第34話 請い願わくは


王都郊外に建つ白亜の屋敷。

王宮並みの堅牢な結界で覆われ、害意の含みある者は敷地内に入ることも叶わないと噂の公爵邸の裏庭では、真っ白な大きな竜と戯れるピンク色の髪が、風にふわふわと踊っていた。



「どうだったね?」

窓から見下ろしていたハロルディンは、ソファに深く腰掛け、額を押さえる男に声をかけた。


「その・・・・色々と予想外で。まだ整理がついておりません」

苦悩の声で応えたのはモモリスだ。


「実態を見たいと言ったのは君だろう?」


・・・そうだ。ハロルディンからの依頼を受ける前にシア本人に接触して、人となりを確かめたいと願い、合同演習に割り込ませてもらったのだ。




モモリスがシアの存在を知ったのは、魔法学校の在学中、ヴォルクの呟きが発端だ。

名前も姿も知らなかったが、鉄面皮のヴォルクの感情を乱すことが出来、逆鱗となる唯一の人物、という認識だった。





幼少から魔力が高く、魔術を器用に使いこなし、魔法学校に最低年齢の10歳で入学してからは神童だと持て囃されたモモリスだったが、4年後ヴォルクの入学でその自信は粉々に砕け散った。



通常は入学から1年間は初期クラスで学ぶ。


入学時の年齢は関係なく、モモリスのように最低年齢の10歳も、18歳も入学1年目は同じクラスとなり、その後レベルに応じて飛び級したり、魔法、魔術、錬金術などのコース選択でクラスがわかれることになる。


ところが、ヴォルクは入学1年目から異例の飛び級をしてきたのだ。4年の間で飛び級をして進んだはずのモモリスのクラスにだ。



クラスはほとんどが年上の者たちの中、おなじ14歳の2人は良くも悪くも比較され、自然と対抗意識を持つようになった。


相手は座学、実技ともに優秀すぎて引くほどのレベル。魔法魔術の知識が豊富で、不遜とも思える堂々とした態度だが、冷静沈着な対応は不思議と対人関係でトラブルを起こすことはなかった。養子ではあるが家柄も上で、容姿は言うまでもない。


ならばと体を鍛え始めたのだが、体術の取り組みで相手をしたとき、ヴォルクの筋肉質な体に愕然とした。涼しい顔で剣術も体術も高難度の技をこなす姿に、彼は何者のなのかと恐れ戦いた。




少しずつ育っていた対抗心は、ほのかに恋心を抱いていた女生徒がヴォルクに想いを寄せていると知って、メラメラと燃え上がった。


以降、何かにつけて一方的に食って掛かったが、全く相手にされず、されたとしても勝てた試しはない。




ある時、なぜか微笑みとともにヴォルクから名前を呼ばれた。

「なっなっなんだ!無駄に色気を振り撒くな!」

「あいつが好きな果実に似ている響きだからついな」

「果実?・・もっモモリではなく、モモリスだ!」

「阿呆か。似ている、といったんだ。なんだ、モモリと呼んで欲しいのか?」

「ち、ちちちちがう!!」




「そういえば、あいつって誰のことだ?」


ヴォルクが誰かを想って浮かべた微笑に、周囲がざわめいたことを思い出したのは、翌日のことだった。


ヴォルクの言葉で唯一温度を感じられる「あいつ」とは何者なのか。そこがヴォルクを出し抜く切っ掛けになるなら調べなくてはと息巻いた。が、


「お前、頭いいけどバカだな」

と、言われるほどに、見え見えにヴォルクを付け回し(時々、煩わしいと沈められ)た結果分かったのは


夜は寮の自室に籠って出てこない

ひと月に2日ほどある休日も出てこない

時々すごくいい香りがする。

・・・香りに関しては自分でも気持ち悪いなと反省した。


結局、「あいつ」に纏わる情報は何も得られず、自分が周囲から「優等生だが残念な人でヴォルク=レーベルガルダが大好き」認定をされることになった。なんてことだ。



大人びた言動のヴォルクはまぁモテた。

なかには露骨にアピールする者もおり、時と場を選ばず騒ぎ立てる女生徒の中には、神聖皇国から留学中の第3皇女もいた。


入学最低年齢の10歳であることや、他国の皇女のため、初めのうちは苦笑しながら見ていた周囲も、あまりの傍若無人な振る舞いに、皇女の行動を諌めないヴォルクまでをも非難し始めた。


「自分に紐付く者でも与する者でもないのに、何故指導してやらねばならん」

と、ヴォルク自身は変わらず我関せずだったのだが、何が切っ掛けか、ある日底冷えするような金の瞳で見下しながら、皇女に盛大にキレた。


そのやりとりで、ヴォルクの「あいつ」が"将来を約束した女性"であることがわかったが、皇女がその女性を貶す発言をした直後、開校以来前代未聞の大事件が起こった。


幸い怪我人はでなかったが、この事件以降、「あいつ」の話題に安易に触れてはいけないという、暗黙の了解ができた。


取扱い厳重注意の、幻のような存在。

・・・・故の『劇薬の妖精』なのだ。




「それで、どうするのだね?」


過去に意識を飛ばしていたモモリスは、ハロルディンの言葉にようやく額から手を離し、眼鏡をかけ直した。


「念のため確認ですが、私は彼女と普段から親交を持つ必要はないのですか?」

「ん?君はこれから起こるであろう事態に備える要員だ。特に仲良くなる必要はないが・・・シアが気になるのかね?」

「いえ、はい。あ、いや疚しい気持ちはありません!とにかく依頼はお請けします。ぜひ私に請けさせてください」

「・・・頼んだよ」



ハロルディン直々に依頼があったのは、ヴォルクに執心していた皇女が、外交員として2月後に訪れることに起因する。


婚約者の立場にあるシアだが、まだ正式に婚約式で披露目をしていないため、世間的には仮の婚約者、という認識なのだ。つまり今ならばまだシアの立場をなかったことにする事ができる。


皇女がヴォルクの婚約話を聞き、ちょっかいをかけにきたのであれば。もしくは別の目的であっても訪問中にシアの存在に気がつけば、シアに危険が及ぶ可能性が高い。



ヴォルクはもちろん、護衛としてはジズを筆頭にクランのメンバーもいる。それでもモモリスに話が来たのは、彼らにはない身分が自分にはあるからで、その身分が必要な場面が予想されるのだろう。


「そういえば、魔導師団内でも警護役を見繕ったようですね」

「報告されとるよ、ハーバード君だろう?」

「ええ。演習中、彼らの代わりに側にいることが多くありました。それに、彼女自身も立ち向かう術をもっているのですね」

「・・・・精霊術を見たのかい?」

「はい、圧巻でした」


そうだね、と同意はされたが、精霊術の件は口外しないように注意を受ける。

「シアほどの精霊術の使い手は今となっては希少だ。他の面倒な輩まで呼び寄せたくないのでね」

「承知しました」



いつの間にか外では、大きくなった白い竜の背にシアが乗っており、その足元にネリーとジズがいる。今日は婚約式にむけたドレスを誂えに来ているらしいが、終わったのだろうか。



(あの微笑みを、自分にも向けてくれるようになるだろうか)



演習で初めて目にしたシアは、ふわふわと柔らかく微笑みを浮かべた、頼りない華奢な少女のようだった。

あのヴォルクが特別視しているにはあまりに普通で、ヴォルクのような男でも、ただ庇護欲を掻き立てられるような女がいいのかと落胆もしたのだ。



だが、実際はあれこれと勝手に世話を焼いているのは周りの方で、彼女自身は甘えることなく真摯に職務をこなしていた。


突然の魔物の出現で混乱の最中、自分の力を正確に把握し立ち向かっていく姿を見て、芯が強いのだなと感心し、精霊術を使いこなす姿に驚いた。

そして、自分を守って欲しいと言われ、嬉しく誇らしい気持ちになっていた。


それなのに、魔物を浄化し迎えに来たジズに向けた心から安堵したシアの笑顔を見て、胸の奥深いところを鷲掴みにされたようになった。



彼女も不安じゃないわけではなかったのだ。

隣にいた自分では、気が抜けなかっただけだ。

当たり前だ。彼女にしてみれば自分は知り合ったばかりで、ジズとは付き合いの年月が違う。


そう分かっていても、もやもやとした気持ちが収まらず、無理にその晩の彼等に同行した。


そして、高位精霊を前に舞い詠う幻想的な姿に見惚れ、もやもやの原因を自覚した。



(自分もあんなふうに信頼されたい。微笑みを向けて欲しい)



もとより、ヴォルクにも秘密の依頼だと言うから、鼻を明かしてやるつもりで請ける気ではいた。


それに、なぜ現宰相であるハロルディンが仮婚約者のためにこんな依頼をするのか尋ねると

「養子の嫁でなく、娘にするつもりだった子だからね」と言われ、俄然シア自身にも興味が湧いた。


ヴォルクもハロルディンもここまで虜にするのはどんな人物なのか、と。



予想外だったのは、彼等の想像以上の過保護っぷりと、自分の気持ちだ。



・・・恋情ではないと思う。

シアを手に入れようとは思わない。ただ、あの微笑みを向けて欲しいだけだ。



侍女に呼ばれて屋敷へと戻っていくシアを見ながら、過保護な面々に不審に思われず彼女に近づくにはどうしたらいいか、算段を巡らせることにした。


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