「ネルーデライトの名継だからこそなのですよ?」


声とともに入ってきたのはソエだ。

ウサミミをびょこびょこと揺らし、さっきまでネリーが座っていた、シアの隣に並ぶとクッキーを1つ口に放り込んだ。



「うまうまです!ネルーデライトから魔女と魔血石の関係性はきいたですか?」

「ソエ!」

「何ですかネルーデライト。ここで話しておかないと、多分ずっと話せないですよ?」


「あの・・・その、魔血石が魔女になるために使われていたこと、でしょうか」


ネリーとソエの間で険を含んだ視線が交わされるのを見かねて、シアが声をかけたのだが、ものすごい勢いで振り向かれた2人の視線に逆にびくりとする。


「何で知ってるですか?ネルーデライトにもう聞いたですか?」

「話してないわよ!誰に聞いたの、シア!」


詰め寄る2人をヴォルクが片手で押し退けると、「家にあった書物を読み解けばある程度わかるだろ」と呆れた声を出した。



「はい。どれにも魔血石とは直接書いてありませんが、いくつかの内容を繋ぐとそれを匂わせる記述があります。私自身が魔血石の存在を知ってから、そういえば、と思い当たったわけですけど。それにエルが話題で匂わせてましたから」


「そっか・・・・」

「凄いですね、シアさんは見かけによらず才女なのですね!さすがネルーデライトの名継者です!」



「んで俺らも聞いていいわけ?その関係性とやら」


ジズがネリーに問うと、本当はもっと早くに話すべきだったのだ、と深いため息をついて話し始めた。




「魔女は本来、一子相伝よ。自分の子供で、引き継げると判断した女児にのみ、知識を与えていくの。けれど必ず女児が産まれるとは限らないし、保有魔力や性格など不適正だと思えば引き継げないの。

次第に、当たり前だけど、魔女の絶対数は減っていった」

「今では親から引き継いだのはネルーデライトだけなのですよ」


「魔女であり師匠である母が、数の減少を憂いていたから、増やす方法を考えたの。魔女の力は血に宿る。だからその血を、適正のある他人にも引き継げるようにすれば、後継者は確保できるって。それで作り出したのが魔血石よ」

「ネリーが作ったのかよ」


魔女は後継者となりうる高魔力保有者を何人も手元において育て、そのうち1人だけに魔血石を渡す。


「その魔血石は魔女そのものの力よ。他人を取り込む負担から、体は人であることを止めてしまう」

「魔女としての力を行使したから年をとらなくなるのではなく、取り込んだ代償として体が変化してしまうんですね」

「はいです。だからこそ、引き継ぎの際に、やっと死ねると涙する魔女もいるのですよ」



魔血石は確かに魔女の減少を食い止めはした。


「問題が起こったのは大戦が激化した頃。今から100年ほど前なのです。魔女は協定として国政に関わったり、特定の国の戦力になることを禁じられているのです」

「ならば個人の手助けをさせればいいと、ある国の指導者の部下が魔女の1人を篭絡した」


けれど魔女の力自体はどんな手を使っても、戦争に利用することができず、ならば何か力の秘密をと魔血石のことを聞き出した。



「後は知っての通り。魔女1人に匹敵するだけの、何人もの魔力保有者を犠牲にして魔血石が作られるようになった。だから魔女が激減すると分かっていても、慌てて魔血石生成に関する事象に呪いを打ったのよ。つまり、作ったのも呪ったのも私」


「それはさておきです。私も含め、今いる魔女は大戦前に、正しくはネルーデライトが呪いを打つ前に魔血石によって魔女となった者なのです。純血の魔女はネルーデライトただ1人。その名継だからこそ試験をする必要があるのですよ」

「他の魔女を納得させろ、ということですか?」

「そこまでではないです。が魔法魔術ではなく、精霊術を使う名継がどう対処するか興味津々ではあるですよ」



なるほどと頷きつつ、実は先程から抱き締める腕の力が強くなっているヴォルクが気になっている。



頑張るですよ、と退出したソエとハロルディンを見送ると、いまだ苦しい位に抱き込んでいるヴォルクの手をとんとんと叩いて力を緩めさせ、後ろを向いてヴォルクの両頬をはさんだ。


「ヴォルク。魔女のことでまだ不安があるのでしょう?」


じっと見つめる金の瞳がわずかに揺らぐ。


「・・・大戦で捕らわれ魔血石の生成法を話した魔女は、俺を産んだ魔女と繋がりがある」

「繋がり?」

「あの女が愚痴をよく溢していた。男に溺れ捕らえられた癖に、世話をしてやった自分を無理矢理魔女にしたのだと。自分は実験台にされて魔女になったのだと」


だから魔女であるのに、正しい魔血石の作り方も知らずエルフの集落を襲うしかなかったのだ。



「そっか、そんな風に繋がってたんだね」

「俺はその末に産まれたんだ」


シアはヴォルクの頬を引き寄せるとこつりとおでこを合わせた。


「どんな経過があっても、今のヴォルクが在るのはヴォルク自身の成果だよ。たくさん努力してきたの私は知ってるもの。だから産まれてきたことを不安に思ったりしないで」


目蓋にキスをおとし、ふわりと笑ったシアに、後ろからジズが苦笑する気配がある。


「お前も俺もシアに迷惑かけんのなんか今更だろ」

「ふふ。ねえ、ヴォルク。事件や危険に巻き込まる繋がりもあるけど、それよりずっとずっと、私を育ててくれて力をくれて守ってくれる、大切な繋がりの方が多いの。そしてこれからもたくさん繋いでいくの、素敵でしょう?」


「・・・そうだな」



「っあーもう!辛気臭いのやめやめ!!せっかく

シアにとっては初国外なんだからさ。エンタート行きの話でもっと盛り上がんなさい!」


堪りかねたネリーが大声をだすと、やっぱりかと

ジズが笑う。


「試験とか色々言ってたけど国外でやる意味はないもんな。ネリーが無理矢理こじつけたんだろ」

「結婚前の自由な身のほうが、あちこち出歩きやすいでしょうよ」


驚いてヴォルクを見ると、こくりと頷かれる。

「シアはイシェナルしか知らないだろう?今なら大義名分もあるから国外に連れ出しやすいからな。嫌だったか?」

「嫌なわけないよ!ありがとう!!」


ぎゅっと首に抱きつくと、改めてしっかりと抱き抱え直される。


「とはいえ、魔導師団への応援要請は本当だ。俺が出るまでもないんだが、ハロルディンが根回しして出ることになった」

「師匠もありがとうございます!おじ様にも後で改めてお礼言っておきますね!」

「いいのいいの。婚約式を急かしたのはハロルなんだから。結婚後は仮にも公爵家への嫁入りになるから、国外なんて行ってる暇は当分ないからね。今のうちにたんまりワガママ言っときなよ」

「止めとけシア、ワガママなんてタヌキが喜ぶだけだって」




名残惜しげに仕事に戻っていったヴォルクに、クッキーを包んで持たせて見送る。

「早めに帰る」

「お仕事頑張ってきてね」


胸のつかえが取れたか、心なしかスッキリした顔のヴォルクにほっと胸を撫で下ろす。



エンタートへの出発は2日後だ。

俄然楽しみになってきた。

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