第39話 高邁の聖女4


豪奢な裾の長いドレス。

慣れない踵の高い靴が毛足の長い絨毯に埋もれ、

ぎこちない歩き方になってしまうのを意識して、丁寧に足を運ぶ。


玄関へと続く緩やかに曲線を描いた階段を、手摺を頼りにゆっくりと降りていく。



「あぁ、支度が出来たのだな。これはまた・・・」


階下からきこえた、出迎えるはずだった人の声に顔をあげる、と、ドレスの裾を踏んでしまい、体が前に傾いだ。


「っきゃ」


ぐっと手摺を掴み踏みとどまったが、反動でぐるんと体が回り、今度は後ろ向きで足が宙に浮いた。



途中で抱き止められたようだが、悲鳴をあげる間もなく、共に踊り場まで転げ落ちた。


「坊っちゃま!!」

音を聞き付けた家人が、わらわらと集まってくる。



「大事ない。シアさん怪我は?」

「抱き止めてくださったので、私は大丈夫です。

モモリスさんは」

「私は平気だ。あぁ、少し髪が乱れてしまったな」


ずれてしまった眼鏡をかけ直すと、座り込んだまま手を伸ばしてシアの髪に触れた。


「あらあら、あなたたち。いつまでそんなところに座り込んだままでいるの?」


同じく心配して見にきていた夫人の声にハッと身を起こすが、そのままシアを抱いてモモリスが立ち上がった。


「モモモモモリスさん?!」

「こうして降りたほうが早いし安全だろう」

「あらあら、2人とも仲良しねぇ。うふふ」


夫人の声に、居たたまれず赤くなった顔を手で覆った。






襲撃のあと助けに来てくれたモモリスは、そのままシアを彼の家であるシスレー伯爵邸に連れてきた。


エルとの邂逅でぼんやりしていたシアだったが、通された客間で侍従に扮したジズを見て感情が溢れた。



「ジズ!!」

「助けに行けなくて、ごめんな」

「鳥、鳥を取られちゃったの!」


抱き着いてポロポロと涙を流すシアに

「鳥なら取り返してある」と、モモリスが水色の小鳥を差し出した。


「あ、ありがとうございます。よかっよかったぁ」


動かない小鳥をそっと手のひらで包むと、額に押し当てた。




「今わかっていることと、これから起こることを話しておく。とは言え、俺もさっき聞いたばっかであまり整理出来てねぇんだ」

「今、私たちがモモリスさんのお屋敷にお邪魔しているのも、これからのことのため?」

「あぁ。てか、多分シスレー小隊長は狸に別口で

依頼受けたんだろ。違うか?」

「違わない。私の身分が有効に働く事態になることを見越して、シアさんの護衛を頼まれている」


それで最近よく彼を見かけていたのかと納得するシアの横で、ジズは用意された紅茶をひとくち飲むと、それなら話が早いな、と呟いた。


「まずは現状からだな。シア、魔血石って知ってるか?」





今夜はまだ、これからハロルディンのところで仕事だというジズを玄関まで見送る。


「気を付けてね」

「シア、あいつは政治的な面倒ごとに巻き込まれてるだけで、ピンピンしてるから安心してな。ただ、今回の件が落ち着くまでは、鳥は動かさないと思うぞ」

「うん。無事ならいいの」



シアの髪をくしゃ、と撫でると頬に唇を寄せた。

「とりあえず明日の朝は俺が迎えに来るから、今夜はゆっくり休めよ。小隊長、こいつをよろしくお願いします」


こつ、とおでこを合わせてシアもジズの頬にキスをする。

「お休みシア」


後ろ姿が見えなくなるまで見送っていると、「仲が良いのだな」とモモリスがポツリと呟いた。




玄関に入ると、興味を抑えきれていない家人達に出迎えられる。シスレー伯爵はひと月前から外遊に出ており、夫人は今夜はお出かけでいないらしい。


こんな時に突然の訪問で大丈夫だったのだろうかと、モモリスを見上げると何故かにこりと笑い返され、それを見た家人達が涙ぐんでいる。


・・・え、何事?


「突然になってすまないが、数日預かることになった、レーベルガルダ公の縁のお嬢さんだ。粗相のないようにな」

「シア、と申します。本日より数日ですがお世話になります。よろしくお願いいたします」


貴族の振る舞いはわからないので、出来るだけ丁寧に笑顔で挨拶をする。嫌な感情は伝わってこないので、何とかなっただろうか。




「これを」

執事らしきおじさまがご機嫌で案内してくれた、

シアに用意された客間まで来ると、モモリスに渡されたのはなんの変哲もない封筒だ。


「中に簡易転移陣が入っている。シアさんの本来の家まで直通らしい。使い方は?」

「ヴォルクが作った陣ですか?であれば、わかります」


お礼を言って扉を閉めようとする、と引き留めらた。


「あいつは今夜は会いに来ないかもしれないぞ?

このままこちらにいたほうが安全ではないか?」

「・・・明日からの用意もしたいので、とりあえず一度帰ります。今日は本当にありがとうございました」



おやすみなさい、とパタリと扉を閉める。


夜間、この客間には誰も入らないことにして貰ったが、念のためベッドに人が寝ている風に少し細工をする。


目立たない場所に、もらった簡易転移陣を広げながら、さっき聞いたジズの話を反芻した。




シアが襲撃されていたとき、『庭でお茶をしていた皇女ルルーリア』も襲撃を受け、その対応で王命を受けたヴォルクが捜査に縛られていること。


街中で『ルルーリアの専属侍女』が襲われ、その場にいた侍女仲間と信者たちにより、犯人の名にシアがあがったこと。

だが、これについては街人からの証言を報告にきた自警団によってすぐに否定されたらしい。


・・・あの時、街にいたのは皇女本人だったはずだ。信者もルルーリアだと言っていたのに、なぜわざわざうそをつく必要があるのだろう。


疑問はあるが、シアが関わるべきことではない。




「我が家へ」


転移後、庭の東屋でしばし佇んで周囲をうかがうが、精霊たちも騒いでいない。ここへは相手の手は伸びていないようだ。



自室へ行き、服や小物などを鞄に詰める。


『相手がこの国の貴族たちにどこまで手をのばしているか確認したい。そのためのシスレー小隊長なんだ。俺たちじゃ、相手が誰だろうとシアに伸ばされた手は振りはらっちまうからな。実力は申し分ない人だから安心だしな』

『わざと付け入る隙を与えればよいのだな』

『泊まる必要まであるの?モモリスさんも未婚なんだし、今後に影響しない?』

『シスレー家は昔からレーベルガルダ公爵家と繋がりがあるのでな。影響は気にしなくていい、なんとでもなる』


明日からは午前中だけクランで仕事をし、午後は

シスレー家へ。そして2日後の夜は、王宮の夜会に出る。


『シアはシスレー伯爵子息のパートナーとして出てくれ』

『夜会なんて出たこと無いよ!』

『大丈夫、ダンスならできるだろ?タヌキが誉めてたじゃねぇの』

『私が色々リードするから大丈夫だ。それにあと

2日もあれば不足分を補えるだろう?』




しばらく使っていない自分のベッドに寝転ぶとそっと目を閉じた。自室のはずなのに、なぜか少しよそよそしくて、寝慣れない。


・・・やっぱり今夜から向こうに泊まろう



動かなくなってしまった水色の鳥を置いていこうとデスクに置いたが、名残惜しくて再度ポケットにしまう。



「ちょっとでも会えたら良かったなぁ」


ぽそりと呟いて玄関扉を開ける、と、ぐっっと大きく外から開かれ、たたらを踏んだ。



「黙ってどこに行くつもりだ」



ぎゅう、と苦しいほどに抱き締められる。

なのに、やっと息が出来るようになったようだった。



「ヴォルク」

「すぐに行けずに悪かった」

「ヴォルクぅ」

「怖い想いをさせた、すまない」


言葉に出来ない想いが涙になって溢れて、ヴォルクにしがみつく。



久々に声をあげて泣いた。





泣き腫らした目元を治癒して貰いながら、ベッドに半身を起こしたヴォルクの胸にもたれ掛かかる。


「エルって名乗ったの。とう様を知ってるって」

「一度よく調べる。が、そいつが皇女の外部協力者かもな」

「私を助けてくれたのに?」



目蓋にキスを落とし、目はもう違和感はないのかと聞かれる。


「魔血石のことは?」

「ジズから聞いた。人を犠牲にして作られる禁忌の石で、使用者の魔力を跳ねあげるって。前に言ってた、魔力を抜き取る方法ってこれでしょ」



「ルルーリアが聖女と呼ばれるようになった所業の殆どで、この魔血石を使っているはずだ。目的は

多分俺の魔力だが、シアに危害を加えてまで巻き込んでるのは皇女の独断なんだろう。・・・そいつが気になるのか、シア」

「とう様に繋がるなら気になるけど、犯罪組織の人だし、ヴォルクやジズを傷付けるなら嫌いよ」



シアの言葉に満足気に笑うが、すぐに不満な顔になる。


「よりによって、初めての夜会のパートナーがあいつか」

「そんな顔しないの」

「・・・ドレスは?」

「おじ様が用意して届けてくれるって。あ、ヴォルク、、見える所に跡つけちゃだめ」


ずりり、とベッドの端まで逃げるが、首をかぷりと噛まれる。


「ヴォルクってば!」

「後で治す。2日後まで会えないんだ、もう少し補給させてくれ」

「だって、さっきも・・・あぅ」



その夜会で仕掛ける為に、色々我慢して忙しくしているのはヴォルクのほうだ。


見下ろす金の瞳には僅かに疲労の色が見える。

精霊詩を詠んで口に直接流し込むと、ついでとばかりに深く口付けられる。


「無駄使いするな、シア」

「ん、ヴォルクのためなら無駄じゃないもの」


「ドレス姿、楽しみにしてる」

「お互いパートナーは別だけどね」

ふふ、と笑うとヴォルクも微笑みを返してくれる。



エルのことなど気になることはあるが、今はこの唯一の場所に安心して帰ってこられるように頑張ろう。そう決意して、求められるがまま、ヴォルクに身を委ねた。






明け方、シスレー邸の客間にもどり、うたた寝をしているとノックの音が響いた。

女中かと思い返事を返すが誰も入ってこないので扉を開けると、満面の笑みのシスレー伯爵夫人が立っていた。



「あ、お、おはようございます?」

「うふふ、うちの子、どうだったかしら」


・・・・何がでしょう


「奥様!!!」

大慌てで駆け付けてきた、執事なおじさまにぐいぐいと背中を押されながら回収されていく。


「あーん、だって気になるじゃないのー」

「なりません、坊っちゃまに叱られますよ!」

「あら、そういえばあの子居なかったわね。やだ、あの子ってばイタしたあと部屋にもどってるの?」

「奥様!!!」



昨日、夫人には話が通っていると聞いた気がしたのだが・・・どんな話を通したのだ


「ヴォルク、こっちはこっちで大変かも・・・・・ふぁあ」


大きなあくびが溢れたが、2度寝している時間はなさそうだ。夫人へは後で改めてきちんと挨拶するが、まずは自分の身支度だ。


ぐっと伸びをすると、まだすこし騒がしい廊下を尻目にぱたりと扉を閉めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る