第48話 誰そ彼1


シアの希望で昼間のガーデンパーティーとなった婚約式は、ハロルディン指揮のもと盛大に行われた。



「すげー面子だな」


レーベルガルダ公爵邸の広大な庭には、あちこちにテーブルが置かれ、今は思い思いに料理やグラスを手に招待客が談笑していた。夜会で見た顔ぶれのほか、居てはいけない人もいる。


「こんな時じゃないと来られないからね」と笑っていたのは、イシェナル国王ではなかっただろうか。



今日ばかりは団服でなく、華やかさのある礼服を着たヴォルクは珍しく片側だけ髪をかきあげており、シア曰く『見慣れてても見惚れる瞬間がある美貌』が陽にさらされていた。


祝辞をうける姿は、どこの国の王子様だ、といった貫禄で、堂々としすぎだと時々シアに小突かれている。



その隣で柔らかく笑っているシアは、淡いピンクと白のガーデンドレスで、スカート部分のチュールが裾だけ袋状になっており、その中で黄色やピンクなどの花弁を模した飾りが、シアが身動きする度にひらひらと舞い踊った。


ハーフアップにしているため、下ろしたピンクの髪が柔風をうけるたびにふわふわと揺れ、お祝いに来てくれた妖精がぽやぽやと小さな光を放ちながら纏わりついていた。


シア自身は慣れっこすぎて気にもとめないが、招待客の殆どがそんな2人の姿に釘付けになっていた。




「やぁ、ジズ君。そういった格好をすると、どこかの貴族子息のようですね」

「ども。ハーバートさんは仕事ですか?」

「この場では戦力にあまりならない警備ですよ。

団長と副長に加え、魔女の集団がいるのに、私たちが必要だとは思えませんがね」


まあ、外面的に仕事中です、とハーバードが笑うと、シアたちを見て目を細めた。


「あの副長が柔らかい雰囲気を纏っているのが不思議です。が、あれほど幸せそうに笑う彼女の隣にいるとそうなるんでしょうかねぇ」

「シアの隣限定だけどな。けどあれ見て誤解する婦女子がこの場にいないのが何よりだな」

「あはははは、確かにそうですね!あれが自分にも向けられると思ってしまうのが若さゆえなんでしょうが、副長の場合は万が一にでも可能性はないですからね」


わっとあがった歓声にシアたちをみると、魔女のひとりが連れてきた飛竜が、シアの頭上からハラハラと花弁を降らせているところだった。


「まったく、無駄にあっちにもこっちにも好かれやがって」

「彼等からの祝福はいいことでしょう?」

「ヴォルクの機嫌が悪くなる」

「・・・・・あー」


ヴォルクの片腕のなかに抱き込まれつつ、シアが舞い散る白い花弁のなかで空に手を降っている。


その周りを固めるのは、国の重鎮たちと、4人の魔女。そして魔導師団の幹部たちだ。


自分の手と力が及ばない場所にいる現実に、少しだけ歯痒さと寂寥を感じはするが、自分の役割と立場は心得ている。


例えば、こちらに気付いて駆け寄ってくるシアに、いつつまづいても支えられるように心の準備だけはしておく、とか。


「ジズ!!う、、きゃ」

「こんな日までコケんな、慌てず歩け。ドレス着てんだろ?」

案の定抱き止めることになったシアに苦笑しつつ、その頭に優しく手を置いた。






小腹がすいた、と食堂に来たラナイにパンケーキを焼いていると、トーヤとガッシュが甘い匂いにつられてやってきた。こうなったらみんなの分も焼いた方が良さそうだ。


「それで、結婚はいつするの?」

「1年後、でしょうか」


シロップをたっぷりとかけたラナイに、先日の婚約式の様子をねだられ、参加者を伏せて話し終えたところだった。


「平民と違って貴族はしきたりとかあるから結婚まで大変よね」

「婚約式自体、ありませんものね。とはいえ、面倒なことは殆どおじさまが肩代わりしてくださってるので、私自身はさほど大変じゃないんですよ」


「きょきょはひふまへひんほ」

「?」


口に大量に詰め込んだまま喋るガッシュにラナイがペチりと頭を叩いた。

「食べてから喋んなさい!こどもか!」


「このクランにはいつまで仕事にくるのかーって聞いてるんスよ」

高性能翻訳をしたトーヤに、まだ口をモゴモゴさせつつガッシュが頷く。


「ダメって言われなければ、結婚後もこのままお仕事しますよ?」

「だってシアさん、公爵家の跡取りの嫁じゃないっすか。さすがにマズイんじゃないんすか?」

「どうかしら。おじさまは貴族として私を迎えるつもりはないって言ってたの。それでも覚えることもやるべきこともあるんだろうけど、今の生活と大きくは変わらないはずなの」


・・・・とはいえ、魔女の名継ぎもあるので今までのようにはいかないのだが、この場でだす話題ではない



「私はここにいてくれて大歓迎よー。それにシアに子供が出来てもここなら私がフォローできるからね!」

「こ、こどっ。あ、は・・・はい」

「ヴォルクさん、執着が過ぎて、子ども出来たら嫉妬しそうっすよね」

「あははははははは、確かに!!」


赤い顔で、でも否定できず唸っていると、ふとガッシュと目が合う。


「・・・・・」



「こらこら、シアをあんまりからかうんじゃありませんよ。トーヤ、この後依頼に出ますがついてきますか?」

「行くっす!レッカスさん、この間の術式乗っける技教えて下さいよー」


覗きに着たレッカスと連れだって出ていくトーヤを見送ると、ラナイが「1皿いい?」と立ち上がる。ジョナムにお茶と一緒に持っていくようだ。先程とは違う、甘味をいれてないパンケーキとフルーツをのせて渡すと、一口貰おうと呟きながら出ていった。





「オレと2人になってよかったの、シアちゃん」

「一度、落ち着いてお話ししたかったの、貴方と」


お茶を淹れなおしてシアも椅子に座ると、真っ正面からガッシュを見つめた。


「ガッシュ君じゃない、貴方とお話ししたかったの」

「なに言ってんのシアちゃん」

「エルフではない貴方からマナが漂うはずがないの、貴方は誰?」

「・・・・・やっばりわかってた?」

「わかるようにしてたでしょう?」


あははは、と笑うとガッシュは手を振って結界を張ったようだ。

「防音だけだから安心して。さすがに関係のないやつに聞かせる話じゃないしね。黒い彼は聞いてるの?」

「・・・回線は切ってあるわ。ねえ、貴方は本当のガッシュ君ではないの?」


「ガッシュだよ、9割は彼自身さ。1割だけ寄生させて貰ってるんだ」

「貴方はエル、でしょう?」

「そうだよお姫様。残念ながら1割のこっちは偵察用でね。僕の本体は別にあるんだよ」


シアはエルの手を取ると目を瞑った。

「どうしたの?積極的だね」

「あの時と同じ手。・・・本当に貴方だったのね」


目が見えなくなったシアの目蓋を押さえた手と同じだ。でも

「でもこんなにも魔力波が違う。ガッシュはそこまで魔力も多くなかったはずなのにどうして。あ、、石」

「ご名答。それ以上はここで口にしちゃだめだよ?」


「ガッシュは貴方がこうやって出てきてる間のことは覚えてないの?」


ジズが怪我をしたときだって、新人をけしかけたのは明らかにガッシュなのに、ラナイにはとばっちりだと他人事だったのだ。


「こんな事象があった、と朧気には覚えてるみたいだよ」

「記憶はあるけど、はっきりしない?」

「そんな感じみたいだね。おや、もう異変を嗅ぎつけたみたいだよ?」


時間切れだと立ち上がるエルの腕をぐっと掴む。

「とう様の知り合いだって!その、そっちの話が聞きたいの」

「彼に怒られるよ?」

「それでも!!」


いいよ、と身を屈めたエルがシアの耳元でこそりと囁く。

「1人で来られるかい?」

「・・・・・」


こくり、と頷くとそのまま頬に口付けられた。

「いい子だ。ここの後始末を頼むよ?」




「シア!!!」


結界の割られる、硬質な音が響く。

息を切らしたジズと、怖い顔のヴォルクが飛び込んでくると、視線をシアから横にスッと滑らせ殺気だった。


「お前、何してる」

「ガッシュ!!てっめぇなぁ」


パチパチと目を瞬き、今、意識がはっきりしたのだろうガッシュが見たのは


シアに腕を捕らえられつつ

シアの頬に唇を寄せた自分と

涙目のシアと


これは死んだかな、と思う2人の形相だった。



シアから離れようと、バッと身を起こし後退ると、ガッシュの腕をつかんだままだったシアをテーブルに乗り上げるように釣り上げてしまい、慌てて体を抱き止めた。



「ガッシュ、なんであんたシアを抱いてんの」


ラナイの冷静な声に顔色が青を過ぎて白くなった。


「あの、あのヴォルク、ジズ。ちょっと誤解で」

「シア黙ってろ。ガッシュ、この場でヴォルクに殺されたくなかったら、地下の魔法練習場に今すぐ行け。俺がシメてやる、今すぐだ」


どっちを選んでも殺される予感しかない。


ガクガクと人形のように首を振って地下までダッシュした。




「シア。防音の結界張って2人でナニしてたのか、吐いてもらうぞ。おい、医務室を借りる」

「婚約者どの、お手柔らかにしてやってねー。シア頑張んなさいねー」



明らかに先程とは強度の違う防音結界が医務室全体に張り巡らされる。

「ヴ、ヴォルクあの」

「今日は戻りの仕事はない。時間はたっぷりあるぞ、シア」

「あ、あの誤解で」

「まずは故意に切った、俺との回線の説明からだな」

「あ、や。ま、待って」




半刻後、屍と化し「ジズ怖いジズ怖い」と天井の一点を見つめたまま譫言のように呟くガッシュを、

トーヤがつついて慰めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る