第38話 高邁の聖女3
いつもと変わらない賑やかな王都の一角で、いつもとは違うただならぬ様子を、固唾を飲んで見守る人達がいた。
往来を塞ぐように立ち広がっているのは、煌びやかなドレスの女性たちと、後ろに付き従う、真っ青なグリデール教の信者服を着た集団だ。
「ですから、お茶をご一緒にいかが、とお誘いしてるだけですわ。何の問題がありますの?」
困り顔のシアにそう告げるのは、5日前から外交で訪れているはずのグリーディア神聖皇国第3皇女ルルーリアその人だ。
市場通りに突然現れた豪奢な馬車に、シアとやりとりをしていた青果店の店主が「こりゃまたエライ派手なの降りてきたな」と呆れたように呟いた。
振り返ると、真っ赤なボリュームたっぷりのドレスを身にまとった女性を筆頭に、ぞろぞろと総勢15人程がこちらにまっすぐ向かってくる。
赤いドレス、高く結い上げた金髪、紫の瞳、と皇女1人でも色が溢れていて目がチカチカする。
「あの人、グリーディアの皇女っすよね。なんつーか、聖女感まるでないっすね」
トーヤの言葉にはげしく同意したい。
そして、街にそんな夜会で着るようなドレスで来ないでいただきたい。
その集団はシアの前まで来ると、皇女本人が堂々と自己紹介したあと、まるで既知の友人を誘うように、これからお茶をしましょうと言うのだ。
呆気にとられ、返す言葉に言い淀むとすかさず、黙秘するなど不敬だ!と侍女らしき取り巻きと信者から騒がれた。
いつもの買い出し最中に、まさか本人から会いに来るとは予想外で、付き添いのトーヤが慌てて式鳥をクランに飛ばした。
「御誘いいただき恐縮ですが、平民である自分が高貴な貴女とご一緒する理由がございません」
「あら。同じ想いを身に宿す者同士、いいではありませんか」
・・・・いくない 。
だいたい降嫁予定の人が、ヴォルクへ"同じ想い"を持ってちゃダメだろうに・・・・教皇へ嫁ぐのは本意じゃないって主張してます??
貴女の事は存じていてよ、とシアが見上げる程の高い身長でほほほ、と笑う目がまるで笑っていないので怖さが際立つばかりだ。
「ここ最近、あの方につきまとっているようね。以前同じようにつきまとっていた片田舎の女と同じハーフエルフらしいけれど、お友達かしら」
「シアさんが若返ったことは知らないみたいっすね。てか高邁の聖女って呼び名、高慢の、の間違いじゃないすかね」
ぼそりと呟いたトーヤにこくりと頷きだけ返す。
遠巻きながら見守る街の人達は、シアとトーヤを心配してくれている人がほとんどで、皇女を知らなくとも、明らかに身分の高いことがわかる彼女たちに、救いの手を出しあぐねているようだった。
青果店の店主にも小声で大丈夫かと心配されたが、相手が他国とは言え、平民相手に何をするかわからないので、みんな見守るだけにしてね、とこそりと返す。
「ちっ、よりによってジズさんは不在の日だし」
ジズはハロルディンに呼び出されていて1日いない。
『シア相手にするな、断り続けろ。すぐハーバードを向かわせる』
肩の上の水色の鳥に言われるまでもなく、まだ仕事中であること、1人での行動を禁じられていることなど、あれこれ伝えてきたのだが、
「あら、いいではありませんか」の一点張りだ。
街の人達の迷惑にもなるし、ときっぱりと断ろうとした瞬間
『シアよけろ!!!』
「危ねえ!!!」
ギン、と目の前に躍り出たトーヤが何かを弾いた。
トーヤの短剣に弾かれ皇女の足元に転がったのは、手のひらサイズのナイフで、皇女や侍女たちの金切り声が響き渡った。
「わ、わ、わたくしを害するおつもりなのねっ!!だ、だれか!」
悲鳴と共に台詞のようなわざとらしさでシアを詰った皇女は、侍女に馬車に押し込まれあっという間にいなくなった。
見守っていた人達が突然の展開に右往左往し混乱する状況に『クランまで走れ』と告げるヴォルク鳥に頷くより早く、信者の1人が掴みかかってきた。
「お前らの仕業か!」
「あ!!」
何とかその手を逃れたが、鳥を掴まえられてしまった。
「私たちじゃない!その鳥を返してください!」
「シアさん、いいから先に逃げて」
「わざと時間を稼いでいただろう。仲間にルルーリア様を襲わせたな!」
引き留めていたのは皇女だし、襲われたのはシアたちだ。支離滅裂な言葉を吐きながら、なお掴みかかろうとする信者を、それまで見守っていた街の人達が押さえてくれる。
「早く!狙われてたのはシアさんっすよ!」
信者の1人を捻り倒してトーヤが叫ぶ。このままここにいても、自分は足手まといだ。
水色の鳥に後ろ髪を引かれつつも、クランハウスに向かって走り出す。
「こっちこっち、近道だよ」
街の人の声に示されたのは、結構な細道だが躊躇している暇はない。
「は、はぁ。はぁ」
息が上がって苦しい。
早くクランハウスまで行かなくては。
だが、駆けたその先は、行き止まりだった。
「はぁっはぁっ」
・・・・まずい
慌てて踵を返すが、全身黒づくめの人物が道を塞いでいた。
「殺しやしない、ちっと、痛い目みるだけさ」
唯一覆われていない瞳に加虐の色が点る。
「ヴォルク・・・」
ジリジリと後退すると背中が壁についた。
「ヴォルク」
チカリ、と光って見えたのは先程投げられたのと同じナイフだ。
「いや!来ないで!!」
朽ちた壁から剥がし取った物を力一杯投げつける。と、ドン!!と壁に打ち据えられ、口に何かを捩じ込まれ飲み込まされた。
壁に縫い止めるように押さえられた首が締まって、空気と共に嫌な音が漏れた。が、すぐに短い悲鳴が上がり解放される。
・・・ヴォルクの守護の紫電に弾かれたのだ。
腕をおさえ蹲っている脇を抜けて逃げようと駆け出したが、すぐに足首を掴まれ地面に転がされてしまった。
「っち、くそが。こりゃだいぶ痛い目見せなきゃオレの気がすまねぇなぁ」
「あぐっっ」
シアの背中に馬乗りになり、髪を引っぱってシアの顔を持ち上げると、ナイフを頬にピタリと押し当てた。
「お前なにしてんの」
「っぎゃあぁぁぁあぁあ!!!!」
絶叫と共に背中の重みが無くなる。
手をついて体を起こそうとすると、腰から掬い上げられる。
・・・覚えの無い手だ。
「っっだ、誰?!!」
ヴォルクじゃない!ジズでもない!
助けに来たのは、シアの安心できる人では、ない。
「や、やだ!離して!!」
「こら、暴れちゃだめだよ。せっかく助けたのに怪我するよ」
(・・・また会えるよ、お姫様)
す、と血の気が引いた。
「あの時と同じ声・・・・・。あなた、誘拐事件の時の人・・・?」
「・・・・・・・・・ん?」
降ろされたのはいいが、頬を挟まれ上を向かされる。
「お姫様、キミ目が見えないのかい?」
「・・・・・・」
「少なくとも僕は、今、キミを害するつもりはないよ。さあ教えて。目をどうしたんだい?」
ぼんやりとした視界は輪郭しか映さない。
「・・・さっき口に何かを無理やり入れられたの。それからよく見えてない」
「ふぅん、ちょっと見せて」
グッと近寄る相手に腕を突っぱねると、ぐい、と引かれ耳に口を寄せてささやきが落とされる。
「キミの大事な黒い彼は、今はこれないよ」
「っ!!ヴォルクに何かしたの??」
「まさか。あんな魔力の塊みたいな彼、僕は何も手出しはしないよ。彼自身が立場と身分に縛られて、抜け出せなくなってるのさ」
こっちに駆けつけたいだろうに可愛そうにね、と
シアの目蓋をひとなでする。
「あぁ、これはダメだね。精霊たちの嫌う臭いの凝固物を飲まされたんだよ。普通のハーフエルフだったら体が動かせなかっただろうね」
「貴方は私を知ってるの・・・?」
「そうだね。キミの大部分を彼の魔力が満たしてることは知ってるよ。それから、視力だけは殆どを精霊がサポートしてることもね」
「なんで・・・・知って・・・」
視力の話は今は師匠とヴォルクしか知らないはずだ。
彼は誰なのだ。
「精霊がキミから離れちゃったから見えないんだよ」
ほら、と目蓋を覆う手のひらが暖かな光を纏う。
柔らかな唄声で詠みあげるのは、シアのよく知る懐かしい詩だ。
「ああ、ほら。泣いちゃダメだよ」
「どうして・・・」
・・・それは、とう様の詩だ。
「僕はキミのお父様をよく知ってるからさ。ああ、ちょうどよく助けが来たね。僕はひとまず、これで失礼するよ」
「ま、待って!まだ聞きたいことがっ」
手のひらはまだ目蓋を覆っていて、姿すらわからないのに。
「またね、お姫様。キミの彼が許さないだろうけど、また会おう。僕はエルだよ」
すっと目蓋の上の、感触がなくなる。
眩しさに目を瞬かせながら開いたときは、彼の姿も黒づくめの襲撃者も忽然と姿を消していた。
「エル・・・・貴方、誰なの」
「シアさん!!!」
駆けつけた助けの手に改めて抱き起こされても、シアの頭はそのことでいっぱいで、なにも考えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます