第49話 誰そ彼2


荒廃した屋敷の入り口に聳える檻のような門扉は、片方の蝶番が壊れて傾き、手で押し開けるとぎぎぃと、嫌な音を立てた。


屋敷の正面へと続く道は荒れ放題だったが、数ヵ月前に人や荷馬車の出入りがあったためか、所々不自然に空間がひらけていた。



ここは、ベイカー=セルヴィーニに拐われ、連れてこられた彼の屋敷跡だ。とはいえ記憶は部屋の中しかないので見覚えはまるでない。


シアは正面の屋敷を回り込み、離れの棟へと向かうと、途中に見えた庭園だった名残の、白い屋根の東屋に足を向けた。




「やぁ、待っていたよお姫様」

「こんばんわ、エル」


その周囲だけ異様に整えられた東屋には、白いテーブルと椅子が2脚。真新しいクロスが敷かれたテーブルにはティーセットが用意されていた。


促されるまま椅子に座ったシアに、エルが恭しくお茶を淹れてくれる。



月明かりに照らされた彼は、さらさらと風になびく薄黄色の髪に若葉色の瞳。細身の30代位の見知らぬ人だ。


「ガッシュとは全然違うのね」

「それはそうさ。彼は間借りしていただけだからね。でも、この見た目でよく僕がエルだと信じられるね?」

「マナは変えようがないもの」

それもそうか、と笑うとカップに口を付けた。



「残念だけどあまり時間は無さそうだし、本題に入っていいよ?と、その前に。彼は近くにいるの?」

「聞いてはいるわ、ヴォルクも魔女も」

「やだなぁ、筒抜けか。まぁ約束通りひとりで来てるからいいか。で、何が聞きたいの?」



「貴方は誰なの。とう様とどんな関係なの」

「そしてどうして父の詩を詠めるのか、かな?」


シアはぐっと手を握りしめると、まっすぐにエルンストの目を見た。


「貴方はエルフではないの?清廉と高潔を重んじるエルフが、なぜ人を犠牲に作る魔血石なんて」

「幻想だよ、オヒメサマ。エルフはそんな高尚な生き物じゃない。自分たちは特別なのだと勘違いした、低俗で醜悪な欲望を隠しもしない。そしてそんな奴らに利用されていたのが、僕やキミのとう様だよ」


「何に、・・・・何をさせられていたの」

「昔話をしてあげよう」





魔血石の存在を消し去り、関わる事象に呪いを打つ、数年前。


あるエルフの氏族で、高密度マナを人為的に作るための実験が行われていた。




マナの密度も香気も生まれもってのものだ。それを後天的に増やす手段として、魔力を跳ねあげる魔血石の原理をマナに使用できないか、実験が繰り返されていたのだ。


成功を見ることなく、エルフ狩りで消滅した氏族から、精霊紋に刻まれた魔血石の生成法は、転々と幾つかの氏族を巡り、エルフが希少だと言われるまで数を減らす頃、シアの父のいた氏族のもとに渡っていた。


この氏族でも実験を始めたが、今までと違い、実験に使用したのはエルフ自身。


被験者はハーフエルフの幼子だ。


純血は生殖率が低い。人間の女性を拐って孕ませた小さな子供たちが、毎日のように体に精霊紋を刻まれ、投薬されては詩を詠む。



その中にエルネストもいた。



「キミのとう様の母親は、違う氏族の孤児でね。身分なんて一族の中ではないに等しいのに、彼だけが僕たちの味方だったよ」


吐瀉物にまみれ、怪我による腐敗臭のするエルネストたちの世話は、誰もが避け、彼1人が受け持っていた。


食事も清拭も、怪我や病気の治癒も。

寝る前には物語を話してくれて、時間を見つけては言葉を教えてくれて、時に研究者に食って掛かってボロボロにされていた。


そして、自分に助ける力がなくてごめんねと涙を流す。


「ある時、魔女が魔血石を求めて襲撃に来たよ。精霊紋として刻まれたため、呪いの範囲外だったエルフが持つ石の生成法を、魔女は実験台だった僕ら数人と、これまでの研究結果を根こそぎ奪っていった。拐われた僕は、仲間が体に刻まれた精霊紋の解析のために次々殺されていくのを見て、交渉したんだ」



精霊紋から生成法を詠み、以後の研究も手伝う。

だから僕と、精霊の祝福が濃い彼だけは助けてくれと。



「魔女は研究の痕跡の消去しかしてこなかったからね。氏族の口を封じないと、きっと研究の邪魔をされると嘯いたんだ。殲滅に出ていく魔女に、集落に残したままの彼を連れてきて貰うつもりだった」


ところが誤算があった。

ハーフエルフを孕ませられていた女性数名の捜索で、ギルドのパーティーが魔女の最初の襲撃の数時間後に訪れていた。そしてそのパーティーを尾行し集落に入り込んだ盗賊により、エルフ狩りが既に行われていたのだ。


「キミのとう様はギルドのパーティーに助けられていた。が、どうしてもその後の行方が追えなかったんだ。魔血石の解析を終え、生成出来るようになったら僕はお役目ご免だ。殺される前に今の組織に逃げ込んでからもずっとずっと探し続けてたんだ」


「・・・・とう様の詩が詠めるのはどうして」

「食べたからさ」



「た・・・たべ・・た」



取り落としたカップがガチャンと大きな音をたてる。

『シア、大丈夫か』


ピアスから聞こえるヴォルクの声にハッとし、トンとひとつたたく。


「彼を助けたパーティーにいたキミの母親は、優秀な結界士だったみたいだね。彼をずっと隠し続けてたんだよ。当時のパーティーメンバーを1人ずつ当たっていってようやく探し当てたんだ。大変だったよ?どんなに僕がお願いしても彼の居場所を教えてくれなくてね。だから結界を壊すために大元から壊すことにしたんだ」

「大元を・・・壊す」

「そうさ、けれど皹しかいれられなくて困ったんだよ」


・・・家の周囲に張ってあった結界。

それが揺らいだのは、母の死が原因なのだと、とう様に教えてもらった。

定着型の結界でも施術者の力の提供がなくなれば、結界の維持は出来なくなるのだと。



「かあ様が死んで入った皹・・・あなた、まさか、かあ様、かあ様をっ!!」

「僕の大切な彼を独り占めして隠すから仕方ないよね」

「あなたがかあ様を殺したのね!!」



エルネストは不思議そうな顔で首をかしげた。


「そうだよ。さっきからそう言ってるじゃないか。それで漏れ出した彼のマナの気配を追って、何ヵ月もかけてようやくたどり着いたのに、彼は体の殆どを何者かに喰われて死んでたんだ」



カップを握りしめる手がブルブルと震え、ガチャガチャ耳障りな音をならす。どうにか座っていられたのは、ピアスから呼び掛けられる声があったからだ。


「彼を無駄にする訳にはいかないからね。本当は魔血石にして取り込みたかったんどけど、その分量すらなくて。でも混じり物にしたくなかったから、そのまま食べたんだ。だから僕の目は片方だけ彼の色だろう?」



エルネストが嬉しそうに前髪をかきあげて見せる。

テーブルクロスにパタパタと涙が落ちた。


「左目が・・・とう様の・・・」


・・・あぁ、エルはなんて嬉しそうに自慢するように見せるのか。・・・吐き気がする。



左右で濃さの違う若葉色。懐かしさを覚えた左目の色に気づかぬふりをしていた。

そんなはずはないと、信じたかったのに。



「でもね、彼と同じ銀の光彩はでなくてさ。まるきりお揃いでもないんだ」

「・・・精霊の祝福の瞳の話は誰から?」

「もちろん彼さ。祝福が強すぎて視力を奪われるなんて、酷いよね。お姫様のは黒い彼ので隠してあるけど、彼から同じ力を受け継いだんだね」

「・・・知っていたの?」

「まさか。あの時わずかに銀色も見えたからね。彼の娘なら同じだろうと思っただけさ」



知りたいことの答えを求めたのは他ならぬ自分だ。

反対を押し切ってここに来た。



「知りたいことは、それだけかな?」


わあ!と大声をあげて泣き出したい心に蓋をして、痛いほど握りしめた手のひらに更に力をこめる。


「魔血石を作り続けてどうするの」

「僕の体の維持の為にも必要なんだ。魔女との実験の過程で出来た、成長後退の薬ももうあまり効かなくてね。あぁ、お姫様ならわかるでしょう?マナのサポートの為にも魔力が必要になるからね」


「あの薬もあなたたちが・・・・」

「あははは、デデノアの塔に当時、僕もいたからね!さて、そろそろ時間切れかな?」



エルネストが握りしめたシアの手にそっと触れる。

びくり、と肩を揺らして引きかけた身を、ぐっと留めてシアは視線を真っ直ぐに合わせた。


「ねえお姫様。彼が、もし結婚して女の子が産まれたら大切に大切に育てるんだと、僕にも大切にしてねとお願いしたから、君に危害を加えるつもりはないよ。むしろキミの護り手さ。ねえお姫様、今のキミの護り手は本当に護れているかい?キミを危険に晒してないかい?力に不足はないかい?」


「・・・何が言いたいの」

「秘密にされてることも沢山あるんじゃないかな?それは本当にキミを護るためかい?」


口ごもったシアを見て、エルネストが冷笑する。

「人はいくらでも偽善的になれるものさ。キミのためだと言いながら自己保身のためじゃないかなぁ。そんな奴らを本当に信頼できるの?」

「自己保身が悪いとは思わないわ。秘密を暴きたいとも思わないわ」

「でも、本当は寂しいだろう?」




「分かったような口を利くな」



椅子ごとシアを抱き込み、エルネストを弾き返すように腕が伸ばされた。

「ヴォルクっ」


腕を伸ばしたシアを胸のなかに抱き抱えたヴォルクは、いつのまにか離れた椅子に座り冷めたお茶に口を付けて微笑むエルネストを睨み付けた。


「残念、お迎えが来ちゃったか。情報料としてこのリボンは戴いていくね」


エルネストの腕には、シアの首に巻かれていた、ヴォルクにしか取れないはずのリボン。


「ねぇお姫様。僕はいつだってキミだけの味方だよ。覚えておいて」

「だまれ」

「最後にひとつ。そもそも魔血石はどうして出来たのか、キミの護り手に聞いてごらん」

「だまれ!!」


ヴォルクが展開した魔法陣から黒い蔦のようなものが伸びエルネストに向かう。後ろに大きく飛んで避けたのだろうが、左目から大量の血を撒き散らした。ふらついた足に絡み付いた蔦は次の瞬間にはじゅ、と崩れ落ちた。


「バイバイ、またねお姫様。寂しくなったらいつでも僕の名をお呼び」


口に魔血石を放り込むと、エルネストの足元から高濃度の魔力が赤黒い渦をまき、その中に飛び込むようにして姿がかき消えた。



「っっくそ、逃げたか」


エルネストの姿が消えると同時に、東屋は元の荒廃した姿にもどり、真新しいテーブルクロスの白さばかりが異様に際立って見えた。


「・・・ヴォルク、もう帰ろう。・・・帰りたい」

「シア・・・」


肩口に埋めたまま顔をあげないシアの髪を優しく撫で、腕に抱き上げると転移を踏んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る