第41話 高邁の聖女6


シアに用意された客間には、大小様々な箱が積み上げられていた。


「え、これ全部?」

夜会のドレスだけにしては数が多すぎる。


「やだシアちゃん、レーベルガルダ公がドレス1着だけなんて贈らないわ。この中から選ぶのよ~」


やっと乗馬の試練から解放されたと思ったらこれか。

・・・とはいえ、シアとてドレス選びか嫌なわけではない。気後れするだけで。


女中さんたちの助けの手を借り、シスレー夫人監修のもとで全ての箱から出し、あれはこれはと合わせていると、途中でネリーも加わり、小物から化粧や髪型まで、シスレー夫人とネリーと女中さんたちで舌戦が繰り広げられた。




「で、決まったのか?」

「うふふふふ、シアちゃん、かっわいいのよ~。モモリスだって惚れ直すんだから」

「ん?何あんた、シアに惚れてるの?」

「ちちちちちちちがう!!」


夕食の場では、すっかり打ち解けたネリーとシスレー夫人がモモリスをからかっていたが、あっという間に飽きたのか、今度は古文書の話で盛り上がっている。


「騒がしくして、すみません」

「いや。普段は私だけで静かでつまらない、と愚痴をこぼしている母だ。楽しんでいるだろう」


濃紺の瞳を和らげると途端に印象が柔らかくなる人だ。


「明日の夜はよろしくお願いします。夜会なんて本当に初めてで、あるのは知識ばかりだからすごく緊張します」

「私も頻繁に出席するほうではないがな。それに向こうに行けば、あいつに会えるのだろう?」

「・・・はい。初めての夜会のパートナーがモモリスさんのような優しいかたでよかったです」


ほわり、と微笑むと、ガッチャンと硬質な音が響いた。



「ちょっとモモリス、フォークを落とすなんて!」

「あ、す、すまない」

「なになに、ちょっと面白い展開になってるの?シアに何かされた?」

「してません!もうっ師匠!!」





今夜はシスレー邸でネリーとお泊まりだ。

客間に入るなり擬態を解いて白い本来の姿になったネリーは、窓辺のソファーにシアを手招いた。


「私の正式な名前を覚えてるかい?」

「忘れるわけないわ、すごく衝撃的だったんだから」


「よしよし、んじゃ大丈夫。シアに私の名前を半分あげるからね。坊主との婚約式前だけど、私からのお祝いだ。これであの女と張り合えるだろう?」


名前を半分、つまり・・・


「私を師匠の娘にしてくれるの?」

「肩書きだけさ。シアには立派な、大好きな両親がいるだろう?余分な姓が1つ増えると思えば良いよ」

「・・・そんな、余分なんかじゃないわ。師匠、ありがとう。大好きよ」


ぎゅ、っと久しぶりに抱きつく。


「随分長生きしてきたけど、これで私も初の子持ちだわ」

からからと笑うネリーだったが、ふと一転して真面目な顔になると、シアの顔をぐっと引き寄せた。


「この目のことを知ってた奴が誰なのかも今調べてるから、安心おし」

「はい」


皆が協力してくれている、助けてくれている。

自分も負けてはいられない。


「明日、私も堂々と振る舞います」

「あははは、そうだね。アンタはそうやってまっすぐ前見て笑ってな。余計な枝葉は頼まなくても刈り取るのがいるからね。暗い顔してると周りが暴走するんだよ。よし!寝るよ!!」


元気すぎる就寝の挨拶のあと喚びだしてくれたチロとベッドに転がり、羽毛に顔を埋める。


多分、明日の夜会で皇女の件は決着する。いや、させるのだと言っていた。


背後にいるらしい、犯罪集団や魔血石がどうなっているのかシアにはわからないが、自分の力の及ぶ範囲で与えられた役を頑張ろう。


馴染んだ体温が側にない寂しさを紛らわすように、羽毛の温もりに体を寄せた。





カーリングがハーベル宮殿の外客棟からの通信を終えると、ちょうどヴォルクとハーバードが執務室へと入ってきた。


「おう、進展はあったか」

「やはり今回の行動は皇女ルルーリアの独断だな。あの犯罪組織の計画にしては粗が目立ちすぎる」

「襲撃にしても分かりやすい虚言ですからね。申請なく勝手に街へ降りたことを誤魔化したいのでしょうが、王宮を出た時点でこちらは把握済みでしたしね。それと、魔血石らしいものを所持している証拠は押さえられました」


ハーバードが赤黒い欠片をカーリングの前にことりと置いた。

「随分と杜撰な管理のようです。襲撃を受けた外客棟中庭の調査だといって、マイクが簡単に紛れ込んで保管場所を把握済みです」



カーリングは魔血石を手に取り検分したあと、ヴォルクに視線をやった。


「明日の夜会で犯罪組織は介入してくると思うか?」

「いや。エル、と名乗る人物の言動からも、ルルーリアの行動に協力する気はないだろう。現に街中の襲撃者はルルーリアの手配だったようだが、誰かに手酷く殺されている。ハーバード」


「はい。誘拐事件の時、ベイカーの身に残っていたものと同一の魔力の証跡だと確認済みですので、例の犯罪組織の人物かと。連続誘拐のときは綺麗に消した証跡を今回残しているのは、自分の意と反する行動をした皇女に対する見せしめのためなのか、ただ単に自分を表に出したい何かがあったのか。

シアさんの件を考えるとどちらもあり得ます」


皇女の裏で動かれても厄介だが、別々に行動されては正直、手が回らない。


「この証跡からは個人情報に繋がるものはなにも追えませんでした。副長の師の協力もありますので、引き続き調査を進めます」


「あとは夜会で皇女がどれだけ暴れるかだな」



皇女ルルーリアは襲撃の件を引き合いに、ヴォルクを自分専属の護衛にするよう、王に直談判したのだが、襲撃者割り出しのために奔走させている、と王自ら断りをいれている。


代わりにと、見目の良い騎士団員を数人付けたが、次の日には使い物にならないほど魔力酔いをおこし、現在は魔導師団員が交代で付いている。



ルルーリアは魔血石を細かく砕いたものを飴を舐めるように常用しており、そのせいで濁りのひどい魔力を垂れ流しているのが、魔力酔いの原因だ。



「うちの団員は個人の保有魔力が高いので防御できていますが、皇女に付いている侍女を含め、周りのものは常時酩酊状態でしょう。そのうえ、魔薬も使用しているようです」


「聖女が聞いて呆れるな。あの姫さんは外交員らしいことは何かしたのか?」

「本来の目的のグリデール教会への魔力奉納だけだ。孤児院への慰問は断られ、王との会談で皇太子の娘の嫁ぎ話を持ちかけたが、うちの国は王も選出制だから、王族の嫁として迎えてくれと言われても困る、と王が軽くあしらってたぞ」


だが、皇族であり、教皇の婚約者であるルルーリアが外交中に問題を起こせば、国の代表として皇王が、またはグリデール教代表として教皇が、贖罪と称した会談の場を設けようとするだろう。


イシェナルとしては、今以上の親交をグリーディアと結ぶつもりはないので、夜会で何か問題が起こっても国内での内々の処理にしたいのだ。



「そういやヴォルク、明日の夜会の件、宰相は何て言ってる?」

「直接聞いたほうが早いだろう」



いつもと変わらぬ涼しい顔で、ごどん、とカーリングの机のうえに置かれたのは



「・・・・たぬきか?」

「狸ですねぇ」


陶器製のつやつやした置物だ。シアのために作った術式添付した小鳥の置物と原理は同じだ。


「おい、聞こえてるか」

『聞こえているよ。おお、これ面白いね。でも、視野の同調まですると、私は酔いそうだな』


「狸が・・・しゃべって・・・んぐっ」


何とか堪えようとしているハーバードを尻目に、カーリングは腹を抱えて大爆笑だ。


「がははははは!ヴォルク、お前にしては洒落が効いてるじゃねえか、狸か、たぬき!!」

『カーリング団長、聞こえとるよ。悪いが私も暇じゃないんでね、手短に頼むよ?』

「ぐはっははは。こりゃ失礼した。夜会でやらかす段取りを聞いときたかったんだ」


『大筋は前に話した通りだよ。今回は魔女の手が入るからね、警備の面は彼女の指示に従うようにね。夜会の間に魔血石の回収は頼んだよ』



狸の置物は、ぼてぼてと歩くとヴォルクを手招いた。


『さっきネリーから連絡があってね。シアは初めての夜会のパートナーがモモリス君で良かったと微笑みかけてたってさ。初めてっていい響きだよねぇ。彼は優しいし紳士だからシアも安心だよねぇ。あ~、明日が楽し』


べちんっ



ヴォルクの手で、かなりの勢いで叩かれた狸は、ただの置物に戻ってしまった。



「・・・・っよしヴォルク、もう話は終わりだ、戻っていいぞ。はよ戻れ。お前まだこれから仕事あるんだろ、ハーバード、早く連れていけ」

「・・・・団長・・・・」


まだ手を置いたまま冷気を纏ったヴォルクはハーバードとて怖い。



「そういやお前、夜会で皇女のパートナーだろ。衣装どうすんだ?」


連れ立って団長室から出る寸前、よりによっての話題を投げたカーリングは

「職務として出席するのに団服以外が必要か」と凍える瞳で睨まれ、彼らが出ていったあと、ドアノブが実際に凍りついていることに気付き、顔を青くしたのだった。



「あー、余分な発破かけてくれたな、狸め」


明日、何かを企んでいる宰相と魔女によって何が引き起こされるのか。


どのみち自分の仕事は増えそうだ。


ヴォルクではないが、まだまだ仕事は終わりそうにない。ぐぐっと伸びをすると、王の執務室へと足を向けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る