第42話 高邁の聖女7


今朝早く、ジズからの式鳥でやはり今日はクランを休むようにと言われたシアは、朝食後からシスレー夫人の指示で、女中さんたちに体を磨き上げられた。



ドレスアップの支度を手伝ってくれた皆が下がり、改めて姿見の前に立ち全身を確認すると、我が事ながら、ほうと感嘆の息をついた。


「すごく綺麗」


胸元から裾にかけて、淡いピンクから濃い紫のグラデーションになっているドレスは、腰の部分から繊細な刺繍が施されたレースが花弁のように何層にも重ねられており、動く度に縫い付けられた小さな宝石と刺繍の金糸がキラキラと光を反射させた。

鳥の尾のように後ろの一部だけが裾がより長くなっており、動くと出きるそのシワさえも綺麗だ。


首に巻かれたリボンが飾りとなるようにホルターネックにしたため、胸元の露出はないが、その分背中はほぼ丸あきで、気恥ずかしい。


ピンクのふわふわの髪はふんわりとまとめられ、金細工の小さな髪止めがアクセントになっている。

何すじかが背中に垂らされ、いつもよりくるりとカールされた髪が動きと共に揺れている。



初めて纏う豪奢なドレスに口角をあげ、くるりくるりと回ると、ボリュームのある長い裾が花開くように大きく広がり、下に着けたボリュームのある黒いパニエがちらりと見えた。



昨日ネリーが持ってきてくれた、狼精霊からもらった宝玉を嵌めたバングルは、シアの腕に合わせて細い2重環で、いくつかついている水晶には小さく小さく小鳥の形が彫られており、見るたびに気持ちがほわりとする。



馬の嘶きが聞こえて窓の外を見ると、どうやらモモリスが帰宅したようだ。

折角なのでドレスのお披露目がてら出迎えようとしたのだが、階段を転げ落ちた上、抱き抱えられる羽目になるとは・・・



そのまま1階でモモリスの支度を待ちながら、歩き方の練習をしていたが、「困ったら坊っちゃんに抱えてもらえば良いんです」と、誰も協力してくれなった。


家人たちに生暖かい目で見送られ、王宮に向かうのは馬車だ。モモリスには心配されたが、ネリーに調合してもらった特別製の酔い止めが予備分もあると言ったら、ひどく安心された。




「モモリスさんは白い騎士服も似合っていて素敵ですけど、今日の華やかな格好は新鮮で格好いいですね」

「あ、いや、私はあまり華美なものは好みではないので格好良いかどうかは・・・」


モモリスの艶を抑えたライトグレーの衣装には、袖口や襟元など、所々に紫の宝石が散りばめられている。


「あ、ここも。こういう時ってパートナーと、色を揃えるんですね」

「決まりではないがな。・・・・その、だな。そういったドレス姿も、とてもよく似合っている、と思うぞ」

「ふふ、ありがとうございます」

「そうだ、君にこれを」



渡されたのは手のひらに収まる程の小箱。中にはピアスが1つだけ入っていた。

「レーベルガルダ公から君へと預かってきた。通信の魔道具らしいが、使い方は?」

「・・・・わかります」



黒紫の蝶の形をしたビアスは金の鎖が垂れ下がっており、先端に花の形にカットされた黒水晶が付いていて、耳に付けるとしゃらしゃらと揺れた。



指先でそっと、トンとたたく。


一拍後、トンと返ってきた音が嬉しくて、少しだけ涙が出た。


・・・ちゃんと繋がってる



ピアスを押さえたまま改めてお礼をいうと、ひどく狼狽された。

「ま、まっすぐ座りなさい。下から仰ぎ見ないように!」

「え??っとはい。すみません?・・わぁ!すごい馬車の数ですねぇ」


気付けばハーベル宮殿の目の前まで来ていた。





会場入りすると、モモリスの隣に立つシアはひどく注目を受け、案の定あちこちから詮索が入ったが、そこはさすが伯爵家の跡取りなのか、モモリスが難なくかわしていた。


煌びやかな会場に目がチカチカして一瞬眩んだが、給仕に扮したジズが飲み物を渡しがてら、背中をそっと支えた。


「果実水はいかがですか?」

「ふふ、ありがとう。その格好よく似合ってるわ」

「シアは随分綺麗にしてもらったな。皆に見られてるぞ」

「もう!これ以上緊張させないで」


小声で軽口を叩いてシアの緊張をほぐすと、すぐにジズは居なくなってしまったが、もう、大丈夫だ。




笑顔を心掛けてモモリスについて回っていると、

音楽が止み、ルルーリア皇女とヴォルクが広間に入ってきた。


黒い魔導師団の団服のヴォルクは、黒紫の髪と相まって、華やかな夜会の場では夜を切り取ったようだ。

皇女も色を合わせたのか胸元が大きく開いた黒い光沢のあるドレスを着ていたが、普段夜会にでないこともあり、会場内の注目の的はヴォルクだ。


エスコート役のヴォルクに腕を絡めた皇女は泰然と微笑みながら数段高い貴賓席まで歩いて行く。



と、ふと視線が絡んだヴォルクが微かに笑みを浮かべ耳に手を当てた。


「あ・・・」


シアのと比べると随分小振りだが、同じ色のピアスが片方だけヴォルクにもついていた。




王と皇女の挨拶のあと、皇女とヴォルクのダンスが終わると、皆フロアに広がってダンスを踊ったり談話が始まる。

今日は厳選された高位貴族のみの出席のため、人数はさほど多くないが、シアにとっては物語の中の世界のようで、段々と楽しくなってきていた。


モモリスとのダンスは安定したリードで身を任せることができ、ステップを踏む度に綺麗に広がるドレスに目を細めていると、モモリスが耳元に顔を寄せて囁きかけた。


「あいつも君にはあんな表情を向けるのだな」

「全てに無関心なわけでも、心がないわけでもありませんから。ものすごく表情に出づらいですけど」

「確かにな。今は私が視線で射殺されそうだ」


「え?」

ヴォルクに向けようとした視線は、ぐるんと大きく体を回されてから、ぐっと腰を引き寄せられモモリスに密着して遮られてしまった。


「ふふん。優位に立てた気分になれるな」

「後で仕返しされますよ?」


そして何より、周囲の好奇な視線を集めてしまったようだが、跡取り息子としていいのだろうか。




何事もなく進んでいた夜会だったが、侍女の1人が駆け込むようにルルーリア皇女に手紙を渡すと、

状況が一変した。


「皆様!!先ほど我がグリデール教の1柱である女神から、わたくしの願いへの赦しがおりました!」


突然立ち上がり声を張り上げたルルーリア皇女の奇行に、何事かと広間が静まり返る。


「わたくしルルーリアは常々この身を不逞の輩に狙われておりました。わたくしには女神の守護があり無事ですが、わたくしの周りのかたが被害にあってしまい、心を痛めておりました。かねてより、心清く、頼もしい守護者を遣わせていただけるよう、女神に願っておりましたが、このたび女神の目にかなう者が現れたのです!」


数歩後ろに控えていたヴォルクの腕に自分の腕を絡めたルルーリアは、そのまま衆目の前に連れ出した。


「彼、ヴォルク=レーベルガルダがわたくしの守護者です!彼は魔導師団副師団長として、この国の守護の一端を担う重要なかただとわかっております。ですが、どうかお赦しいただけないでしょうか。

わたくしと彼が学徒の頃からの浅からぬ仲だとご存じのかたも多くいらっしゃるでしょう?彼であればわたくしは心身ともに全てを委ねることが出来るのです」


無言のまま表現ひとつ変えないヴォルクに、肯定の意と受け取ったのか気を良くしたらしい皇女は

「ねえ、ヴォルクからも皆様にお話してくださいませ」としなだれかかった。



劇でも観ている気分で呆然としていたシアは、トントンと鳴ったピアスの音でハッと我に返った。


周りを見ると呆れている様子が大半だが、中には恍惚として表情で賛辞を送っている者がいる。


「あいつらは魔薬にやられてるな、近づくなよ?」

いつの間にいたのか、背後から囁いてきたジズに無言で頷き返す。



「これはこれは。困りましたなルルーリア第3皇女様」

芝居かがった台詞で沈黙を破ったのは、王の隣に陣取っていたハロルディンだ。


王に会釈をして許可をとると、ルルーリアの正面で向かい合った。


「確かに彼は、我が国の守護として重要な存在です。ください、と言われてどうぞとはいきません。何より、この場で決定すべき事柄ではありませんぞ?」

「そうですわね、宰相様にとってはご子息で跡取りでもありますものね。けれど、わたくしにとっても唯一の守護者ですの。グリーディアでは今よりも豊かな生活を必ずお約束いたしますわ。

あぁ!ご覧下さいませ。女神がわたくしと彼を祝福してくださっておりますわ!」


皇女がひらりと手をかざすと、屋内だというのに上から光の粒子がきらきらと降り注いだ。


「おお!これは!!」

「なんと美しい。さすが聖女様ですな」

そんなざわめきは、ごく1部のみで、周囲の目はすっと冷ややかになった


「み、みなさま、どうなすったの?女神の祝福ですのよ」


思ったような反応がなかったからか、わずかに焦りを見せた皇女にハロルディンが一歩近づいた。


「それに私事ですが、彼はもうすぐ婚約式を迎えるのでね。お相手との仲を引き裂くようなことになっては、さすがの私でも心が痛みます」

「あら、わかっておりますわ。森暮らしの長い平民のかただとか。けれど彼の将来を考えたら、どちらと歩んだほうが有益か、敏腕宰相様ならお分かりになるでしょう?」


静かに見守っていた貴族たちが、婚約式のくだりでざわざわとし始めた。

相手は誰だと、いろんな推測が飛び交っているようだが、シアとしては皇女にとられた腕をそのままに沈黙を保っているヴォルクが、なにかを仕出かしそうで、そわそわする。


「おや。婚約者のこともよくご存じのようですが、彼女は少し特別でね」

「特別?ハーフエルフは確かに希少ですが、そこまででもございませんでしょう?」




「何あんた、うちの娘にいちゃもんつける気?」



テラスに面した大きな窓をバーンと音がしそうな勢いで押し開けて入ってきたのはネリーだ。


「りゅ、竜だ!大きな竜をつれてるぞ!」

「白い・・・・なんて真っ白な人なの」


擬態をしていない白金の髪をなびかせて、真っ直ぐ皇女のもとまで行くと、グリーディアの護衛が慌てて行く手を塞いだ。


「退きなさい、私を誰だと思ってるの」


ネリーが片手を振ると、護衛たちは壁際まで払い飛ばされた。


悲鳴を上げた皇女をそのままに、イシェナル王アグリアが進み出て迎え、膝をついて頭を垂れた。


「お久しぶりです、ネルーデライト。白虹の魔女よ」


一拍後、広間にいたほとんどの者が同じく頭を垂れた。その様子をポカンと見ていたルルーリアは我に返ると鼻で嗤った。


「白虹の魔女?まさか、イシェナル建国の魔女がなぜまだ生きてますの。ご冗談でしょう?」

「なんでって、学校で習わなかったの?魔女は長生きなの。んで私はその中でも特別な魔女なんでね。で、うちの娘がなんだって?」


「ネルーデライト、娘がいらしたのですか?」

「産んじゃいないけどね。でも自慢の娘なのに、こんな大勢の前で貶されるなんて思わなかったわ」


大きく手を広げ、やれやれとポーズをつけるネリーに、皇女を押し退けて王が慌てている。


「レーベルガルダ公、婚約の話は考え直すべき?傷心の娘とはエンタートの海でも見に行こうかしら。ねえ、どうしようかシア」



・・・・どうしてここで私に振るのだ



一斉に集まる視線を感じながら、とりあえずにっこりと笑っておいた。

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