第43話 高邁の聖女8


「折角だから紹介してあげるわ、シア=カルステッド。私の名前を継ぐ者よ。今朝正式に魔女集会からの承認も貰ったからね~」



これまで以上に会場がざわつく。

魔女の名前を継ぐ、という重みのためだ。


モモリスにネリーのもとまで手を引いて連れてこられる。貴賓席より一段低くはあるが、広間中の視線を背中に感じる。意を決して王に丁寧に礼をとり名乗ったあと、広間のほうを振り返って深く礼をした。



・・小さい頃にとう様とやったお姫様ごっこがここで活かされるとは。



ハロルディンがよくやったとばかりに、笑顔で頷くのに微笑み返すと、モモリスがネリーの背後まで下がらせてくれた。



「ふふん、かわいい自慢の娘なの。色々出来も良いし、施術の腕もいいの。さっきのあなたのちゃっちい祝福?よりよっぽどいいわよー」

「し、失礼ではありませんか!女神の祝福を貶すなど、白虹の魔女だとしても赦されませんよ!」

「えー、だってあんなの祝福じゃないし。ある程度の魔力もちなら出来るから、イシェナル国民には貴ばれないわよ?」


「なっっっ」

「あなたの国じゃ保有魔力の高い子はあまりいないのねぇ」



本当の神の祝福なのかはさておき、確かにあの程度であれば魔力の高めの街人でも同じ現象が出来る。


それゆえの周囲の冷めた反応だったのだ。


「それとねー。女神ってサリューズのことでしょ。それ私の妹なんだけど、グリデール教は一時手を貸してたし、女神として崇められてることも知ってるけど、あなたのことは知らないって」


「・・・・・・・は?」


広間中のざわめきが大きくなる。


グリデール教の女神は魔女、でネリーの妹


「・・・・師匠、妹さんがいたのね」

「そこに食いつくのか、シアさん」



「ねえ、高邁の聖女サマ?祝福ってのはさ、シアがつけてる精霊の宝玉を与えられる程の親愛を寄せられないと貰えないのよ?それで、うちの子はどのあたりが貴女に劣るのかしら。あぁ、身分?カルステッドの姓に聞き覚えは?」

「ま、まさかベイデック帝国の・・・」

「もうとっくに継承権は放棄したけどね。一応直系なのよ」



顔を真っ赤に染めたルルーリアは、助けを求めるようにヴォルクを振り返る。


「つまらん茶番にいつまで付き合えばいい。石の回収も、その他の証拠も押さえたと報告があった。

もういいだろう」

「石・・・・・?ヴォルク、あ、あ、あなた魔血石を知ってて・・・」

「それ以外にお前に付き合ってやる義理はない」


絡めていた腕を後ろ手に捻られて、ルルーリアが苦悶の声をあげる。


「わたくしが大事だと!この身をくれてやると、そうおっしゃったではないですか!」

「自分の吸ってた魔薬が入れ替わってることにも気が付かないなんてな。初級レベルの幻視だ」


「幻視・・・・・う、うそです!!!」


崩れ落ちるように踞ったルルーリアに駆け寄る侍女はおらず、先程恍惚としていた数名も、師団員に退出させられていた。



パンパン、とハロルディンが両手を鳴らして注目を集める。


「ルルーリア第3皇女は慣れぬ外交の疲れから魔薬を使用してしまったようだ。先程の発言も、ささやかな祝福もきっと魔薬の影響だろう。皇女が平素の状態でなかったこともあり、騒ぎを大きくできませんな。皆様どうぞ御配慮ください。

さ、ルルーリア皇女様、どうか部屋でお休みになられてください」


招待客にこのことは無かったことにしろと言外に告げる。


「それから魔女の名継の件は、どうぞ内密に頼みますぞ。本来ここで公表すべきことではありませんからな」と、追い討ちをかけるように、わかってんだろうなと会場中を見渡して釘を刺す。


「歓迎会は改めて行うことにしよう。私たちはもう下がるので、あとは皆で夜を楽しむように。

良い夜を」

王が退出の挨拶をし、夜会の再開を促した。





ヴォルクに連れ出されていくルルーリアを横目で見ていると

「気にすんじゃないよ」

と、ネリーがおでこをつついた。


「喧嘩を売る相手を見極められなかった。自業自得だね」

「・・・うん。師匠、妹さんの話は後で教えてね」

「本当は妹、じゃなくて妹分だけどね」



あっという間に人に囲まれたネリーから離れ、ジズとモモリスに挟まれるようにしてチロの場所まで避難する。


我先にシアと繋ぎを取ろうと群がった人も、巨大な真っ白い竜は得体が知れず怖いのか、誰も近づいてこない。


「シア、まだ警戒しておけよ。様子のおかしい奴らがあと何人かいたからな」

「明日からは君にあの手この手で近づこうとする者が増えるだろう。今日は早めに退席しよう。あぁ、やっとあいつが来るな」


ルルーリア皇女を預けてきたのか、ヴォルクがシアたちのいるテラスに真っ直ぐ向かってくる。


トン、と鳴ったピアスに笑顔で同じく返す。


ヴォルクに向かって足を踏み出したが、嫌な気配を感じて振り返った。



ここは4階だ。

どんな方法でか、テラスの柵によじ登ってきた青い信者服の男が涎を垂らしながら、奇声をあげて猛然と襲いかかってきた。




「うっわぁぁ。痛そう・・・」


ヴォルクに抱き上げられた腕の中で、透明な壁に叩き付けられるように貼り付いた、悲惨な姿にシアは顔を歪めた。


「会場に結界を張るのは常識だ。しかもネリーの白竜がいるのがわかっていて、ここから襲撃するなど阿呆だろう」

「もう向こうは済んだのか?思ったより呆気なかったな」

「おい、ヴォルク=レーベルガルダ。今夜もうちで預かるのでいいのだろう?」



結界に阻まれてずり落ちていってる襲撃者はそのままでいいのか、とヴォルクをつつくと、他のテラスから侵入しようとした者も含め、すでに魔導師団が動いているそうだ。


「俺はまだ、今夜のうちに根回しを含め片付けたいことがあるからな。悪いが明日までシアをお願いできるか」

「あ、お、お願い??」

「なんだモモリス」


ヴォルクから出てくると思わなかった単語なのだろう。目を白黒させているモモリスを、ジズと顔を見合わせて笑う。


「俺もその手伝いだ。シア、もう少し大人しくしてろよ?」

「もうジズ!私を問題児みたいに言わないで」

「問題が寄ってくるから大差ないだろ」



まだ仕事があると言うヴォルクから降りようとしたシアをなぜか抱え直し、ジズとモモリスに少し待つように言ってヴォルクが歩きだす。


自然と人が割れるようにできた空間を通り、大広間を出て行くヴォルクと抱えられているシアに誰もが視線を送るのに、誰も話しかけてこない。




さほど行かず扉を開いたその部屋は、ヴォルクが灯した蝋燭の灯りと大きな窓から差し込む月明かりだけだ。



「ヴォルク、どうしたの?」

「初めての夜会だったのに、大して楽しめなかったろう?それに折角綺麗にドレスアップしたシアをモモリスだけに独り占めさせたくないからな」

「ふふ、なぁに?踊っていただけるのかしら」


くすくすと笑うシアの手をとると、ぐっと腰を引き寄せる。



「お相手願えますか?」

「喜んで」



部屋におかれていたオルゴールが奏でる音に合わせて、ステップを踏む。

月明かりに照らされ、ゆらゆらと2人の影も踊るように揺れている。


「ヴォルクと踊るのも何年ぶりかしら」

「王都に出てきたばかりにハロルディンの家で踊って以来だ。・・・綺麗だな」


落ちてきた口付けを視線を絡ませたまま受ける。


「ヴォルクの色なの」


パートナーであるモモリスに色を合わせてもいるのだが


「側にいるようで安心するから。紫も金もヴォルクの色を纏ってたの。お揃いのピアスまであるなんて知らなかったから、ふ、ぁっ」



丸あきの背中を撫でるようにヴォルクの手が滑る。

先程よりも深い口付けのあと、ピアスをしていない耳朶を柔らかく食みながら、「俺が連れて帰りたい」と弱々しい呟きにシアが苦笑を漏らす。



「ちゃんとお仕事してきてね。これ、今夜は外さないから、ヴォルクもつけてて」

トントンとヴォルクのピアスに触れると、良い笑顔で首裏に噛みつかれた。




仄かに色香を纏って戻っきたシアを急いでモモリスに預け帰宅させると、ジズは呆れた目で隣に立つ男を見上げた。


「いちゃついてる暇あるのかよ、これから大詰めなんんだろ」

「あそこまでシアを着飾らせるなんて聞いてない。余計な虫がつくだろうが」

「それであのあからさまな牽制な。首裏のやつ、シアが気付いたら騒ぐぞ」



わざとホルターネックでもリボンでも、『ギリギリ見える』場所にキスマークを残してある。




「皇女はどうすんだ?グリーディアには知らせるのか?」


防音の結界を張りつつ、皇女を拘束している部屋まで歩く。


「何かあったら責任を取らせてくれて構わない、などと此方に処分させようとしたふざけた国だ。羽目を外しすぎた程度の報告しかしないだろう。これを機に食いついてこられても迷惑だからな。その辺りの駆引きは狸の仕事だ」

「ふざけてんなぁ。まぁ、だからこそ犯罪組織の隠れ蓑にされてるんだろうけどな、お?」



着いた扉の向こうから甲高い声と、何かが割れる音が響く。

「おーおー、元気だな。こりゃ色んな事、簡単に話してくれそうだ」



迷惑料分の情報は搾り取れるだけ搾れ。

宰相の臨時侍従に課せられた、本日の課題だ。


腕捲りをするジズを横目に、ヴォルクがガチリ、と魔術鍵を開けた。

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