第44話 高邁の聖女9
部屋の中はひどい有り様で、髪を振り乱したルルーリアが魔導師団員に拘束されていた。
「どうだ、協力者の話を聞き出せたか」
「ヴォルク!あなた、わたくしにこんなことをして、許しませんよ!!わたくしは国の代表として外交に来ているのですよ!」
「黙れ。その国からとっくにお前は見限られている。使い捨ての駒になりたくないなら、身の振り方をよく考えるんだな」
ぐっと黙りこんだルルーリアの前にジズが進み出る。
「随分たくさんの魔血石を持ってたみたいだけど、あんたの協力者は頼めばいくらでもくれるのか?」
「・・・今回は特別ですわ。いつもはわたくしが聖女として力を奮う必要があるときしかくれません。それに今回だって数はあれど、屑石みたいな小さなものばかり」
「何のために特別にくれた」
「暴動を起こせ、と言われましたの。イシェナル国民は質の高い魔力持ちが多いから、いい石になるのだと」
騒ぐ気力も失せたのか、ジズとヴォルクの問いに、項垂れつつも、静かに言葉を紡ぐ。
「暴動を目眩ましに保有魔力の高い者を拐うつもりだったんだな」
「でも、わたくしは魔力が必要なら、より魔力の多い貴方を引き入れてしまおうと」
「ついでに邪魔な婚約者を片付けようとしたんだろ」
「いけませんの?!特別な女性がいると言いながら、何年も身を固めないヴォルクに、きっとそのかたとはダメになったのだと思っていたのです!なのに突然現れた女と婚約だなんて!!あの女は誰なのです!!」
「調べたんだろ?その『特別な女性』だよ」
「それなら私より年上のはずではありませんか!」
ぎりりと睨んでくるルルーリアに「お前には関係のない話だな」とヴォルクは素っ気なく答えると、ふと窓のほうに視線を投げ、片手を振った。
緩めた結界を抜けて飛んできたのは薄黄色の式鳥だ。縋りつくように差し出したルルーリアの手に渡ると『やぁ皇女様』と男の声で話し出した。
『いいザマだね。僕との約束を守らない罰だよ。今まで聖女ヅラして散々甘い汁を吸ってきたんだ。ツケを払うといいさ』
「エルンスト!わたくしを助けて!!」
『・・・この場で僕の名前を呼ぶなんてね。キミ、本当にもういらないよ』
そんな!と式鳥を握りつぶす勢いのルルーリアを再度、魔導師団員が抑えこむ。
「会話が出来るのか。ヴォルク、お前と同じ構築の式鳥か?」
「いや。式鳥に通信魔術の術式を添付してあったんだろう」
「引き入れちまって大丈夫なのかよ」
「ルルーリアでは話にならん。エルンスト。お前がエル、か」
ルルーリアの手から抜き取られ、デスクの上に置かれた式鳥は、紙を折ったようなペラペラの鳥の形だ。あまり長持ちはしないだろう。
『初めまして、ヴォルク=レーベルガルダ。今回はあまり悪さをしてないし、お姫様を悪漢から救った功績として僕は見逃してほしいな』
「ジズに魔獣をけしかけたのも、迷宮で仕掛けてきたことも不問にしろと?」
『やだなぁ。やっぱりバレてたのか。お姫様の力も含め、君達の実力を確かめたくてね。そんな手強い相手じゃなかったからいいいだろう?』
薄黄色の式鳥がぴるる、と嗤う。
『大切なお姫様を守る力があるか確かめただけさ』
「確めてどうする」
『守れないようなら、もちろん僕が連れていくのさ』
びきり、と部屋が軋む。
「馬鹿、ヴォルク!圧を抑えろ!」
「お前はシアの何だ」
『君に話す必要はないかな』
びきり、びきり
圧に耐えきれずルルーリアが崩れ落ち、くぐもった呻き声をあげている。ジズもギリギリと痛む頭をおさえ叫ぶのがやっとだ。
「ヴォルクやめろ!」
と、唐突に圧が消え、ヴォルクがピアスに手をやる。
『ははは、じゃあまたね』
一瞬のうちに式鳥はルルーリアにぶつかり霧散する。
「あああああああああああぁ」
大絶叫し、意識を喪い倒れこんだルルーリアをチラリともせず、ヴォルクはピアスに向かって話しかけている。
「どうした・・・あぁ、問題ない。拘束して転がしておけと伝えてくれ。ん?大丈夫だ、心配いらない。切るぞ」
見守る師団員が生温い目で見ているのに気付いているのか、いないのか。
「やっぱりシアたち、襲撃をうけたのか?」
「あぁ、予測どおり信者たちが群がったようだ」
敢えて2人だけで帰した。
だが、御者はハーバードで、同乗者のモモリスとてかなりの使い手だ。念のためジョナムにも連絡をいれたので、クランメンバーも数人応援にきているとなれば、狂信者相手の制圧は他愛もなかった。
「魔血石の使用はなかったみたいだな。魔薬漬けにされてたようだがな」
「お前、逆に無茶してないかシアに心配されたんだろ」
「・・・・・」
図星だったのか、むっと黙りこんだヴォルクの肩を叩き、ジズはハロルディンへの報告に向かった。
気を失なったルルーリア皇女と部屋の片付けを部下に頼むと、ヴォルクも混沌とした部屋を後にする。
広間では主役のいない夜会が続いている。
今夜の出席者は政治的な思惑でかなり厳選されている。この出来事を受け、誰がどう出るか。何が動くのか、見極めるのはハロルディンだ。
「内通者はやっぱりいるんだよ。どう扱うかで、こっちが有利にも不利にもなるんだ」と楽しそうに語る気持ちには共感できないが、味方でいる限りは頼もしい人物だ。
術式を起動させ、何の変哲もない壁をすり抜けて
、カーリング団長と王が待つ部屋へと進む。
シアをお姫様と呼ぶ、エルンストの正体は不明のままだ。シアの話では精霊術を使っていたようだが、ルルーリアに最後に仕掛けた術など、魔術もそれなりに高度なものを使用している。
ルルーリアは多分、記憶の一部が破壊されたか、まともに思考できない状態にされているだろう。
王たちへの報告にはあまりシアの件を入れたくはない。が、ハロルディンと魔女に彼女を最前線に引っ張り出されてはそうもいくまい。
今後もシアに犯罪組織の要であるエルネストからの接触の可能性があるからこそ、今夜のように大々的にシアの存在を公にしたのだろう。
護り手は十分だとわかっていても、心配はいつだってついて回る。
本当なら自分が側について守りたい。
そのために手に入れたはずの地位や立場が、枷となっている儘ならない現状にひとつため息をつく。
現れた重厚な扉を前に、気持ちを切り替えノックをした。
「シアさん怪我はありませんか」
「いいえ、全く」
予め襲撃の予測と、目立たないよう護衛をつけた、と話を聞いていたが、御者台に座って馬車を牽いてきたハーバードを見たときはさすがに驚いた。
王宮から少し離れたところで受けた襲撃は、ハーバードとモモリスであっという間に20人程の相手を無力化してしまい、応援にきてくれたレッカスとトーヤは縄で縛る係りとなっていた。
拘束され芋虫のように転がされた青い信者服の襲撃者たちからは、一様に甘く重い、魔薬特有の匂いがしており、目の焦点も合っていない。
馬車から降りないようにと言われているシアは、トーヤにクランハウスから何種類かの傷薬を持ってきて貰うと、馬車のなかで調合し、碧のバングルに手を置いた。
「少し力を貸してください」
小さく詩を詠みマナを込めると、瓶の中の傷薬の色が変わっていく。
突如淡く光を纏った馬車に驚き、駆け込んできたモモリスに出来上がった傷薬を渡す。
「一口ずつ、彼らに飲ませてください」
「これは?」
「魔薬の浸食を抑えることが出来ます。常用期間が長いと効きませんが、そうでなければ正気に戻るはずです。お願いします」
レッカス達にも手伝って貰い飲ませていくと、半数ほどは正気に戻り、残りの人たちも症状が軽くなったようだ。
窓から心配そうに見ていたシアに気づいた信者たちが、何を思ったかシアを拝み始めたので、慌てて顔を引っ込めた。
「ははははは、これはいいですね。シアさんが聖女のようだ」
「やめてくださいハーバードさん。今私の名前を言っちゃ嫌です」
彼等を引き取りに来た魔導師団員が、馬車に一礼してから連行されていく信者たちを不気味そうに見ていた。
なかなか戻ってこないモモリスに、窓の隙間から外を覗くと、すぐ側にトーヤが立っていた。
「今、取り込み中なんでダメっすよ」
「何か問題が起こったの?」
「あの女ですよ、軽食屋の。ジズさん狙いかと思ったら、今はモモリス小隊長にへばりついて、愛の告白してるっす」
「ええっ?」
たまたまこのタイミングで居合わせたわけではないだろう。
「信者たちをけしかけたのは多分あいつっすよ。随分魔薬キメてるみたいっすね。あの小隊長が締め上げられてるっす」
「えええええ??」
外が見たい。が、トーヤは相変わらず「ダメっす」と見せてくれない。
「モモリスさん、大丈夫なの?」
「仮にも小隊長だし、魔法学校の優等卒業生っすよ。ねぇ、魔導士さん」
「実力に問題はないですよ。試験に弱いだけで」
ハーバードも御者台ではなく、そこにいるようだ。
「うわ、汚ね。案外容赦ないっすね」
「あれだけ出せば魔薬も抜けたんじゃないか?おや、逃がしてしまいましたね」
「すまない、随分と待たせてしまった」
乗り込んできたモモリスは、出て行った時となんら変わりない。
「どうしたのだ?ちょ、ま、し、シアさんっ」
ぐっと体を乗り出して、向かいに座るモモリスを検分すると、慌てたように身を引かれる。
「怪我がないようで安心しました。彼女は?」
「あ、け、怪我の確認・・・。はぁ。魔薬を体から排出したら我に返ったから、そのまま帰したのだ。念のためクランの獣人の彼が付いていったから、問題ないだろう」
「レッカスさんが。なら安心です」
ピアスからヴォルクに連絡をいれるシアを、モモリスは静かに見ていた。
彼女は今夜、自分が周囲に与えた影響をどのくらい承知しているのだろう、と。
初めての夜会だと言っていたが、微笑みを浮かべた凛とした立ち振舞いは、柔らかな少女めいた清楚さと相まってひどく目をひいていた。
滅多に表舞台に出てこない魔女の登場だけでも一大事なのに、建国の白虹の魔女が自分の名継をする者だと紹介したから余計だ。
名継、すなわち魔女たる所以の血筋は残せない変わりに、持ち得る知識を全て受け継ぐのだ。白虹の魔女ともなれば、その知識の価値は計り知れない。
そのシアは、並んでみれば誰に合わせたのかが一目瞭然のドレスで、鉄面皮のはずのヴォルクの甘やかな態度をごく自然に受け止め、当たり前のようにその腕に収まっている。
一晩で国にとっての重要人物となったシアに、関心が集まらないわけがない。
皇女の騒ぎなど霞んでしまったに違いないのだ。
「今日は色々助けていただきありがとうございました。たくさん緊張したので疲れました」
「邸に着いたら少し軽食を摂るといい。ほとんど口にしていないだろう?」
「はい。お腹すきました」
今はもう、凛とした姿はどこへやら、お腹を抑えて眉を下げるシアに苦笑を漏らす。
明日からは、シアの周りは今までの比でなく騒がしくなるだろう。せめて余計な羽虫くらいは払ってやろうと、胸のうちで決意した。
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