第37話 高邁の聖女2
3人で囲む予定だった夕食は2名が増え、賑やかな食卓になった。
「やっと来れたのに、真面目な話しなきゃならないなんてー」
「お許しがでたってことは、もういつでも来ていいのかな?いいんだよね?」
「んなわけあるか、遠慮しろタヌキ」
「今回限りじゃねぇの」
「ヴォルクもジズも!お二人ともぜひまた来て下さいね」
ネリーはもちろん、屋敷を用意してくれたハロルディンもこうやって訪れるのは初めてだ。
「んで?あんたらも来たってことは、それなりの大事になってんだろ」
「まぁ、面倒ではあるね」
食後、それぞれ好みのお酒などに切り替えると、
ハロルディンが口火を切った。
「まずはグリーティアの皇女の件。やはりシアのこと嗅ぎ付けてて、絡む気満々だね。王都見学の護衛をギルドに依頼してみたい、なんてアホなこといってたから却下しといたよ」
「もれなくうちのクランに依頼がくるってか?」
「ジズのことまで嗅ぎ付けてるのかはわからないけど、シアに直接絡む気なのか、ジズを引き留めて
シアの守りを薄くしたいのかでしょうねぇ」
「今日だって狂信者に絡まれただろ、シア」
「何よ、もう絡まれてんの?」
「うぐ」
・・・また一人であんな感じの人達に絡まれるのは嫌だなぁ
第3皇女が魔法学校に在学中、ヴォルクに熱をあげ、執着していたことは聞いているが、今は立場が違う。シアのようなただの平民に絡むのは、外交問題としてどうなのか。
「あの、その皇女さまが何かしようとするのは、まだヴォルクのこと好きだからってだけなんでしょうか」
「いや、さすがにそこまで馬鹿じゃないと思うよ。あの国は政治を仕切る皇王と、グリダール教の教皇のツートップだろう?皇族の女性を教会幹部に嫁がせて繋がりを作ってるが、今の教皇は若い娘が好きでね」
「すでに第3皇女ルルーリアの降嫁が決まってるんだけど、本当は23歳の皇女じゃなく、皇太子の15歳の娘が欲しいのさ。でも皇太子の娘だけに気軽に頂戴とは言えない。だから第3皇女の身に何かあってほしい。そんな内紛がひっそりとあるのよ」
皇女は嫁入りが決まった18歳の時から、教皇の妻となるための勉強をしているのに、今はその命を狙われているなんて。
「ただ、皇女もずっと大人しくしていたわけではなくてね。外部に協力者をつくり、自分の立場を固めたのさ」
「高邁の聖女って奴だろ。女神の御告げとかで犯罪組織の隠れ家を暴いたり、魔獣被害で苦しむ村で祈りを捧げて天を覆うような陣で浄化をしたとか。眉唾もんの話ばっかだけど、今や教会内の人気は圧倒的みたいだな。うかつに手出ししたら信者が暴れるんじゃないか?」
「何か特別な力を持ってるかたなの?」
「いや、あの女にそんな力はない。保有魔力も大したことはないしな。だが聖女としての話の殆どは大量の魔力を使用している。例の外部協力者が一枚噛んでるんだろう。ついでに気高さを感じたことは全くない」
ではなぜ、こんなにもシアが狙われるような話になっているのだ。
「あの女の本当の目的は俺の魔力だろう。奪った魔力を自身の立場の確立のために使うのか、協力者に要求されてのことなのかはわからないが。憂さ晴らしもあるだろうが、俺の隙をつくため、もしくは人質などの交換条件としてシアを狙ってくる可能性が高い」
「でもヴォルク、魔力なんて狙っても持っていけるものでもないのに」
シアの疑問に、シア以外の面々が渋い表情で顔を見合わせる。
「え?な、なに?」
「いや。詳しくは言えないが、魔力を抜き取って運び出す手段はあるんだ。だが、本来は禁じられ失われた技で、それを使用している犯罪組織を国として追っているのが現状だ」
「本当はその手段があるってことも機密情報なのよ、シア」
話の規模にクラクラしてきた。とりあえず詳細は聞けないし、聞かないほうが良さそうだ。
「国としては犯罪組織と繋がっているなら、証拠を押さえたい。標的が俺というのも都合がいい。だからある程度隙を作って泳がせるつもりだ。だが、俺は反対なんだ。シアをもう危険にさらしたくない」
「本当に狙われているのはヴォルクの魔力でしょう?危なくないの?」
「ばか、危ないのはシアだろ」
ジズに小突かれたあと、ヴォルクに膝上に抱き上げられる。
「シアに話すかどうか悩んだ。でも危険度を知っておかないと、この間のように助けを呼ぶ事にシアは躊躇するだろ?」
「・・・否定できません」
「全部は話せないが、必要な情報はシアにも話す。だから絶対に助けを呼んでくれ」
ぷに、と横から頬をつつくネリーを見るとニヤリと笑う。
「アタシのかわいいムスメにちょっかいかける馬鹿には思い知らせてやらないとね。アタシは表だって動けないからさ、ハロルと裏でこそこそ企んでやるから安心おし」
「おじさんも頑張るからね、シア」
笑顔の黒い2人は立場的に自重してください。特に我が国の宰相が頑張っちゃだめでは。
「で、動いてんのは皇女関係だけか?最近、目障りな動きが多いんだが」
「そう、それなんだよ。皇女だけなら僕も把握できてるんだけど、皇女の後ろについてる犯罪組織のなかでおかしな動きをしてる奴がいてね」
「ああ。この間の合同演習もそれだな」
「あ。それ私も気になってるの!」
ところが、この話はシアには詳しくは教えてくれないようで、まだ未確認事項が多い、としておしまいになってしまった。
そういえば、と新しい酒を注ぎながらハロルディンが悪い顔をした。
「ヴォルク、ずっと皇女の護衛の指名がきてたの、はね除けてただろう?」
「当たり前だ。外賓の護衛は本来、騎士団の仕事のはずだ。そもそも面倒ごとに自分から飛び込む趣味はない」
「残念、今度は歓迎パーティーのパートナーに指名されてるよ」
王宮で開かれる歓迎パーティーでは、通常であれば自国の者か、身分の釣り合う騎士団からの選出になる。
「見知らぬ人よりも、学校からの知り合いだから安心出来るし、年齢も身分も合うから丁度いいでしょう?ってね。こっちは断れないよ?」
ちっ、と舌打ちしたヴォルクにハロルディンがニヤリと笑う。
「だからさ、その日はシア1人になっちゃうから、おじさんの家にお泊まりにおいでよー」
「「お前も出席者だろ」」
面倒だし、王とヴォルクが出れば対面は保つからいいじゃないか、とハロルディンは不満らしいが、政治の指揮を取ってる人がずる休みしちゃダメです、と告げるとショボくれ、挙げ句の果てに「今夜は泊まる」と言い出した。悪のりしたネリーも加勢し、大騒ぎの2人をヴォルクが追い立てるように家に帰していた。
「たく。酔っぱらいめ」
「お疲れさん。今日の追跡者の件もあるから、明日は迎えにくるよ」
「ありがとジズ」
最後にお休みのキスをして、転移陣からジズを見送る。疲れたように首を回すヴォルクに思わず笑ってしまう。
「ふふ、お疲れ様。でもすごく楽しかったね」
「そうか?」
満天の星の中、庭の東屋から家までゆっくり手を繋いで歩く。
「グリーディアの皇女のこと、魔導師団として関わらざるを得ない事も多い。側に居たくとも居られない場面もあるだろう。その合間を狙って、奴らが何を流布したとしても、俺の気持ちがシアから離れることはないからな」
唐突に伝えられた言葉を噛みしめる。
「ねぇヴォルク」
「なんだ」
「貴方からの気持ちを疑ったことも、これから疑うこともきっとないよ。でも私は貴方の特別でいたくて、貴方を私の特別にしたいから、少し嫉妬しても赦してね」
ヴォルクの視線を痛い程感じるが、敢えて星空を仰いだまま言葉を重ねる。
「魔導士として頑張るヴォルクは私の自慢なの。だから私が少し寂しくても、お仕事はさぼっちゃダメよ?」
「シア」
「心配しなくても、これだけ待たせてようやく決心した気持ちを翻したりなんかしないわ」
ぎゅっと抱き締められ、視線を絡めてから触れるだけのキスを送る。
「大好き、大好きよヴォルク」
返事の代わりに貪るような口付けが落ちてきた。
受け止めた激情で、翌日、自力で起き上がることが出来なくなり、迎えに来たジズに呆れ顔で「治癒してやれよ」と言われるまで、ヴォルクに甲斐甲斐しく世話を焼かれることになるのだった。
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