第45話 星をひとつあなたに


たかが5年。されど5年。

シアがこの家を出ていってからも確かにネリーは暮らしていたはずなのに、家の中は再び魔窟へと変貌を遂げていた。



「うわぁ。魔女の家って感じ」

「いやソーニャ。こりゃただの片付け下手なだけだ。シア、人手はあるからとっととやっちまおう」

「師匠め・・・・黒い悪魔が出てきたらタダじゃおかない・・・」




ルルーリア皇女のドタバタから早1ヶ月。

シアの婚約式まではハロルディンの家に居付くことにしたネリーから、これを機に家に置いてきた荷物を整理するようにと、鍵を渡された。


あの騒動の後からシアの周りでは騒がしさが増したが、多少、にとどまっているのは、ハロルディンやヴォルクを始め、クランマスターのジョナムまでもが露払いしてくれてのことだ。


それもあり今回ネリーからは、シアたちが王都を離れてる間に、少し煩いのを整理するから。と据わった目で言われている。


・・・・かなりしつこい人達もいたんだろう




グリーディア神聖公国のその後の動向を報告にきていたモモリスも、ネリーの家行きの話に是非にと同行の許可を取った。


「魔女の家に行く機会など、これを逃したらきっとない。駄目だろうか」

「構わないわよ、人手はあったほうがいいだろうしね。そうだシア、ジズにパン屋の子も誘うように言って。避暑休暇だっていえば休み取れるでしょ?」


また何を企んでいるのか、ニヤニヤしているネリーは怪しいが、ソーニャと出掛けるのは初めてなので大賛成だ。




「シアさん、ここってイシェナル国内?」

「多分・・・」


この家の本来の場所はイシェナルとベイデック帝国との国境域あたりの森の中だったのだが、最近はあちこちに繋がる転移門を設置して動いているらしく、正確な位置は知らないのだ。


今日はハロルディンの邸に置かれた転移陣から、直接ここへ転移してきたのでなおさらだ。



「森の中で涼しいし、空気もいいし。避暑にはいいね!」

「少し離れたところに湖もあるの。よければ明日、ジズに連れていってもらったら?」

「さ、さ誘ってみます・・・」


実は最近ちゃんと付き合い始めたという、かわいいソーニャの反応は微笑ましい。



恐る恐る覗いた自室は、埃もさほど積もっておらず、問題案件は共有スペースのみで、5人で掃除をするとあっという間に終わった。


簡単な昼食を作って食べながら、レシピに食いついてきたソーニャに教えたり、午後の予定を聞いていると、ふとヴォルクが首のリボンに触れた。


「なあに?」

「本当に手伝いはいいのか」

「自分の部屋の整理だけだもの。あまり荷物もないから大丈夫よ。師匠から書斎と実験室は、鍵付き以外は好きにしていいって言われてるから、モモリスさんに見せてあげたら?」

「いいのかっ!ぜ、是非に見たい!!」


正面に座っていたモモリスが大興奮で立ち上がったのをヴォルクが面倒そうな顔で見ていた。




森へ採取と散策に出るジズとソーニャにも暗くなる前には戻るよう告げ、午後は黙々と部屋の荷物を片付けた。


思い出の品は書斎の本以外は、ここへきてから増えたものばかりだ。

二度と戻ってこられないわけでもないので、あまり感傷的にならないよう、必要なものだけを鞄に詰めていく。


扉をノックする音に顔をあげると、部屋の中が薄暗い。いつの間にかもう夕刻の入りだ。

様子を見にきてくれたヴォルクと階下に降りると、モモリスは黙々と魔術書に見入っていた。


実は料理はまるで出来ないヴォルクにも簡単な手伝いを頼みながら夕食を作り、帰って来たジズとソーニャから話を聞きながら、みんなで和気藹々と食卓を囲む。




「そういえば片付けをしてたとき、これ拾ったの忘れてた!これシアさんの?」


食後、シア以外は好きなお酒を手にソファーで寛ぎ出した頃、ソーニャが差し出したのは親指の大きさほどの水晶のペンダントだ。


「これ・・・どこで見つけたの?」

「窓枠に引っ掛かってたの。なかなか窓が開かなくてガタガタ揺らしたら落ちてきたんだよ」


覗き込んだジズは首を傾げたが、ヴォルクは覚えていたようで、あったのか、と小さく呟いた。


「見つけてくれてありがとう。これ、ヴォルクに貰ったものなの。嬉しくて毎日付けてたら、まだ4歳くらいだったジズが自分も欲しいって駄々こねて、けど貰えなくて悔しくて外に投げちゃったのよ」

「うげ、まじかよ。覚えてねぇよ」

「探したけど見つからなくてね。師匠にもヴォルクにも、もちろん私にも大泣きで謝ってくれて。・・・ちゃんとあったのね」


「そんな可愛い頃がジズにもあったんだ!」

頭を抱えるジズの隣でソーニャは大興奮だ。


「ふふ。やんちゃで甘えん坊だったのよ。そうだ、見つけてくれたお礼に、あとで小さい頃のジズの話をたくさん教えるね」


やった!と大喜びのソーニャと、やめてくれと苦い顔のジズに笑いを溢す。


「ヴォルクさんも昔はやんちゃだった?」

ソーニャの問いに、はて、と考える。


「そうね。ジズが小さい頃は稽古を付けろってヴォルクに付いてまわってたんだけど、よく2人で実験だって木を斬り倒したり、地面に大穴開けて師匠に怒られてたわ」

「・・・・・へ」

「ヴォルクが魔法学校に行き始めてからは、ジズの悪ふざけに新作の試し打ちだって魔法かけたり、術式の実験台にして、やっぱり師匠に怒られてたから、今よりはやんちゃだったかな。あれ?どうしたの??」


青い顔で黙りこんだソーニャとモモリスの顔を覗き込むと

「想像してた可愛らしいやんちゃとは違ったんだろ」と、呆れたようにジズが答えた。



「あんまチビの頃は覚えてねぇけど、そういやよく魔法ふっかけられたな」

「おかげで魔法も魔術も腕が上がっただろう?」

「防がなきゃ死ぬと思ったからな!」



「魔法学校に入学後なら、そんな頻繁には帰ってこられないだろう?むしろほとんど部屋から出てこなかったではないか」


モモリスの疑問にジズはピタリと口を閉ざしたが、ヴォルクはなに食わぬ顔だ。


「少し裏技を使ったからな」

「え!なんですか、裏技とかカッコいい!!」

「・・・少し、じゃねぇだろ」


「裏技?だいだい何のために・・・シアさんか」

「っえ」


モモリスはマナの香気の件は知らないはずだ。

どうして、と驚いていると「君が心配だったのだな」と普遍的な答えに、ほっと胸を撫で下ろす。


「そう、ですね。ジズと一緒に入浴してるって言ったら、常識をもて!って凄く怒られたりしました。ずっとここで暮らしてたから、随分一般常識を知らないらしくて、心配されました」

「・・・・シアさん、多分それ違う。ジズが幾つの頃の話?」

「10歳よりは前だよ?ジズは線が細かったから、一緒でも狭くなかったし、いいかなって」


ジト目のソーニャに「シアが勝手に入ってきてたんだ!」と弁解しているジズを微笑ましく見ていると、「ヴォルク、お前も苦労してたんだな」とモモリスがしみじみと言う。・・・・あれ?



少しおかしな空気を変えるべく、そういえば、とモモリスに聞こうと思っていた疑問を投げる。


「以前、私のことを何とかの妖精って言っていましたよね。あれってなんですか?」

「ごほっっ、あ、いや。その、だな」


飲んでいたプート酒に噎せたモモリスに、ジズもソーニャも何だ何だ、と目を向けた。


「劇薬の妖精、だろ」

「お前、知って!!!っごほっっ」

「当たり前だ。聞くほどの話じゃないぞ、シア」

「聞いていいなら私聞きたい!ね、ジズは知ってるの?」


ソーニャは酔いがまわってきたのか、いつも以上に陽気だ。

「知ってるけど、ドン引くぞ」


余計に気になるジズの言葉に、ソーニャがモモリスに話を促すと、ちらりとヴォルクの様子を窺ってから渋々話し出した。


「例のグリーディアの第3皇女が留学中、大分執拗にこいつに絡んでな。いい加減度を越した行動をし始めて、大事な女性がいるから迷惑だとかなり辛辣にこいつが断ったんだが、逆に煽ってしまったんだろう。酷い中傷を吐いたのだ」

「逆ギレかよ。まさかシアの言葉を名前は出してないんだろ」

「あの女にシアの名を呼ばせるわけがないだろうが」

「それでそれで??」


ソーニャが身を乗り出して続きを催促すると、モモリスはプート酒を一口飲んでから、またちらりとヴォルクを見た。


「聞くに耐えん中傷に、こいつが盛大にキレてな。魔力圧で校内中の魔道具が壊滅、その場にいた奴らは昏倒。皇女と取り巻きと、ついでにこいつを止めようとした数人が氷漬けだ」


「膝下しか凍らせてないが」

「普段通り動けるようになるまで、半日もかかったのだぞ!」


ヴォルクにしてみれば、それでも随分抑えてた筈だけど、ポカンと口を開けたままのソーニャの様子から、やっぱり一般的にはあり得ない事象なんだろう。



「魔道具壊滅って、危ないもんはなかったのか?」

「前代未聞の事態だったので多いに混乱して、教員が奔走していた。誤作動すらできない状態に術式が壊れていたと聞いている」

「ひょえ~~。でも、それがどうしてシアさんの呼び名に繋がるの?」


確かに。ヴォルクに2つ名が付くならまだしも、どうして私??


「これ以後、うっかりでも話題に乗せられなくなってな。誰かがまるで取扱厳重注意の劇薬のような存在だなと言って、その呼び名になったのだ」

「シアは妖精ではないがな」


しれっと口を挟んだヴォルクに、「それだってお前が悪いのだ!」とモモリスが目を据わらせた。


「色恋なぞまるで興味ない風で、人付き合いも最小限にするから、本当は実在しない女性なのではと噂になったのだ」

「妖精は実在するが?」

「存在が朧気だが、確かめるにはリスクが高くて誰も確かめられなかったのだ!!」



学生のときはこんな感じだったのかな、と彷彿させる2人のやり取りにシアは笑みを浮かべる。


「ふふ。まぁ大体わかりました。でも壊れた魔道具はどうしたんです?」

「狸に任せたさ。学校内部まで手を入れるいい機会だと嬉々としてたぞ」

「おじさまったら・・・・・」



夜も更け、酔いつぶれたソーニャを担いでジズが部屋を出ていく。一緒に寝るのかと言ったら頭を小突かれ、モモリスと居間でごろ寝するのだと、新たな酒瓶の用意を頼まれた。





ずっと果実水だったシアは後片付けをパパっと終えると、壁に凭れて待っていたヴォルクと部屋に向かった。


ヴォルクの部屋まで来ると、繋いだ手を引かれ、奥に架けられた屋根裏へと繋がる梯子を登っていく。



「わぁ!相変わらずすごい星空ね!」

窓から屋根の上に引っ張りあげて貰い、昔のように寝転ぶと、目の前は満天の星空だ。


「やっぱり王都よりこっちのほうが星は綺麗ね」

両手をぐっと伸ばし、星明かりに手をかざす。


「こうやって2人で星を見てたときにくれたのよね、これ。ヴォルクから贈り物をもらうの初めてで、凄く嬉しかったの」


手首に巻いた紐の先で、水晶がゆらゆらと揺れる。


「あの時何て言ってこのペンダントくれたか覚えてる?」


両手をあげたまま隣を見ると、ヴォルクは座ったまま身を屈めシアの両手を絡めとると、覆い被さるようにして口づけを落とした。



「・・・欲しいのなら星をひとつくれてやる。・・・これで2つ目だな」



絡んだ指先に、指輪が1つ。



「本来は婚約式で渡すらしいが、どうしてもこの場で渡したかったんだ。まさか、そっちのも見つかるとは思っていなかったしな。・・・泣くな、シア」

「・・・あ・・ありがとう。ありがとう、ヴォルク。今度こそ大切にする」


涙を舐めとると、今度は深く深く口付ける。



「ふふ、しょっぱいわ」


こつりとおでこを合わせて笑い合い、小さく精霊詩を詠むとヴォルクの唇を引き寄せた。


「私からもあの時と同じ、精霊の祝福のプレゼント」

「前は唇にはしてくれなかったろう?」



もう一度笑い合うと体を起こしてヴォルクに寄りかかるように座り、2人で静かに空を見上げた。

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