第40話 高邁の聖女5
「母がすまなかったな」
「なんかあったのか?」
「ちょっと色々・・・・・・」
朝の突撃訪問に驚き、精神的に若干削られたが、
「やだー。誤解しちゃってごめんなさいねぇ」とカラリと笑う夫人は、面倒事を抱えたシアに嫌な顔もせず、むしろ大歓迎で滞在の許可をくれた懐の広い人なのだと思う。
「そういえば、私がお邪魔してることでシスレー伯爵邸が狙われることはないの?」
「シアの居場所は伏せてあるよ。けどまぁ、わかったところでここを狙うのは、よっぽどの世間知らずかアホだな」
・・・世間知らずですいません
「うちは代々研究好きでな。屋敷の周囲は実験と称した罠があちこちあるし、実際捕まった奴は母の人体実験の被害に合う」
「え」
「あの噂本当だったのかよ」
あの、ちょっと勢いのある夫人が人体実験??
「記憶を操作して、なにかされたかも、くらいしか覚えていないらしい。我が親ながら恐ろしいが」
「あはははははは」
・・・夫人には逆らわないようにしよう
ハロルディンからの特別指令という名目で、普段の職務とは離れていたモモリスも、今日は騎士団に顔を出すらしい。
騎馬で出勤のモモリスとは玄関先でお別れだ。
シスレー伯爵邸からクランハウスまではけっこうな距離を歩くのだが、昨日のヴォルクの様子やジズからの現況報告など話しているとあっという間だ。
「今夜はネリーが泊まりにくるってよ。昼過ぎにモモリスさんが迎えにくるからな」
「ジズは今日はどうするの?」
「午後からは狸の手伝いだな。そうだ、ドレスとか、今日の午前中のうちに届けるって言ってたぞ。まぁ、狸のことだ、サイズはぴったりだろうけど、念のためシスレー夫人やネリーに見て貰えよ」
市場通りに差し掛かると、あちこちから昨日の襲撃の件を心配する声や労いの言葉がかかる。
王都にでてきてまだ5年だが、いつの間にかこんなに知り合いが増え、受け入れて貰えていたのかと改めて嬉しくなった。
「ジズくん!!」
そんな中、駆け寄ってきたのはソーニャのパン屋の隣の軽食屋の娘だ。
名前も知らない彼女とは、今までも会話をした記憶がない。が、彼女のほうはジズをよく知っているようだ。
「ジズくん、ソーニャに会ってない?今朝パン屋がやってなくて、何処にいったかもわからないの。私、心配で」
「ソーニャちゃんが?ジズ、行ってみたら?」
多少の熱なら店を開けてしまうソーニャが店を開けていないなんて。きっと何かあったのだろう
だがジズはすこし考えたあとで頭をふった。
「いや、まずはクランハウスまでシアを送り届けてからだな」
「そんな!!ジズくんはソーニャの恋人じゃないの?心配じゃないの??」
「君にソーニャとの関係を話した覚えはないけどな」
いつまでも冷静なジズの態度に苛ついてきたのか、娘の声が大きくなる。
「そんなだから!ソーニャはそこの女のほうが自分より大事にされてるって、悩んでたのよ!大体その女、たいして可愛いわけでもないのに、毎日違う男引き連れて媚び売って恥ずかしくないの!」
「え、私に飛び火?」
「この前だってソーニャを差し置いて、ジズくんの家まで押し掛けてるでしょ!ソーニャに話したらすごく困った顔してたんだから!!だから私が・・・」
「はい、そこまで」
詰め寄ってきていた娘を、ジズがシアから引き離す。
「とりあえず、ソーニャの不在を教えてくれてありがとよ。悪いけどあとはこっちの問題だ。じゃあ」
ちょっと!!と、まだ話し足りない様子の娘を置いて、ずんずんと歩き出す。
シアの手を引くジズの力はいつも通り柔かだが、表情が硬い。当たり前だが、ソーニャのことが心配じゃないわけはないのだ。
クランハウスまで来ると、ロビーで引き留め、ジズの両手をぎゅっと握る。
「いってらっしゃい」
「・・ああ。ソーニャを見つけたら式鳥とばすよ」
「怖い顔になってるよ、ジズ。ソーニャちゃんはきっと大丈夫よ。私も問題起こさないように大人しくしてるからね」
いつものように、くしゃりとシアの頭を撫でると、近くにいたレッカスにシアを預け、外へとびだしていった。
「どうしたんです?」
「うーん。忙しい時に限って問題って山積みになるのどうしてでしょうか」
ジズからの式鳥はすぐに飛んできた。
なんとソーニャはいつも通り、パン屋にいたらしいのだ。
「何事もなくてよかった~」
「ですが軽食屋の娘の言動が気になりますね」
「はいはい!嫉妬だと思うわ。明らかにシアに敵意がある感じだし、実はソーニャともそんなに仲良くないんじゃないかしら」
割って入ってきたラナイに
「ソーニャとジズのことは認めてるのに、シアに嫉妬、ですか?」とレッカスは不思議そうだ。
「そうよ。恋人でもないのにジズと親密で、トーヤやレッカスとも、おまけにガッシュとも仲良くお出掛けするでしょう?実際はトラブル防止要員だけどさ、その子からしたらシアばっかり男子侍らせてズルい!って感覚なんじゃないかしら」
「それで嫌がらせしたってことですか?女の人は怖いですね」
「だったらいいけど、シアとジズを引き離すのが目的だったら困るわねー」
「「あ」」
ラナイの言葉にレッカスと2人でハッとする。
「私達は詳しく聞いてないけど、グリーディアの皇女に因縁つけられてるんでしょ?シアが1人歩き方しないのは今に始まったことじゃないし、今更騒ぐの変じゃない?もしかしたらその子も誰かに唆されて行動してるのかもね」
「・・・そうですね。シア、何があっても1人にならないように」
軽食屋の娘の本当のところの意図はわからないが、気を付けるに越したことはない。
その後、パンの袋を抱えて帰ってきたジズが改めてソーニャの無事を伝えてくれる。
「勝手に自分の気持ちを捏造された!ってすごい怒ってたよ」
ラナイの予想通り、仲もあまり良くなく、特にジズの件ではこれまでにも揉めたことがあるらしい。
「悪い子じゃないけど思い込みが激しくて困る、だってさ。うちのクランにも似たような奴がいるって話したら、ガッシュだろってすっげー怖い顔したよ。あいつら知り合いだったんだな」
「幼馴染なんだって」
「・・・・世間は狭いな」
医務室にこもり、ジョナムに頼まれていた軽傷用の薬を生成しながら、入れ替わり立ち替わり顔を出すクランメンバーと話をしていると、あっという間に昼だ。
「シアー、また目立つのが迎えにきてるわよー」
ロビーに慌てて向かうと、白い騎士服を乱れなく着こなしたモモリスが待っていた。
「すまない、少し早かったか」
「いや。けどシアは昼食がまだだ。あっちで食べさせてやってくれ。じゃあな、シア。とりあえず試練を乗り越えろ」
「しれん・・・・」
クランハウスの前に待っていたのは、大きな馬。
そうだ、モモリスが今朝乗って出掛けていたではないか。
「どうしたのだ?」
モモリスの前に引っ張りあげてもらったシアの目は暗い。
「こいつ乗り物酔いひどいから、ゆっくり行ってやって」
「・・・馬車のほうがよかったか?」
「いえ、おかまいなく」
どちらも酔います
「シアさん、シアさん」
こそこそと近付いてきたトーヤに、体を下に傾けると、落ちると思ったのかモモリスの腕にぐっと支えられる。
「わあ、しまった逆効果!じゃなくて。シアさん、あっち・・・」
視線で向こうを見ろ、と促される。
「めちゃくちゃ睨まれてるっスよ。まぁ、これだけ目立てば、明日には他の子達も騒ぎそうっすけど」
今朝の軽食屋の子だ。
じとり、とシアたちを見たあと物陰に身を翻してしまった。
「トーヤ、なんか良い言い訳考えられる?」
「え、俺がっすか!って、冗談はさておき。あの子が気になるなら様子を気に掛けておくっす」
「ありがとトーヤ、お願い」
走り出した馬は街中のうえ、シアを気遣ってかひどくゆっくりで、モモリスが囲う腕の中にいるのは誰だと、すでに街の子女が騒がしい。
「頑張れシアさん、当分質問責めの日々っすよ~」
遠ざかる後ろ姿にトーヤが小さくエールを送った。
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