第35話 パンの試作と噂の彼と
クラン「梟の巣」の3階研修室で6名の入団したての若者を前に、シアは教鞭に立っていた。
「魔法士や魔術士の適性はいつわかるんですか」
「ギルド登録時に保有魔力を計測したと思います。それを元にクランの講師について練習したり、課題に挑戦しながら見極めていきます」
「あのー。そんなことより、早く実地研修がしたいんですけど」
今回入団してきた子達は、建国祭の大会の模範演習を見て入団を決めた子がほとんどで、早くあんな風に魔法魔術を使いたいのだろう。
「実地研修は講師と、同行するメンバーの承諾が貰えてからです。早く行けるようになるように頑張って下さいね。では今日の本題、魔法や魔術の違いをやっていきましょうか」
「今日は悪かったわね」
クランハウスから歩いて3軒隣にある家を訪れると、中から草臥れた様子のラナイが出てきた。
「急に、しかも新人むけの講習だし、やりづらかったでしょ?」
「新人さんはいつも元気ですからね。お子さんの体調は大丈夫ですか?これ、まだ熱が高かったら飲ませてください」
「講師の代わりに薬まで、本当にありがとうシア」
「ふふ。今度お茶おごってくださいね。じゃあお大事に」
ラナイの家を後にし、すぐにクランハウスへと戻るつもりだったのだが、「ちょうどいいところに」と出入り口で行き合ったガッシュがシアの手をとり、そのまま街中のほうへ歩きだした。
「ガッシュ君、どこにいくの?」
「ソーニャのとこにお使い頼まれたんだけど、オレ嫌われてるみたいで行くと睨まれるんだよね」
「・・・・何したの?」
さあ、とあまり気にした風でもない、その横顔をじっと見つめる。
「え、なになに?オレに乗り換える気になった?」
「今日はちゃんとガッシュ君だね」
「え、ホントになに?」
「ううん、こっちの話。それでお使いって?」
ジズが試作のパンの味見を頼まれていたらしいのだが、ラナイの代理で依頼をこなしているため今日は行けそうにないから、試作のパンを預かってきてくれと頼まれたらしい。
「オレとしては、ソーニャちゃんがジズに会う口実で呼んでたんじゃないかなーって思うんだよね。式鳥で行けない理由は伝えたっていうし、味見を後日にすればいいじゃんって言ったんだけど」
「後回しにしちゃわるい、とでも言ってた?」
「え、なんでわかるの?」
ジズならではの気の遣いかただからだ。
気配り上手ではあるのだが、色恋が絡むと少し鈍いのだ。
「ホントにソーニャちゃんに気があんのかな。シアちゃんとのがよっぽど・・・」
「それソーニャちゃんの前では禁句ね。で、1人で行く勇気がないから私を道連れなのね。とりあえずクランに連絡させてほしいんだけど」
「シアさん気軽に拉致られすぎっス」
「あれ、トーヤ」
ガッシュに繋がれている手と反対の手をとって引き留めたトーヤは呆れ顔だ。
「ガッシュ、お前あとでジズさんにシバかれるからな。よりによって無断でシアさん連れ出しやがって」
ちょうど依頼から戻ったところで、ガッシュに連れていかれるシアの後ろ姿を見て、慌てて追いかけてきてくれたらしい。因みにクランにも式鳥を飛ばして連絡済みとのこと。
途端に不機嫌になったガッシュだが、そのまま3人でソーニャのパン屋に向かう。
朝夕の焼き上がりの時間には人が並ぶほど人気のソーニャのパン屋は、建国当時からある代々受け継がれてきた店だ。目印の夕焼け色のドアを開けると、チリリンと涼やかなベルの音が鳴り、奥からソーニャが顔を出した。
「あれシアさん!今日はどうし・・・・・その馬鹿連れてどうしたの」
いつもの通り、長い赤毛の髪をぐるぐるとまとめたソーニャは、シアの後ろのガッシュに気付いた途端にトレードマークの笑顔のえくぼを消した。
「よ!ソーニャちゃん、愛しのジズに食べさせるパン、預かりにきたぜ」
「バカッシュ、あんたは一言もしゃべんないで」
二人の気安いやり取りに驚いていると
「こいつら幼馴染みなンすよ」とトーヤが教えてくれる。
「あぁやって、会うたびにソーニャに絡むんで嫌われてるンすけど、まぁ昔ッからこんな調子みたいっすね」
「さすがトーヤ、街のことは詳しいね」
「元孤児っすからね。情報が生死もわけたし、いい金になるンすよ」
と、トーヤが店の外にさっと視線をむける。
「どうしたの?」
「いえ、視線感じたンで。外のベンチのとこっす」
トーヤに示されたそこにいたのは、黒髪眼鏡の見覚えのある人だ。シアはソーニャたちにことわってから店の外へ出ると、その人に声を掛けた。
「こんにちはモモリスさん」
「あ、あぁ。シアさんは買い物かい?」
白い騎士服のモモリスは所用があって街に出てきており、帰る前に少し休憩していたのだという。
「先日は沢山の果物をいただきありがとうございました」
「いや。私の直属の部下ではないが、騎士団の者が迷惑をかけた詫びだ。当人には相応の処罰はあったが、身分的に直接当人に謝罪に来させるわけにもいかなくてな。上司からも代わりに謝罪をと頼まれているから、どうか気にしないでくれ。その・・・モモリは好きだっただろう?」
シア本人は話したことはないので、ヴォルクに聞いていたのだろうか。
「はい。今は時期外れなのに、あんなに沢山ありがとうございます。すごくおいしかったです!」
「ならばよかった。ではな」
手を伸ばし、そっとシアの頭に触れたモモリスに首をかしげる。
「ゴミでもついてました?」
「わ、いや。ああ、うん。で、ではまたな!」
なぜか慌てて去っていくモモリスの後ろ姿を、
トーヤが胡乱気に見ている。
「モモリス=シスレー。シスレー伯爵家の跡取りっすよね。騎士団の小隊長やってる変わり者の」
「ヴォルクと魔法学校の同期なんだって。変わり者って?」
話ながら店内に戻ると、ソーニャが頬を紅潮させて駆け寄ってきた。
「シアさん!モモリス小隊長様の知り合いだったの?私もご挨拶したかった~」
「お前ジズさんが好きなんじゃなかったのかよ」
ガッシュが呆れ顔で水を差したが、どこ吹く風だ。
「それとこれとは別なの、バカッシュ!」
「ソーニャちゃんはモモリスさんのこと知ってるんだね」
「この辺の女子ならみんな知ってます!高貴な身分なのに偉ぶらないし、庶民むけのお店とかでも普通にお買い物していくんだよ?知的で怜悧な印象なのに、気さくに会話もしてくださるの!」
両手を胸の前に組んでうっとりする様子は、さしずめ夢見る乙女のようだ。
「眼鏡の奥の夜空みたいな濃紺の瞳は吸い込まれそうだし、女の人ちょっと苦手みたいで、時々ぎこちないのがまたいいのよ~。目の保養になるし、心の栄養にもなるんだって~。あ、ジズには内緒にしてね」
最後に慌てて付け足すソーニャに笑いがこぼれる。
なるほど、恋愛対象でなく、憧れなのだろう。
「りょーかい、ナイショね。じゃあ、パンは預かっていくね」
「シアさんたち、クランのみんなも分も入れたから、感想よろしくね!」
「ありがと、ソーニャちゃん。感想はジズに伝えておくから、あとでジズからじっくり聞いてね」
「もう!シアさんまでー」
紙袋3つに入った試作のパンからは、いい匂いが漂ってくる。
小腹がすいたのか、袋2つを奪うように抱えると「先戻ってるね!」と駆け出したガッシュに手を振り、トーヤとゆっくり歩いて帰る。
「さっきの変わり者、の話、教えてくれる?」
「あー。シスレー伯爵家で騎士団ってのが異例なんすよ。あそこは昔ッから研究者肌の家系で、体術で突出した人はいません。なのにあの人は魔法学校出身で成績も優秀なのに、体術中心の騎士団でしょう?」
「貴族の子息が多いって聞いたよ。モモリスさんがいるのは、そんなおかしくないんじゃない?」
トーヤは頭をガリガリかいて、そりゃまた別っす、と話を続けた。
「あいつらはほとんどが泊付けの為で、3年もすれば辞めちまいます。あの人は既に10年、跡継ぎ問題も家ではかなり揉めてるみたいっすよ」
騎士団にいるには惜しい、魔術魔法の使い手の伯爵家の跡継ぎ。
「騎士団は来賓があると出迎えしたり、自警団と合同でよく街にもくるじゃないすか。まぁ、だから話題になりやすいんスよ、さっきのソーニャみたいに」
すらりと引き締まった体に白い騎士服と黒髪の彼は、思い返せば整った顔だちだ。
「シアさんは身近にいるのが、いろんな意味で飛び抜けてる奴ばっかだから感覚違うんでしょうけど、まぁ、年頃の女子には大人気っすよ」
「モモリスさん、もてるんだ」
「だからね、彼といるってだけでシアさんが注目されるンすよ。主に悪い意味で、あの女は誰だ・・って」
「うわ・・・・気を付ける」
人の恋路を邪魔するつもりはないし、アルマの時のようにゴタゴタするのも勘弁だ。
「あの監視鳥、常時起動してないンすか?」
「監視鳥って、ひどいなぁ。ジズはずっとは疲れちゃうみたいだから、ヴォルクに相談かな。でもクランにいれば私1人になること、あまりないよ?」
「今日、あっさり拉致られてて何言ってるんすか」
ジト目のトーヤに笑って誤魔化す。
悪い予感はしなかったから・・・なんて、理由にはならないだろう。
「グリーディア神聖皇国からお偉いさんたちくるってンで、騒がしくなり始めたし、ホントに気をつけなきゃっすよ」
「心配してくれてありがとね。ふふ、トーヤは少しジズに似てきたね」
「ええ!やめてくださいよー」
クランハウスでのパン試食会は争奪戦となったが、ジズの分はちゃんと別袋に分けられていて無事だ。
試作のはずなのにジズの好きな味や食材の乗ったものばかりで、にやにやしながら見ていると鼻を弾かれた。
そんなシアを見て声をあげて笑っていたガッシュは、トーヤの予言通り、レッカスとジズの2人からこんこんと怒られることになった。
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