第50話 魔女と石1
いつも通りのお昼過ぎ、「梟の巣」のクランハウスの食堂は異様な空気に包まれていた。
2箇所ある食堂の出入り口には、鈴なりになって覗き込むクランメンバー。その視線の先は、優雅に脚を組んで腰掛けたサラサラの長い金髪の美女と、忙しくなく動き回りあちこちに触りまくっている褐色の肌にオレンジの短髪の美女。
と、床を這いつくばってぶつぶつと呟いているウサギ耳の幼女の姿があった。
「あの・・・お茶にしませんか?」
シアがハーブティーと焼き菓子をテーブルに運ぶと、覗いていた人混みを割って、ネリーとジョナムが入っていた。
ネリーは床に這っていた幼女をむんずと掴むと、そのまま椅子にどかりと座った。
「シアー。私もお茶ー」
「ネルーデライト!まずはワタクシを離すですよ!」
「ちっさくて床に這ってられると踏んじゃいそうなんだもの。ほれ、パウラも座んなさい」
「わかったわよーぅ」
シアが2人分の追加のお茶を運んでくると、覗き込んでいた外野を追い払ったジョナムが丁度ネリーの隣に座ったところだった。
「いやはや、壮観ですねぇ。生きているうちにこんなに沢山の魔女にお会いできるとは思いませんでしたよ?」
シアも同意見とばかりにこくこく頷くと、ネリーが珍しく苦虫を噛んだような顔になった。
「騒がしくして悪かったわね。一応紹介しておくと、ふんぞり返ってる金髪のがサリューズ」
「どうも。馬鹿な皇女が私の加護持ちとか騙って迷惑かけてたみたいね」
「オレンジのがパウラ」
「どぉもー。ぜひエンタートに遊びにいらっしゃいなぁ。実は宿屋をやってるのよー」
「んで、偽物幼女がソエよ。ああ見えて私の次に長生きしてるからね。普段はベイデックの田舎に隠居してるわ」
「好きでちみっちい姿なわけじゃないのですよ!種族の特性なのですよ!それとスローライフを楽しんでるのであって、隠居してるじゃないのですよ!」
皆、魔女だ。
実は今回ネリーが魔女集会での承認をうけたという名継をするのは100年ぶりらしく、シアの婚約式に合わせてネリーの名を継ぐに相応しいかの確認をしに来たのだ。
シアとしては、承認後の確認でいいのか疑問だったが、「私が選んだ相手に不服があるのか」とネリーが捲し立てて得た承認らしく、本来はやはり確認後らしい。
婚約式の前前夜に部屋に押し掛けられ、3人にあれこれ質問され、術を試され、体を舐めるように検分されたところ、名継相手としてとりあえずは『問題なし』とのこと。
「それにしても驚きましたな。シア嬢は随分な博識だとは思っておりましたが、すでに受け継ぐ知識を習得しておったのですね」
「マスター、私自身もびっくりでした」
魔女は本来は血で繋いでいく。が事情により血が途絶える場合、また血族以外に受け継ぎたい場合、『名継』として、魔女のもつ知識や技を受け継いでいく。
とはいえ、『魔女』と名乗ることは許されず、あくまで伝承者としての位置付けだが、彼女たちの有する膨大な知識の価値から、『名継』をした者も魔女に準じる身分となり丁重に扱われた。
「シアの場合は魔法は殆んど使えないから、知識をもっていても悪用する心配はないしね。だからこそ結構危ない術まで教えちゃったもの」
「なぜ使えもしない魔法魔術を教えるのか不思議だっけど、こういうわけだったんですね師匠」
「びっくりなのはぁ、その知識を精霊術に応用してるんだものー」
・・・・いえ。それに関しては発案者はヴォルクですよ
「驚きましたですよ、精霊術はマスタークラスで、精度も文句無しです。お母様は賢者の家系だといいますし、是非とも蔵書を・・・」
「ソエは相変わらず知識収集バカねぇ!ねぇクランマスター。だから、改めて名継の為の勉強は必要ないから、この子はこのままいつも通りの生活させてね」
興奮してウサミミをびょこびょこ動かすソエをむんずと掴んで横にどかしたサリューズが、食堂をぐるりと見渡す。
「この結界の具合なら外から一個師団が攻めてきても大丈夫だろうし、ここにもナイトがいるのでしょ?」
「ジズ君のことですかな?」
「名前は知らないけどね」
「あらぁ、ナイトなんてロマンチックぅ」
「琥珀の髪と瞳の彼です?婚約式で挨拶してくれたですよ、素敵ですー」
盛り上がるパウラとソエを一瞥して黙らせたネリーが改めてシアとジョナムに向き合った。
「そういうわけでさ、当分はシアの位置付けは変えないでやって」
「クランとしては願ったり叶ったりです。シア嬢は貴重なメンバーですからね。とはいえ警護的な問題はヴォルク君やジズ君と改めて考えますよ。やれやれ、あなたが殊勝な態度だと裏がありそうで怖いのでやめてくれませんかな?」
「しっつれいねぇ!」
「ネルーデライトとクランマスターは既知の仲なんです?」
カップを持ちながら耳をピコピコさせてソエが首を傾げた。
「若かりし頃、ギルドで同じパーティーを組んでおりましたよ。身分を偽ったハロルディンも。さすがに当時は魔女とは知りませんでしたがね」
ジョナムもネリーも当時を懐かしむように目を細める。
「今はエンタートのギルド長やってるのもいてね、賑やかなパーティーだったわ」
「師匠、それなんて無敵パーティー・・・」
そのエンタートでは今、事件が相次いでいる。
大きな港をいくつも所有しているエンタート共和国は強大な海軍が有名で、魔物や海賊などの討伐から海路の整備まで一括して行っている。
海洋での事故や事件の解決はお手の物なのだが、『船上で溺死』という不思議な事故と同時に有力商人子息の行方不明事件が相次いでおり、原因究明のために魔導師団に応援要請が来たらしいのだ。
シアには魔女の名継の実地検分として、この事件に係わるよう魔女たちから指令を受けたのだが、それを聞き付けたヴォルクがどうねじ込んだのか、魔導師団の一員として同行することにされてしまったのだった。
「そうそうシア嬢、やはりギルドにも同種の依頼が来ているようですので、ジズ君と向こうのギルドで依頼を受理してきてください。私の名前を出せばわかるように、向こうのギルドには話を付けておきましたからね」
「すいませんマスター、ジズの分まで」
解決までの日数が不明だったのでジョナムに欠勤の相談をしたところ、ネリーも交えて、昔馴染みだというエンタートのギルド長と情報交換をしてくれたのだ。
「せっかくギルド員なのですから只働きしてくるよりいいですよ。それとトーヤも行きますので護衛役として使ってください」
「じゃあぁ、うちの宿屋に泊まらせてあげるわよぉ。魔導師団は迎賓館に宿泊だろうけど、シアちゃんはどっちにするぅ?」
「ヴォルクに聞いてみないとですが、出来ればパウラさんのところでお世話になりたいです」
「いいよいいよぉ。じゃああとで連絡してねぇ」
サリューズとパウラはここでお別れだ。飛竜や魔鳥にのって飛び立つため、さすがにクランハウスの前では目立つので裏の鍛錬場で見送る。
「ほう、やっと騒がしいのが帰りましたですね。ではでは私は一足先に戻ってレーベルガルダ邸の書庫に籠ってるですよ」
ソエはまだしばらくイシェナルに滞在し、ネリーの蔵書を漁るのだそうだ。後でシアが持つ、母の形見となった書物も見せる約束になっている。
「ありゃ、魔女さんたち帰っちゃったんすか」
食堂に戻ったシアを出迎えたのはジズとトーヤで、ネリーもジズと少し話をして帰ってしまった。
「魔女なんぞネリーだけでも胸やけすんだろ。つか、ネリーはともかく他の魔女は何しにここに来たんだよ」
「ヴォルクが構築した結界とか固定式の魔術陣を見たいって。ソエさんなんか床に這ってたよ」
「 暇だな、おい。で?話はまとまったのか?」
「お帰り、ジズ君、トーヤ。その件については私から話しますよ。執務室まで来てもらえますかな?」
立ち上がったジョナムに手を上げて応え、先にトーヤを行かせると、ジズはシアに向き合うようにテーブルに腰掛けた。
「もう気持ちの整理はついたのか?」
・・・エル絡みの件だろう
「師匠に聞いた?」
「詳しくは聞いてねぇよ。ただシアもあいつも、おかしな感じになってたらフォローしてくれ、とはいわれたけどな」
「ありがと。正直まだ消化できない感情もあるけど、それでいいんだと思う。私よりむしろヴォルクのケアが必要なのかも」
「あいつが?よくわかんねぇけど、あいつも自分自身で消化するしかないだろ、シアがあんまり気にしてると疲れんぞ」
シアの頭をくしゃりとすると「1人で抱え込むなよ?」とポンとたたいて、ジョナムの執務室へと向かった。
あの日、エルネストとの話のあと、家に帰りたい気持ちをぐっとこらえ、ハロルディンとネリーが待つレーベルガルダ邸へとんでもらった。
顔色のよくないシアに、抱え込んでいたヴォルクは渋ったが、2人は心配したままずっと待っているだろう。
負の感情を燻ったままいるより、受け止めてくれる人に吐露したほうが楽になれることも、報告というかたちで口から言葉にすれば、気持ちが少し整理出来ることも知っている。だから無理を押してでも、2人のもとに向かった。
2人はただただ黙って聞いてくれた。そしてぎゅっと抱き締めてくれた。
抱き締められたままのヴォルクの腕の力がグッと強くなり、振り向くと酷い顔色だった。エルネストの話が原因だろうが、きつく口許を結んだままだったので無理には聞けなかった。聞いてあげるだけの自分の余裕もなかったのだ。
その代わり翌日は無理矢理仕事を休ませ、2人だけでゆっくり家で時間を過ごした。本当に久しぶりに他愛のない話をあれこれとし、荒れた心を均すようにいつも以上にお互いの体温を感じあった。
ヴォルクはそれで少し復活したようだが、その夜に魔女たちからエンタート行きの話を持ちかけられ、今朝までに魔導師団にシアが同行する手配をとりつけたので結局はバタついてしまった。
ジズにもだいぶ心配をかけているようだ。
「よし!何か甘いものでもつくろうかなっ」
甘すぎないほろりとした口どけのクッキーはヴォルクもジズも好物だ。
腕をまくりあげ、クッキー作りを始めた食堂からはいい香りが漂いだした。
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