第47話 特別のかたち


パン屋の朝は早い。


朝、焼き上げるパンの準備を終え、店の前の掃除を始める頃になると、ようやくチラホラと起きてきた人達と行き合うようになる。


「はよ」

「おはよ!」


ジョギング帰りのジズに朝の挨拶をするのもいつものことだ。


「今日は昼に甘めのパンも焼くから、シアさんに伝えといてね」

「りょーかい。じゃまた後で買いにくるよ」


走り去っていくジズの後ろ姿を見ながら、そういえば初めて会ったのもこんな感じだったな、と思い出した。





当時ソーニャはまだパンを焼かせてもらえず、生地作りを見よう見まねで覚えていた頃だった。

練習で焼いても父のような味にならず、くしゃくしゃしながら、毎日を過ごしていた。



「お、スッゲーいい匂い」

「あ、あんた今朝の箒の!!」


昼時の混雑が一段落付いた頃、店に入ってきたのは琥珀色の髪のスラリとした少年だ。


実は今朝、むしゃくしゃした気持ちで掃いた箒がすっ飛んでしまったのだ。当たるとおもって悲鳴を上げたが、あっさり避けた彼は拾った箒を届けにくると、ソーニャの頭に手をおいてくしゃりと撫で、「気を付けろな」といって走り去っていったのだ。


「なにあれ、私もう13なんだから。ちっちゃい子じゃないのよ!」

赤くなった顔でくしゃくしゃの頭を押さえた自分を誰も責めまい。




再会した彼に、見かけない顔だと、あれこれ質問をすると、苦笑しながら教えてくれたのは


王都にでてきたばかりだということ。

ソーニャより2つ年上の15歳だということ。

傭兵ギルドに入っており、今はクラン「梟の巣」にいること。


朗らかな笑顔のジズと名乗った、髪と同じ優しい琥珀の瞳の気さくな彼にあっという間に恋をした。




3日に1度、パンを買いにくるジズとおしゃべりするのが楽しみで、彼に美味しいパンを食べてもらいたくて、がむしゃらに頑張った。


周りの女の子たちは自分磨きに忙しくなる年頃だったが、ソーニャは自分のことは全部後回しで、とにかくパン作りに没頭した。


ジズは傭兵ギルドでも注目の新人で、少年らしさが抜け落ち精悍さが出てくると、その優しく整った顔立ちに騒ぐ女の子も増えた。


けれど、人伝に聞く彼の武勇伝も、ジズ自身にたずねても表情をかたくするばかりで、少しずつ陰のある笑いかたをするようになった彼を、ソーニャは言葉にはしないものの心配をしていたのだ。



ところが半年ほどたった頃、3日に1度のパンに甘いパンが交ざるようになり、笑顔の陰が薄くなったのだ。


『最近よく女の子と歩いてるの見るよ』

『ピンクの髪の子と手を繋いでた』

『あの子にはすごく優しく笑うの見たわ、彼女かしら』

頼まなくても教えてくれる噂を耳にして、とうとう我慢できずに声をかけた。



「最近は甘いパンも好きになったの?」

「俺が食べるんじゃねぇんだ。前に話したことあったろ?置いてきた家族が王都にでてきたんだよ」

「あの、すごいドジっ子な?」

「そうそう。ここのパンおいしいから、気に入ったみたいでさ。今度連れてくるよ」



ずっとずっと、ジズの小さな妹だと思っていたその家族は大人の女性で、ふわふわと柔らかく笑うかわいい人だった。


手を繋ぐのも、体を寄せるのも当たり前で親密な2人の距離に、見ているソーニャのほうがドキドキした。

確かにこれなら、教えられた噂のとおり、恋人疑惑もかかるだろう。


けれど、2人の視線には家族に向ける以上の熱はないから「ジズの大事な家族なんだね」と言うと、凄く嬉しそうに笑ってくれた。



店を出るまでに2回つまづいたシアさんを最後は抱えるように連れたジズに、目が離せなくて大変だねと言うと苦笑されたが。




「過保護な行動をジズが恥ずかしがらないのは、慣れと無意識だからなのよ」

とシアさんが教えてくれたのは、時々ジズと2人で遊びに出掛けるようになった頃。


お節介な人達がシアさんとの関係を引き合いにだし、ソーニャは遊ばれてるのだと要らぬ忠告をされるようになっていた。


ああ可哀想なソーニャ、なんて馬鹿にして!!


「私を恋愛対象とは見てないから恥ずかしくないのよ。私もね、ジズにされても平気だけどヴォルクにされるのは恥ずかしいもの」


抱き上げるのも、おでこのキスも。

「え、あの怖いくらい美形の人も、でこチューとかするんですか」

「・・・・でこチュー」


一度だけシアさんと一緒にきた、ジズより背が高くて金の瞳の壮絶な美形な人。シアさんとは恋人関係だって言うけど、無表情でにこりともしないから想像がつかない。



「ま、まぁヴォルクのことは置いといて。ジズが顔赤くして恥ずかしがったり、慌てふためいたりするのはソーニャちゃんだけだと思うよ」



私だとどうしてここでまごつくのか、とか

え、ここで手を繋いだりしないの?とか


実は悶々と悩んでいたのがあっさり解決した。



「俺にとっては、シアとは別の意味で特別なんだよ」

って赤い顔を背けながら言ったりするから、私だって恥ずかしくてモゴモゴしちゃうのだ。うひょー



「あの女がいたらソーニャは一番になれないよ!」

「あの女のほうがソーニャより大事にされてるんだよ!」

隣の軽食屋の子を筆頭に、今もあれこれ余計なこと言われるけど、もう気にしたりしない。




「うるっさーーい!今のジズの土台はシアさん在ってなんだからね!!家族大切にして何が悪いのよ!!私だって家族は大事だもん!1番になれなくても、特別になれてるからいいんだからーっ!」


大きな湖にむかって叫ぶと、

「すっきりしたー」と草にごろりと転がった。


師匠さんとみんなと一緒に暮らしていた家は、よく見ると柱にジズの身長を測った跡があったり、師匠さんとヴォルクさんが喧嘩したという、壁のへこみがあったりして、ここによんで貰えたことが誇らしく嬉しくなった。



「また盛大に叫んだな」

「あ、ジズ聞いてた?」

「あの声で叫ばれりゃ聞こえるって、ほら」


採ってきてくれた果実を受け取ると、齧り付いているジズをちらりと盗み見る。


「呆れた?」

「何にだよ。むしろもっと愚痴っていいんだって。俺はどうしてもシアを放っておけないから、場合によってはソーニャの事を後回しにすることだってあるんだ。特別だって言ってるのになんでだ!って怒ってもいいんだよ」


「でもねー。私もシアさん大切だし。シアさんを大切にするジズだからこそ好きになったのかなって、おもうの。だから・・・」

「・・・・」


軽く優しく、唇が触れた。


「・・・・でも不満があったらさっきみたいにどんどん言ってくれ。ちゃんと受け止めるから」

「・・・・うん。ジズ顔まっか」

「ソーニャもだろ」



この、恥じらう顔が見られるのが自分だけの特権なのだというなら、他はなにもいらない。


「ふふふふふふふふ」

「な、なんだよ」

「なんでもない。やだ、シアさんに秘密に出来るかな」

「ばっっ!ソーニャ!!」



さしあたって、パン作りに励もう。

これからもずっとずっと美味しいってパンを食べて貰えるように。


ずっとずっとこの笑顔を独占できるように。



これが私の好きのかたちなのだ!


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