第36話 高邁の聖女1


「送っていただきありがとうございました」

「いや、ちょうど居合わせられてよかった。ではな」


クランハウスの前でモモリスに手を振って別れると、肩の上の水色の鳥が不満げに鳴いた。

宥めるようにくすぐりながらロビーに入っていくと、何やら騒がしい。


「シア!!戻ってきてよかった!」

「ラナイさん、何かあったんですか?」

「ジズが怪我して。今ネルザを呼びに行ってるんだけと・・シア!」


医務室に駆け込むと、ベッドに腰掛け右腕を紐でぐるぐる巻きにしたジズが苦笑いした。


「ちょっとヘマした」


魔獣の噛み傷だ。二の腕にシアの親指ほどの穴が4つ。うち2つが深い。


「毒性は低い、猿みたいな魔獣だったよ」

「特徴は?」

「紫の胴体に手足の裏が緑。体長は2歳児くらいだな」


魔物の特徴や今の症状を矢継ぎ早にジズに質問をし、自分の中の知識と擦り合わせて手早く解毒薬を生成していく。

「普通の傷薬でも大丈夫だって」

「ダメ!!」


薬瓶を両手で包んで祈りを込める。シア自身が一度光を纏うと、手の中の薬瓶へとその光がうつっていく。元の緑色が淡く光ると黄色くかわり、透明度が増したら完成だ。


「すげ。なんだいまの」

「いつもの生成の仕方とちがうよな」

心配して見に来ていたクランメンバーから驚いたような声があがるが、今は後回しだ。


「早く飲んで」

「シア、高度の術を安易に使うなよ」

「いいから飲んで!」


馬乗りになって飲ませようとしたところで、ネルザがやってきた。


「なんだ、いい薬あるんじゃない。早く飲まないとシアに口移しで飲ませられるよ」



大きく息をつき、バサバサと頭を叩くヴォルク鳥の羽攻撃を払うと、薬をシアの手から取り、一気に飲み干したジズは

「ラナイさん、離してやって」

とシアを羽交い締めしていたラナイに声を掛け、シアを手招いた。




「心配かけた、ごめん」

「利き腕なのに・・・ジズのばか」

ネルザからの治療を受けながら、左腕でシアの頭を引き寄せるとコツ、とおでこを合わせる。



「ほれ、いちゃついてないで。周りがついてけなくてビックリしてるよ。ラナイ、心配ないから外野を引き取っとくれ」

「そうね。怪我に至った事情をじっくりとっくり説明して貰わないと。ガッシュ!!!アナタもよ。同行した新人連れて、私の執務室までいらっしゃい」


とばっちりだ、と騒ぎながらでていくガッシュの背をじっと見ていると、ヴォルク鳥に頬をつつかれる。

『ジズ、今夜うちに来られるか』

「あれ?ヴォルク話して大丈夫なの?休憩中?」

『少しだけな・・・ジズ』


今日は機密の高い仕事をしているから、会話は出来ないはずだったのだ。


「わかった。俺も気になってることがあるからちょうどいい」





包帯でぐるりと巻かれた腕に眉を寄せる。

「傷、まだそんなに深いですか?」

「もう何の心配もいらないよ。シア、あんたこのクラン内とはいえ、人前で大ぴらに高難度の精霊術使うんじゃないよ」

「・・・はい。でも腕がおちたかな」


包帯を見つめたまま呟くと、ネルザが盛大な溜め息をついた。


「シア、わかってないね?この傷治すにゃ本来10日はかかるんだ。それをほとんど治しちまったから包帯巻いて隠してんだよ。まったく、治癒はできないってのは嘘だったのかい」


嘘ではない。治癒術は苦手なのだ。

けれど強い願いをのせれば精霊が手助けしてくれる。


「だから安易に使うなって言ったろ。いつも見せてる精霊術じゃないから、みんなも驚いてたろ」

周りの目を全く気にしていなかったシアの失点だが、後悔はしていない。


「全く。しばらく包帯をはずすんじゃないよ。アタシは知らなかったことにするから」

「悪いな、助かる」




ネルザを見送って戻ると2人にジョナムから呼び出しがかかった。

「来てもらってすまないね。ジズ君、怪我の具合は?」

「痛みが少しと違和感がある程度です。軽度の仕事なら支障はありません」

「そうか、大事にならずによかったよ。怪我に至る経緯を君からも聞きたいのだが、いいかい?」




ジズはガッシュと新人3人を連れて、森へ採取の依頼をこなしに行ったのだという。


採取をしながら、早く討伐系の依頼を請けたいと盛り上がる新人2人にガッシュが絡み、口論に発展。ジズが3人を諌めている間に、それまで静かにしていたもう1人の新人が、自分はもっと出来るんだ!と叫んで、突然、電撃の術符を発動した。


攻撃力の低い術符だったが、電撃があたった猿の群れが怒り攻撃をしてきた。


逃げ惑いはぐれた新人2人が、群れに紛れていた魔獣化した猿に襲われるところにジズが駆けつけたが、恐慌状態の2人にしがみつかれ、攻撃をかわせなかった。のだという。



「気になることはあるかい?」

「そうですね、何点か。あの魔獣は、群れに紛れていたとは言え、通常はもっと高地に出現するはずです。原因を調査すべきかと。術符を発動させた者とは、個別に指導の場をもちますが、入手経路を確認したほうがいいですね。わざと暴発するように術が組まれていたように思います。」


「あとはガッシュ君か。そちらは私が対応するよ。新人たちは今、ラナイからこってり絞られているだろうから、反省するだろう。この後のフォローをお願い出来るかな?」

「承知しました」


うん、と頷いたジョナムはまだ憂い顔だ。


「シア嬢、今回が偶々だと思いたい、が、怪我人への対処がいつでも出来るように、用意を整えておいてもらえますかな」

「わかりました。傷薬など多めに作っておきますね」


「それと、その鳥を連れていても1人での外出は控えたほうがいいでしょう。今日も何かあってシスレー小隊長に送ってもらったのでは?」


隣のジズの視線が痛い。

「何やったんだよ」

「街で変な人に絡まれたの。聖女の威光を遮る愚か者めって、突然叫ばれて。すごい驚いたんだから」


驚いたのはシアだけでなく、商店並びの街行く人達皆で、すぐにその人達が自警団を呼んでくれたのだ。


「たまたま自警団に来てたモモリスさんが対処してくれたの」

「たまたまねぇ」


役に立たない鳥だなと、ジズからつつかれ、ヴォルク鳥が羽をバタバタさせる。


・・・だから人の肩の上でやらないで欲しい



グリーディア神聖皇国からの賓客を迎えるにあたり、熱狂的なグリダール教徒が浮き足立っていたり、いわゆる観光客とは毛色の違う人を、街でよく見かけるようになってきた。


「第3皇女はここ半年くらいで一気に有名になり、一部の教徒からは"高邁の聖女"と呼ばれているかたです。街の警備依頼などは改めて話し合わなくてはなりませんが、何かに巻き込まれない努力はご自身でしなくては、ですよ?」

「実はつい最近、似たような忠告を他の人からも受けました。・・・気を付けます」





ジズと家に帰る道すがら、買い物をしていく。お客様が急遽2人追加になったからだ。


いつものように荷物を持とうとするジズに、怪我を理由に断ったのだが、心配しすぎだと頭をくしゃくしゃにされた。


「でも、ジズがこんな風に怪我するのってあまりないから、心配なんだもの」

「実はちょいちょいしてるし、ネリーに連れ回されてた時は日常茶飯事だったよ。シアがこうやって心配すんのわかってたから、気付かれないようにしてたけどな。今回はそういう意味でもヘマしたなぁ。

なんだ、変な顔して」


むす、と膨らました頬をジズにむにゅりと掴まれる。

「ひんぱゃいくりゃいひゃへへ」

「俺がやなの。あいつだって同じだろ」

「びゃか」


声をあげて笑ったジズは頬から手を離すと、シアの肩を抱いて引き寄せた。


「ジズ?」

「しー。誰かつけてるな。予定変更して俺んちいくぞ。ヴォルクが迎えに来るのを待ってからシアんとこの転移陣使った方がよさそうだ。シア、後ろ向くなよ?」

「うん、ヴォルク・・」


肩の上の鳥に呼び掛けると、承知したとばかりに羽を広げた。



嫌な予感はあまりしない。

が、歪な感情が流れてくる。


握ってくれる手の温度を確かめるように、ぎゅ、とすると、しっかりと握り直してくれる。


「ほら、家まで後少しだから早く帰ろぜ。俺腹へったよ」


安心させるように笑ってくれるジズに、ほにゃ、と笑みを返す。



その様子をじとりと見ていた、もう一人の存在に、この時は気付いてすらいなかった。

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